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45/98

戦-5


 そこは木で作られた一室だった。
 飾りの一切無い、木がそのままむき出しの、ログハウスのような素朴な作りである。ただその部屋は、天井までの高さは5メートルはあるだろうし、広さ的にも15メートル四方は軽くある。
 そんな広い部屋には調度品は殆ど置かれていなかった。そのため、生活を主に考えて作られた部屋ではないのは、一目瞭然であった。いや、1つだけ巨大な鏡が壁にかけられてはいたが。
 そんな非常にがらんとしたその部屋は、普段であれば寒々しい光景が広がるばかりなのだが、この数日間だけはそうではなかった。

 室内には無数の人影があったのだ。 

 そんな室内の――鏡の前に置かれたテーブル。
 何処からか運んだのであろうそれは、重厚かつ頑丈なしっかりとした作りであり、ログハウスのような室内の雰囲気とはまるでそぐわない。そんな違和感だらけのテーブルの上には、丸められた無数の羊皮紙が並べられていた。
 これ全てが魔法を込めたスクロールである。

「これが転移系のスクロールです」

 そしてテーブルの上に、また1つスクロールが置かれた。

 置いたのは人影の1つ、人間の――メイド服と呼ばれる装束に身を包んだ女性だ。
 非常に端正な顔立ちをした、大人しげな女性だが、その眼は堅く結ばれ、その下の瞳を見ることはできない。話すことも嫌だといわんばかりに、口もしっかりと閉じられていた。濡れたような――まるで別の生き物であるかのように艶やかな光沢を持つ黒い髪は、サイドアップでまとめられている。
 肌の色も黒。
 それを包み込む服の色も黒。ただそれは通常のメイド服とは大きく違う。

 肘上までを覆う、ガントレット、クーター、ヴァンブレイス、そしてリアブレイスの中程までを合わせた様な、黒の材質に金で縁取りし、紫の文様が刻み込まれた腕部鎧。ハイヒールにも似たソルレット、リーブ、ポレインを融合させたような脚部鎧も腕部鎧と同じような作りだ。
 メイド服のスカート部分も、布の上に魔法金属を使用した黒色の金属板を使い防御力を増している。それも魔化したメテル鋼、ミスラルとベリアットを混ぜこんだアダマス鋼、魔法金属ガルヴォルンの三重合金板だ。胸部装甲も同じ金属を使っている。
 勿論、込められた魔法も一級品だ。ユグドラシルでも90レベル以上のプレイヤーしか手に入らないようなデータクリスタルの中でもレアデータを使用している。
 その防御能力の高さを考えるなら、戦闘用メイド服というよりはフルプレートメイルを魔改造しましたという方が正しいだろう。
 そんな彼女の同僚と同様の、戦闘用のメイド服だ。 

 そしてほっそりとした肢体を包む、魔改造メイド服の襟に当たる部分を立てて、喉元を完全に覆い隠している。腰には一本の剣を鞘に入れて下げていた。

 彼女こそ、セバス直轄の戦闘メイドの1人であるエントマ・ヴァシリッサ・ゼータである。

「これぐらいでしょうか。あとは《メッセージ/伝言》のスクロールですが、あれはかなりの量になります。このテーブルの上を一旦片付けてからで良いでしょうか?」

 エントマは集まった人影の1つに話しかける。その影はゆっくりと頭を縦に振った。

「ソウシヨウ」

 非常に聞き取りづらい発音で、エントマに声が掛かった。
 その発音は例えるなら硬質な金属をぶつけ合わせ、そこから生じる音を持って無理矢理に人の言葉としている――そんな人に在らざるもの以外、決して口にすることができないような音程からなっていた。
 事実、それを発したのはまさに異形――。
 2.5メートルほどの巨体は二足歩行の昆虫を思わせる。悪魔が歪めきった蟷螂と蟻の融合体がいたとしたらこんな感じだろうか。身長の倍以上はあるたくましい尾には鋭いスパイクが無数に飛び出している。力強い下顎は人の腕すらも簡単に断ち切れるだろう。
 白銀に輝く硬質そうな外骨格をしたそんな存在――名をコキュートスといった。

 そして同じようにテーブルを囲んで立つ者たち。
 そのどれもが昆虫に良く似た姿をした異形たちだった。蟷螂のような者、蟻のような者。巨大な脳みそのような、昆虫という言葉に疑問を抱くような者もいた。
 皆、外見は大きく異なる。
 しかしながら、そのものはたった2つの共通点があった。それは皆、コキュートス配下のシモベであるということ。そしてナザリックという組織に仕えているということだ。

「承りました」

 エントマは深々と頭を下げる。それを受け、周囲にいた昆虫にも似た者たちがメイドの手を煩わせまいと動き出す。
 自らの部下が動くのが当たり前という顔をコキュートスも、そしてエントマもしている。
 それはナザリックに所属するものなら至極当然の光景だ。至高の存在に直接作り出されたコキュートスやエントマと、シモベでは地位が格段に違うのだから。

