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  死に至る病 作者:
二夜
 黒く長い髪をなびかせて、背の高い彼女は僕へと詰め寄る。僕は身を引かせてそれを避ける。
 彼女の手は空を掴み、微笑んでいた顔は悲壮に染まった。
「ごめんなさい。私、優一さんの前であんなに取り乱すなんて……。どうかしていました」
 頬は仄かに赤くなり、目に貯められた雫は今にも零れ落ちそうだ。僕はそれを見て、気まずくなり動きが止まる。
 そんな僕に彼女は力強く抱きつき、耳元で何度もごめんなさいと呟いた。
 僕は抱きつかれた衝撃でバランスを崩し、床に倒れて頭をぶつけた。抱き締める力が予想以上に強くて呼吸がしずらい。姉さんの髪の毛が顔にまとわりつく。
 内心、どいてくれないかなぁと思ったり。
「いや、もういいよ。姉さん、よく僕がここにいるってわかったね」
「優一さんのことですから、何でも分かります」
「…………そっか」
 もう盗聴器や発信機の類は全部外したと思ったけど、まだどこかにあるらしい。うーむ、疑心暗鬼に陥りそうだ。
 まさかとは思うが体内に埋め込まれたりとかしたりして。
 一応は落ち着いたらしい姉さんの手を振り解こうと、僕は彼女の手を掴む。しかし、彼女の手は石のように硬く動かない。
 どうしたものかとぼうっとしていると、姉さんの体温がどんどん高くなるのが分かった。鼓動は強く高鳴り、吐息は熱い。女性特有の香りが濃くなる。
 つまりは、僕に…………欲情し始めているようだ。
「ああ……優一さん優一さん優一さん」
 僕の背中に回された姉さんの手は艶かしく蠢き、耳に吐息が掛る。僕の足に彼女の足が絡まり、姉さんの腰は何度も僕の太ももに擦り付けられる。
 一度姉さんを、体から離し僕は額の汗を拭った。
「一応、ここ学校だし……今はだめだよ」
「でもお姉ちゃん、凄く優一さんが“欲しい”です」
 そういって僕の目を欲情した瞳が見つめる。ゴクリと生唾を飲む音。
「家に帰ったら……何でも、いうこと、聞くからさ」
「本当ですか!?」
 僕は仕方がなく頷く。姉さんはぎらついていた瞳をキラキラと輝かせて笑った。
「メイド服もスク水も赤ちゃんプレイも何でもありですか?」
「……最後のは簡便してほしいなぁ」
「今から準備しないといけませんね! ああ、夕飯は精の付くものにしないと!」
 僕のささやかな願いを無視して姉さんは喜びの声を上げる。僕はきっと明日は学校が休みになるのだろうと思った。
 肉体及び精神的疲労で。
「じゃあ今日はおとなしくしてくれるかな」
「はい、もちろんです!」
 快活な声を上げて姉さんはニコニコと笑う。その笑みは弟と倒錯的なプレイができるから、ということを忘れれば凄く魅力的なのかもしれない。
 姉さんはこれでもなかなか美人さんなのだ。
 何を間違ったか弟に欲情するという欠点があるが、それさえ無ければ文武両道、みんなに慕われている美少女。
 神様は何を間違ったのかと天を睨んでいると姉さんはにっこりと微笑み、僕に口付けをした。
 ジュルジュルとはしたない音を立てて僕の唾液を全て吸い込み、飲み込む。そして次に自分の口に唾液を貯めて、僕の喉に流し込んだ。
 姉さんの口はしっかり隙間なく僕の口を塞いでいるので、仕方なく僕は姉さんの唾液をゴクゴクと飲み干す。その様子をうっとりとした表情で姉さんは眺めた。
 ああ、きっとこれはマーキングなのだ。自分のものだという印をつけて彼女は悦んでいる。
 互いの口は離れ、姉さんは自分の舌で唇についた唾液を拭った。
「ぷはっ」
「ふふふふ、これくらいはノーカンですよね? さあ手を繋いで一緒に行きましょう」
 姉さんは僕の片手に自分の指を絡めて、僕を引っ張る。汗ばんでいて熱い。
「いや、今日はまださっきのショックが抜けきってないのですよ。だからまだ少しここにいることにする」
