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オーバーロード:前編 作者:丸山くがね
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指令

 階段を下りていく。
 抱え込んだ荷物をこの街で仕入れた馬車に積み込ま無くてはならない。
 セバスは両手で抱えた大きな荷物を見下ろす。
 重量的に2、30キロはあるだろうか。もっともその程度、セバスからすれば小指でも軽く持てる重さでしかないが。しかしながらどこに眼があるかもしれない。偵察系の魔法ばかりはセバスの鋭敏な感覚をもってしてもごまかされる可能性は高い。
 そのために普通の人間と同じように重い荷物を持っている振りをして、宿屋内を黙々と歩く。そう黙々と――。



 ■


 セバスはナザリック大地下墳墓第9階層を黙々と歩く。その後ろには彼直属の2人のメイド――ナーベラル・ガンマとソリュシャン・イプシロンが付き従う。
 広く綺麗に清掃された通路を時折、第9階層を守るために降ろされたコキュートスの精鋭部下の姿が見える。
 ノコギリクワガタにも似た姿を持つ親衛隊――守護騎士<ガーディアンナイト>である。脈打つようなオーラを漂わせた真紅の邪槍を左右の付属肢で1本づつ掴み、真紅のサーコートを纏っている。そしてその身は鎧の代わりともいえる桁外れな硬度を持つ強固な外骨格に覆われていた。
 そんな屈強な兵士達は、綺麗に整列しながらこの階層を油断無く巡回していた。

 その姿を横目に見ながらセバスは幾度と無く通路を折れ、到着したのは自らの主人の自室である。

 扉の左右には、擬人化されたヘラクレスオオカブトを髣髴とさせる、2メートル近いがっしりとした巨体が直立していた。その身に白銀のサーコートをゆったりと纏った、王騎士<ロードナイト>だ。レベル的には70強だがその防衛力は比類なく、魔法に対する耐性、武器ダメージの減少等が合わさり、レベル100のプレイヤーですら邪魔ともうざいとも言わさせるそんな存在である。
 白銀色の高貴な魔法のオーラを漂わせる異様に巨大なグレイブを右側の2本の付属肢で掴み、腰には見事な装飾を施された長剣にもサイズ的に見える大剣を下げていた。
 そんなシモベが巌のごとき直立不動を維持したまま、無言を貫いていた。

 顔は前を向いたままだが、ビートル種は複眼を持ってるため視野は非常に広い。セバスたちの一挙一動も十分に視界の中に入れているだろう。
 実際、セバスは自分を伺う視線を感じ取っている。それは警戒感を強く含んだものであり、その警戒の対象がセバスということを考えると不快な行為ともいえる。
 このナザリック大地下墳墓のランド・スチュワードであるセバスの地位はそれだけ高い。守護者が戦闘面でのナザリック大地下墳墓の最高幹部なら、セバスは生活面での最高幹部だ。コキュートスの高位のシモベといえども、そのような態度をとっても良い存在ではない。

 だが、セバス自身はその自らに向けられる警戒を当然のものと黙認する。
 たとえ相手がセバスであろうと何か変わった行為を取れば即座に反応し、なんらかの攻撃手段を取る。それは主人の扉を前を守るものとして正しい行為と認めているからだ。

 セバスは深い微笑を浮かべながら、その2体の間に立つ。
 そして胸を張り姿勢を正すと、細かな細工の施された扉を軽く3度ノックをする。
 数十秒ほどの時間が経過してから、扉がゆっくりと開く。そこから姿を見せたのは1人のメイドだ。セバス直属ではなく、メイド長直轄の戦闘能力の皆無な一般メイド――ホムンクルスの1体である。

