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オーバーロード:前編 作者:丸山くがね
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至上命令

 硬い寝台だが、眠ろうとすれば眠れるものだ。

 そして明晰夢だと認識できるが、その光景は彼女に喜びをもたらす。ならば今一度、あのときの喜びに浸れるというのなら、夢を見続けても悪くは無い。
 周囲に敵意はないのだ。もしあれば瞬時に思考を切り替える自信はある。
 もう少し、夢を楽しもう――。



 玉座の間。そこに遅れて到着したアインズはゆっくりと歩く。
 左右に別れ、守護者や戦闘能力を保有したメイド、そして各階層の守護者が選抜したシモベが膝を付いて頭を垂れていた。
 誰一人として動かず、まるで呼吸音すら聞こえないほどの静寂がある。立つ音はこの部屋の主人――アインズの足音と、スタッフを突く音のみだ。
 階段を昇りきり、玉座に腰をかける。

「頭をあげよ」

 アインズの言葉に反応し、乱れぬ動きで眼下の部下達が一斉に顔を上げた。まるで訓練でもしていたような完璧に歩調の合った動き。それに対する満足感がアインズに生まれた。

 並びとしては右の先頭にデミウルゴス。その後ろにシャルティア、アウラ、コキュートスが並ぶ。
 左の先頭はセバス。その後ろに戦闘能力を保有したメイドが並んでいた。そして数列分ほど開けて、各階層守護者が連れてきたシモベが並ぶ。

 最初の列はデミウルゴスがつれてきたシモベだ。
 その巨躯に蝙蝠を思わせる巨大な翼を生やし、どす黒い鱗が鎧のように身を包んでいる。揺らめき上がるような漆黒の悪のオーラを纏い、残忍な鞭のような長くのたうつ尻尾が生えている。口からは鋭い牙が、手には日本刀以上に切れ味のありそうな爪を突き出していた。
 頭部から後ろに突き出した長く捻じれた2本の角。そして背中にかけてそれよりも短い角が何本も生えている。鱗は顔まで覆い、歪めた爬虫類と人間の合いの子のようでもあった。
 まさに悪魔という言葉どおりの存在である。最上位ではないが、レベル80の上位悪魔――奈落の支配者<アビサル・ロード>がそこに整列していた。

 次の列はアウラだ。
 デミウルゴスが一種類の悪魔を集めているとするならこちらは雑多だ。様々なモンスターが揃えられている。
 のたうつ触手の集まりに数本の蛇の頭を持つアレンダーグロスト。
 ツヴェーク・プリーストロードは煌びやかで装飾過多な杖を持ち、見事な神官衣を纏った直立するピンク色の蛙だ。本来であれば王冠も被っているはずなのだが、それはアインズの前と言うこともあり、横に置かれている。
 他にもスフィンクスロードたるシェセプ・アンク等が鎮座していた。

 そしてコキュートスだ。
 白銀の残光を残す当世具足を纏った武士達が揃っていた。刀を下げるもの、横に槍を置くもの、弓を脇に吊るすもの、各員がそれぞれ違う武器を所持している。
 具足の下はコキュートスと同じような昆虫を思わせる体。ビートル種族のソードマスター達だ。
 ユグドラシルでは具足は着てないのだが、こちらの世界に着てから渡したのだろうか。クリティカルヒット率の高さと首切り<ヴォーパル>能力を持つこの種のモンスターは装備の整っていない前衛が最も恐れる存在だ。

 最後はシャルティアだが、シモベは一種類に統一されている。
 白蝋の血の気の完全に引ききった肌、ルビーのごとく輝く真紅の瞳を持ち、やけに赤い唇からは鋭い犬歯が僅かに姿を見せている。非常に美しい外見の成人した女性達。
 皆、ヴァンパイアだ。
 彼女達は全身、胸元の大きく開いた薄絹を纏っており、黄金の輝きを持つ豪華な装身具が薄絹越しに透けて見える。隠すという言葉の意味が殆どが成さないほど、服の下の肢体が薄く透けている。ほぼ裸体といっても過言ではない。
 死体愛好者であり、巨乳好きという変態的な思考を設定されたシャルティアに相応しい揃え方だ。

