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  死に至る病 作者:
二十九夜
「わあああああああああああああああ!!」
 アイツは頭を抱え叫んだ。見開かれた瞳から涙が濁流のように溢れる。
「始まったンだよ。優一、一緒に賽の河原を歩こう。上では全ての人間が糸の切れた人形に変わってる。あたしたちだけでそこを散歩しよう」
 そう柳川はいい、カツリと近づく。
 あたしは即座に優一の手を掴み室内に奴を投げ込む。そしてドア越しに強く叫んだ。
「聞け、姫野! 絶対ここは開けるな! 何があっても絶対だ!」
「そんなことしても無駄なンだよ」
「無駄かはどうかはあたしが決める!」
 あたしは振り向きアイツと相対する。奴は首を傾げ、微笑む。
 何故、奴は笑ってられるんだ。
 何が起こっているか理解できているはずだ。できないほど馬鹿じゃない。
「……優一の心は白いキャンバスなンだよ」
「あたしはお前を許さない!」
 拳銃を取り出し向ける。柳川はそれを一瞥することもなくあたしを真っ直ぐ見た。
 何の感情もそこにはない。ただの空洞。
 こいつには心が……恐怖がない。
「白いキャンバスに傷という名の絵の具を塗っていくと優一というキャンバスは塗りつぶされていくンだよ。でもそこに誰かがバケツで白い絵の具をぶちまけたらどうなると思う?」
「なんの……話だ!」
「あたしはそこにまた白いキャンバスが出来上がると思ったンだ」
「……お、おまえ」
「そして今現在、彼は白く塗りつぶされている」
「そんな馬鹿げた理由の為に」
 何千という人を殺すのか?
 アイツの記憶を消す為に、白紙に戻す為に。
 その為だけに人を殺すというのか。
 それだけのために。
 一人を救う為に。
 あたしは吐き気を覚え、片手で口を押さえる。
 正気の沙汰じゃない。
 考えたとしてもそれを実行しようとは誰も思わない。
 思ったとしたらそれは人じゃない。
 悪魔だ。
 奴はそれを見てクスリと笑った。
「お前は……何を考えている!」
 あたしは恐怖を誤魔化す為に強く叫ぶ。
 得体の知れない化け物を目の前にしたあたしは強く叫ぶ。
 奴は平然とあたしにいった。
「優一のこと」
「何でこんなことを」
「優一のため」
「それだけの為に……?」
「それだけのために」
 はっきりと奴はいう。そこには何の感情も篭っていない。
 まるで人形のように。
 人の形をした何かのように奴はいう。
 柳川は背中を見せ、ゆっくりと歩く。
「これは優一への罰であり救いであり、あたしへの罰であり贖罪なンだ」
「……てめえ、神にでもなったつもりか!」
「……違うよ、あたしは神なんだ」
「こっち向けよ! お前は生かしておかない。絶対にあたしが……アイツの為に、今も苦しんでる誰かの為に、誰かの家族の為に、今を助けを求めてる誰かの為に、殺してやる!」
「今まで、時間が掛かったなぁ。だけど、全ては報われたンだよ」
 報われた?
 奴は今そういったのか?
