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真祖-1

 近くの森から出てきた10人の男達が1台の馬車の周りを半円形に包囲する。それぞれバラバラの装備をした男達だ。どれも作りが良いわけではないが、劣悪なものではないという、一応は武器にも注意を払っているんだろうというのが分かる程度の品質だ。
 それらの武器が月明かりの下、ギラリとした輝きを放っていた。
 着ている鎧はチェインシャツ程度の軽装鎧がほとんどだ。

 彼らは口々に獲物にどうするか、とか順番がどうのといった会話をしている。その姿は、完全に油断しきったものだった。実際何度も繰り返している行為だ。今回に限り緊張しているというのほうがおかしい。

 ザックは御者台より飛び降りると小走りで、現れた男達の下に向かう。
 無論、逃げられないように御者台から降りる際に、馬の手綱は既に切られている。そして片側のドアは開かないように小細工は済んでいる。男達側のドアしか開かないように。

 中にいるであろう獲物たちに見えるよう、男達は手に持った武器をチラつかせ、無言の警告を発する。それは早く出てこないと大変なことになるぞ、という旨だろう。

 そんな中、ゆっくりと馬車の扉が開く。
 月光の下、1人の美女が姿を見せた。集まった傭兵いや野盗達から下卑た笑い声と欲望に塗れた眼差しがその美女に集中する。男達の顔には今から起こるイベントに対する嬉々とした感情が満ち満ちていた。
 その中において驚愕した人間が1人。
 ザックだ。
 彼を驚きを一言で表すなら、だれ? である。知らない人物。だが、知っている馬車。その食い違いがザックを完全に混乱の海に投げ込み、言葉を出させなかった。

 そしてその後に再び同じような格好をした女性が姿をみせたことで幾人かが怪訝そうな表情を浮かべる。彼らは皆こう聞かされていたのだ。世界を知らないお嬢様と執事の爺の2人連れだと。
 そして更に1人の少女とも言って良い年齢の女が姿を見せたとき、彼らの疑問は空の彼方へと吹き飛んだ。

 銀の細い糸のような髪が月の光を反射し煌く。真紅の瞳が濡れたような色を放っている。
 感嘆の言葉すらでないような美姫の登場を受けて、賛美者のため息がそこにいた野盗達、皆からもれた。シャルティアは淫靡な笑みを浮かべ、そのまま男達の前まで歩く。

「皆さん、わたしのために集まってくださってありがとうございんす。ところでこなたの中で一番偉い方はどなたでありんしょう。交渉したいのでありんすがぬし?」

 野盗の視線が1人に集まるのを確認し、必要な情報は得たとシャルティアは判断する。つまるところそれ以外の人間は不要ということだ。

「な、なんでぇ。交渉って言うのは」

 シャルティア――絶世の美との遭遇からようやく立ち直ったのか、リーダー格と思われる人物が一歩前に出る。

「ああ、おゆるしなんし。交渉といわすのは必要な情報を手に入れるためのお茶目な冗談。まことにおゆるしなんしね」
「あんたらは一体……」

 呟いたザックにシャルティアが向き直る。

「あなたがザックといわす人物ぇ。あなたは約束どおりソリュシャンに渡すつもりよ、少うし離れていてもらえんすか?」

 幾人かが理解を求めるように互いの顔を見合わせるが、そのうち――

「へん。ガキにしちゃ良いもん持ってんじゃねぇか」

 たまたまシャルティアの前にいた野盗の1人が、シャルティアの年齢の割には大きく盛り上がった胸に手を伸ばす。そして――コロンと落ちた。

「汚い手で触りんせんでくんなまし」

 男は自らの無くなった手を呆けたような表情で眺め、遅れて絶叫を上げた。

「ぁぁああ! て、手が、手がぁあああ!!」
「手がなくなりんしたぐらいでそんな大きな声で喚かないでくんなまし。男何だぇら」

 シャルティアは呟くと無造作に手を振るった。それにあわせ、どさりと頭がいとも簡単に地面に落ちた。
 刃物を持ってすらいない細く綺麗な手でどうやってそれを行ったのか。野盗の誰もが呆気に取られ、精神的衝撃に朦朧とする。だが、次の光景に引き起こされた恐怖が、意識を取り戻させた。
 切り落とされた首から吹き上がる血は、まるで意志を持っているようにシャルティアの頭上に集まり、球体を形作る。
 人ならざる技。知識としてさほど知らない人間は最初にこう考える。

