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オーバーロード:前編 作者:丸山くがね
44/98

戦-4


「ほう。見えてきたじゃねぇか」

 ロロロの一番後ろに乗ったゼンベルが前方を見据えながら、にやりと笑う。
 数百メートル先に、1番目に指定された部族――鋭き尻尾<レイザー・テール>族の村が見え始めた。村はグリーン・クローと同程度の大きさだが、あふれ出したリザードマンたちが精力的に走り回っている様が見て取れた。

 戦士階級のもの達が幾つもの組を作って、互いの武器を振るう訓練したりしている。オスのリザードマンたちは木の杭を村の周囲に立てるように忙しそうに働いていた。メスのリザードマンたちは何かを村の中に運び込んだりしている。
 それはまさに戦争準備である。

「この雰囲気。たまらねぇものがあるな」

 ゼンベルが鼻をスンスン鳴らせ、空気中に漂う匂いを嗅ぐ。ザリュースもこの雰囲気は嗅いだことがある。かつての戦いのときに。
 血が沸き立つような、そんな興奮を誘われる匂いだ。
 ある意味そんな匂いをかいだことが無いのであろうか、クルシュはそんな2人とは違った感想を述べる。

「この子に乗ったままだと危なくない?」

 離れていても感じ取れるようなピリピリとした空気に、現在、植物系モンスターと化しているクルシュは不安を口にした。ロロロというヒドラが接近することで、血に飢えたリザードマンたちが殺到することを恐れたのだ。
 ザリュースは顔を知られているかもしれないが、クルシュとゼンベルは違う。さらにレイザー・テール部族の全てがザリュースを知ってるとも限らない。
 もしかすると攻撃されるのではないかという不安が生じるのも当然だろう。そんなクルシュに安心させるように優しくザリュースは答える。

「いや、逆だ。ロロロに乗ってきているからこそ危険が無いんだ」

 不思議そうな顔――は見えないが、雰囲気を漂わすクルシュにザリュースは簡単に説明する。

「兄が先に来ているはずだし、兄なら俺がロロロに乗ってくることを絶対に教えてるはずだ。だからロロロの姿が見えたという情報は兄の元にもう行ってるはずだ」

 事実、ロロロがゆっくりと湿地を歩く中、村から1人の黒いリザードマンが幾人もの戦士達と共に姿を見せる。ザリュースはその見慣れたリザードマンに見えるよう、手を大きく振った。
 黒いリザードマンは周囲を囲むリザードマンたちに何かを話し、解散させた。それから腕を組むと、ロロロが来るのを待ち受けるように門から少し歩いたところで、仁王立ちの姿勢をとる。

「あれが兄だ」
「へぇ」
「ほぉ」

 2人の声が重なった。クルシュは純粋な気持ちで、ゼンベルは強者を発見した獣のような気持ちで。

 ロロロが進むに連れ、両者――ザリュースとシャースーリュー――の距離は当然縮まる。やがては互いの顔がはっきりと見える距離まで近づき、ザリュースとシャースーリューは互いに顔を見つめあう。
 顔を見合わせていないのは4日足らず。しかしながら互いに二度と会えないかもという可能性があった分、感慨深いものがある。
 やがてシャースーリューがニヤリと笑う。同じような表情をザリュースも浮かべていた。そして今だ距離があるにも係わらず、声を張り上げ言葉を交わす。これ以上に我慢をすることを互いにできなかったのだ。

「良く帰ってきたな、弟よ!」
「ああ、良い知らせを持って帰ってきたぞ、兄者!」

 そこでシャースーリューの視線がザリュースの後ろに座る2人に動く。腰に回ったクルシュの手が、緊張感から多少こわばるのをザリュースは感じ取れた。

 完全に2者の距離は無くなり、ロロロはシャースーリューの前まで来ると、慣れたように歩みを止める。そしてシャースーリューに甘えるように4本の頭を伸ばした。

「すまんが、食べ物は持ってきてないぞ」

 その一言を聞いた瞬間、ロロロの4本の首はふてくされたようにシャースーリューから離れる。無論、ヒドラにはリザードマンの言葉を理解する能力は無い。しかしながらペットによくある主人の家族との共感能力とも言うべきもので感じ取ったのだろう。もしくは単純にシャースーリューから餌の匂いがしてなかったからか。