 セバスの直属の部下は戦闘スキルを保有した先のメイドたちなので、以上でこの場に来ることを許されているシモベはすべて揃ったこととなる。


「まずは私が個人で勝手に動いたことを詫びを入れよう」

 これっぽちも悪いと思っていない声でアインズは陳謝する。これはあくまでも建前上のものであり、アインズが謝罪したと言うことが重要なのである。勝手に動いたのはアインズの独断だが、これによって部下を信頼してないのかと思われたり、部下の力が足りないのではと思われないためのものだ。
 それを理解しているからこそ、眼下の部下から何の声も上がらない。アインズは続けて言う。

「そして先も告げていたように名を変えた。これより私を呼ぶときはアインズ・ウール・ゴウン――アインズと呼ぶが良い」

 守護者やセバスの目が見開かれる。
 デミウルゴスですらその表情に驚きを強く浮かべていた。だが、納得がいったような穏かなものへと変化し――

「ご尊名伺いました」

 ――代表し返礼を述べる。一同が一斉に頭を垂れた。アインズは頷くと、皆が頭を上げるのを待ってから言葉を続けた。

「独断で動いた結果、私が得た情報だが、まずは国家が保有するであろう個人戦闘能力は我々の敵ではないと思われる」

 アインズの前に集まった者達は確固たる自信があるために、その言葉を聴いても表情1つ動かさない。自分達が強いのは当然だという自負は心強いと思う反面、少々の不安もある。
 それは情報が少ないということに起因するものだ。

 確かに王国戦士長があの程度の戦闘能力だった。無論全力で無いとしても、せいぜいがデス・ナイトを倒せる程度だろう。あれ以上の人間が早々いるとも考えにくい。そして国家として成り立っているのだから、別に王国のみが周辺国家の中で郡を抜いて戦闘能力的に弱いと言うわけでもないはずだ。
 しかし得た情報はいまだ世界の一部でしかない。

「しかしながら私が手に入れた情報はこの闇夜を照らし出すには少々小さすぎる――種火のごときちっぽけさだ。そのために世界を照らし出すための太陽ごとき情報を手に入れる必要がある。そのようなものを入手する者を選抜したいのだが――本来であればデミウルゴスのシモベをそれにあてる予定だったが、それでは少なすぎると私は判断した。なぜなら多角的に判断しても、街に住む人間に紛れて情報を入手するものが必要なのだ。……さてデミウルゴス、お前の選抜したシモベにそれは可能か?」
「不可能でしょう。情報を横から盗み取ることは可能ですが、人に紛れて生活する能力を持つシモベはいません」
「――なるほど。では幻影魔法を使えるものは手を上げよ」

 揃ったシモベをあわせ50人近い存在の中で手が上がったのはたったの1つだけだ。もとよりシモベたちに期待はしていない。なぜならユグドラシルにおいて、モンスターは所持している場合は最大でたった6つしか、魔法の発動能力を保有していない。
 その内訳が大体が回復、攻撃、防御、補助等であり、それ以外の種類の魔法の所持は非常に珍しい。

 ユグドラシルの膨大な魔法を上手く使いこなせるのは、やはりプレイヤーをおいて他にいないのだ。
 そして唯一、幻影魔法を行使するモンスターは妖精系モンスターに多いが、ナザリック大地下墳墓に妖精のモンスターを配置した記憶は残念ながら無い。

「……私と『アレ』を含めて3人か」

 少なすぎる数だ。
 アインズはアレを外に出すべきか、と思案する。アレは確かに重要な場所を守っているが、その地はナザリック大地下墳墓内で、ある意味最も難攻不落なエリアだ。あそこに配置しておくのはまさに宝の持ち腐れだ。
 とはいえ、アレを動かすのもまた遠慮したい事実だ。
 今回は動かさないで、次回があったならそのときは動かせば良いだろう。

「では仕方が無い。多少危険かもしれんが、今のままでは余りに未知が多すぎる。ゆえに我々は情報を手に入れなくてはならない。セバス――」
「はい」
「メイドの1人を借り受ける」