「スペルキャスターだ!」


 魔法使い<スペルキャスター>。
 それは広義の意味で魔法を使う存在。
 神の奇跡を行う聖職者<クレリック>や神官<プリースト>も、異界法則を行う魔術師<ウィザード>や秘術使い<アーケイナー>、大自然の神秘を行使する森祭司<ドルイド>等々全てをひっくるめた言葉だ。
 しかしながら各職によって行使される魔法の種類は当然違う。そして向き不向きも。
 知識ある人間であればより細かな警告が発せられるだろう。それが無かったということは、つまるところ魔法に関する知識は皆無に等しいと判断しても良い。


 それを理解したシャルティアは、周囲で慌てて一斉に剣を構える野盗たちにつまらなそうに視線をくれる。

「おもしろうありんせん。あとはあなたたちが片付けなんし。それと彼とザックだけは……分かっていんすね?」
「はい、シャルティア様」

 左右後方に控えていたヴァンパイアが前に出ると、シャルティアに剣を振り下ろそうとした野盗の1人を殴り飛ばす。中身の詰まった風船が弾けるように内容物と体液を撒き散らしながら、その野盗は大きく中空を舞った。
 それは野盗には恐怖と苦痛を、シャルティアには喜悦を与える戦闘の始まりの鐘だった。



 引きつるような笑いを浮かべ、ザックはその光景を眺めていた。
 あまりにもひどい光景だ。
 残忍な殺し方は血の臭いで気持ちが悪くなるほど。

 人間の手足が紙のように引きちぎられ、両手で掴まれた頭部が柘榴のように弾ける。
 野盗の1人が両手で抱擁され、胴部が圧迫されたのだろう。口から中身を吐き出しながら悶絶している。あれで死ねないのだから人間というのは頑丈なものだ。
 地面に転がっているのは逃げようとして両足を砕かれた奴だ。白いもの――骨が肉と皮膚を突き破って僅かに見えている。今も両手で必死に地面を掻きながら少しでも恐怖から離れようと、少しでも生きようともがいている。
 足元に平伏し命乞いをする男を見下す、絶世の美少女の音程が外れたような笑い声が、妙に耳に障る。

 何でこんなことに……。

 ザックは必死に考える。こんな酷いことがあっていいのだろうか、と。
 良いわけが無い。あんな酷い殺し方を認めるわけにはいかない。ではどうすれば良いか。たまたまザックには攻撃を仕掛けてこないが、逃げ出そうとすれば二度とそんなことができないよう何らかの手段を取るだろう。
 ザックは懐に隠し持っている短剣を、服の上から触る。
 なんてちっぽけなんだろうか。こんなもので人の腕を簡単にもぎ取る存在と戦えるわけが無い。

 自分が何をしたというのか。あんな化け物に何かしようなんて考えてもいなかった。

 ザックは自らの身を少しでも隠そうとするかのうように、両腕で自分の体を抱きしめる。リズミカルに鳴る自分の歯が五月蝿い。この音を聞きつけてあの化け物たちがこちらを向いたらどうする。必死に堪えようとするが、意志に反し、歯は鳴り続ける。

 大体なんだ、あいつらは。あんな奴らなんか知らない。
 そう考えたとき――

「ザックさん。こちらに」

 ――突如、この残酷な風景には合わないような涼しげな声がザックの後ろから聞こえた。
 恐怖に怯えながら振り返った先に立っていたのは、自らの雇い主だ。
 普段高慢な声で騒ぎ立てている雇い主とは思えない表情を浮かべている。もし冷静な頭なら警戒が先にたったかもしれない。だが、この異様な世界と血の臭いに混乱していたザックには違和感は何一つとして思わなかった。

「なんなんだよ、あいつらは!」

 ザックは音程が外れたような甲高い声でソリュシャンに怒鳴りつける。

「あんな奴らがいるなら、いるっていえば良かっただろ!!」

 じろりとザックの後姿を睨み付けるシャルティアに、我慢してもらうようソリュシャンは合図を送る。それを受け不承不承と頷くシャルティア。

「黙ってないで、なんとか言えよ。全部おまえのせいだろうがぁ!」

 ザックは手を伸ばしソリュシャンの胸元を掴むと、激しく前後に揺する。

「……了解しました。こちらへどうぞ」
「た、助けてくれるのか!」
「いえ。最後に楽しませてもらおうかと」
「は?」
「セバス様はこういうことはあまりお好きではないですから、許可はもらっていますがせめてこちらで」