「さて、降りよう」

 ザリュースは後ろに座る2人に声をかけるとロロロの上から身軽に飛び降りる。そして手を伸ばすとクルシュの手を取る。そうやって降りてきたクルシュに目を止め、シャースーリューは訝しげに顔を歪めた。

「その植物モンスターはなんだ?」

 クルシュは肩を多少落とすが、特別な反応はもはやしない。ゼンベルのお陰であろう。だが次の爆弾には流石の彼女も硬直する。

「俺の惚れたメスだ」
「ほう」

 感嘆のため息をシャースーリューは上げた。そして自らの弟と今で手を繋いだままのクルシュに遠慮の無い視線を向ける。

「なるほど……まぁ、聞きたいことは1つだな。美人か?」
「ああ、結婚も考え――っ!」

 突如、手に走った痛みにザリュースは口を閉ざす。手を繋いだ相手が、ザリュースの手に爪を立てたのだ。それもおもいっきり。そんな2人を憮然とした顔でシャースーリューは観察する。それからたった一言、思いの篭った言葉を口にした。

「なるほど……面食いめ。何が……『俺に結婚は出来ないさ』だ。かっこつけおって。単に惚れた相手がいなかっただけではないか。……さて、グリーン・クロー族族長シャースーリュー・シャシャだ。同盟を組んでもらって感謝する」

 確認というよりも遙に強い口調でのシャースーリューの発言だが、今更動揺するクルシュとゼンベルではない。

「こちらこそ。レッドアイ部族、族長代理のクルシュ・ルールーです」

 クルシュの次はゼンベルが答えるだろうと皆が思ったのだが、予想に反してゼンベルから挨拶は聞こえない。その場の皆が不審がっている中、ゼンベルはシャースーリューの上から下まで数度、無遠慮に観察する。
 満足したのか頷きつつ、ゼンベルは口を開く。

「ほぉ、お前がか。かの祭司の力を使いながら戦うことのできる戦士。噂には聞いたことがあるぞ?」
「ドラゴン・タスクまで知られているとは驚きだな」

 挨拶ではない挨拶。そんなゼンベルの肉食獣を思わせる笑みに、同等のもので返すシャースーリュー。

「あんたの弟が良いって言うまでは、ドラゴン・タスク族の族長をやっているゼンベル・ググーだ」
「それはそれは良く来られた」
「でよぉ、ちっと戦わねぇか? やっぱ、どっちらが上かしっかりと話つけねぇとならねぇだろ?」
「……悪くは無いな」

 ザリュースに止める気はない。リザードマン的な考えからすると、強いものが強い言葉を持つのは当然なのだから。もし2人が戦いあうことでこれから先の話がうまく進むとするなら、満足いくまでやるべきだろう。
 しかしながら2人の争いまでには話は進まなかった。シャースーリューが軽く手を上げ、ゼンベルの戦闘意欲を削いだからだ。

「――と思ったのだが、今は少々時間が悪いな」
「なんでだよぉ?」

 ゼンベルの不満げな顔に、シャースーリューはニヤリと笑う。

「……そろそろ斥候に出た者たちが戻る。敵の詳しい情報が分かるという予定だ。それを聞いてからでも遅くはあるまい?」


 ◆


 1つの小屋が各族長たちの会議室として使われることとなった。
 その小屋に集まったのは各部族の族長、そしてザリュースの計6人である。

 無論ザリュースからすれば旅人である自らが出席するということには、異議を唱えた。しかしながらシャースーリューの自らの弟と呼ぶという意見に反論した族長は誰もいなかった。そのために無理に押し切られ参加することとなったのだ。

 シャースーリュー、クルシュ、ゼンベルは当然にしても、他の2人の族長が反対しなかったのは、かつての戦いにおいてフロスト・ペインを持っていた前シャープ・エッジ族族長を屠ったオスだと知っていたからだ。
 更にはレッド・アイ部族にドラゴン・タスク部族との同盟を成功させたほどの勇者の意見も聞いてみたい、というのは上に立つものとして当然だろう。