 セバスに断りを入れてはいるが、別にセバスの返事を待つつもりはない。実際セバスもアインズに何かを言うつもりはない。あくまでも建前上の断りだからだ。
 アインズの視線が動き、先ほど手を上げたメイドに動く。アインズの視線を受けたのは10代後半から20代ぐらいの年齢の女性だ。
 日本人を思わせる顔立ちは非常に整っており、お淑やかそうな雰囲気を醸し出している。そのためか、メイド服の胸の辺りが大きく膨らんでいるが、いやらしさを感じさせない。
 きめの細かい色白の肌は、シャンデリアからの光を受け白く輝いているようだった。豊かかつ濡れたような黒髪、黒曜石の輝きを保つ瞳。
 1000人いれば999人は振り返るような美貌だ。

「……ガンマよ。お前には重要な任務を与える。様々な注意があるので、一通り終わった後、私の元まで来い。先に言っておくなら、やってもらう仕事は冒険者に関する情報収集だ。これは重要な任務だ、それは理解できるな?」
「――はい。一命にかえましても」

 名前を思い出せなかったが、何とかメイドたちに共通して与えられた記号の1つを思い出し、アインズはメイドに指令を与える。
 メイドはアインズに命令されたことに喜悦を感じているのか、しっとりと頬を紅潮させた。サイドテールが頭を振った拍子に大きく揺れる。
 その姿に一瞬だけアインズの眼窩の奥の炎ごとき揺らめきが瞬くが、その感情を言葉には出さずに命令を続ける。

「セバスには別の任務を与える。まずは国家が保有するであろう兵器。これについての情報を集めよ。次に科学技術レベルと魔法技術レベルが一体どの程度なのか。何ができて何ができないのか、特に情報収集系の技術は最優先で調べろ。場合によっては対策を考える必要が出てくるからな」

 この世界はファンタジーだ。つまり今までの人生で得てきた常識では計り知れないような何かがあるわけだ。それを一言で言うなら未知の技術――魔法、そしてそれに類するものだ。
 今、警戒しなければならないのは魔法という技術を使用した様々なものだ。特に情報収集系の技術。
 例えば神に問う:神託、過去を見る:過去視、物体の位置を探査する:ロケート・オブジェクトみたいな魔法。無いとは言い切れない。そしてそれが強大だったら、もしかすると気づいたときには丸裸にされかねない。

「その次が個人で戦闘能力の高い存在の発見だ。先ほども言ったように国家としての個人戦闘能力は低いと判断できる。――しかし、国家に所属しながら自由意志で動いている存在もいよう。そんな個人戦闘能力の高い者を探し出すのだ。我々の力に比べてどれだけのものかを調べるためにだ。つまり先のメイドと同じような情報を他の角度から集めてもらうと言うことだな」

 モンスター、冒険者、13英雄。考えれば今だ戦闘能力の分からない存在はいくらでもいる。そしているか不明な他のプレイヤー。王国最強クラスの戦士長の戦闘能力が自分達より弱いからといって、満足も安心も今だ出来ないのだ。

 無論、これらの警戒は太陽が落ちてくると怯える狂人の類なのかもしれない。
 だから太陽がどういったものなのか知りたいとアインズは考えているのだ。太陽が落ちてくるものではないと知れば安心できるから。

「了解しました、アインズ様」
「ああ、細部は先のメイドと同じように後ほど詰めよう。できれば街で暮らしながら、一般常識を学ぶとともに情報を得て欲しい。場所は現在のところ王都を考えている」
「承りました」

 王都を選んだことに特別な意味合いは無い。ただ最も安牌かと思った程度だ。

「――次にアウラ。近辺に大森林なる場所がある。その中を探索し、安全だと思われる場所に物資の補給所兼避難所を作成しろ。目的は非常時、その場所からナザリック大地下墳墓内に物資を輸送するためだ。そして本当にどうしようもない時、一時的にナザリック大地下墳墓を明け渡すためでもある」

