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  死に至る病 作者:
十五夜
「甘い匂いがするよ」
「そりゃケーキだからね」
 僕とルナは部屋でケーキを食べながら、映画を見ていた。
 白髪のマッドサイエンティストっぽい博士といいものはみんな日本製となかなか嬉しいことを言ってくれる青年のタイムスリップものだ。
 本当は夕飯を作ろうとしていたのだけど、ルナの冷蔵庫は調味料と飲み物とアイスだけ。
 どうやら彼女はずっと宅配ピザやらお菓子なんかを主食にしていたようだ。
 料理はよくするというので内容を聞いてみたところ野菜をぶつ切りにして塩でゆでたものだという。んなもん食事じゃねえ!
 それを抗議したところルナはどこかに電話し、食材を届けるように指示した。暫くしたら届くとのこと。
 金持ち恐るべし。
 だから僕らは食材が届くまで時間を潰していた訳で。富良野は寒い訳で。
「っうわ!」
「……しょっぱい」
 ぬるりと僕の首筋を生暖かい何かが滑った。首筋を押さえてそれをみる。
 どうやらルナが耳の後ろを舐めたらしい。
「な、なんだよ」
「凄く甘くていい匂いがしたから舐めてみたンだよ」
「……あー、なるほどね! って納得できるか!」
 僕はルナのケーキを崩し、口に運んでやる。甘いのは僕の首じゃなくて間違いなくこっちだ。
 ルナは一瞬目を彷徨わせ、フォークにかぶりつく。
「ったくもう」
「ゆ……あ、の。優一の、ば……ん」
「ん?」
 振り向くとルナがどこかぼうっとした顔で僕をみていた。フォークの上にはケーキのかけら。
「あんだって?」
「なんでもないンだよ」
 そういうと彼女はフォークを置いて、ケーキを口に押し込んだ。
 そして無言で席を立つとトイレに向かった。
 何がしたかったんだろうか。
 
 丁度映画が終わった頃、食材がお宅訪問。
 僕は料理を始めた。
 しかしこの食材、優に一週間分はあるんじゃないだろうか。全部腐らせずに使い切れるか心配である。
 ルナのメイド服で料理を作ってくれという要望を何とか断り(僕にしては珍しく)、鳥のから揚げと牛肉とピーマンの炒め物、ハンバーグ、野菜炒めを作った。
 よく分からない組み合わせだけど美味しければ何でもいいのだ!
 僕はご飯を装いながら配膳もした。ルナは山の如し非協力的だった。
「ルナさっきから何見てるの?」
「優一」
 そりゃなんとなく分かってるけど。
「の、お尻」
 すこーん。
 僕は少し転びそうになった。
「僕のお尻を見てるとな?」
「エプロン姿の優一が凄く可愛いンだよ」
「英語でいうと?」
「so...cute...」
「あ、えっと、てんきゅー」
 見事な英語で答えるルナと誠に残念な英語で答える僕。
 微笑むルナは自分の言葉に驚き、目を丸くして首を傾げる。
「あたし今、口に出てたンだよ?」
 どんな聞き方だ。僕はそれに親指を立てて答える。
「バリバリですぜ、兄貴!」
「あー……あああ!」
 ルナは急にテーブルから立ち上がると目に涙を浮かべて、リビングに向かいソファーにダイブした。
 そして足をバタバタとさせてうーうー唸った。
 僕はしゃもじ片手にそれを追いかける。
「そんなところで寝てたら風邪引いちゃうよ!」
「うーうー」
「ご飯冷めちゃうよ!」
「……うー」
「ライスがクールしちゃうよ!」
「…………おんぶしてくれないと嫌なンだよ」
 目を少し赤くしたルナが腕の隙間からこちらを伺う。
 僕は少し考えて背中を見せた。
 僕も背が高い方ではない。筋肉もある方じゃない。寧ろいろいろと足りないくらいだ。
 だけど配膳は殆ど終わってたからそれぐらいは耐えれなくも無かった。
「…………」
 ルナは僕の背中にのっそりと覆い被さり、腕を首に絡め、素足で僕の腰にがっちりとくっつく。
 僕は片手でルナが落ちないようにしながら、味噌汁を注いだ。
 きっとさっきのあれはルナにとって聞かれたくなかったことなんだ。
 僕にとって姉さんの時のことのように。
 だから僕は黙って彼女に背中を貸した。
 
 配膳が終わり、僕らは手を合わせていただきますと唱える。そして飯に喰らいついた。
 ルナは汚い握り方の箸で力士の如くお代わりしまくった。
「美味しいよ、優一」
「てんきゅー」
 今度は巻き舌でトライ!
「でもそんなに美味しいっていって食べてくれると嬉しいなぁ」
 僕は少し恥ずかしくなって頬をかいた。
 ルナはそんな僕をみて、ポケーっとすると二倍速でご飯を喉に流し込む。
 やっぱり咽て、僕に背中を叩かれながらお茶を飲んだ。
「ほら、口の周り汚れてる」
「あ……」
 僕はティッシュで彼女の口周りを拭く。
 彼女はまたご飯を流し込んだ。
 
 途中、お風呂にルナが乱入してきたり、なんてことがあったりしててんやわんやだったけど、今僕らは同じ布団で寝ていた。
 ルナの家には布団が一式しかなくて、僕らは二人で、それは必然で。
 僕がソファーで寝るといっても彼女は聞かなかった。
「優一、眠れないンだ」
「うん、少しね」
 誰かと寝るというのはナナシさんのを入れれば二回目で、何か“理由”もなしに寝るのは初めての経験だった。
 今にも消えてしまいそうな弱々しいオレンジの光に彼女の顔は照らされる。
「抱きついて、いいかな」
「……うん」
 彼女は僕に抱きつくと、胸一杯に息を吸った。
「やっぱり、いい匂いなンだよ」
「お風呂入ったばっかだからね」
「そういう匂いじゃないンだよ」
 そういうと僕の脇やら首筋やら顎の下やらを彼女は嗅ぎまわった。
 なんだか小動物みたいだなぁと僕。
 でも決して嫌じゃない。
 そんな中、薄暗闇を眺めてたら自然と僕の口からそれはでた。
「あのさ、ルナ……」
「なンだよ、優一」
「ぼ、く……の姉さん。双子の姉さん。あの人にぼく……ずっと前から」
 本当は姉さんじゃなくて、赤の他人で。
「うん」
「されてたこと……あって、ぼく、それがずっといやで」
 犯されて、ボロボロにされて。
「うん」
「いやだけど、やめてくれなくて、誰も助けてくれなくて」
 ナナシさんが止めてくれるまで僕はずっと一人で。
「うん」
「それで、さいきんそれから開放されて……急に幸せになってなんだか不安で、こわくて、どうしていいか……わからないんだ」
 幸せすぎてそれが消えるのが凄く怖い。ふとした時にそれを失うことを考える、考えてしまう。
 そう思うと足がすくんで目の前が奈落の底のように暗くなる。
 そんな僕の弱音を聞いた彼女は瑠璃色の瞳で僕を見ると優しくいった。
「今みたいに泣けばいいンだよ」
「そう、かな……」
「そう思うよ」
 彼女は僕の顔を自分のお腹に抱きかかえる。僕は少し息を吸った。
「いい匂いだね」
「優一の頭もいい匂いだよ」
 僕達は指を絡めあって寝た。


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