「アインズ様にお目通りがしたいのですが、よろしいですかな?」
「了解いたしました。少々お待ちください」

 メイドはゆっくりと、音がしないような速さで扉が丁寧に閉める。そして扉越しに伝わる離れていく気配。

 この部屋の主人に今来た人物が誰なのかを知らせに行ったのだろう。勿論、足取りはゆっくりとしたもの。この部屋の主人以上に高い地位を持つものはこのナザリック大地下墳墓にはいないのだから、当然の速度である。どれだけ待たせてもかまわないのだから。

 背筋をピンと伸ばした姿勢で待つこと数十秒。再び扉が開かれ、先ほどと同じメイドが顔を見せる。

「お会いになられるそうです。どうぞ」

 セバスたちが入りやすいよう、数歩、扉の前から下がるメイド。

「失礼いたします」

 セバス達3人は部屋に入る前、頭を深く下げる。

 室内はセバスからすれば見慣れたものだ。アインズ・ウール・ゴウン――至高の41人の部屋は皆同じ作りとなっている。例え41人の頂点に立つ人物でも、部屋の作りは変わりない。

 セバスが一歩踏み出すごとに沈むのではと思ってしまうほど、フカフカの絨毯が部屋一面に敷き詰められている。
 部屋の右側には天蓋つきのキングサイズのベッドが1つ鎮座しており、その横手にクローゼットへのドアが付いている。左に眼をやれば、鉄刀木でできたシンプルかつ重厚な2メートル以上あるエグゼグティブデスクがその存在感をアピールしている。
 壁一面を占拠し、天井まで伸びた本棚には無数の本が納められている。
 中央に置かれた丸型のテーブルには、本棚から持ち出されたであろう何冊もの本が積み重なって塔を築いていた。

 調度品のあまり置かれていない簡素な部屋とも、吟味しつくされた一級品を並べた部屋ともどちらとも取れるような空間の作り方だ。
 ただ、置かれている調度品はどれも比較のならない値が付くだけのものである。というのもある防護の魔法がかかっているために、この美術品は経年劣化しないためだ。
 無論、美術品は時間の経過や使い込むことで、その価値を高めるという考えもあるが。

 部屋を視線のみでぐるりと見渡しても、アインズの姿はセバスの位置からは見えない。
 とはいえ、アインズの気配は感じられているし、部屋の中央――丸型テーブルの左右に2人のメイドが待機している。入り口横手には先ほどの応対したメイドが綺麗な姿勢で立っている。
 つまりこの部屋にいるメイドは全部で3人ということだ。
 立ち位置から判断してもその2人のメイドの間のイスに座っていること確実だろう。ただ、本の塔で見えないだけで。

 しかしながら、セバスは僅かに困惑する。それは――

 ――メイドの数が少ないのではないだろうか。

 セバスは心中でそんなことを考える。
 上に立つものはそれに相応しいだけの格好を整える必要がある。この巨大なナザリック大地下墳墓の支配者の部屋に控えるメイドの数が3人というのは相応しいとは決して思えない。
 メイド長と相談する必要がある。そう、心のメモ帳にすばやく執事の鑑たる、セバスは書き込んだ。

「――良く来たな」

 本の塔が動き、その隙間からアインズの顔が見える。セバスたちはそこで再びアインズに確認してもらえるように深いお辞儀をすると、絨毯を踏みしめながら主人の元まで歩――こうとしてセバスは天井に視線をやった。
 天井に複数の気配――。
 視線をやっても、そこに何らかの対象を確認することはできない。が、何者かの存在するざわついたようなものを感じ取る。
 ならばそれは《インヴィジビリティ/透明化》に類する何らかの特殊能力か、魔法によるものだろう。
 セバスは不可視化看破能力は保有してないが、気配察知の能力は優れている。その能力が天井に7体の何者かの存在を確認している。敵意は無い。だが、先ほどのロードナイトと同様に、されど巧妙にこちらを伺っている。
 部屋に入ってすぐに感じ取れなかったことからするとかなりレベルの高い存在だろう。