 一通り、テーブルの上が片付けられたのを確認し―― 

「では、最後にコキュートス様。お渡ししておきます」

 ――口も動かさずにエントマは言うと、足元に置いていた鞄を取り上げる。そしてその中から何枚もの丸めた羊皮紙を取りだした。

「《メッセージ/伝言》のスクロールです。アインズ様からはデミウルゴス様の働きで、羊皮紙に対する不安はなくなったので、いくらでも使ってかまわないという指示を受けております」
「ソウカ……デミウルゴスニハ感謝シナイトナ」

 コキュートスは差し出されたスクロールの内、数枚を4本の腕の1本で取り上げた。

「コレデマタ、デミウルゴスト差ヲ引キ離サレタナ」

 周囲のシモベたちへ苦笑いを向けつつのコキュートスの言葉。それを受け、追従の微かな笑いが漏れた。

 羊皮紙を手に、コキュートスは物思いにふける。

 コキュートスもナザリックで低位の魔法を込めるための羊皮紙の在庫量が少なくなってきたという話は聞いていた。しかしながら、それはナザリックの守備を任命されたコキュートスには、如何することもできない問題だった。当たり前だ。守護を命じられているのに、外に探しに行けるかというのだ。
 そしてその問題を解決したのはデミウルゴスだ。彼が問題なく使える羊皮紙の発見に成功したのだ。

 自らの同輩の任務の成功。
 それはまさに喜ぶべきことである。事実、コキュートスも喜んだ。しかしながら、心の奥底で上がる嫉妬の炎を完全に押し殺すことができなかったのだ。自らの同僚が、至高の存在であるアインズの役に立つ行い――羊皮紙の発見――をしたというのが、羨ましくて羨ましくて堪らないのだ。
 無論、コキュートスだってそれぐらい理解できる。外に出ないコキュートスと、外で任務に当たっているデミウルゴスとの自由の幅ぐらい。
 自らの仕事はナザリックを守備すること。
 恐らくは他の守護者の誰に下されたどんな命令よりも、それは大役である。当たり前だ。下賎なやからを、至高の存在である方々が御座します場所に踏み入れて良いわけが無い。

 しかし、侵入者がいなければコキュートスがしっかり働いているという証明も、またできないではないか。

 守護者にとって、自らの主人の役に立つというのは信じられない歓喜を生み出す。その歓喜をコキュートスも味わいたいと常日頃から思っていたのだ。

 そのチャンスが今、この場にある。

 コキュートスは首を動かし、鏡に映った光景を見ながらスクロールを握り締める。

 鏡には室内の映像が映るのではなく、どこかの湿地のような光景が浮かんでいた。これこそ遠隔視の鏡<ミラー・オブ・リモート・ビューイング>の予備だ。

 そこに映る光景こそ、コキュートスがこのアウラが建てたログハウスに2日ほど詰めていた理由だ。

 今回の戦争――いや実験においてアインズより受けている指令は、決してコキュートスが表に出ないことである。勿論、自らのシモベもそれに同じだ。
 ならば、現状、湖に展開している兵力だけで勝利を収める必要がある。
 しかしそれに成功させれば、アインズに自らの忠誠心捧げることができるのだ。

「ゴ苦労ダッタ。アインズ様ニハ感謝ノ言葉ヲ述ベテオイテ欲シイ」

 エントマは再び優雅なお辞儀をしてみせる。

「デハ……帰ルノカ?」
「いえ、この戦いの結果を、この場で見届けるようにとご指示を頂いております」

 お目付け役か。
 コキュートスはそう判断し、自らに課せられた大役に対する高揚感を感じる。ならばそろそろ始めるとしよう。
 コキュートスは《メッセージ/伝言》を発動させ、アンデッドたちの指揮官に命令を下す。

 ――進軍と。



 ■



 一段高くなった壇の左右に篝火が立てられ、周囲に揺らめくような明かりを放っていた。
 時間的には明かりを焚くにはまだまだ早い。しかしながら空に掛かった厚い雲のお陰で、火を焚いたとしてもおかしいものはなかった。
 そんな壇上には幾人ものリザードマンたち。各部族の長、各部族の頭。そんな重要な人物達がいる。そしてその前の広場には、無数のリザードマン。
 リザードマンたちからはざわめきが広がっていた。不安や焦り、恐怖。そういったものを必死に隠そうとして、それでいて隠し切れない動揺のざわめきだ。
 それも当然だろう。
 これから行われるのは戦争。命を懸けたものだ。隣にいる親しい友人が次の瞬間は死体になるかもしれない。大地に転げ倒れるのは自分かもしれない。
 そんな戦場にこれから赴くのだ。今日という日を迎えるに当たって、当然覚悟は決めている。それでいてもその場に直面してしまえば、恐怖しない方が精神的におかしい。

 そんなざわめきを断ち切るように、各部族の長の中から、1人のリザードマンが進み出る。
 そのリザードマンを知らないものは誰もいない。今回の5部族同盟のまとめ役でもある、シャースーリュー・シャシャを。

「聞け! すべてのリザードマンたちよ!」

 凛とした声が広がった。広場が水をうったように静まり返る。
 もはやその場にいる全てのリザードマンからは音は立たない。静まり返ったその広場に、シャースーリューの声がやけに響く。