 何を言われたのか理解できない。だが、自分だけ別に連れて行かれるという自体にほんの微かな生存の糸が見えたのか、ザックの困惑した顔に希望の色が浮かんだ。それを知ってか知らずか、ソリュシャンの笑顔に変化は無い。

「あまり激しくは辞めてくださいね」

 馬車の陰までザックを招いたソリュシャンはそう呟きながら、ドレスを緩めようと背中に手を伸ばした。その光景を見て呆気に取られたのはザックだ。何をこの女はしてるんだと奇妙な生き物を見るような目でソリュシャンを見続ける。

「な、何してんだ?」
「なんでしょうね」

 ソリュシャンは中に着ていたビスチェもそのまま緩める。
 その瞬間を待っていたかのように、窮屈そうに押し込められていた双丘が転び出た。ツンと尖った円錐の形をおり、白い肌は月光をに照らされ透き通るようだった。
 その光景にザックの喉が我知らずごくりと唾を飲み込む。

「どうぞ」

 ザックに触れとばかりに裸の胸を突き出す。

「何を……」

 考えたのはザックに惚れたという線だ。考えられる中では一番ありそうな答え。

「立ってるとあれですか?」

 ソリュシャンは形の良い胸を晒したまま、大地に横になった。
 美しい。今までザックが見たどんな女の体よりも美しい。
 ザックが抱いてきた中で一番美しかったのは、やはり襲ったたび馬車に乗っていた娘だ。ただ、ザックに順番が回ってきたときはぐったりとし、身動き1つせず蛙のように股を開くだけだったが。それでも美しさは失われては無かった。
 だが、今目の前にいる女はそれ以上に美しく、あのときのように反応が無いわけではない。
 欲望がザックの体に火をつけた。股間を中心に熱くなり、荒い息で覆いかぶさるようにザックも大地に横になる。大地の冷たさが心地よいほど。
 犬のような息を漏らしながら、ソリュシャンの肌に手を滑らす。
 絹でできた布――そんな感触だ。

 我慢しきれなくなったザックは、ソリュシャンの形の良い胸を鷲づかみにした。

 ずぶりと手が沈む。
 柔らかさのあまり手が沈んだような感触がしたのか、ザックが最初に考えたのはそんなことだ。だが、手に視線をやり、自らの考えが甘いことに一泊の呼吸を置いてから理解した。
 手が文字通りの意味で、ソリュシャンの体の中に沈んでいるのだ。

「な、なんだよ、これは!」

 理解できない事態に直面し、絶叫を上げ、手を引き戻そうとする。だが、ビクリとも動かない。それどころか、より引き釣りこまれる。ソリュシャンの中に無数の触手があり、それが手に巻きつき、引きずり込むように。

 ソリュシャンの表情に変化は無い。ただ、静かにザックを観察するだけだ。

「おい、やめろ! 離しやがれ!」

 ザックは空いた手で握り拳を作ると、全力を込めてソリュシャンの顔に叩き込む。
 一度、二度、三度。上から体重を込めた一撃。骨が砕けても可笑しくない一撃を受けても、ソリュシャンは平然とした顔をしている。それどころか、ザックは殴った感触が異様なことに背筋を震わす。
 水の入った柔らかい皮袋を叩くような感触なのだ。それは決して人間のものではない。興奮して忘れていた後方で起こっている地獄の光景が頭をよぎる。
 ザックは悲鳴をかみ殺す。
 ようやく完全に気づいたのだ。目の前で肌を晒している女が化け物だということが。

「ご理解いただけました? ではそろそろ始めますね?」

 何が。そう問い返す前に、数百本の針が同時に突き刺さるような激痛が飲み込まれた手から上ってくる。

「あああああ!」
「溶かしてるんです」

 激痛の中聞こえてくる非常に冷静な言葉。その意味するところを理解はできなかった。あまりにザックの知る世界から逸脱することが起こりすぎていて。一時的な脳の処理容量のオーバーフロー状態に陥っていたのだ。

「私、実は何かが溶けていくのを観察するのが好きなんです。ザックさんは私の中に入りたがっていましたし、ちょうど良いかと思って」 
「ぎぃいいい! 糞ッ垂れのモンスターが! 死にやがれ!」