「気にするな、セバス」

 鋭く天井を見やるセバスにアインズはめんどくさそうに声をかけた。

「天井にいるのはコキュートス配下の警備兵代わりのアサシンどもだ。エイトエッジアサシンだったか? ちょっとうざったいが気にする必要は無い。……しかし、15体しかいないシモベの半数近くをこの部屋に置かなくてもいいだろうに。なんとなく落ち着かん」

 不可視化看破能力を保有するアインズからしてみれば天井に張り付いた、視界の隅にちらほら見え隠れする存在はうっとおしい存在なのだろう。それが不満となって言葉尻に出てきている。とはいっても、自らの警備のために配置しているシモベを邪魔だと無碍にもできないのだろう。
 ご苦労お察しします。
 心中でそう呟くと、天井から意識を外すとセバスはアインズの座る丸テーブルの向かいに到着する。

「お待たせしました、アインズ様」
「いや、待ってないとも。とりあえず座るが良い」

 アインズは軽く手を動かし、3人に着席を許可する。深く考えての行動ではないのだろうし、親切心から来た行動なのだろうが、セバスたちは深い困惑に襲われてしまう。ナーベラル達戦闘メイド達からは驚愕とも悲鳴とも取れそうな喘ぎがもれる。

 確かにこの丸テーブルには幾つかのイスが置かれている。だが、丸テーブルでは上座が存在しない。ならば自らの主人たるアインズを同じ場所に座れというのか。そのようなことができるはずが無い。だが、主人の命令は絶対だ。
 セバスですら自らの思考がぐるぐると同じ場所を駆け回るのを感じてしまう。

 3人の異質な行動に初めて自らの言葉の意味を理解したのか、アインズは顔を僅かに引きつらせる。

「いや、ここではあれだな」

 何の意味も無い、自らの失態を誤魔化した言葉を呟くとアインズは立ち上がる。その後ろをこの部屋に元からいたメイドが続いて歩く。向かった先にあるのは重厚なエクゼクティブデスクだ。革張りのゆったりとしたイスがアインズの重みでかすかに軋む音を立てた。

「さて、来い」
「はい」

 セバスを先頭にナーベラル、ソリュシャンが続き、デスクの前に三角形を作るように並ぶ。

「先ほど玉座の間で命じたことの細部を詰めようと思う――」



 アインズはそのまま3人の顔を見渡し、意見が無いことを確認すると言葉を続ける。

「まずナーベラル。お前は街に行って冒険者として潜り込め。何故幻術を使えるおまえを選んだかと言うと、正直目立つのを避けるためだ。ある程度の情報が手に入るまでは隠密裏に行動して欲しい。まずは私が冒険者に関する情報を入手してもらいたい理由を述べる」
「はい!」
「現在王国の戦士長の個人的な戦闘能力はたいしたことが無いと分かった。だが、国に所属していない強い戦闘力の持ち主がいる可能性がある。そしてその可能性が最も高いのが冒険者だ」

 冒険者ギルドという存在がどれほどの組織を形成しているかは不明だが、冒険者として中に潜り込ませることによってかなりの情報は入手できるだろう。最低でも冒険者の戦闘能力の大半は。

「次に目立つのを避けるように命令する理由を述べる」

 アインズはナーベラルの顔を伺うように言葉を続けた。

「現在は冒険者ギルドという存在があまりに不明だからだ。戦力、規模。そんな状況で何か厄介ごとを冒険者ギルドと起こした際に、お前をスパイとして送り込んでいたという弱みがあった場合、交渉した際ある程度向こうに譲歩しなくてはならなくなるからだ。それに冒険者ギルドがどれだけ王国と密接な関係にあるのか分からん」
「そして簡単なことだが、アインズという未知の魔法使いが現れた近くで、奇妙に目立つ凄腕の冒険者が現れたなら関連付ける者がいてもおかしくはあるまい? そうすると色々と無い腹を探られる可能性があるということだ」
「何度も言うようだが、相手方の戦力が不明な現段階で、言い訳が無い状態で王国と事を構えたくはない。了解したな?」
「はい! 伺いました。このナーベラル・ガンマ、この身にかえましてもその使命を果たしてみせましゅ!」
「……あー、それほど気負いすぎるな」