「認めよう、敵は多いと」

 声は立たない。しかしながら広場の空気に動揺という色が付いたのが、誰の目からも明らかだった。
 シャースーリューは少しの時間を置いてから、再び声を張り上げる。

「しかし恐れることはない! 我ら5つの部族は歴史上初めて同盟を組む。この同盟によって、このひと時のみ、我らは1つの部族となるのだ」

 それが如何したのか。
 疑問に満ち満ちた視線を受け、その真意をシャースーリューは明かす。

「5つの部族の祖霊が我らを――違う部族の祖霊すらも我らを守ってくれる」

 祖霊は自らの部族の者を守護してくれる霊だ。それが他の部族の者まで守るなんていう話は聞いたことがない。その場にいた多くのリザードマンがありえないものを見るような、そんな視線をシャースーリューに向ける。
 自らに集められた疑惑の視線を無視し、シャースーリューは声を張り上げる。

「各祭司頭よ!」

 その声に反応し、後ろに5人の――各部族の祭司頭を引き連れたクルシュが歩み出る。自らの着ていた服を脱ぎ捨て、その白い鱗が表に出す。
 アルビノの白い鱗を見、無数の嫌悪の表情がクルシュの視界の中に映った。しかしながら平然としたまま、クルシュは微笑む。

「各祭司頭の代表たるクルシュ・ルールーよ!」

 シャースーリューのその声に反応し、さらに一歩踏み出る。

「祖霊を降ろせ!」
「――聞きなさい。この1つの部族の子供達よ!」

 この新たに生まれる部族がなんなのか。
 毅然とした態度で、その話を滔滔と語るクルシュ。声は時に高く、低く、唸りを上げるような、歌うような口調で。

 最初は殆どの者がアルビノの姿を嫌悪していた。だが、少しづつそんな色は薄れていった。それは神秘的な光景だったのだ。
 クルシュは語るのと同時に、僅かに体をくねらせる。それによって白い鱗が篝火の炎によって無数の輝き――照り返しをみせ、まさに祖霊がクルシュの体に降りてきたようにすら映えたのだ。

 崇拝しきった表情。
 その表情を目の前の広場の殆どのリザードマンが浮かべていることを確認し、クルシュは儀式を進める。

「5つの部族がこの度たった1つの部族となる。それは5つの部族の祖霊があなた方全てを守るということ! 見なさい! 全てのリザードマンたちよ! 今ここに無数の――他の部族の祖霊たちがあなた方の元に降りてくる姿を!」

 ばっ、とクルシュはその手を広く上げ、天空を指す。無数の視線が釣られて動くが、無論、そこには曇天が広がるばかりだ。何かの魔法的存在が姿を見せているようには思われない。しかしながら、そんな集まったリザードマンの一人が呟いた。
 小さな光だ――と。
 最初は小さかった声が少しづつ大きくなる。その場に集まったリザードマンの幾人からか、見えるといった声が上がり始めたのだ。小さな光という者、同じリザードマンだと叫ぶ者、巨大な魚だと呟く者、子供だと驚く者、あれは卵だと目を疑う者。
 そんな声に引っ張られるように、その場にいる殆どのリザードマンが様々なものを己が目にする。
 それはまさに祖霊の降臨だった。それ以外にリザードマンたちには考え付かない。

 祖霊が俺達を守りに来たんだ!

 そんな叫び声が上がったのも当然の流れだろう。

「感じなさい! その力があなたたちに流れ込むことを!」

 どこか遠くから、それでいて非常に近くから心の間に滑り込むように聞こえるクルシュの声。
 その声に誘導されるように、何か力のようなものが自らの体に降りてくるのを多くのリザードマンたちが感じ取れた。

「感じなさい! あなた方の元に5部族の祖霊が降りてきた力を!」

 その場に集まった全てのリザードマンたちが確かに感じていた。
 沸々と湧き上がってくる力。先ほどまでの不安がどこかに飛んでいくような高揚感。酒を飲んだように体内から熱が吹き上がってくる。
 それはまさに無数の祖霊が降りてきた証だ。

 自らの前に広がった、その恍惚とした表情からクルシュは視線をそらすとシャースーリューに頷く。

「さぁ、すべてのリザードマンたちよ。祖霊は我らの上に降りた。確かに数では負けていよう。だが、我らに敗北はあるか?!」
『無い!』

 シャースーリューの言葉に反応し、今だ恍惚としながらも、多くのリザードマンたちの唱和が響き、ぐわんと空気がうねる。

「そうだ! 祖霊の降りた我らに敗北は無い! 敵を倒し、勝利を祖霊に捧げるぞ!」
『おお!』

 歓喜のうねりが戦意の上昇へと変わる。もはやそこに不安を抱くリザードマンはいない。来る戦いに向け、戦士となったリザードマンだけだ。


 これは魔法の効果によるものではない。この戦闘前の儀式が行われる前に全てのリザードマンにはある飲み物が振舞われている。この飲み薬は短い時間ではあるが酩酊、多幸感、幻覚などをもたらす特殊な薬物を煎じて作ったものである。
 これによって一種のメディテーションの効果をもたらされているのだ。
 クルシュの話はこの効果が出るまでの時間稼ぎである。
 種を明かしてしまえばつまらないものである。しかしながらその効果を目の辺りにした――祖霊が降りてくる姿を見たリザードマンたちにとってすれば、それはまさに勇気の湧き上がる儀式だ。