 さほど広くない小屋に6人は円陣を組むように座る。クルシュが白い肌を見せたとき、3人の族長達は驚きの色を隠せなかったが、今では冷静そのものだ。
 まずは互いの挨拶を終え、最初に口火を切ったのは小さき牙<スモール・ファング>の族長である。リザードマンとしては小柄は肢体だが、その四肢は鋼のように研ぎ澄まされている。元々は狩猟班に所属していたらしく、飛び道具の腕であれば恐らくはこの湖のリザードマン全ての中で、最も優れた腕を持っているだろう。事実、族長を決める際も、全て投石の一撃で終わらせただけの能力を持つ。
 そんな彼が敵の軍隊の場所を知るべく、全ての狩猟班を動員して探していたのだ。

「敵はおよそ5500強」

 全リザードマンの数を足したよりもはるかに大きい数字。
 それに対して驚きの声は上がらない。この場に合って驚くような者はいない。

「……それで敵の首魁は?」
「私の確認したところでは良く分からなかった。中に赤い巨大な肉の塊のようなモンスターがいたが、その辺まで近寄ることは流石に困難でね」
「どのような構成なのですか?」
「ふーむ。アンデッドモンスターの群れだったよ。スケルトンとゾンビの群れさ」
「リザードマンの死体を利用しているのか?」
「あれは人間という種族のものだと思うがね。尻尾は無かったからね」

「先手をうって攻撃をかけれねぇのか?」
「難しいだろうね。場所は森の一角を切り開いて作った広場だ。一体どれぐらいの時間をかけたんだろうかね。切り出しただろう木材が無いこと等も考えるとちょっと目的がつかめないが、何を考えてのことやら。――おっと話がそれた。とりあえずは森の中だ。我々なら兎も角、戦士まで連れては難しいね」
「では狩猟班のみでのは?」
「勘弁してくれよ、クルシュ君。現状25名程度の人数でどうやって5000を超えるアンデッドに損害を出せと? つかまって潰されて終わりさ」
「ふむ……祭司の力を動員してはどうだ?」

 シャースーリューの意見に数人が頷き、クルシュに視線が集まる。しかしそれに答えたのはザリュースだ。

「いや、辞めておいた方が良いな」
「なんでだよ?」
「向こうは今のところ約束を守っている。しかし攻撃されてまで約束を守るとは思えん」
「確かにそうですね。最低でも全部族が集まるまではこちらから攻撃を仕掛けないほうがよさそうですね」
「ならば篭城戦ですかね?」
「まもるのむずかしい」

 たどたどしい言葉がリザードマンの1人から出る。それは鋭き尻尾<レイザー・テール>の族長だ。
 金属のものとは違う光沢を持つ白い鎧で、全身を包んでいる。
 ほのかな――魔法の力を発した鎧。それこそ4至宝の1つ『ホワイト・ドラゴン・ボーン』である。

 それはアゼルリシア山脈に棲息するとされる、冷気の力を持つホワイト・ドラゴンの骨から削りだして作られた鎧である。無論、単なる骨から削りだしたものに――元がたとえこの世界の強者的存在であるドラゴンとはいえ――魔法が宿るはずが無い。しかしながら、その鎧はいつの間にか魔法の力を保有していたのだ。
 ただ、その力は呪いによるものかもしれないが。
 なぜなら、ホワイト・ドラゴン・ボーンは喪失される知力の分だけ、装甲を強固にするからだ。賢いものが着れば鋼鉄どころか、魔法銀たるミスラルや伝説ともされるアダマンティンにも匹敵する。
 ただ、一度奪われた知力は決して戻っては来ない。この辺りが力の源が呪いともされる所以だ。

 元々はリザードマンの中では、聡明で名が知れた彼がこの鎧を着たことによって、その鎧の強度はリザードマンたちが持つ武器の中で最も鋭い、フロスト・ペインを持ってしても弾かれる可能性が高いほど。しかも普通であれば知力を殆ど奪われ白痴化する例が大半にもかかわらず、彼は今だ回転力のある頭を保持している。
 その辺りが族長として選ばれた理由なのだが。

「こ、ここしっち、あしばわるい。かんたん……かべこわされる」
「なら打って出ますか?」
「はん、いいじゃねぇか。守るより攻めたほうが気持ちが良いってもんだ。1人で相手を5体倒せばいいんだろう? 楽勝だって」