「そう……ですか。では私も一緒に……といいたいのは山々なんですけど、次の時間は小テストがあるので一緒にいれません……」
 姉さんは少し悲しそうに俯いた。きっと姉さんならそんな小テストくらい無視しても今後にまったく支障はないのだろうけど、根が完ぺき主義者なのでそれは許されないことなのだろう。
 どれくらい姉さんが完ぺき主義者かというと、教科書が配られた初日に全てのページを暗記するレベルだ。意味があるのか甚だ疑問なのだが姉さん曰く、そうすることで安心できるらしい。
 自分に厳しく他人に甘い姉さんは左手の時計をちらりと眺め、寂しそうに手を振った。そしてもと来た出口へと歩いていった。
 
 この屋上には二つの入り口がある、東口と西口だ。姉さんが出て行ったのは東口。
 僕の背後にいる彼女が来たのは西口。少し変わったアクセントの言葉が僕に向けられる。
「手痛かったンだよ」
「……うん、ごめん」
 僕はそういいながら振り向く。腰まで伸びた金色に煌くウェーブの掛った髪の毛、長いまつげと青い瞳。
 彼女は自分の手の包帯を捲くって僕に見せる。母方が外国の人らしく、肌が白い。その白い肌に薄っすらと猫が引っかいたような赤い線が一本走っていた。
 柳川月は何故か裸足だった。彼女は真っ直ぐ僕に近寄ると鼻をスンスンと動かした。
「今日も変な臭いがするよ。とっても変な臭い」
「……人の臭いを嗅がないでいただきたい」
 柳川月は簡潔に言えば変人だった。本を逆さに読んだり、ノートの文字は全て鏡文字にしたり、お腹が減ったという理由で堂々と授業中に食事を始めるような子だ。
 しかし、異様なカリスマ性、超能力じみた直観力と洞察力があり主に文科系の人間に絶大な影響力を持っている。
 知能も恐ろしいほど高いらしく、教師の連中も直接文句をいえないときている。
 彼女はフェンスを一度伺い、カタカタとタイプを刻むように忙しなく手を動かしながら首を傾けた。
「優一、死のうとしたンだ」
 心臓が大きく跳ねた。
 彼女はペタペタとフェンスに近づき、網目に指をかける。
「なんで、わか――」
「――だって、フェンスに誰かが上った跡付いてる。それに穴が広がってるもン。広がった穴の左右の幅が優一の足と同じくらいだよ。フェンスの向こうにも優一の足跡がある」
 爬虫類のような丸い瞳が僕を射抜く。
 彼女は僕に近寄り、唇を指でなぞる。ツンと鉄さびのような臭いに、彼女は僕の唇に自分の傷口の血を塗っているのだと分かった。血化粧。
「何で泣きそうなの?」
「僕は……僕は辛い。もう“こういうこと”は嫌です」
 彼女の表情は変わることなく、僕の尻を撫で回す。もう片方の手で僕の頬を撫でた。
「だから逃げようとしてるンだ。あたしのこと嫌いになったの?」
「……僕を性的な対象としてみてるならもうやめて欲しいのです。別の誰かとしてください」
「優一、あたしいつもいってるよ。敬語じゃなくていいって」
「僕の話しを聞いて下さい! 僕はもう、こういうの嫌です」
 彼女は両手で僕の顔を掴む。そして額を合わせた。青い瞳が僕を逃すことなくじっと見つめている。
 どこに視線を向かわそうともその視線から逃れることができない。
「聞いてないのは優一も一緒だよ。敬語はダメ。わかった?」
「じゃあ僕のいうことも聞いてよ。もうそういうことはしないって」
「イヤ」
「イヤって……」
 彼女は僕を両手を離すと携帯電話でどこかに電話をかけた。
 かけるだけで、電話には耳を当てていない。画面すら見ない。
 ただその瞳は僕を見ていた。
「じゃあ、あたしがいいっていったら優一。お姉さんにはセックスさせるンでしょ? それってずるいよ」
「……姉さんにも断るよ」
「無理だよ。優一もそれ、分かってる」
 彼女がその言葉を言い終わるのと同時に、どこかで何かが爆発した。小さな衝撃波が僕の体を突き抜け、辺りに火災報知器のけたたましい音が鳴り響く。