「では、身を包む塗料をまわす。本来であれば各部族一色だが、今、皆の体には各部族の祖霊が降りている。5色使い、その身を飾れ!」

 シャースーリューの言葉に反応し、幾人もの祭司達が、集まったリザードマンの中に陶器の壷を持って入っていく。
 リザードマンたちは陶器の壷より塗料を取り、体に思い思いの文様を描き始める。特別な規則性は当然無い。これはそのリザードマンの体に降りた祖霊が、勝手に描いているとされているからだ。そのため、皆、なんとなく指が走るままに、自らの体に文様を描いている。

 今回は5つの祖霊が降りているということもあり、全身を殆ど覆う者が多い中にあって、グリーン・クロー族の者は殆ど文様を描かない。これはザリュースとシャースーリューという部族でも指折りの者がさほど描かないことに起因する。
 つまりは2人に近い祖霊が降りてきている。そう考えるものが多いために、同じようにほんの少ししか描かないのだ。いうならアイドルを真似るファンというところなんだろうか。

 一通り見渡し、皆が書き終わったことを確認したシャースーリューは、自らの大剣を抜き放ち、門へと指し示す。

「出陣!」
『おおおおぉぉぉ!!』

 無数の咆哮が合わさり、耳が張り裂けんばかりのものとなって周囲に響く。


 ◆


 ナザリックの軍勢は、2つの軍隊に分かれている配置されている。
 リザードマンたちの向かって左側にゾンビを配置し、右側にスケルトンという具合だ。スケルトンアーチャーとスケルトンライダーたちはスケルトンの後ろに配置されている。
 アンデッド・ビーストは本陣なのか、後方に配置される形式だ。

 それに対して寡兵のはずのリザードマンたちも部隊を2つに分けている。ゾンビの側にメスのリザードマンと狩猟班。スケルトンの側に戦士、オスのリザードマン。祭司たちは壁に囲まれた村の中だ。

 外にリザードマンが出てきているのは当然、篭城戦の有利がまるでないのが分かっているからだ。何処からも援軍が来ない状況。さらに頑丈という言葉からは遠い壁。それに対し、アンデッドたる敵軍は食料も睡眠も不要な軍勢。
 簡単にこれだけ不利な状況なのだ。篭城は愚策中の愚策と言えよう。

 しかしながら外で隊列を組むと、酷く実感するのが彼我の兵力差だ。
 1人に対して5体。10人に対して50体。比率は変わらない。しかしながら1000人に対して5000体は圧倒的な差にも感じられる。それは5000体ものアンデッドが隊列を組めば、それだけで異様な圧迫感を生み出すからだ。
 数の差は、戦う前から戦意を失う可能性を充分に有している。しかし、そんな状況下にあって、リザードマンたちにもはや恐れの色はない。祖霊が降りてきている彼らの前に数は問題ではないのだ。

 やがて、アンデッドたちがゆっくりと動き出した。動いたのはゾンビとスケルトンだ。温存する気なのか、スケルトンアーチャーとスケルトンライダーが動く気配はない。
 それに答えるようにリザードマンたちも動き出す。

「おおおおおぉぉぉお!!!」

 割れんばかりの鬨の声が湿地に響き渡った。
 それにあわせ、無数の水音。水が跳ね、泥が散る。

 ゾンビとスケルトン。最初は一直線に並んで進軍を開始したにも関わらず、両者の距離は少しづつ開く。それはゾンビが動作がのろく、スケルトンは機敏だということ。そして何よりも湿地という足をとられる場所だということだ。
 ゾンビのような鈍いモンスターでは非常に動きが遅くなるが、スケルトンのように軽い体のモンスターはそれほど動きが遅くならないということだ。
 そのため、最初の激突はスケルトンと戦士階級のリザードマンたちで行われた。

 リザードマンたちに陣形なんて殆ど無い。とにかく走って殴るという乱暴なものだ。
 先頭に立ったのは、各部族の戦士頭5人だ。本来であれば指揮官たる人物が前に飛び出る。場合によっては愚かな行為だろう。しかし、思い出して欲しいのはリザードマンたちの部族で最も高い地位に着く人物、それは最も強い者だということを。そして強くなければ命令を聞かせられないということを。彼らが前を走らなければ、リザードマンの士気も低下するのだ。
 続いて突撃してきたのは、レイザー・テール部族の重装甲戦士89名だ。彼らは皆、皮製の鎧でしっかりと身を包み、皮の盾まで所持した全部族最高の防御力の持ち主達である。
 そんな彼らが盾を構え、まるで1つの壁になってスケルトンの軍勢に突き当たる。

 激突――スケルトンの先頭集団とリザードマンの先頭集団がぶつかり合う。
 そして――無数の骨が飛散し、リザードマンたちが食い込むようにスケルトンの軍団の陣形に入り込んだ。

