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  死に至る病 作者:
ヤンデレです。通常表示になってますがエロもでます。グロもでるかもしれません。ご了承下さいませ。
一夜
 僕は学校の屋上に立っていた。屋上といっても女性と密会をするためにきたわけではない。不良に呼び出しを喰らったわけでもない。現実逃避の為に空を眺めに来たわけでもない。
 死のうと思った。
 僕はフェンスを乗り越え、頼りないコンクリートの上に立つ。
 ちらりと下を眺める。吹き上げる風は僕の頬を撫で、瞳に映る映像は手足を麻痺させる。
 高い。とてつもなく高い。
 それもそうだ。ここは六階。人が死ぬにはピッタリの高さ。
 今掴んでいるフェンスを離したらきっと僕は物理の法則に従い、位置エネルギーを運動エネルギーに変換することになるだろう。
 そしてそれは即ち、死。この世からの決別。
 人生に一度しか許されないと言われる死を僕は体験することになるのか。
「お前さー、さっきから三十分そうしてるけどいつ、飛び降りるんだよ。いい加減早く死ねよ」
 慈悲も優しさもない声に僕は驚き、振り向く。暴力的かつ男勝りな言葉とは裏腹にその言葉の主は女性だった。
 髪をショートに切りそろえた背の高い女性が鋭い目で僕を見ている。片手にはホットレモンと書かれたミニボトル。
「お前、アレだろ。姫野優一……だっけ」
「君は誰?」
 彼女はにっこりと微笑むと僕にボトルの中身をぶちまけた。
 熱い熱い熱い熱い熱い熱い……こともない?
「おっ、手」
「えっ?」
 フェンスから手が離れ――。
「うわああああ、落ちる落ちる落ちるう!」
 僕の体は風に煽られバランスを崩す。
 フラフープが下手な人みたいなダンスを踊り、何とか体制を建て直す。そしてフェンスにしっかりとしがみついた。
 しがみつけるものは何でもしがみつく。そんな十六歳でございます。
 
「何だよ、結局死なないのかよ。折角人が死ぬとこ見られると思ったのに」
「地獄も天国も満員とのことでして」
 そう僕は語り、三角座りで彼女の横に腰掛けた。日陰でなかなか快適である。
「で、ナナシさん」
「何なんだ、その“ナナシ”って」
「単純に名前を知らないので仮称ということで」
「あっそ。まあいいや。で何?」
「いや、それは僕が聞きたいが山の如しでして」
 死んだらどうする、と叫んだ僕を彼女はこっちに来いと呼びつけたのだ。常に強い者の味方である僕は内心ラーゲリ送りにしてやろうかと思いながらもニコニコと微笑んでそれに従った、かは定かではない。
 彼女は何で呼んだんだっけ、となかなか不条理なことを言い、こめかみを指で押さえた。
「ああ、そうだ。何で死のうと思ったのか聞きたくな。人を死に追いやるほどの絶望っての知りたいわけよ。わかるか、この感覚」
「できれば墓まで持っていきたいクラスの絶望なのでお答えできません」
「どうせアレだろ。苛められてるとか、親にゲーム取り上げられたとか、フィギュアつーの? あれ捨てられたとかそんなのだろ」
「僕はどこかの引き篭もりでオタクで卑屈な少年か?」
「まあ、いいから話してみろよ。全力で笑ってやるから」
 よし、殺そう。殺して命を絶とう。
 不意に彼女は欠伸をかみ殺し、はずみといった感じでペットボトルを握り潰した。
 蓋が開いていれば誰にでもできる芸当である。しかし、彼女は蓋の閉じてる状態でそれを行った。事前にほうれん草を口にしていたのか。
 故に僕が取る作業はひとつ。
「昔々あるところに……」
 無駄死には嫌だったのです。そんな十六歳。
 