 顔を紅潮させたナーベラルのミスを故意的に無視し、アインズは鷹揚に手を振る。それからセバスに顎をしゃくる。主人の合図の意味を直感したセバスは、ナーベラルを安心させるように軽く頭を動かした。

「そうです、ナーベラル。それほど気負いすぎても良い結果は生まれません。不可能なことは言われて無いのです、冷静に行えば問題ないでしょう」
「はい!」

 セバスにまで言われ、自らのあまりの大役に完全に緊張し、肩を張り詰めたナーベラル。その姿はアインズに、逆効果だったかと微かな不安を抱かせるのに十分だった。

「少し肩の力を抜くが良い。大丈夫だ、ナーベラル。お前なら出来る」

 ゆっくりとアインズは立ち上がり、机を回るとナーベラルの前に立つ。そしてその肩に骨の手を優しく置いた。

「私はお前を信頼している。お前を生み出した弐式炎雷はよき友人だった。ハーフ・ゴーレムである彼は強かった。巨剣の一撃によるダメージ量は我々最強だったほどだ――」

 アインズの視線が空にさ迷い出し、かつて失われたものを憧憬をもって見る。誰の目にも映らないそれを、アインズはしばらく眺め、それからナーベラルを正面から強く見つめた。

「――その彼が生み出したお前を信頼せずに誰を信頼すればよい。まぁ、魔法を行使することは出来る限り避け、目立たないように行動すれば良いだけだ。お前なら出来るさ」

 安心させるように微かな笑い声を上げ、数度軽く頷くアインズ。自らに与えられる主人の信頼の強さにナーベラルは微かに瞳を濡らした。

「必ずや。アインズ様のご満足いただけるような働き振りをごらんにいれます!」
「頼んだぞ、ナーベラル。そして最後だが、冒険者という存在の戦闘能力は未知数だ。場合によっては幻術を見破ってくる可能性もある。その場合、正体を明かして舐められないためにとか言い訳をすればある程度は理解はしてもらえるだろう。そのときは多少は力を見せ付けることが必要になるかもしれないがな。まぁ、その辺りは臨機応変に行え」
「……もし本当の姿を見破られたらどうしましょうか?」
「ん? ああ、確かドッペルゲンガーだったな」
「はい」
「……そこまで見破られたら厄介だな。その場合は撤退を許可する。厄介ごとになるよりは逃げる方を優先せよ。ただ、もし上手く処理できるなら処分しても良い。その辺りはおまえの判断に任せる」
「了解しました!」
「よし。では、セバス。ソリュシャンもつれてきてもらった理由を交えながら話そう」

 アインズはナーベラルの前からはなれ、イスに戻ると背中を深く持たれかける。

「個人の戦闘力に関してはナーベラルに調べてもらう。セバスに任せたいのは、先ほども言ったように国家が保有するであろう兵器。これについての情報の収集だ。人間というものは生き物としてのスペックは高くないが、それを補うだけの技術を得る生き物だ。様々な魔物が存在するであろうこの世界において、国家を保っているというからにはやはりなんらかの技術による兵器を持っていると私は確信している。その兵器が我々の手に収まるものなのかどうなのかを知りたいのだ」

 人間の肉体は脆弱だが、自然界にいるどんな生き物よりも恐ろしい兵器を作り出すのは、人間であれば誰もが承知の通りだ。ならば魔法技術をメインとした核兵器に匹敵する兵器、それも地中貫通爆弾型核兵器みたいなものがあるという可能性も当然捨てることはできない。
 既存の科学技術が主となっているなら、ある程度の戦力というのは予測が付く。だが、魔法による技術であった場合、それはアインズの想像もつかないような戦力となりかねない。警戒しないほうが馬鹿のすることだ。
 ただ、その反面アインズはさほど心配することも無いのではという考えも捨てきれない。それは村の文化レベルや村に来た戦士長の格好を考えてだ。とはゆえ、敗北を許されないギルドの名を名乗ったからには石橋を叩いて渡るだけの慎重性は持ち合わせる必要は当然ある。