 怒号が響き、骨の砕ける音が無数に起こる。時折、うめき声も聞こえるが、圧倒的に骨の砕ける音のほうが大きい。
 一撃目はリザードマンのほうに、圧倒的優勢で進んだ。

 もしこれが人間の軍隊であったら、この結果は逆転していただろう。
 スケルトンは骨の体を持つため、刺突武器によるダメージを殆ど無効にし、斬撃武器による攻撃にも耐性を持つ。そのため刃物を一般的に使う人間の軍勢では、有効的なダメージを与えるのは難しいからだ。
 ならばスケルトンは強いのか? それは違う。なぜなら刺突、斬撃に強い反面、スケルトンは殴打武器に弱いという弱点も兼ね備えているからだ。
 リザードマンたちの主武器は石で作ったメイスのような無骨な武器だ。それはスケルトンを相手にするにはこの上無い武器となる。リザードマンの武器が振り下ろされるたびに、スケルトンの骨の体が脆くも崩れた。一撃を耐えたとしても、続く一撃で完全に破壊される。逆にスケルトンの持つ錆び付いた剣の一撃は、リザードマンの厚い鱗の皮膚で弾かれる。時折怪我を負うものも当然いるが、致命傷になるほどの深いものではない。

 最初の突撃。
 それだけで600体近いスケルトンが湿地に沈んだのだ――。



 ■



 鏡に映る光景を目にし、コキュートスは瞠目する。
 まだ最初のぶつかり合いでしかないが、リザードマンは戦闘能力は予測以上。おそらくはスケルトン・アーチャーとスケルトンライダーぐらいだろうか、五分以上の勝負が出来るのは。
 見ている間にもスケルトンが一気に崩されていく。スケルトンとゾンビでは相手を疲労させる程度しか役に立たないのではないだろうか。

 そう推測すると、有効的な兵力はアンデッド・ビースト400体、スケルトン・アーチャー200体、スケルトンライダー120体の720体。数の上では逆転してしまう。いや、それでも時間を掛けてゆっくりと潰していけば問題はないだろうか。
 コキュートスは頭の中で計算する。

 アンデッドは強い。特に持久戦において勝てる存在はそうはいないだろう。アンデッドは恐怖も痛みも何も感じない存在なのだ。さらに疲労も睡眠も無縁だ。
 これがどれだけ戦争では有利に働くかは、説明するまでも無いだろう。

 さらに、石で出来たメイスを頭部に全力で叩きつけたとしよう。生物であれば下手すれば即死、運が良くてもすさまじい激痛と出血が襲うだろう。殴られた相手は急激に戦意を喪失するのは自明の理だ。勿論、戦士等のように苦痛に対する制御訓練を行い、それでも戦意を喪失しない者は当然いる。しかし普通のものであればそれ以上の戦意は当然なくなるだろう。
 それは生物として当然だ。

 ではアンデッドはどうか。
 簡単だ。――その程度大したことがないと襲い掛かってくるのだ。
 頭を割られた? ならば中身を撒き散らしながら襲ってくるだろう。
 腕をへし折った? ならば折れた手で痛みも感じずに襲い掛かってくるだろう。
 足を切り飛ばした? ならば這いずりながら襲い掛かってくるだろう。

 そう、アンデッドは偽りの生命力を全て失うまで動き続けるのだ。人間のように戦意を失うことなく。即ち、アンデッドとは最良の兵士でもあるのだ。

 個としての強さは現在リザードマンが勝っている。ただ、それがいつまでも続くとは限らない。
 コキュートスはリザードマンたちの評価を一段上げ、一息に潰せる存在ではないと判断する。ならば、ここでしなくてはならないのは、持久戦に持ち込むことだろう。

「一端引カセテ、様子ヲ伺ウカ?」
「それが良いと思われます」
「それよりアーチャーをライダー動かすべきかと」
「いや、いや、それよりもこのままぶつけ続けて、敵の疲弊を待つべきかと」
「疲弊させてどうする? 敵の本拠地を落とさねば回復されて終わりだろう?」
「確かに。防備を固めているようですが、脆い壁です。あの村を落として、それから包囲殲滅すればよいのでは?」

 幾人かのシモベの返答を受け取り、コキュートスは《メッセージ/伝言》のスクロールを手に持つ。ちらっとエントマの様子を伺う。
 エントマはやはり目を閉じたまま、鏡の方に顔を向けていた。その表情に感情の色は一切浮かんでいない。仮面を被っているような変化の無さだ。コキュートスは彼女の正体を思い出し、表情を伺った己の愚を悟る。
 ――あれは飾りでしかない。
 そうだ、彼女の顔に表情が浮かぶわけが無いのだ。

 コキュートスは彼女の顔から、後ろにいるであろう自らの主人の感情を掴み取ることを諦めると、スクロールを発動し、軍勢の指揮官にメッセージを飛ばす。



 ■



「――舐めてんのか?」

 ゼンベルが呟く。その呟きは小さいながらも、泥壁の上で様子を伺う、その場にいた全員に聞こえるだけの大きさを持っていた。

「ふむ……スケルトンとゾンビしか動かない現状がか?」
「ああ、そうだ。弓兵も騎兵も動こうとしねぇ。こっちをバカにしてるとしか思えねぇ」
「ですね。一気にこっちを落としに来ると思ったんですが……予測が外れましたな」
「ぞんびのほううまくいってる」