 昔々あるところに男の子がいました。彼は背が低く、女顔なことをコンプレックスに生きておりました。
 可愛いねと言われれば、チビだからですかと内心うそぶく卑屈な少年です。
 彼は無口で友達も作らなかったのですが、仲良くしてくれる女子が一人だけおりました。少し変わった女性です。
 たまに少年の匂いが変だという匂いフェチな部分はあれど裏表のない素晴らしい女性です。
 頭がいい彼女に少年はきっと卑屈になったに違いありません。何故なら彼は勉強ができる方ではないからです。
「そのくだりはいらねえな」
 まあ、その彼女にいつも勉強を教えてもらっていた少年は少しばかり心を許し始めていました。休日は図書館で勉強をし合う、それくらい仲が良くなりました。
 ある日、少年は少女の家で勉強会をしないかと言われました。しかも少女は一人暮らしというではありませんか。顔を赤くする少女に少年はどうしたらいいか迷いました。
 結局答えがでないまま、その日はやってきました。少年は言われるがままに高級そうなマンションの一室にご招待されました。
 少年は渋々といった感じで家に上がり、紅茶とケーキをご馳走になりました。
 そして軽く談笑していた時、それは起こりました。
 少年は何だか気分が悪くなったのです。脂汗が滲み出て、喉が枯れる。
 不思議です。飲み物を飲んだばかりだというのに喉が枯れるのですから、それは魚が陸で泳いでいるような不思議さです。
「で?」
 ……少年は当然ながら少女に声をかけました。かけようとしました。しかし、喉から声が出ない。体も動かない。
 少女はそんな少年を眺めて微笑みました。
 わけのわからないうちに少女はビデオカメラを設置しました。
 そして裸になり、少年を犯したのです。
 
「ちょちょちょちょっと待てよオイ。唐突過ぎるぞっ! お前の妄想とかじゃないよな!?」
 寧ろそうであって欲しいという類の問いかけ。
 僕は力なく笑う。その顔を見てナナシさんは「うわー、やべえ。予想外に重い話聞いちゃったなぁ」という顔をした。
「……まあ、あれだ。男冥利に尽きるって奴だ。それだけで自殺するっていうなら全国の男が羨ましがって自殺するぞ」
 僕はいう。青空を眺めながら独白のように。
「この話には続きがあるのです。少年はビデオで脅され、何度も関係を迫られたのです」
 ある時はデパートのトイレ、ある時は学校、ある時は外で。
 ナナシさんはどこから出したのかペットボトルのお茶に口を付け、ばつが悪そうにいう。
「…………そ、それだけ好かれてるってことじゃねえの。辛かったら警察という手もある。もしくはそういうもんだって割り切ればいいんじゃねえか?」
 僕は物語を紡ぐ。暗く冷たい床を眺めながら。

 少年は結構へこみました。それはもう缶蹴りに使われた空き缶のようにべっこべこです。
 そんな少年の心を機敏に察知した人がおりました。
 彼女は少年の双子の姉です。同じ時を刻んできたというのに不公平にも少女は健やかかつ賢く育ちました。
 親が海外で仕事をしていることもあって姉弟は一軒家に二人だけで暮らしておりました。
 そして姉は甲斐甲斐しく弟の世話を焼きたがるちょっと困った姉だったのです。
「お前の姉ちゃんは有名人だな。確かに」
 そんな姉はどうしたのか、と少年に聞きました。へこんでいた少年はその優しさの前で、全てを洗いざらいぶちまけました。
 強姦されて、貞操を散らし、ずっと暴行紛いの性行為を強要されている、と。
「なんかちょっといい話に行きそうだな」
 しかし、姉は笑って首を振りました。少年は訳が分からず聞きました。
 なんで笑っているのかと。なんで私のほうが先だったというのか。
 すると姉は少年に一本のビデオを渡しました。
 ビデオには白いラベルで数年前の年号と月日が記されていました。
 少年は何か引っかかるものを感じながらも、そのテープを再生しました。
 液晶には一人の幼い面影の残る少年自身。少年は室内の明かりにも目を開けることなく死んだように眠り続けています。
 そこにあどけなさが少し残る少年の姉が出てきました。表情はシャブ中が三十六時間ぶりにクスリを打ったかのように光悦としていて、瞳孔が開ききっています。
 少年の姉は少年の服を剥ぎ取ると――――
 