 ゼンベルの発言に互いの顔を見合わせる他の参加者。結果、クルシュがそれを流すように話し始める。

「とりあえず、今の状態だと壁が簡単に破られると思います。ですので私達レッド・アイが補強等をさせてもらいますので協力をお願いします」

 他の族長達が同意として頭を縦に振る。寂しそうなゼンベルも含めて。

「とりあえずは篭城の準備をするとしよう。あとは指揮官等の運営機能の構築だな」
「まず祭司たちのまとめはクルシュ殿に任せましょうか。そのついでに戦争時も指揮権を持ってもらいましょう」

 それが良いと答える声に1人異論を発するものがいた。

「族長たちで別働隊を作るべきだ」

 発言者であるザリュースに全員の視線が集まる。

「なるほど……」
「ああ、なるほーど、せいえいつくる?」
「そうです。敵の数は多い。首魁を討たなくては負けてしまうかもしれない。それにあのアンデッドモンスターのような存在が出てきた場合、数ではなく少数精鋭で討つ必要がある」
「しかし指揮官の不在は不味いのでは?」
「せんしかしらから、せ……せんば……えらべばーいい」
「指揮官なんか無くても前の敵殴るだけでいいじゃねぇか……」
「……別働隊は後方から指令を出して、敵の本陣の発見や戦況的に不味くなったら動き出すというのは?」
「上手くいきますか?」
「いかないとなー」
「ならばザリュースも含めて、6人で1つでよいのか?」
「いや、更に分けて3人の2組にしましょう」

 数を分散させるということは2箇所で戦えるということでもあるが、逆に言うなら脆くなるということでもある。その不利益さを認識した上で、何のメリットを考えてザリュースがそれを発言したのか。みなの視線がその答えを望んでいると理解し、ザリュースは答える。

「敵の首魁を打つ隊と、首魁の守備を釘付けにする隊の2つだ」
「それは……敵の守備隊を食い止めるのは危険が大きいな」
「し、しかたなーい」
「ならば私達3人の族長と、ザリュース殿が呼んで来られた族長の2つに分けるのが賢いでしょう。隊の役目は臨機応変に変化させればいいでしょう」
「うむ。それがいい。問題ないな、ザリュース」
「ああ、了解した。クルシュにゼンベルも問題は無いか?」
「こっちは特別には無いわ」
「俺もだ。好き勝手殴れねぇのは残念だがな。勝者には従うぜ」
「では、向こうの襲撃まであと4日か?」
「だなー」
「ならばしなくてはならないことは?」
「投石の準備をしなくてはならないし、壁の強化。それと各部族の交流を図り、それぞれがちゃんと動くように組織立て無くてはならないだろう」
「その辺りの仕事の割り振りはシャースーリューに任せたいとスモール・ファング族としては思っている」
「おれたちもーそれでいいー」

 クルシュとゼンベルもそれに同意するように頷いた。

「では、俺が指揮を執らせてもらう」

 シャースーリューは再び見渡し、反対意見が無いかの最終的な確認を行う。誰一人、反論ない。それを受け、シャースーリューは頷く。

「ではこれから4日間で行うべきことを細かく決めていこう」


 ◆


 一通り仕事を終えたザリュースは騒がしい村の中を抜けるように歩く。幾人ものリザードマンがザリュースの胸に押された焼印と腰に下げたフロスト・ペインを見て、敬意の挨拶を送ってくる。
 多少わずらわしくもあるが、士気を上げるという意味でも答えないわけにはいかない。自信に満ち満ちた、そんな余所行きの表情を作ると、往々しくザリュースは答える。

 そんな態度を取りながらザリュースが向かった先は、村の外壁の部分である。そこでは急ピッチにクルシュの知識にある壁を製作しているところだった。

 幾人ものリザードマンたちが作業を行っていた。 
 木でできた杭と杭の間に植物で下地を作る。そしてその上から水気の少ないような泥を塗っているのだ。そしてそこに祭司達が何かの魔法をかけると、水気が飛んだのか、ひび割れた壁のようなものが出来上がった。そして今度は裏から同じような作業を繰り返しだす。

 ザリュースは何をしているのか理解できず、周囲を見渡し、それを説明してくれるような人物を探す。それはすぐに見つかった。

「クルシュ!」

 植物モンスターの格好をしたリザードマンが、ザリュースの声に反応し振り返る。

「ああ、ザリュース。どうしたの?」
「いや、何をしているのかと思ってな」

 湿地をバシャバシャと歩きながらザリュースはクルシュの横に並ぶ。それから目の前で繰り返される作業を指差した。

「あれは一体?」
「泥壁よ」

 頭部にあたる部分を掻き分けて、その顔を露出させたクルシュが一言で答える。

「一体どんな敵が来るのか不明だから、簡単には村に入り込まれないように作りたかったんだけど……時間が無くて半分も終わらないわ」
「そうか……しかし泥なんかでは簡単に砕かれるのではないか?」
「…………」