 守護者達すべてに驚愕とも呼ぶべき強い驚きが浮かんだ。どのような攻撃も跳ね返してきた大要塞たる、ナザリック大地下墳墓が攻め落とされる可能性も自らの主が既に考慮の対象にしているという警戒感の表れに対してである。
 それは守護者達の警戒心を強めると同時に、油断を打ち消す働きを持っていた。

「私こそがアインズ・ウール・ゴウン。この身が残ればそれは勝利だ。ナザリック大地下墳墓は所詮はただの器。最後にこの手に収まっていればそれは敗北とはならん。お前に与える任務の重要さが理解したな、アウラよ」
「はい!」

 覇気に満ち溢れた返事。アウラの声に含まれる強い意志に、満足したように頷くアインズは釘を刺す事も忘れない。

「絶対は無い。注意に注意を重ねろ。今だ外の世界のモンスターの強さは不明だ。モンスターと遭遇した際の情報収集もついでに行え」
「はい!」
「場合によってはそこで食料の生産も行う可能性があるかもしれん。その辺りも充分に留意を頼むぞ」
「分かりました。発見されないような場所に広大な領地を建設しておきます。ダミーを作成してもよろしいですか?」
「構わない。その辺りはアウラの裁量に任せる」
「了解しました」

 ぺこりと頭を下げるアウラ。
 そこから視線を外し、動かす。先にいるのはデミウルゴス。アインズは次の命令を出すべきか、出さざるべきかで迷う。この命令は多くの人間を不幸にするものだ。

「……デミウルゴス……コキュートスでも良かったのだが、お前のほうが適任だと考えるのでこの命令を下す」アインズの迷いが一呼吸の空白を生んだ。「……シモベを連れ、国を1つ支配しろ。その際はシモベを前に出し、おまえがいると言うことを誰にも気づかれるな」
「……現在の魔法に関する情報や、冒険者等個人の戦闘能力に関する情報が欠けている状態ではかなり危険と考えられますが? セバス殿を待ってからでも良いのでは?」
「その通りだ。お前の発言は正しい。しかし、私が危惧しているのはアインズという存在が姿を現すとほぼ同時期に、魔王が生まれては邪推する不敬な奴らがいるかもしれんということだ。だからこそお前を送るのだ」
「私は私で情報を収集しつつ、影で動けということですね」

 アインズは軽く首を縦に振る。
 単純な戦闘能力で判断するならコキュートスを、国を強制的に支配するならシャルティアでも構わない。だが、今回の任務は非常に繊細かつ複雑なものだ。場合によっては戦闘能力より、頭の回転が問われる可能性は非常に高い。
 ならば送り込めるのはデミウルゴスをおいて他にいない。

「……そして支配している時間は、将来そのシモベを退治しに来るであろう『正義の大英雄』アインズ・ウール・ゴウン様が来られるまでですか?」
「……そうだ」
「了解しました」デミウルゴスは優雅に微笑む。「では私が魔王の役目を引き受けさせていただきます。それで将来いらっしゃる大英雄様に捧げるための大帝国を場合によっては築いてもよろしいのですか?」
「程々にな。それと虐殺等は充分に考えて行え」

 デミウルゴスの邪悪な英知に溢れた顔が訝しげに歪んだ。

「失礼を承知で問わせていただきます。何故でしょうか? 虐殺は義憤を招き、魔王として名を高める良い手段だろうと思っていたのですが……。来るであろう英雄を警戒してでしょうか? 英雄を気取る愚か者の誘蛾灯という意味もあるかと思っていたのですが……」
「その通りだ」

 アインズはデミウルゴスの頭の回転に舌を巻く。デミウルゴスのシモベを魔王にするのは英雄ホイホイの役目も担ってもらおうと思っていたのだ。
 そして場合によっては他のプレイヤーホイホイの役目もだ。デミウルゴスを正面に立たせないのはそのためでもあるのだ。特にプレイヤーが本当にいた場合、デミウルゴスの正体を知っているものがいないとも限らない。