 激痛を抑え殺し、ザックは吐き捨てながら懐から短剣を抜き払う。そしてそのまま一気にソリュシャンの顔面に深々とつき立てた。びくんとソリュシャンの体が跳ねる。

「ざまぁみやがれ!!」

 さて、湖面に短剣を突き立て何か変わるだろうか? 
 せいぜい波紋が出来る程度だろう。つまるところ、そういうことだ。

 短剣を顔につきたてたまま、ソリュシャンは目がぐるっと動き見据えると、静かにザックに話しかける。

「申し訳ありません。私――物理攻撃に対する完全耐性を保有してますので、それでは傷を付けることはできません。とりあえず溶かしますね」

 刺激臭が立ち込め、ほんの数秒で刀身を溶解された短剣がソリュシャンの顔から滑り落ちる。その下から現れたのは、宣言どおり傷一つ無い綺麗な顔だ。

「なんなんだよ、おまえはよぉ」

 手から伝わる激痛と、目の前にある死からわきあがる恐怖によって、半分泣き出した顔でザックは呟く。それにソリュシャンは平然と答える。

「捕食型スライムです。あまり時間もかけられませんし、もう飲み込ませてもらいますね」

 ずるりと一気にザックの腕がソリュシャンの体に飲み込まれる。泣きわめき、叫び、命乞いをするザック。だが、ソリュシャンの体内に飲み込もうとする力は依然として強いまま。人では決して抗えないような強さで腕、肩と飲み込んでいく。

「アラーナ!」

 最後にその名前を叫び、ザックの顔がソリュシャンの体に飲み込まれた。そのままゆ蛇がえさを飲み込むようにザックの体は飲み込まれていく――。



 数分という短い時間で、その場には動くものは無い。ただ、血と鼻を刺激するような異臭が漂うばかりとなっていた。頭を踏み潰した際にシャルティアのハイヒールについた脳漿を、舌で掃除させていた男1人があとは生き残るばかり。

「殺したりはしないでありんす。約束したとおり」

 恐怖で顔を歪めきった男が這い蹲った姿勢のまま、シャルティアに感激した視線を送る。必死に頭を下げ、感謝の意を表す。そんな犬のような男に、シャルティアは慈母の表情を向ける。それから指を1つ鳴らした。

「吸いなんし」

 その言葉がどういう意味なのか。男が知ったのは2人のヴァンパイアが傍に立ったときだった。

 シャルティアは最後の男の生命が消え行く姿を横目に見ながら、馬車のほうから1人で歩いてきたソリュシャンに声をかける。

「おや、もういいんでありんすか?」
「はい。全てすみましたので。今回はありがとうございました」

 ソリュシャンは胸元の乱れを隠す。

「いいんでありんす。同じナザリックの仲間でありんすから。ところでザックさん、良い気分味わったかしら」
「その最中ですよ。ご覧になりますか?」
「え? いいんでありんすか? では僅かだけ見せてもらえんすか?」

 突如、ソリュシャンの顔から成人男性の腕が突き出した。それにあわせて刺激臭が満ちる。出所はその腕だ。強力な酸でも浴びたかのように爛れ、煙を上げている。
 まるで湖面から突き出したような腕は、何かを掴むように必死にくねりながらもがく。その度ごとに溶け出した肌からじくじくとした液体が周りに飛ぶ。

「申し訳ありません、ここまで元気だとは」

 ソリュシャンは腕が突き出しているというのにまるで痛みを感じて無い顔を、げっぷをしてしまったように恥ずかしげに赤らめる。それから無造作に突き出した腕を顔に押し込んだ。ばたばたと暴れる腕を構わずに完全に押し込むと再び微笑んだ。

「凄いでありんすね。人1人丸呑みにしてもさらさら外見には出ないんでありんすから」
「ありがとうございます。外見に出ないのは元々私の中身が空だからだというのと、そういう生き物だから特殊な魔法の効果によるものだと思います」
「へー、余計なお世話かも知んせんがいつ死んではうのかしら」
「そうですね。直ぐに殺せというならもっと強力な酸を分泌しますが、せっかく私の中に入りたいと思われていたんですし、1日ぐらいは堪能させてもらおうかと」
「さらさら悲鳴とか聞こえないけど」
「はい。口元は完全に私が入り込んでますから私しか聞こえません。臭いも完全に押さえ込んでますので」
「捕食型スライムって凄いんでありんすね ……。うん。こんど一緒に遊びんせんかぇ?」
「構いませんが……おもちゃはどうされるんですか?」