 クルシュの黙ったままの視線を受け、何か間違ったことを言ったかとザリュースは内心で慌てる。

「はぁ。大丈夫。確かに薄い泥では簡単に打ち砕かれるけど、分厚い泥壁は簡単には壊れないわ。急ピッチだし充分な材料が集まらなかったから、雨を受けたりすると少しばかり弱くなるけど、そう簡単には破壊されないから」

 確かに考えてもみれば、分厚くなったものは何でも壊すのに大変だ。
 そう納得したザリュースの前で何十人ものリザードマンたちが必死に作業をしているが、その壁ができているのはほんの一部だ。あと3日頑張ったとしてもさほど進まないだろう。しかしながらあるのと無いのではまるで違う。

「現在、覆えない部分は塀の作り方を変更して、引き倒されないような構造に作り変えてるわ」

 クルシュの指差す方角。
 そこでは杭を抜き取り、三角形の足場の上に突き出すように組まれている。そして杭と杭の間には、草で編んだ紐が何本も弛みながらも連なっていた。ザリュースが思い出してみると、レッド・アイ族の塀もそのようにできていた気がする。あの時は質問することができなかったが、今回は問題ないだろう。

「アレは一体?」
「あの足場の上に重りを載せて、引き倒されたり、押し倒されたりしないようにするの。そしてあの紐が間をすり抜けてくるものを止めるためのものね。ぴんと張ってると刃物で切り裂かれちゃうから、わざと弛ませてるわけ」

 ザリュースの質問に、声を弾ませ答えるクルシュ。それはザリュースに教えられるのが嬉しいのだ。今まで教えられていた立場だったというのも1つだし、ある感情から来るものでもあった。

「なるほど……あれなら確かに簡単には壊されないな」

 感心した声のザリュースに、自慢げな呼吸音を立てるクルシュ。

 ザリュースは深く頷く。
 かなり急ピッチではあるが、充分な要塞化が進んでいるといえよう。確かに人やドワーフたちが作るようなものには非常に遠い。しかしながら足場の悪い湿地という場所を考え、これ以上は現状ないだろう。

「ところでザリュースは戦士達に――」

 クルシュがそこまで口にした時、2人の元に風に乗って戦士達の騒ぎ声が聞こえてくる。熱気に満ち満ちた激しいものだ。

「一体何事?」

 クルシュは声の流れてきた方角に顔を向けるが、残念ながら家に隠れて何が原因かまでは分からない。しかしどこかで聞いたことのある歓声だ。
 そんな風にクルシュがどこかで聞いたのか、と自らの記憶を手繰っている中、ザリュースには答えを述べる。

「ああ。これはゼンベルが戦っているのではないかな? 今頃、兄と遣り合っているのだろ」
「そうだわ。ザリュースが戦ったときの歓声にそっくりなんだ」

 納得いったクルシュの中に新しい不安が浮かび上がる。

「でも勝てるの? あなたのお兄さんが負けると面倒なことにならない?」

 一応はこの同盟の最高指揮官はシャースーリューだ。そんな命令を下す人物が敗北を喫したりした場合、非常に厄介なことになるだろう。
 というのもリザードマンは強さに1つの重みを置く。弱い奴では信頼できないという種族的な考えのためだ。そのため勝者が敗者に従うというのを納得できるものは少ないだろう。結果、命令が上手く通らなくなる可能性は非常に高い。特にゼンベルを族長とするドラゴン・タクスの者はシャースーリューの命令を聞かなくなるだろう。
 そんなゼンベルの強さを目の前で見せられたクルシュの不安も当然だ。しかしながらザリュースはさほど心配していなかった。

「さぁな。しかし兄も強いぞ。特に祭司の力を使用させる時間があればあるほど強くなる。下手すれば俺でも負ける」

 自らに強化魔法をかけまくったシャースーリューは半端じゃ無く強い。さらに模擬戦では使わないだろうが、攻撃魔法まで使い始めたら、フロストペインを持っていなかった頃のザリュースでは相手にならなかったほどだ。
 かつてザリュースが前の持ち主を倒したとき、フロスト・ペインの1日に3回までしか仕えない必殺技とも言っても良い特殊能力を、3度使わせた相手こそシャースーリューなのだから。