「科学技術レベルと魔法技術レベルが一体どの程度なのか。何ができて何ができないのか、特に情報収集系の技術は最優先で調べろ。場合によっては対策を考える必要が出てくるからな」
「なるほど、了解しました。……ところで彼女は何故呼ばれたのですか?」

 アインズは頷き、ソリュシャンを上から下まで無遠慮に観察する。そして自らの考えは間違っていなかったとでも言うように頭を数度軽く縦に振った。

「ソリュシャンを富豪の商人の娘、セバスのその部下の執事としようと思ってな」

 訝しげな表情を僅かに浮かべたソリュシャンにアインズは苦笑いを向ける。

「セバスを一人で送った場合のいいアイデアが浮かばなかったのだ。品があるから冒険者としては違和感があるし、村人も当然駄目だろう。ならばやはり執事がもっとも相応しい」

 それで、だ。アインズはそういいながら、セバスとソリュシャンの顔を観察するように言葉を続けた。

「ソリュシャンを富豪の商人の娘として王都に潜り込め。商人の娘に扮させるのは、単純にある程度の金を派手に使っても怪しまれないように、だ。本来であれば貴族とかが一番良いのだろうが、正直貴族に上手く化けられるとは思えん。そしてアンダーカバーを利用しての金を使っての情報収集はおまえ達の仕事だ。そのためある程度目立つことを許可する。できれば金持ち娘という評判がダミーになるように上手く行動してくれることを祈ってるぞ」
「王都へは直接出向いてそこから行動した方がよろしいですかな?」
「いや、王都に行く前に1つ仕事をこなしてもらうつもりだ」

 微かに視線をそらし、それから机に腕を組み乗せる

「馬鹿な商人の娘を演じろ。そしてそれに食いついてきた獲物を手に入れたい」
「といいますのは?」
「……浚っても問題ない対象を手に入れたいのだ。しかもある程度の世界の知識や軍事知識を持った。そんなわけで狙う獲物は盗賊等だな。城塞都市の周辺ならいるだろうよ、結構な」

 帝国は戦争時、専業戦士である自国の騎士のみで戦う。それに対して王国は帝国との戦いの際に傭兵を多く雇い入れる。そんな雇い入れた傭兵がお払い箱になった場合、野盗等に仕事を鞍替えする可能性は非常に高い。
 実際、城塞都市であるエ・ランテル周辺の治安は良いとは決していえない。
 街道を旅する商人の大半が何らかの自衛の手段を取るほどだ。

 ちなみに村が襲われないのは周辺の食糧事情はかなり良いために、野盗達の目的が金銭狙いがメインであるために目こぼしをしているというだけにしか過ぎない。食料を奪ってもかさばる割には大した金額にならないためだ。それに周辺の村は城塞都市への食料を供給するための重要な施設だ。下手にちょっかいを出すと大規模な討伐部隊が食料関係の商人を中心によって組まれるだろう。
 それどころか場合によっては村に雇われたりする傭兵兼野盗もいるため、村は襲わないという傭兵同士の殺し合いを避ける、ある程度の暗黙の了解ができているといっても過言ではない。
 無論、かつて王国内でも奴隷制があったときはそうでもなかったのだが。

「野盗ですか」
「ああ。軍事関係の情報はさすがに持ってるだろう。あとは裏社会関係の情報か。まぁ、これはどちらでも良いんだが。なにより野盗連中なら消えたとしても王国の敵意を買う可能性は無いだろうし、どうして消えたのか等の理由を探すものもいないだろう?」
「でしたら情報を入手して外を探した方がよろしいのでは?」
「街中でバカをやってれば食いついてくると思うんだがな」
「なるほど……」