 チラリとソリュシャンの視線が後ろのヴァンパイアに向かう。それに気づいたシャルティアは楽しげに笑う。

「あの娘達も悪くは無いんけれど、侵入者とかがいたら捕まえてアインズ様におねだりしようと思っていんす」
「了解しました。そのときはお呼びください。胸まで飲み込んでそれ以外を外に出すなんて面白そうかと」
「いいわぇ。あの拷問官とかと話、あうんではない?」
「あの方の芸術には私では残念ですが付いていけません」

 さらに続けて口を開こうとしたシャルティアを、後ろから掛かった声が止める。

「ソリュシャン。こちらの準備は終わりました。そろそろ出発しましょう」

 馬の手綱を交換し終えたセバスが御者台から声をかける。

「はい。今、参ります」

 パタパタと馬車の中に入っていくソリュシャンの後姿を見ながら、御者台に座るセバスを見上げる。

「では、セバスとはここでお別れでありんすね 」
「そうですか。そうしますと野盗の塒が見つかったようですね」
「ええ。これから襲撃をかけて、アインズ様が気に入られるような情報を持ってる奴を探すつもりでありんすぇ。 今回のは外れでありんしたみたいでありんすから」
「そうですか。ここまでご一緒できて楽しかったです、シャルティア様」
「それはありがとう。またナザリックで会いんしょう」
「ええ、では失礼します――」



 ■



 森の中を疾走する。その影は2つ。シャルティアのシモベ且つ愛妾のヴァンパイアたちだ。
 先を走るヴァンパイアはその両手に大切そうにシャルティアを抱き、後を走るヴァンパイアは人間大の枯れ枝のようなものを引きずっていた。
 森の中に一本だけ作られた獣道は足場は悪く、時折、細い枝が飛び出している。
 だが、闇の中、2人ともその服に1つもほつれを作らず、その悪路をハイヒールを履いたまま嘘のようなスピードで進む。
 突如、先行するヴァンパイアがまるで何かに足を取られたように急に動きを止めた。それにあわせ、後ろのヴァンパイアも動きを止める。
 もぞりとその手に抱いたシャルティアが動く。それからゆっくりと地面に降り立った。ハイヒールを履いたほっそりとした足が地面に触れ、ドレスがそれを覆い隠すように滑り落ちる。
 長い銀髪を煩わしげにかきあげ、首を軽く回す。それから見下すように自らを今まで運んできていたヴァンパイアを見る。

「いったい、どうしたんでありんすか?」

 シャルティアが動きを止めた理由を自らのシモベのヴァンパイアに尋ねる。
 森の中、シャルティア自身が走らないのは単純に面倒なだけである。それと靴が汚れるのを避けるためでもあるが。
 その自分を運んでいた者が、シャルティアの意思無く歩を止めることは許されない。場合においては折檻ね。そんな意志が質問にはこめられていた。

「お許しください。ベアトラップにかかりました」

 見ればヴァンパイアの細い足に無骨で強力な金属製の罠がしっかりと食い込んでいた。通常は人間対策ではなく野生のそれこそ――熊に使用するものだ。足甲を着用していてもその衝撃で簡単に人間の足首ぐらいはへし折るだろう。
 だが――しかしながらヴァンパイアは普通の人間とは違う。
 噛み砕くための歯はその足に少しも突き刺さってはいない。かすり傷すら付けることなく肌で食い止っている。

 ヴァンパイアは銀やそれに順ずる特殊金属や、ある程度の魔力的な強さを持つ、もしくはアンデッド対策された魔法の武器以外のほとんどの物理攻撃を軽減する能力を保有している。それを持ってすれば単なる鉄でできたベアトラップでは傷を与えることは不可能である。
 ただベアトラップのもう1つの効果。
 行動を阻害するという働きは十分に発揮している。見ればトラップにつけられた太い鎖が上手く隠すように地面を通って近くの木に結ばれていた。
 相手を殺す意図がないのは毒を塗られて無い時点で一目瞭然だ。単純に足止めの意図だろう、荷物を作ることで相手の動きを鈍らせる目的の。