「ならば良いけど……」

 今だ不安を隠しきれないクルシュに兄の戦う姿を見せてやるべきかと思い出したザリュース。そんな2人の前をぐったりした戦士達が数人、横切って歩いていく。

「……あれは? 何かの病気かしら?」
「……ああ、ゼンベルが酒を飲ませた結果」
「な! 皆、急がしい時期に!」
「そういわないでくれ。各部族の意志をまとめるという意味での苦肉の策でもあるんだ」

 そういいながらゼンベルはそんなことを考えている気配は無かったのをザリュースは思い出す。しかしクルシュはなるほどと納得の意志を示した。
 彼女の記憶にあったのはドラゴン・タスク族での酒盛りの光景だ。あれによって急激に仲が深まったような記憶が、彼女のイメージをより良いものとしている。

「それなら仕方ないわね」
「……そうだな。仕方ないな」

 ふと、クルシュが黙る。
 ザリュースは聞き出そうとはしない。ただ、黙って待つだけだ。やがて、クルシュはポツリと呟いた。

「避難の方は進んでいる?」
「ああ、あっちも順調だ」

 各部族の選別されたものたちは現在一箇所に集められている。そこで出発の時を待っている状態だ。

「あっちは問題なく進むかしら」
「そればかりは分からないな。もしかしたらこの湖からリザードマンは全て滅びるかもしれない」

 ザリュースは今まで言わなかった1つの不安を口に出そうと決心する。全てが決まったこの状況下で故意的に話さなかった内容を告げるのは、あまりにも卑怯な行為だ。無論、そんなことザリュースだって理解している。それでも惚れたメスに隠し事はしたくないという、単純だが強い意志は抑えきれない。

「1つだけ不安があるんだ――」

 ザリュースの隠し切れない不安を込めた声を受け、クルシュが笑った。その笑いはしてやったりというものだ。あまりにもクルシュらしくない――場違いな表情に、ザリュースはそれ以上の言葉を紡げない。そんなザリュースの代わりに口を開いたのは当然、クルシュだ。

「――あの時、言わなかった奴かしら? ならば敵がこの動きを読んでいた場合。同盟を組むことを待っていた場合でしょ?」

 ザリュースは黙る。その通りだと。
 向こうが時間を与えたのも、価値を見せろといったのも、纏めあげた全部族を一気に潰したいという狙いを持っていた場合だ。そうだとすると逃げ出したリザードマンを追うだけの能力はないかもしれないという予測が立つ。しかしその場合もまた問題を含んでいるのだ。
 既にその案に気づいていたクルシュは、その場合の結果、生まれる問題を述べる。

「それでも、結局、食料問題はいずれはでてくる問題でしょ?」
「……ああ」

 結局、避難の方向で考えると、食糧問題はどうしても生まれてしまうのだ。

「不安は色々あるわ。ザリュースみたいに色々考える人はそうでしょうね。でもなんだかんだは1回勝って、それから考えましょう?」
「向こうが一回で諦めるとは思えないぞ?」

 結局、敵の戦力や目的、そして正体に至るまで全てが不明だというのが問題なのだ。情報があればそれに応じた行動が取れただろう。しかしながら皆目検討の付かない現状では、最悪を予測した上で、最も安全だと思われる策を取るしかない。
 それには答えずにクルシュは――

「見て――」

 クルシュは手をあげる。その先には何もないが、指し示したいのはこの村の全てなのだろうとザリュースは理解できた。

「全てのリザードマンの部族が1つの目的に向かって努力している姿よ」

 確かに様々な部族のリザードマンたちが同じ目的に向かって進んでいる。
 ザリュースの脳裏に昨晩の一部の戦士たちでの宴会が浮かんだ。そこにはどの部族もなかった。確かにかつての滅ぼされた2つの部族の生き残りにわだかまりがなかったといえば嘘にはなる。しかしながら、その恨みすらも飲み込んで今回の一件に当たるというのだ。
 皮肉なことだ。
 ザリュースは口の中で呟く。外敵が出来ることで団結するその光景を目の当たりにするとは。