 ゾンビと敵対しているのはたった45名しかいない、数少ない狩猟班だ。投石しては後退し、投石しては後退しを繰り返している。そして少しづつだが、スケルトンと距離をあけるように誘導していた。メスのリザードマンたちはスケルトンの横っ腹に食いつくように移動しつつある。

「変な動きじゃねぇか」
「……全くですね」

 誘導というよりも完全にそちらに意識を取られたようなゾンビの動き。あんな行動を認める指揮官がいるだろうか。いやいるはずがない。しかし現実にそう動いている。ならば、そこに敵の狙いがあるのだろうか。

「何だか、理解できないな」
「ああ……」

 どれだけ頭を悩ませても、ゾンビの行動に意味があるようには思えない。

「もしかして指揮官になる存在はいないんじゃないか?」
「ん? ざりゅーすはなにをいう?」
「……つまりアンデッドは最初に指令されたとおりの動きしかしてないってこと?」
「ああ、そうだ」

 アンデッドの中でもゾンビやスケルトンという最下級の存在は知性が無いに等しい。通常、支配者が命令を細かく下すのだが、その支配者がいない場合は最後に与えられた命令を愚直なまでに遂行する。
 つまりはゾンビには支配者がいなく、近くのリザードマンを殺すようにという命令を受けているだけなのではないかという考えだ。

「つまりよぉ。今回の戦争は指揮官がいないでどれだけ戦えるかの実験ということか?」
「かもしれないな」
「ふざけやがって」

 シャースーリューが吐き捨てるように言う。流石のシャースーリューも腹に据えかねるものがあるのだろう。こちらは命を賭けているのに、向こうにしてみれば実験程度だとしたら我慢できないものがある。

「落ち着いてくれないかね、シャースーリュー。まだそうだと決まったわけではないのだから」
「ああ、すまん。……順調なのは良いことなのだからな」
「ああ、兄者。その通りだ。今のうちに出来るだけ数を減らさないといけないからな」

 戦闘における疲労というものは馬鹿にならないものだ。しかも乱戦にもなれば、その精神の磨り減り方は半端じゃないものとなる。乱戦になれば前後左右、どこから襲われるか分からないのだ。数回武器を振るうだけでも、普通に振るう倍の疲労を感じさせる。
 しかしアンデッドにはそれがない。いつまでも同じスタミナを保ったまま襲い掛かってくるのだ。
 時間が経てば経つほど、生物と死者のそういった差は明白となっていく。

 時間はすなわちリザードマンの敵なのだ。

「ちっ。おれも行けりゃぁよぉ」
「がーまん。ぜんーべる」

 確かにゼンベルの豪腕を持ってすれば、スケルトンは一気に片付いていくだろう。ただ、それはゼンベルという人物を敵に紹介する行為でもある。ザリュースたち6人は特別に選抜された隊として、切り札として存在しなくてはならない。どうしようもなくなれば当然出るべきだろうが、そうでないなら敵の本命が出るまでカードを表に返すことはしてはならない。

「しかし、こちらに来ないということは我々にとっては好都合じゃないか」ザリュースは皆に話しかけ、賛同を意志を受け取りつつ、自分の横にいるクルシュに問いかける。「あっちの方は順調か?」
「……ええ、儀式の方も順調ね」

 村の中を見ているクルシュがザリュースの質問に答える。いま、村の中で祭司たちが行っている行為は、リザードマンのもう1つの切り札になる可能性を備えた儀式だ。本来であれば非常に時間の掛かる行いのはずだが、全ての部族の力が纏まることによって、今回の戦闘中に使えるまでの速さで儀式は進んでいる。

「……協力し合うってこんなに凄いことなのね」
「ふむ……そうだな。かの戦いの後も細々とは情報を交換していたんだが……この戦いが終わった後、色々としたいことが増えてきたな」

 シャースーリューの発言に、他の族長達も大きく頷く。この戦いをして、始めて発展という可能性をまざまざと見せ付けられたのだ。そんな5人を眺め、ザリュースは笑った。

「? 何が可笑しいの?」

 そんなザリュースを目ざとくクルシュは見つけ、不審そうに問いかける。

「いや、なんかこんな時だが、嬉しくてな」

 一瞬、言いたいことの意味を考えたクルシュだが、そのザリュースの思いを瞬時に読み取る。

「――そうね。ザリュース」

 微笑むクルシュを目にし、ザリュースは眩しそうに目を細める。2人とも憧憬と自愛に満ちた眼差しであった。
 2人の体は離れている。当たり前だ。こうしてる間にも死んでいくリザードマンがいるのだ。それを理解してなお、己の心に正直なそういった行為が取れるはずが無い。しかしながら、ザリュースとクルシュの尻尾のみが別の生き物のように動き、突っついたり離れたりをしている。

「ふむ……」
「どうですかねぇ、おにいさま?」
「完全に私達は部外者ですね」
「あつーい」
「結論……若いということは良いことだな。未来がある」

 可愛い後輩の姿を目にした、先輩リザードマンの4人がうんうんと頷く。
 無論、そんな声が聞こえないはずが無い。ザリュースとクルシュは互いに何をしているのか、それを思い出し、ばたばたと尻尾を揺らしながらきりっとした顔を作った。