「……はぁ」仕方ないといわんばかりにシャルティアは首を振る「とっとと外しなんし」
「はい」

 シャルティアの命を受け、ヴァンパイアはほっそりとした手を伸ばし、両方の歯を掴むと無造作にこじ開けた。圧倒的な筋力にベアトラップは耐え切れず、その歯に掛かった獲物を解放する。
 単なる美女がベアトラップをこじ開ける。それはまるで嘘のような光景ではあるが、ヴァンパイアの筋力を知る者からすれば驚くほどのものではない。ヴァンパイアの筋力を持ってすればたやすいことだ。トゥルーヴァンパイアのシャルティアの筋力は更にそれを輪をかけているのだが。

「しかしこな罠があるなんて、どうやら予定の場所まであと僅かといわすところかしら」
「はい。少々、お待ちください」

 後ろに付き従っていたヴァンパイアがその手に持った枯れ枝のようなものを投げ捨てる。

 それは枯れ枝なんかではない。全身の水分を失い、完全にミイラ化した人間の死体だ。
 乾燥した死体は放り出され、地面を転がると、やがてギクシャクと動き出す。
 枯れ枝の腕の先には鋭くとがった爪が伸び、空虚な眼窩には赤い――ヴァンパイアと同じ光が灯っていた。微かに開いた口からは異様に鋭く尖った犬歯が突き出している。
 下位吸血鬼<レッサーヴァンパイア>。それがそのモンスターの名前である。

 ヴァンパイアに血を吸い尽くされた者はこのモンスターに成る。先ほどの野盗の成れの果ての1つだ。

「聞きます。あなた方の塒まではあと少しですか?」

 レッサーヴァンパイアは自らの主人に深々と頷き、うなり声とも悲鳴とも取れるような声を漏らす。

「とのことです、シャルティア様」
「そう。連動式の罠が無いのはどうしてなんでありんしょうか」

 これだけではなく、更に鳴子や次の罠を仕掛けた方が利としては適っている。だが、それに類する罠は見つからない。しばし考え、シャルティアは周囲を見渡す。
 何者かが隠れている気配は無い。ならば――

「まぁ、いいでありんしょう」

 無理に頭を悩ませても仕方が無い。分からないことは分からないのだ。解除スキルの無いシャルティアでは罠の捜索は不可能。魔法を使えばどうにかなるがそんなことをするのは面倒だ。ならそういうものだと納得するのがもっとも簡単だ。

「あの娘借りてきたほうがよかったでありんしょうか」

 先ほど分かれたばかりのソリュシャンをシャルティアは思い出す。ソリュシャンはアサシンとして能力を高めている。彼女であれば罠の発見等はお手の物だっただろう。一緒に楽しめるし、という言葉は飲み込む。



 やがて野盗の塒の近くまでシャルティア一行は到着する。森の中だというのに段々と木々がまばらになり、そこを抜けると木々が完全に無くなり草原が広がる。
 そこはカルスト地形と呼ばれるものだった。
 そのすり鉢型の窪地の中央部。その地面にぽっかりと開いた穴があった。僅かな光源が洞窟内部から漏れ出ている。光の感じからすると、恐らく内部は緩やかな傾斜を描きながら下へと降りているのだろう。

 その洞窟入り口の両脇には、人が手を入れたと一目瞭然で分かるものが据え付けられていた。
 それは人の腹部ほどの高さまである丸太でできたバリケードだ。といっても大したものではない。丸太を数本でできたちゃちなものだ。ただ、そこに1人づつ、計2名の見張りが立っていた。

 丸太で下半身を隠す遮蔽物とし、弓で撃たれたならそれで身を隠しながら敵襲を知らせるつもりだろう。地形が傾斜を描いているため弓の飛距離が増すとはいえ、バリケードを抜けての一射というのは命中精度的になかなかに難しいものがある。山なりに撃ったとしても、盾を頭上に構えればほぼ無効化されるだろう。
 更には大きな鈴を肩からつるしている。もし見張りを不意打ちで倒したとしても、鈴が音を立て、中の人間に敵襲を知らせるだろう。
 なかなか考えて防御しているといっても良い。
 普通に戦闘――この距離から突撃をすれば確実に中から増援が出てくるだろうし、相手に武器等を準備させる時間を与えてしまうだろう。
 姿を隠して接近しようにも、周囲にある岩石の中で身を隠せられそうな大きさを持つものは、全て撤去されていた。

