四夜
「あ、下は何もつけなくていいですよ」
そう彼女はいい、興奮した面持ちで僕を自分の部屋へと引っ張った。
人間興奮した時、本当にハァハァっていうんだね。僕びっくり。
姉さんは僕を恨んでいた。理由は多分、母さんが僕を生む時に死んでしまったから。
故に昔は僕は姉さんに酷い扱いを受けていた。世紀末のモヒカンとじじいの扱いある。
言葉こそ綺麗だが殴る蹴るは当たり前だった。父さんと笑いながら横で僕の腹を抓ったりとインケンなこともされた。でもそれに僕は反発しなかった。
それは姉さんの大好きだった母さんを殺してしまったという負い目があったからだ。だから、どんな厳しいことも辛いことも姉さんのやることは甘んじて受け止めて、耐えようと思った。父さんから姉さんの口調は生前の母さんのものだと聞いたこともそれに拍車をかけていたのかもしれない。
それが変わったのは姉さんの誕生日の時のことだった。
おもちゃ屋さんから出てきた姉さんは父さんに買ってもらったプレゼントが嬉しかったのだろう。ニコニコしながら辺りをピョンピョン跳ね回っていた。
そしてこけた。ここまでは普通だ。
その時に姉さんのプレゼントは車道に向かって吹き飛んだ。そして姉さんはそれを取りにいこうと車道に出てしまった。
今でも姉さんが振り返った時のあの空虚な顔を覚えている。
僕を見つめる二つの瞳。
その時、僕はざまあみろと見ていた訳じゃなく、意外なことに姉さんを助けようと動いていた。
そこで姉さんを抱きかかえて無傷だったぜ! ならよかったのだけど、僕ができたことは姉さんを突き飛ばすことだけ。
姉さんは無事だったけど、僕は十メートルほど吹き飛ばされ内臓や折れた骨をミックスさせた上に頭蓋骨にヒビが入った。
そんな重症の僕の元に姉さんはツカツカと来て頬を叩いた。
バチーン。
おい、一応僕重症極まりないんですけど。
「何であんなことをしたんですか!」
そこで家族だからとかセンチメンタルなことを言えばかっこよかったのかもしれないけど僕の口から血反吐と一緒に出た言葉は、
「わかんない」
この一言だった。
だけど、それ以来姉さんは僕をいびることを止め、少しやり過ぎじゃないかと思うほど甘くなった。
それでも僕は姉さんに逆らうことも姉さんを止めることもできなかった。既にそういう人間が出来上がってしまったといってもいい。
彼女の敬語を聞く度に母さんを死なせてしまったという自責の念が湧き上がり、逆らえなくさせる。
だから姉さんが外国に行くことを反対した時も僕はそれを支持した。
「お父さん、私達だけでもこの家で立派に暮らせます! それに優一さんだって言葉の通じない外国なんていくのは嫌でしょう? ねえ?」
「…………うん。ぼくたちでも……くらしていけるよ」
本当は海外に興味があったし、父さんと離れるのは嫌だった。それに退院したばかりの僕はまだ姉さんを畏怖していて、二人っきりになったら本格的に殺されるのではないかと恐れていたのだ。
結局僕は姉さんを優先して、後姿の寂しい父を見送った。
よくよく考えればあの日から僕の人生は崩壊し始めていたのかもしれない。
考えてみれば姉さんが僕に“イタズラ”するようになったのはあの日からだ。露骨に僕の下の世話をしたがったり、一緒にお風呂に入ろうとしたがったのもあの時からだったと思う。
そして夢精の意味を知らなかった僕は姉さんに相談し、次の晩に犯された。まあ、この時僕は寝ていたので知らなかったわけだけど。
そういう過程があったせいで僕は姉さんに強く言えないし、姉さんを否定できない。
「“優ちゃん”凄く似合ってますよ。もう、抱きしめたい!」
そういって彼女は僕を抱きしめる。そして全身を写すでかい鏡を持ってきて僕の羞恥心を煽った。
鏡には化粧を施され、メイド服を来た十六歳の男がいた。
下着を着けていない為か、スカートを履き慣れていないせいか足がスースーする。姉さん曰く、それはデフォらしい。
「……あ、ありがとう。でも姉さん、僕恥ずかしいよ」
「優ちゃん、そこは“僕”じゃないですよ」
「…………わたし、恥ずかしいです」
「その恥じらいがいいんじゃないですか!」
……さいですか。
そう力説する彼女は僕の素足を後ろから艶かしく擦る。スカートをまさぐり、体のラインをなぞる。
その動きに僕は小さく声を漏らし、顔を朱に染めた。
彼女はバスタオル一枚でヤル気マンマンなのだ。さっきマムシドリンクとか口にしてたしな。
息の荒い姉さんの胸が僕に押し付けられ、その鼓動が更に僕を羞恥に染める。
姉さんはわざと自分の鼓動を、興奮している様を見せつけて楽しんでいる。
今お前に欲情しているぞ、と。
いつも辛いのはこういう中途半端な時だ。本格的に始まってしまえば僕はただ人形になってしまえばいい。
何時の頃からだろうか、僕は自分を人形にする術を身に着けていた。
今思えばルナはそれが気に入らないから、ああいう薬を使ったんだろうなぁ。
「あれ、どうしたんですか? ちょっと顔青いですけど」
「ん、何でもないよ」
少しルナとの行為が脳裏にフラッシュバックして僕は気分が悪くなる。全身がドロドロに溶けるような快楽の波が恐ろしい。
快楽で屈服させられる恐怖。
例えるならあれは圧縮鍋によって骨まで柔らかくされた骨付き肉の気分。
深呼吸して気分を落ち着ける。