「追い詰められたネズミは猫をも噛む。そして私が警戒しているものがある」

 アインズが警戒しているものは多い。それは基本的に無知から来る警戒だ。
 知らないということは恐ろしいことである。真っ暗闇の中、手探り足探りで歩いているようなものだ。どうしても警戒心が先にたってしまう。
 しかし、それとは違う、もっと別種のものをアインズは警戒している。

「――守護者に問う。私達は恐らく最強だ。では私達はこれ以上強くなれるのか?」

 守護者達が互いの顔を一瞬だけ見合わせる。考えたことも無い質問なのだろう。主人からの質問に対し答えねばと考えても、相応しい答えを用意することができない。

「……私はそうは思わん。私達の強さは最強であり、それと同時に成長しない強さだと。そして続けて問う。弱き彼らはいつまでも弱きままか?」
「そうではないと、おっしゃるのですか?」

 すべてを代表してのデミウルゴスの問いかけに、アインズは頷く。

「そうだ、デミウルゴス――そして守護者よ。私は彼らの弱さは成長する弱さだと思っている。決して侮るな。そして管理できない範囲で強者を作るような行為は慎め。……虐殺をするなとは言わん。だが充分に思案検討した上で行え。デミウルゴス、お前ならそれができると信じているぞ?」
「――承りました、アインズ様。今の言葉抱きながら、ご下命を遂行したいとおもいます」
「それと優秀そうな者がいたら、いずれ手の中に収めたい。できるな?」

 デミウルゴスは邪悪な笑みを浮かべると、深く頭を下げた。

「さて、デミウルゴスがいない間はシャルティアが代理として、1階層から7階層までの警備の責任者とする。同じようにセバスがいない間はコキュートスに9階層、10階層の警備及び管理を任せる。各層の守護者は自分の領域のシモベにしっかりと伝達しておくこと。ただし、コキュートスを警備の責任者にする。これはシャルティアには私の手足となって動いてもらう可能性があるからだ。理解したな?」
「はい」
「ハッ」

 シャルティアとコキュートスの返事を受け、アインズは頷く。

「そうそう。召喚した存在は帰還命令を出さない限りいつまでもこの場にとどまり続ける。召喚するときは多少注意して行え。より正確に言うなら帰還もできる召喚とできない召喚がある。恐らく魔法による召喚が前者で、特殊能力による召喚が後者だ。この辺りは私がこれから時間を掛けて実験を行うつもりだ」

 アインズは玉座の間の外で待機しているであろう、デス・ナイトを思い出す。そのときポツリと誰かが呟いた。

「恐怖公は確か巨大な同族の無限召喚を特殊能力で行えた……」
「……あ」

 やけに静まり返った玉座の間にその言葉は非常に大きく響いた。アインズは顔を引きつらすと、慌ててメッセージの魔法を発動させる。無論、その対象は恐怖公だ。糸が伸び、その先で何かに結びつくような、そんな奇妙な感触。
 そして――

「恐怖公!」
 ――おお、これはモモンガ様、お元気そうでなりより――
「そ、それより聞きたいことがあるのだが、召喚したモンスターを帰還させる――」
 ――そのことですか。我輩も中々困っているところでして――

 正直聞きたくないが、聞かないことにはどうしようもない。

「……何をだ?」
 ――我輩に守れと命令された部屋が同族で一杯になってしまいまして、少々キツイのです。このままでは溢れてしまいますが、よろしいですかな? あっと、ご安心ください。シャルティア嬢のシモベのアンデッドどもには喰いつかないように指示を出しますがゆえに――
「よせー!」

 ビクリと肩を震わせるアウラとシャルティア。アインズの叫びで、これからの展開の大体の予測が立つのだろう。それを不思議そう――なんだろう、虫にも似た表情のために不明瞭だが――に眺めるコキュートス。セバスは無表情、デミウルゴスは面白そうなものを浮かべている。

「……シャルティア」
「……はいでありんす」
「部屋が一杯だ、そうだ」

 シャルティアの体がぐらりと大きく揺らぐ。

「しっかり!」

 アウラが慌てて受け止めるほどだ。シャルティアは何かぶつぶつとと呟きつつ、視線が空中を彷徨っている。あの広い部屋――1区画とも呼べるだけの広さが、一杯なるだけだというとどれだけの数がいるのか、想像もできない。いや想像したくない。