「守るべきは可能性よ、ザリュース。今回のこの全部族の同盟が、私達を発展させてくれるはずだわ」

 クルシュの頭が壁に動く。
 ザリュースも見たことの無い技術。しかし、これは他の部族の知るところとなった。ならばこの壁はいずれ、全てのリザードマンの部族で使われるだろう。このしっかりとした壁があればモンスターが中まで入ってくることは無くなるだろう。

「ね、勝ちましょう、ザリュース。後のことなんか分かるはずもない。もしかしたら倒してしまえば敵はいないかもしれない。そうしたら私達は発展できるわ。もう、食糧問題なんかで同族殺しをしないでいい世界が来るかもしれない」

 微笑むクルシュ。ザリュースは胸からこみ上げる気持ちを抑える。もし開放したらとんでもないことになりそうで。ただ、これだけは――

「やはりお前は良いメスだ。――初めて会ったときのことを、今回の戦いが終わったら聞かせてくれ」

 クルシュは微笑をより明るいものとした。

「分かったわ、ザリュース。終わったとき答えは言わせて貰うわ――」


 ◆


 準備の時間というものは非常に速く流れるものである。

 そして――約束の日が来る。

 太陽がじりじりと亀のような動きで天に昇り、澄み切った青い色を見せる。
 風はいつもどおりの涼しげなものだが、音というものを一切運んでこない。痛いほどの沈黙が世界を包んでいる。
 刺せば破裂するような緊張感。
 誰かがごくりと唾を飲み、誰かが荒い息で呼吸を繰り返す。

 その場にいるリザードマンたちが言葉を発さなくなってから、どれだけの時間が経過した頃だろうか。
 突如、天に穴が開くように、ぽつんと黒雲が生まれる。それは前に起こったような勢いで範囲を広げ、どんどんと青かった空を覆いつくしていく。
 だが、その下にいるリザードマンたちに驚愕や畏敬。そういったものは無い。ただ、前方のみを見据えるのみだ。

 やがて完全に黒雲が天を覆い、太陽光を遮ったことによる薄闇が周辺を漂いだした頃――
 リザードマンたちの視線の先。森と湿地の境界線からゆっくりと、しかしながら無数といっても良いほど何かが現れだす。木々によって隠れているためにどれだけいるのかは分からない。ただ、無限とも思えるように後から後から姿を見せはじめた。



 攻め手はゾンビ2500体、スケルトン2500体、アンデッド・ビースト400体、スケルトンアーチャー200体、スケルトンライダー120体。
 総勢5720体に、指揮官および守護兵。



 対する守り手はリザードマンの5部族同盟。
 グリーン・クロー部族、戦士103名、祭司5名、狩猟班7名、オス124名、メス105名
 スモール・ファング部族、戦士65名、祭司1名、狩猟班16名、オス111名、メス94名
 レイザー・テール部族、重装甲戦士89名、祭司3名、狩猟班6名、オス99名、メス81名
 ドラゴン・タスク部族、戦士125名、祭司2名、狩猟班10名、オス98名、メス32名
 レッド・アイ部族、戦士47名、祭司15名、狩猟班6名、オス59名、メス77名
 計、戦士429名、祭司26名、狩猟班45名、オス491名、メス389名
 総勢1380名に、部族の族長およびザリュース。



 ■



 後の世にて超越者<オーバーロード>の名をもって知られる至高帝アインズ・ウール・ゴウン。神王長とも称される偉大なる存在が、直轄のナザリックを動員して戦争を行ったのは、カッツェ平野の大虐殺が最初とされる。
 2つの国家が軍事力を動員してぶつかり合いながらも、戦争ではなく大虐殺と呼ばれるのは、至高帝アインズ・ウール・ゴウンの圧倒的なまでの力によって、敵軍に膨大な死者を生み出したためとされる。その圧倒的で一方的な行いは、戦争ではなく大虐殺と呼ぶのが最も正しい、と。

 そしてそれ以降も、ナザリックが動いた戦いで戦争と名づけられた行いは歴史上数少ない。

 しかしながら歴史には語られない戦争――カッツェ平野の大虐殺の前に、小さな1つの戦いがあった。


 その歴史に残らない、規模からすると非常に小さな戦争。

 ――今その戦いがゆっくりと幕を開こうとしていた。
+注意+
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