 セバスは納得したのか、眉を寄せながら考え込む。
 野盗といえども適当に相手を襲うなんていうことはしないはずだ。
 とすると野盗が獲物を狙うために、街道を観察する。もしくは街中に何らかの情報網を形成している可能性は高い。
 アインズの言いたいことは馬鹿な餌を演じ、その情報網に食いつかせろということだ。
 とするなら一体どうすれば良いのか。

「ま、その辺は臨機応変に頼む。さてあとで治癒系のポーションを渡すとしよう。それに病気や毒に対する準備や束縛系や精神操作系の対策等も考えなくてはならないからな。その辺のこまごましたことに移るか――」



 ■



 記憶を掘り出すと止まらないときも多々ある。気づいてみるともはや宿屋の出口に差し掛かったところだった。
 セバスは苦笑すると、荷物を抱えたまま器用に扉を押し開ける。
 外の先ほどまでの赤焼けた空には、徐々に闇の帳が降りつつあるところだった。
 もう少しもすれば暗くなるだろうが、最高級の宿屋の敷地であるこの場所には、充分な魔法の光源が飾られ白色の光を周囲に放っている。そのため夜の闇ははるかに遠い。

 セバスは宿屋の敷地内の向かいにある馬小屋に歩く。
 その脇に幾つも馬車が止められており、その1つ。
 馬車――コーチとも呼ばれる種類の精密な細工が施された馬車に近づき、そこで足を止める。

 向かう馬車の中から衣擦れの微かな音がしていた。セバスの鋭敏な聴覚には、粘液質の液体がかき回される音、女性の熱の篭った荒い息、押し殺そうとして押し殺せていない嬌声。そういったものが厚い木や鉄板越しに飛び込んできたのだ。

 セバスはため息を飲み込む。
 ワザとらしく足音を大きく立てながら馬車によると、数度軽くだが、はっきりとした感情を込めたノックを繰り返す。そして声をかける。

「シャルティア様。そういうことはご自分のお部屋でやってはいただけませんかな?」

 中から舌打ちが1つ聞こえ、服をかき合わせる音が複数聞こえた。

 長いというべきか、女性にしては早いと称すべきか。多少の時間が経過してから、ゆっくりとドアが開き、美しい女が姿を見せる。
 白蝋の血の気の完全に引ききった肌、情欲に濡れた瞳は真紅の輝きを放つ。濡れたような――実際に濡れた赤い唇からは鋭い犬歯が僅かに姿を見せていた。白いドレスの大きく開いた胸元から、大きく盛り上がった胸がこぼれ落ちそうなほどだ。
 それらはシャルティアのシモベのヴァンパイアだ。それが2人。生臭いような独特の臭気と共に外に出てくると、さらにその後ろから見慣れた1人の真祖<トゥルーヴァンパイア>が姿を見せた。

 魔法の微かな明かりを反射し、銀糸で作ったような髪は白銀の輝きを放つ。
 ドレスは漆黒のボールガウン。そして同じ色のボレロカーディガン、フィンガーレスグローブによって肌はほとんど姿を見せてはいない。
 年齢は14ぐらいか。成熟してない未完成の美と成熟しつつある完成した美のちょうど中間にある、そんな絶妙なバランスによって生まれた美の結晶であった。胸元や指を飾る宝石は、彼女の前にあってはその輝きすらも、彼女から生じる美によってかき消されんばかりだった。

「遅かったわぇ」

 切れ長の眼が横目に見下ろすようにセバスに送られる。
 わざとらしく唇が微かに開き、その中からちろりと姿を見せた赤い舌が、自らの唇の上を蛭のように蠢く。
 外見年齢からは想像もできないほどの妖艶さを漂わせた人物こそナザリック大地下墳墓の守護者の1人――シャルティア・ブラッドフォールンだった。

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