「もういい! もう聞きたくない!」
 ナナシさんは耳を押さえて僕に強く言いかける。
「ちなみにビデオは定期的に保存されていたらしく、つい最近の映像まであったそうです。それを見せたことでどこかタガの外れた姉は少年を毎日犯すようになりました。少年は外でも家でも毎日暴行の日々を送っていたのです」
 ちなみに最近のはビデオテープではなくデジタルハイヴィジョンでした。技術は日進月歩だなぁと僕。
「イカレてやがる!」
 何を分かりきった事を言うのだろうか、この人は。
 だから死のうとしたのに。
「で、姉とその少女が先ほどばったり出会ってしまい、血みどろの展開になりかけ、少年は心を患って自殺しようとしました」
「さっきのカッターがどうのって騒ぎはそれか……」
 ため息をついてナナシさんは空を見上げた。僕もつられて眺める。
 コバルトブルーの空に綿のような雲がゆっくりと風に流されていた。
「なんか、お前が死にたい気持ちがよく分かったよ。っていうかよく今日までもったな。あたしならそんなビデオ見せられた瞬間に死んでる」
 彼女は僕を遠まわしにイカレてると言っていた。寧ろ、こうなってイカレていない方が僕としてはおかしいと思うのだけど。
「なあ、姫野」
 ナナシさんは空を眺めたまま僕に語りかける。僕は既に床を眺めていたので、首を横に向けてナナシさんの顔を盗み見る体勢になった。
 彼女の目はどこか遠くあって、顔は憂いの表情に覆われていた。
「ん?」
「どんな気持ちだ。そういう愛って」
「……押し付けられるものって何も生まないなぁって思った。盗聴盗撮ストーキングされてもその人のこと好きになったりしないのと同じだよ。そして僕はそんなことされても、そう思わなかった」
「なんか、大人だな」
「つい最近までは子供だったんだけどね」
 いや、寧ろそのままでありたかった。
 大人が子供を羨む気持ちが少し分かった気がする。
 イヤでも賢くなってしまった大人は見えてしまう不安や絶望に耳と目を閉じ口をつぐんでいたいのだ。子供のように無知なままでいたいと願う。
 子供になれば明日の不安や恐怖に悩まされなくていいから。
 ナナシさんは立ち上がり、スカートをはたきながら言った。
「うん、お前は死んだ方がいいな。冗談抜きに」
 冗談でも死んだ方がいいと言うような人とはあまり友達になりたいとは思わないのだけど、その意見には賛成だ。
 僕が内心そう思っていると彼女は僕に視線を合わせた。
「多分、お前が生きてたらろくな事にならない。絶対にこれから二人は血みどろの展開になる。それだけじゃねえ、その二人から逃れてもお前はどこかで別の狂った何かに追われる人生を送ると思う」
「希望のない絶望は確定事項ですか……」
「こう見えてもあたしは頭がいいんだ」
 授業をサボって、屋上で日向ぼっこと洒落込んでる人がそんなことをいってもどこにも説得力はない。
「なんか僕は思うんです。もうずっとこのままでいいかなって。死ぬ勇気すらない、自分から止めることもできない。だったら僕はずっとこのままでいい」
「……はぁ、ウジウジしてんのな。まあ、わからなくもないけどよ、結局そこには何もないんじゃねえの?」
「僕は……僕はどうすべきでしょうか」
「うーん、あたしから言えることはどちらか選べってことだな。どっちか一人に絞れば今よりはずっと楽だと思うぞ」
「そう……なんですかね」
 彼女はうーんと小さく唸りながら体をほぐす。パキパキと小気味いい音がした。
「片方がお前を刺し殺してもやだろ? 殺し合いになってもやだろ? だったら少しでも穏便に済む道を模索しろよ。最悪の中の最良を選択するんだ。それがお前の唯一の救いになる」
 彼女は少し微笑み僕に手を振った。屋上の重く建てつけの悪い扉が甲高い悲鳴を上げて開き、閉じられた。
 僕は一体全体どうすればいいのだろうか。
 ナナシさんは選べという。どちらかを選べと。
 どちらかに犯されるほうがいいのかと。
 どっちも嫌だなぁ、と僕。
 確かに姉さんは美人だし、おしとやかだ。柳川さんは一緒にいて飽きない。
 でもそれが侵されたいかどうかに繋がったりはしない。
 できればこのまま星になりたい。このままどこか遠くへ行きたい。
 そうか、遠くに逃げればいいのか。
 名前を捨てて、故郷を捨てて、遠くで暮らそう。
 見せ掛けの希望に僕は立ち上がり、扉に手をかけた……がしかし、そのドアノブは自動で捻られ僕側に開く
 僕は扉を避け、ことの主を伺った。
 姉さんだった。


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