 人を殺しておいて、虫けらのように人を殺しておいて、奴は報われたといったのか。
 平然と当たり前のように。
 あたしは奴に近づくと頭に銃口を突きつける。
 それでも奴はあたしに振り向かなかった。
「……泣いてるんだ」
「泣いちゃおかしいか!」
「何で泣いてるンだよ。自分が殺した原因にもなってるから? 自分が無力だったせいで何人も殺してしまうから?」
「そんなこと知るかよ!! 分かるかよ! 人間は……悲しいから泣くんだ! 心があるから泣くんだ! 辛いから楽しいから、感情があるから泣くんだよ!」
「へえ、そうなンだ」
「泣けねえお前は死んじまえ! 人を殺して何にも感じないお前は!」
 あたしの人差し指に力が篭る。
 奴は床に注射器を落とした。注射の中は何かの液体が入っている。
 そして奴はポケットから携帯を出した。
「動くんじゃねえ!」
「嫌」
 見せ付けるように手を横に真っ直ぐ伸ばす。
「優一を殺したくなかったら、銃を捨ててそれ自分に打って」
「ふざけてんのかてめえ!」
 銃を握る力が熱くなる。グリップに汗が乗る。
 奴はそれでも平然と喋る、答える。
「あたしがここで携帯のスイッチ押したら、優一はどうなると思う? あたしが何のためにあそこを開けたままにして出てきたと思う? あんたがあの部屋に優一を入れることを想定してなかったと思う?」
「なっ……!」
 あたしは柳川に銃を突きつけたまま後ずさり、ドアノブを捻った。
 開かない。
 ドアノブすら回らない。
「柳川……お前!」
「内側からなら開けれるよ。今の優一じゃ無理だろうけど」
 確かに奴は今もドアの向こうで叫んでいる。強く何かを訴えるように。
 願うように、救いを求めるように。
「……お前は何が望みなんだ!」
「全てを望んでるンだよ、優一の全てを。それ以外は全て無駄でゴミでつまらなくて取るに足らないこと」
 奴はゆっくり振り向き笑う。
 どうする、と。
 首を傾げて笑う。
 何を選択するのか、と。
「……アイツを傷つけて、苦しめて、全てを殺して、アイツの感情すら、記憶すら殺して……本当にそれでアイツが救われるとでも思ってるのか? アイツに何も思わないのか!?」
「特に何も」
 奴は一度目を瞑り開いてそういった。
 あたしの手から拳銃が零れ落ちる。重い音が地下に木霊する。
 しかしそれも轟々となる地下水の流れの前では小さな音だった。
 あたしはアイツの足元に落ちた注射器を拾う。透明の液体が入ったそれを腕に近づける。
 手が震え、汗が出る。
 奴の目を強く睨みあたしはいう。
「柳川月……お前は天才なんかじゃない。神なんかじゃない」
 ――――お前は化け物だ。
 血管を液体が滑り、全身は鳥肌を穿つ。
 足の力は抜け、倒れる。呼吸が熱く、喉が焼ける。
 天井がぐるぐると回った。
 柳川はあたしを人形のような瞳で見下ろした。
 ああ、あたしは尻餅ついていたのか。
「――――人は対処できないものを。自分以上のもの、自分達以上のものを見た時に怪物と呼ぶ。だけどそれは時にはこう呼ばれるんだ」
 神と。
 奴はそういい微笑む。
「……神だから、何やってもいいのか? 人を……人の気持ちを弄んで、いいの……か?」
「まだ喋れるンだ」
「優一は……誰かがどうにかしていい、存在じゃない。誰かが、守るべき……存在、だ」
「そういえば聞きたかったンだよ。あんたは優一のこと好きだったの?」
 奴はそういい首を傾げる。少し癖のある髪の毛が揺れた。
 あたしはその言葉に笑った。
 だってそうだろ。
 何を分かりきったことをいうんだ。
 好きだから。
 好きだから守りたいんだ。
 好きだから心配なんだ。
 好きだから笑顔が見たい。
 好きだから。
「ああ、あたしはアイツが……アイツが大好きだ。無邪気に笑って、くだらないギャグを言って、凄く危なっかしくて脆いアイツが……大好きだよ」
 アイツは覚えていないかも知れないけど初めてあった頃から、隣り合ったあの時からあたしは。
 好きだった。
 柳川は立ち上がり、あたしの落とした拳銃を拾う。
「そうなンだ。だろうと思った」
「はははは、だろ?」
 奴はセーフティを調べ、マガジンを抜いて弾薬を確認する。
「でもアンタはここで死ぬんだ」
「あたしは……死なない」
「今、あんたの状況分かってる? それともエンドルフィンがドバドバ出て馬鹿になってる?」
「あたしのじいさんがさ……」
「うン」
「……いうんだ。武器は常に奪われること……を想定しなくちゃいけない、ってさ」
「なに――――」
 奴は目を見開く。
 そしてバンと鈍い音がした。
 今度は柳川月の手から銃が零れる。
 ガシャンと鈍い音。
 あたしはもう一度それを引く。
 また乾いた鈍い音がして奴がくるりと踊る。
「だから……あたしは武器を必ず、二つ持つことにしてるんだ」
 どさりと床に転がり奴はいつものソプラノボイスでいった。
「それは名案……なンだよ」
 それ以降奴は喋らなかった。


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