うーん、精神的に結構重いしこりがあるような気がする。
姉さんはそんな僕を元気付けようとしたのかスカートの中に頭を突っ込んだ。変わった励まし方である。
ピチャピチャと何かを舐め回す音。そしてそのまま後ろのベットに僕は倒された。
むず痒い快楽に僕は生暖かい吐息を漏らす。それに呼応するように姉さんの愛撫が激しくなる。
僕は意識を遠くに離し、それに耐える。
不意に愛撫が止まった。
僕はそれに何故だろうと思っていると姉さんは微笑みながら僕を見つめていた。目じりの黒子が相変わらず印象的だ。
「どう……したの?」
「優ちゃん、私に抱かれるのは嫌ですか?」
「…………正直にいうと、嫌です」
畏れ多くも事実を伝えてみる。
「なんだか最近、人形を抱いてるみたいで凄くお姉ちゃんはガッカリだったんです。初めてビデオ見せた時はあんなに嘔吐して、抵抗してくれたのに……」
何か嫌な予感がした。それも生命の危機に関わるような種類のものを。
「あの時は凄く燃えました。いつも私のいうことを二つ返事で聞いてくれる優一さんがあれほど泣きながら抵抗してくれるんですから、それはもう興奮しました。覚えてますか? 終わったあと顔をクシャクシャにして声を上げて泣いたのを。それに興奮して私、また優一さんを犯しちゃったんですけど」
姉さんの声とは違う、音……耳鳴りが聞こえる。どこからこの煩い音は聞こえるのだろう。
耳障りだ。体が苦しい。汗が出る。
「でも肌を合わせる度に優一さん、だんだんと反応薄くなっちゃいましたよね。今じゃ心はがらんどう。だから私最近思うんです」
パンと音がして、左耳がキインと甲高い音に包まれる。頬がじんわりと熱くなった。
何が起きた?
「――を苦しめながらしたら、凄く気持ちいいんじゃないかなぁって」
僕は殴られたことに気がつく。そしてその言葉の意味を察する。
僕はポケットに隠していたナナシさんのカードを出す。彼女は僕の手ごと掴み、それを鼻に近づけた。
手を引かせようとしてもビクともしない。
「ふふふふ、うちの匂いじゃないですね。誰からもらったんですか? これ」
僕の手からそれを取り上げ、彼女は片手で握りつぶした。どこのグラップラーだよ。
とりあえず僕は姉さんを押しのけ、逃げようと扉のノブに手をかけた。
しかし彼女の足払いによってそれは叶わず、僕は床に転がった。そして彼女は僕に圧し掛かり、マウントポジションを取る。
姉さんは目をつぶり天井を眺めた。
「……ああ、これです! 凄く興奮します! 無理やりしてる感じが堪りません! 狩猟本能と官能中枢がビンビン刺激されます!」
そういって彼女は僕の顔を拳で殴った。わざとらしく高めに振り上げて恐怖を煽る。
そして振り下ろし、的確に僕の力を削げ落としていく。
僕が悲鳴を上げる度に彼女は顔を赤くした。そして笑みを濃くして、より強く殴る。
両手でガードを作っても拳はその合間を縫うようにして頬へと届く。
サディスティックな歪みは痛みとなって僕の心を犯した。
一通りぼこぼこにできたことに満足したのか、全身で息をしながら彼女は僕の髪の毛を掴み、無理やり顔を起こす。
ああ、顔が熱くて痛い。何が悲しいのか涙が止まらない。
いや、全てが悲しいのか。
姉さんはそんな情けない僕の顔をにやついた顔で眺め、飽きると僕に口付けをした。
強く、貪るように舌が口腔を暴れる。
ズダズタになった口の中を一生懸命探った。傷口に舌を這わせ血と混ざった唾液をすする。
その舌から逃れようとする僕のベロを彼女はがぶりと噛みついた。
そして僕に何度も何度も腰を打ち付ける。
熱く蠢く何かが僕の下半身を飲み込んでいた。
痛みが快楽を増幅させ、奇妙な感覚を生む。
「ああ、その濁った目が堪らなくそそります。不条理に対応できてないようなその瞳がとってもとっても綺麗です」
姉さんは口付けを止めると、僕の首に手をかけた。
絶妙な力加減で僕を苦しめる。
もしかしたら、あの事故から僕は姉さんにとって大切な何かに変われたのではないか、と思っていた。
確かに変わることはできたらしい。
だけどそれは大切なオモチャという位置づけでしかないんだ。きっと僕は彼女の中では人間じゃない。きっと性玩具と同じような位置づけでしかないんだ。
そう思うと涙がぽろぽろと溢れ出た。何かが崩れていくようで悲しくてしょうがなかった。
僕は何の為に生きているんだろう。つい最近誰かが僕の人生は不幸一色みたいなこといってたなぁ。
「てめえ、何やってんだ!」
そうそう、こんな感じの口が悪い女性でね。目が鋭くてね……っておい!
唖然とする僕と姉さんを無視して、ナナシさんは姉さんを回し蹴りで吹き飛ばした。
見事にそれは姉さんの顎にヒット。脳震盪を引き起こし彼女は倒れた。
「ナナシ……さん」
僕のヒーロー。彼女はまた僕を救ってくれた。
ちょっと遅いけど、ヒーローは遅れて登場するのだ。そこはお約束なので突っ込んではいけない。
でもおっさんくさいジャージ姿はどうにかならんものだろうか。
「……あいかわらず、とうとつだなぁ」
「こっちの台詞だっつーんだよ!」
ぼこぼこの僕の顔を彼女は平手打ちした。
「ひでぶ」
嬉しさとは違う種類の涙が出た。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。