 僕は偶然を信じない。故に導き出される犯人の解は目の前の人間を指していた。
「ルナ、何をしたんだ!」
「どっかの教室が吹き飛んだだけだよ。……ランダムで選んだけど、家庭科室みたい。今、無人だよ」
 全身からさっと血の気が引く。明確な脅し。
 僕が彼女を拒否すればどこかで誰かが死ぬという脅し。
 僕には選択をする権利すらない。
「逃げるンならもっと酷いよ。人が死ぬよ。きっと沢山沢山」
 柳川月は僕の頬をべろりと舐め、見せ付けるように舌を艶かしく動かした。何かを想像させる卑猥な動きに僕は目をそらす。
「何で……何で僕なんだ! 僕じゃなくてもいいじゃないか!」
 ルナは舌を止めて首を傾げる。
「好きだからだよ。好きじゃなかったらこンなことしないよ」
「……僕の何が好きだっていうんだ」
 性的な意味か。それ以外はただの肉か。僕の気持ちや心は無視か。
 彼女は表情を変えずに首を横に向けたまま言葉を発する。まるでそれは人形のよう。
「違うよ。優一だけがあたしを特別視しなかった。教師やクラスメイトはみんなあたしを変な目でみたり変わってるっていうけど、優一は普通に接してくれたよ。あたしの言葉に困ったりしない、ちゃんと合わせてくれるもん。それがあたしにとってはカルチャーショックだったンだ。それで気が付いたら好きになってたンだよ」
「…………」
「わかった? だから好きなンだ」
「好きだから変な薬使って僕を犯すの?」
「そうだよ。だってあたしのことだけ見て欲しいもン」
「そんなのおかしいよっ! おかしいよ……」
「意見の相違だよ。でもあたしも最初は緊張したなぁ。ちゃんと上手くいくか心配だったし、優一に嫌われると思ってたもン。でも優一は次の日から……ちょっとぎこちなくて目の下に泣いた跡ができてたけど、普通に接してくれた。誰かに言ったりしてなかった。その普段と喘いでいる時のギャップがあたしを興奮させるンだ」
 彼女は珍しく瞬きをした。語るごとに指は忙しなく動く。ルナの表情は常に微笑に固定されていた。
「今でもビデオ見てマスターベーションするンだよ。優一の可愛い声聞いて“する”とゾクゾクして何度も達するンだよ。あー今も、その顔を壊したいなぁ」
 僕は彼女の舐めまわすような視線に後ずさりする。
 いつの間にか彼女の手には注射器が握られていた。
 彼女に犯されている時のことがフラッシュバックして僕はぞっとした。鳥肌が全身を穿つ。
 快感に殺されるという苦痛。自分の意識を全て快感に変換されるという苦痛。
 もう、あれは、イヤだ。
「凄くいい顔になってるよ。グズグズの恐怖と快感が入り混じった綺麗な顔だよ。優一、いつも無表情だから凄く嬉しいなぁ」
「やめて……下さい」
「あたしは悪魔みたいに悪くないから選ばせて上げる。考える時間を与えたほうが神様に近づけるもン」
「選ば……せる?」
「うん。あたしにこのまま犯されるのと、この学校の人間全て消すのとどっちがいい?」
 やはりそこに選択肢はなかった。彼女はいつもよりも頬の歪みを少しだけ濃くして微笑む。
 僕は、手を差し出した。
 彼女がアルコールの脱脂綿で血管を消毒する。
「すぐに天国に連れて行ってあげるよ」
 彼女はそういい、鳥がついばむようなキスを僕に浴びせる。たまに舌を唇に差し込んだり、歯茎をなぞったり僕の反応を伺っている。
 僕はきっと泣きそうな顔をしているに違いない。何故ならいつも変わることのない彼女の顔が酷く嬉しそうにだから。
 頭が過呼吸を起こしたように酷く重い。
 空気を抜く為に針から液が零れ落ちる。そしてついに僕の血管に針が――。
 
「お前らなにやってんだ?」
 空気を読まない素っ頓狂な声にそれは邪魔された。


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