 だが、物理的にどうしようもない状況を打破する手段がひとつある。
 それは魔法。
 その手段を考えるなら様々な方法が取れる。

 《サイレンス/静寂》の魔法をかけてから一気に殺す。《インヴィジビリティ/透明化》で接近する。《チャームパーソン/人間魅了》でシャルティアの近くまでおびき寄せても良い。《アイテム・デストロイ/物品破壊》で鈴を破壊する手段だってある。
 何の手段が最も楽しいか。そこまで考えたシャルティアは重要な情報を1つ入手してないことに気づいた。

「入り口は1つだけでありんすか?」

 シャルティアの質問にレッサーヴァンパイアは頭を振ることで答える。

「なんでありんすぇ。 ならここまで来んしたし、もう隠れて行く必要も無いでありんすね。どうにもコソコソとした行動――隠密といわすやつは苦手でありんすぇ」
「シャルティア様はそこにいられるだけで輝いてしまいますから」
「当たり前のことはお世辞にはなりんせんのよ。お世辞を言いたいのならもう僅か考えなんし」

 お許しくださいと頭を下げるヴァンパイアを無視し、シャルティアは手を伸ばすと、レッサーヴァンパイアの体を掴む。

「貴方に一番槍をいう大役を命じんす。さぁ、行きなんし」

 ほっそりした腕が振われ、大気を抉るような音を立てながらレッサーヴァンパイアが見張りの1人に投げつけられる。両者は激突し、信じられないような吹き飛び方をした。激突した見張りの頭部が吹き飛び、鮮血が周囲にまき散らかされる。目の前で起こったことに理解ができて無いのか、もう一人の見張りは呆けたような表情で同僚の死を見つめていた。

「すとらーいく」
「お見事です、シャルティア様」

 ぱちぱちと2人のヴァンパイアが拍手する。

「えっと、もう1人と」

 シャルティアの視線がヴァンパイアの間で左右に動き、慌てた2人のヴァンパイアが手ごろな大きさの石をシャルティアに手渡す。

「よいっしょ」

 シャルティアの手からすると微妙に大きい石を掴むと、ほっそりとした手がすさまじい速度で振り降ろされる。結果はいうまでも無い。シャルティアは嬉しげに戦果を発表した。

「2すとらーいく」

 再び拍手が起こる。
 鈴が鳴ったのを聞きつけた中の見張りが、敵襲と叫んでいる。徐々に洞窟内部が騒がしくなっていく。

「さぁ、いきんすよ。あなたは近くの木に登って逃げる奴がいないか見張ってくんなまし。雑魚では知りんせん、隠し通路があるかもしれんせん」もう1人のヴァンパイアに向き直る「そいであなたは露払いでありんすぇ。ただ強い奴がいたらわたしのお楽しみの時間、何だぇら知らせてくんなまし」
「はい、シャルティア様」
「いってらっしゃいませ」

 シモベのヴァンパイアがシャルティアに先立って大きく踏み出し、洞窟の入り口付近までゆっくりと歩を進め――

 ――そして姿が消えた。
 大地が陥没している。いや、陥没したのではない。落とし穴だ。
 シャルティアなら陥没する前に避けられたかもしれないが、ヴァンパイアの瞬発力では足元がなくなるという罠までは回避仕切れなかったのだろう。

「えー」

 シャルティアが思わずがっかりした声を漏らす。それからニンマリと笑みを浮かべた。
 優しげなものでも、好意に溢れたものでも、照れたようなものでもない。
 確かに考えてみれば洞穴の前に落とし穴を作るというのは当然予測してしかるべき罠だ。それを見破れなかった己の愚かさ、そして自らを嵌めたという怒り。そういったものが湧き上がり、笑みという形で現れていた。

「ぶちころすぞ。とっとと出て来い」

 大きく跳躍し、縁にヴァンパイアが姿を現す。着ていた服が土で汚れている以外の傷は見当たらない。

「わたしをあまり失望させるなよ」
「申し訳ありませ――」
「いいから行けよ。それともわたしが放り込んでやろうかぁ?」

 悲鳴にも取れる了解の意を示すとヴァンパイアは小走りで洞窟の中に入り込んでいく。シャルティアはその後を追う形でのんびりと中に入っていった。

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