「兄者、動き出したぞ?」

 あまりの違いようにシャースーリューたちは苦笑いを浮かべながら、視線を敵陣地に移す。スケルトンライダー達が大きく回るように動き出したのだ。

「おいおい、こっちを狙ってくる気かぁ?」
「騎兵で? こっちを攻撃することで動揺を誘うつもりか?」
「いやいや、戦士やオス達の後背を取って、包囲殲滅じゃないですか?」

 不味い。
 皆、何も言わずに同じ結論に達する。スケルトンライダーの機動性は非常に厄介だ。
 初手からスケルトンライダーが動いてくれれば最初に潰せた。しかしながら乱戦状態に入っている戦士やオス、ゾンビを誘導している狩猟班、スケルトンの横っ腹から投石を始めたメス。現状では、スケルトンライダーを抑えられる手が無いのだ。

「流石に私達が動いた方が良いでしょうね」

 スモール・ファングの族長の発言を受け、シャースーリューも頷く。

「問題は誰が動くかだ」
「こちらに来たら皆でやるしかないのでは?」
「そうだな。あとは上手く嵌ってくれることか」
「乱戦中のリザードマンは動かせませんし、メスのリザードマンに動いてもらいますか?」
「それしかないだろう。しかし、もし嵌ったら……」
「そのときは私の出番でしょうから、私たちが力を見せて、ザリュースたちが温存というところですか?」
「それが良いだろう。弟よ、それで構わないな?」
「ああ、こっちはそれで問題ない」
「ではこちらもカードの一枚を切ろう」


 ◆


 スケルトンライダー。
 それは骨の馬に乗ったスケルトンであり、持つ武器は長槍だ。機動性に長ける以上の特別な力を持たない存在だが、この湿地において、その移動力の高さは郡を抜いている。骨の体のために泥にさほど潜り込むことなく、馬並みの速度で駆けるが可能だからだ。
 120体の全スケルトンライダーは迂回をしつつ、リザードマンの後ろに出るように移動する。目的は後背からのリザードマンの殲滅である。

 進行方向左手――村の方向から3人のリザードマンの姿を確認するが、それをスケルトンライダーは無視する。そう、命令に無いのだから攻撃されるまでは相手にしない。知性の無いアンデッドとはそういうものなのだ。

 駆け抜け、もう少しで後ろに回る。そんなとき、先頭を走るスケルトンライダーの視界がくるんと一回転した。ぽんと投げ出されたスケルトンライダーは、大きく中空を跳び、勢い良く湿地に大きく転がることとなった。
 人であれば混乱し、即座の行動が取れないだろう。しかし、知性の無いアンデッドたるスケルトンライダーは冷静に状況を把握。
 自らが落馬したということを認識し、即座に立ち上がろうとする。結構の距離を吹き飛ばされたが、下が柔らかい湿地ということもあり、問題なく立ち上がることに成功する。しかし、やはりスピードが早かったため、生じた多少のダメージによろめく。
 そこにもう一騎のスケルトンライダーの転倒がぶち当たった。

 砕け散った2体のスケルトンライダーの骨が、湿地に飛散した。
 そんな光景があちらこちらで起こる。
 ――それはトラップだ。
 木を使って湿地の中に、穴が掘ってあったのだ。それにスケルトンライダーの馬が足を突っ込み、それの勢いで転倒しているのだ。

 そんな光景が広がりながらも、スケルトンライダーは次から次へと転倒をし続ける。
 本来であれば、速度を落とすなり対処を取るだろう。しかしながらスケルトンライダーはそんな行為はとらない。なぜなら命令されてないのだから。
 そのままの速度を維持したまま、突撃していく様は集団自殺のようにも見える。そして予測どおり転倒していく。

 しかし、そんなトラップだが、所詮は足止めでしかない。確かに多少のダメージを与えはするが、スケルトンライダーを倒すまでのものではない。

 そう。
 そのトラップは足止めでしかないのだ。

 ビュンという空気に穴を開けるような音がした。そして湿地に転がる、スケルトンライダーの一体の頭部が弾け飛んだ。
 敵対的行動。
 それを認識した、転倒しているスケルトンライダーたちは周囲を見渡す。
 そんな中、再びもう1体のスケルトンライダーの頭部が、ガラスが砕けるように弾け飛んだ。
 そして認識する。

 距離にして80メートルぐらいだろうか。そこにいる3人のリザードマンのうち、1人が持っていたスリングを振り回していることを。そしてそこから放たれた石つぶてが、スケルトンライダーの頭を砕いたことを――。


 スケルトンライダーが戦闘を開始するのと同時に、スケルトンとの戦局も転換の時期を迎えていた。

 数多くの弓なり音の後、飛来する矢が雨音の様な音を一瞬だけ立てる。
 200体のスケルトン・アーチャーがスケルトン諸共、リザードマンたちに矢を降り注いだのだ。1射では終わらない。2射、3射……。

 この攻撃はリザードマンたちにとっても不意打ちだった。
 幾人ものリザードマンが矢をその身に受け、崩れ落ちていく。スケルトンと戦闘をしながら、その矢までは防ぐことはできない。当然、スケルトンにも矢は突き刺さる。しかし、ダメージは入らない。当たり前だ。刺突攻撃に対する耐性を持つ、スケルトンとぶつかり合ってるからこその攻撃なのだから。