「とりあえず、直ぐに一部の区画を開放すると同時に、バリケードを作ってそれ以上飛散しないように手を打て」
「はいでありんす、コキュートス。そなたにも協力してもらう」
「フム。何ヲソンナニ怖ガッテイルノカハ知ランガ、協力ヲ要請サレルナラ、ソレニハシッカリト答エサセテモラオウ」

 問題は解決したと認識――または誤魔化し、アインズは次にすべきことを考える。
 何も無い。一通りの指令は出した。あとは各員と細部の打ち合わせに入るだけだろう。
 ならば解散するか。
 いや、あとたった1つ。最も重要なことが残っている。



 いてもいなくても同じ存在。人はそれを感じたときに人との繋がりを求めるものだ。
 では、アインズの場合はどうなのか。
 仕事は誰にでも出来るもの。彼がいなくても誰かが代わりに行うことは出来るだろう。両親もいない。友達もだ。そして恋人だっていない。
 笑ってしまうことに鈴木悟<すずき・さとる>――モモンガには、『アインズ・ウール・ゴウン』しかないのだ。そして『アインズ・ウール・ゴウン』の仲間達は理由があって去っていたものの、決してアインズを裏切らなかった。

 眼下の守護者やそのシモベに視線を送る。

 事実、『アインズ・ウール・ゴウン』の仲間達が生み出した部下達は今なお、こんなよく分からない状況になっても忠義を尽くしてくれているではないか。

 そう――彼には『アインズ・ウール・ゴウン』しか無いのだ。ならば――


「これよりおまえ達の最大となる行動方針を厳令する」アインズは黙り、少しの時間を置く。眼下の部下達の表情は先ほどと変わり引き締まったものだ「アインズ・ウール・ゴウンを不偏の伝説とせよ」

 右手に握ったスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを床に突き立てる。その瞬間、呼応するようにスタッフにはめ込まれたクリスタルから、各種の色が漏れ出し、周囲に揺らめきをもたらす。

「英雄が数多くいるなら全てを塗りつぶせ。アインズ・ウール・ゴウンこそ大英雄だと――」

 『アインズ・ウール・ゴウン』こそユグドラシル最高峰のギルド。幾つもの偉業を成し遂げたもの。それを守りきることこそ仲間たち皆に対する恩返しだ。ならばそれはこの世界でも例外ではない。
 鈴木悟――モモンガもまた『アインズ・ウール・ゴウン』を裏切ったりはしない。

「生きとし生きる全ての者に知らしめてやれ! より強きものがもしこの世界にいるのなら、力以外の手段で。数多くの部下を持つ魔法使いがいるなら、別の手段で。今はまだその前の準備段階にしか過ぎないが、将来、来るべき時のために動け。このアインズ・ウール・ゴウンこそが最も偉大なものであるということを知らしめるためにだ!」

 アインズからの覇気に満ち満ちた声が、玉座の間のどこにいようが聞こえるほどの気迫を持って広がる。
 音を立て、一斉に玉座の間に集った者達が頭を垂れる。崇拝とも称すべき崇高なものがそこにはあった――。


 アインズは部下の忠誠心を体全身で感じながら、思う。
 先ほどデミウルゴスに下した命令は反吐の出るようなおぞましいものだ。恐らく多くの人間を苦しめる結果になるだろう。だが、それを後悔は決してしない。いや、してはいけない。アインズは決めたのだ。『アインズ・ウール・ゴウン』を伝説にすると。そのためにどれだけの犠牲を生みだそうとも。

 しかし、それでもアインズは単なる1社会人。特別な力や才能を持って生まれたわけでもなく、そこまでの強き心を持っているわけでも無い。そしてまた自信もあるわけではない。
 迷うこともあるだろう。苦しむこともあるだろう。
 それでも進むしか無いのだ。

 かつての仲間たちへ顔向けが出来るようにするために――。
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