 スケルトンを前に押し出し、後ろからスケルトンアーチャーが矢を放つ。手としては完璧な手段だ。2500体もいたスケルトンを倒しきるまでの時間を考えれば、それだけでリザードマンは全滅しただろう。
 しかしこの攻撃を行うのも遅すぎる。もしこの攻撃を最初期に行っておけば、致命的な結果をもたらしただろう。ただ、既にこの一面においては大局は決しているのだ。

 少なくなったスケルトンを無視し、後ろにいるスケルトンアーチャーに向かってリザードマンは走り出す。戦士階級とオス、そしてメスのリザードマンによる挟撃を受け、壊滅しているスケルトンでは、もはや抑えることはできない。

 200本の矢が降り注ぎ、幾人ものリザードマンが泥濘に倒れ伏していく。しかし、それはある意味運がない者だ。鎧を着ていないリザードマンの皮膚は、厚いが矢によって簡単に貫かれる。しかし盛り上がった筋肉が矢から命を守ってくれるのだ。
 そしてスケルトンアーチャーの魔法的な筋肉の無さもまた1つの要因となる。それはリザードマンの命を奪うほどの強弓では無いということだ。
 当たった数に対し、倒れるリザードマンが少ないのはそのためだ。

 リザードマンたちは雄たけびを上げながら突き進む。両腕を交差させ、頭を庇いながら。
 再び矢が降り注ぎ、リザードマンが倒れていく。そんな中、矢に体を貫かれながらも、ひた走りに突き進む。

3射――

 それがスケルトンアーチャーの限界だった。知性があれば後退しただろう。一旦引いて、今だ残るアンデッドの軍勢と共に戦えば、効果的な運用がなったはずだ。
 しかしながらそんな複雑な命令を許容する脳は無い。そのため、単純な命令の受諾したまま――距離が詰まってなお、リザードマンに向かって冷静に矢を放ち続ける。
 そしてスケルトンとの時と同じように、リザードマンという津波に飲み込まれた。もはやその距離で弓兵が活躍する出番は無い。一方的なリザードマンの攻撃を受けて、次々湿地に倒れこんでいく。

 今だゾンビの群れは残るものの、殆どのスケルトンは湿地に沈んだのだ。

 そしてようやく動きだすものたちがいた。
 それはアンデッドビーストである。ウルフ、スネーク、ボア――様々な動物の死体によってなるそのアンデッドたちは、ゾンビの耐久性と動物の機敏さを兼ね備えるモンスターたちだ。
 アンデッドビーストはリザードマンめがけ突き進む。早いものは早く、遅いものは遅いという隊列も何も一切考えない突撃を持って。

 低い位置からの攻撃というのは意外に回避しずらい。アンデッドビースト達は足を噛み、動きを鈍らせてから止めを刺すという獣の正しい攻撃を行ってくる。
 疲労しつつあるリザードマンにとって、それは厄介な手段だ。動きが鈍くなりつつあるリザードマンの幾人かがアンデッドビーストによって喉笛を噛み千切られていく。
 戦士頭が先頭に立って戦うが、動揺の色の浮かびだしたリザードマンたちに援軍が来る。

 突如、湿地が盛り上がった。そこに姿を見せたのは、盛り上がった泥のような存在だ。高さにして160センチ程度。リザードマンよりも低い。それは手も足も頭も何も無い、円推の形をした泥だ。
 その姿は、シーツを被っておばけとかやっている子供を思い出すと分かりやすいだろうか。

 それが突如、動き出す。
 足もないのに意外に俊敏な動きで、アンデッドビーストに向かって進みだす。湿地だというのに水音が立たないのは足を使っての移動を行っていないことの現われか。
 突如、人であれば腕があるだろうかと思われる部分に、身の丈よりも長い鞭のようなものが伸びだした。

 それはリザードマンたちの切り札の2つ目。
 祭司たちが全員で力を合わせ召喚した、湿地の精霊<スワンプ・エレメンタル>だ。

 本来であれば膨大な準備時間がいるはずのそれは、儀式に参加する人数の増大という要素を持って、この戦争中に発動を可能とする。勿論、この儀式が終わった段階で殆どの祭司が精神的疲労から、意識をなくしているのだが。

 スワンプ・エレメンタルはアンデッドビーストの群れの中に突撃していく。
 そしてその鞭のような触手でアンデッドビーストを叩き、掴み上げていく。無論敵対的行動を取るスワンプ・エレメンタルにアンデッドビーストも立ち向かう。その爪で引き裂き、牙で噛み砕く。
 恐怖を知らぬもの同士の戦いだ。しかしながら徐々にスワンプ・エレメンタルが有利になっていく。これ単純に戦闘能力の差だ。祭司26名の合同で行われた儀式によって召喚された精霊の力の方が勝っているということの証明だ。
 それに勇気を取り戻したのか。リザードマンたちが突撃を敢行する。

 凄惨な殺し合いが始まる。今までのスケルトンを相手にしたものとは違う、リザードマン側にも負傷者が出る戦いだ。しかし、単純に人数的な意味で勝っているリザードマンが少しづつ押し出す。
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