9.Weapon Of Choice 【冒険者になろう】
9話目です。ようやくギルド登録です。
お楽しみいただければ幸いです。
カーシャは、オリガが泣き止むのを待ってから、ゆっくりと語りかけた。
「抱かれてもいいなんて……どうしてあんな事を言ったんだい?」
「……心配かけてごめんなさい。どうしても、あの方の気持ちを引きつけておかないといけないと思ったの……」
指先で涙を払いながら、オリガはぽつぽつと話し始めた。
「私たちが騙されて借金奴隷にされたあの事……」
「ああ、忘れはしないさ! ヴィシーの商人……ベイレヴラとか言ったね。もし見かけることがあったら、絶対に殺してやる!」
恨みが湧き上がってきて歯を食いしばって唸るカーシャを、今度はオリガがなだめることになった。
「ふぅ……ごめんよ、オリガ。思い出したら我慢できなかった」
「大丈夫。私も同じ気持ちだから」
オリガとカーシャは、冒険者の頃にベイレヴラを名乗る商人の護衛依頼を受け、騙されて高額の借金を負わされてしまった過去がある。その後も必死で返済しようとしたが、中堅程度の冒険者の稼ぎでは追いつかず、焦って稼ごうとしてオリガが怪我を負い、稼ぐこともできなくなって奴隷となったのだ。
「でも、奴隷になってしまったら復讐どころじゃないよね……」
興奮がすっかり抜けて、大人しくなってしまったカーシャの肩に手を置いて、オリガははっきりと言った。
「私は、復讐を諦めてない」
いつもと違う、激しい感情を含んだ言葉に、カーシャはオリガに視線が惹きつけられた。
「一二三さん……ご主人様は強いわ。昼間の戦いもそうだし、ご主人様の話が本当なら、勇者としてこの世界に呼び出された異世界人で、城の騎士……しかも王族付きのエリート数人を一度に相手どって返り討ちにしている」
「でも、アタシたちの仇だからって、ご主人が手伝ってくれるかどうかは……」
「その為に、ご主人様の気持ちを私に向けてもらえるように頑張るの」
今日のオリガの妙な積極性の理由を知って、カーシャは腑に落ちた。
「それであんな事まで言ったんだね……。ごめんねオリガ、アンタがそんな覚悟を持ってご主人と向き合っていたなんて気づかなかった」
「いいの。私もカーシャに相談もせずに気が急いていたし。ご主人様にあっさり断られて、泣いちゃって、ちょっと冷静になれた」
クスッと笑って、オリガは少し恥ずかしそうに言った。
「それに、その……ご主人様の事、ちょっとだけ、いいなって、思うし……。買われた事も、今じゃあまり悪い気持ちはしてないし……」
「え……?」
「さあ、明日もあるし、そろそろ寝ましょう」
ごまかすように立ち上がって、オリガは向かいのベッドに潜り込んでしまった。
オリガの爆弾発言に、何故かカーシャまでドキドキしてしまい、なかなか眠れなかった。
宿近くの通りまでラグライン侯爵を運び、後の事をパジョーに託した一二三は、さっさと部屋に戻って寝てしまった。ちなみに、正面玄関はかんぬきで施錠されていたので、出てきたトイレの窓までよじ登って戻る羽目になった。
翌朝、一二三は日の出前に起きて刀の手入れをしてから、日課としている入念なストレッチを終え、床に正座して瞑想をしていた。
(思えば、丁度一日前の瞑想中に、神様から声をかけられたんだったな)
あれから、随分色々とあった。何人も殺し、今までの抑圧から解放され、積み重ねてきた技術を存分に振るうことができた。現代に生きる武術家として、これほどの幸運に恵まれた者はいないだろう、と一二三は思う。
戦国の世ならいざ知らず、現代社会で武術はイコール暴力という扱いになる。どんな理由があろうとも、武の道にいる者がその技を振るうことは許されない。まして、殺してしまえばどんな理由があろうと責められるのだ。
そんな状況に歯噛みをしていたのは、自分だけではないだろう。
ふと、ノックの音が聞こえた。
「ご主人様、朝食の用意ができたそうです」
オリガの控えめな声が、ドアの向こうから届く。
「わかった。先に食堂へ行ってくれ」
「かしこまりました。お待ちしています」
別に待っていてくれなくてもいいのだが、と思いながら、一二三は袴の乱れを直し、自分の服装を見る。
古武道の道着に袴。昨日から着たままだ。
「服屋を探して、同じものを作ってもらうか……」
異世界の服を着ようとは、何故か思わない一二三だった。
朝食を終え、一応今日までの分の宿代を払った一二三は、オリガ達を連れて再び街へと出てきた。
「今日はギルドに行こう。時間があれば服屋にも行きたいけどな。冒険者ギルドは登録は誰でもできるんだろう?」
「はい。銀貨5枚の登録料が必要ですが、犯罪歴が無ければ……」
「じゃあ、大丈夫だな」
城での件は、一二三にとってはまったくの正当防衛として処理されている。
カーシャが先導し、ギルドへと向かう間、一二三は街の様子を観察していた。相変わらず看板などの文字は読めないが、識字率は大して高くないのだろう、どの看板も文字よりも絵や記号を書き込んだり彫ったりして、わかりやすい工夫をしていた。
(とはいえ、これからの事を考えると文字は早いうちに覚えたいな。本屋とかはあるのかな?)
ギルドまでの道中、本屋は見つけられなかった。
「着いたよ……どうしたんだい?」
「いや、本を売っている店とかは無いかと思ってな」
「本なんて、貴族様か学者くらいしか読まないからね、余程大きな商会じゃないと、扱ってないんじゃない?」
本好きとしてはショックな話だが、それだけ識字率は低いのだろう。一般市民には、読書の習慣は無いらしい。
(はぁ、これだけ識字率が低いのと、羊皮紙が現役で使われているのを見ると、本は高級品で、図書館なんかも期待できないな。大きな情報収集手段が一つ減ったか)
気を取り直して、一二三は先頭に立ってギルドへと踏み込んだ。
小説でよくある酒場兼用というわけではないようだ。
奥にいくつかのカウンターがあり、左手の壁に沿って打ち合わせ用のテーブルが並び、右手の壁にはボードにずらりと羊皮紙が並べられている。
テーブルにはいくつかのグループが座り、見慣れない顔が見たことある女二人組を連れて入ってきたのを、興味深そうに見ている。
「奥のカウンター、どこに行っても受付できます」
勝手知ったるというか、慣れた感じでオリガが示すカウンターに近づき、座っている女性に声をかける。
「ちょっといいか?」
「はい。何かご用ですか?」
若い女性で、後ろでまとめた赤くて長い髪が目を引く職員は、スマイルで答えた。
「新規で登録をしたい。……お前たちはどうする?」
「アタシたちは登録証を取り上げられちゃったし、奴隷になったら冒険者としての扱いはされないと思うけど」
首を振って答えるカーシャの言葉に、ギルド内がざわめいた。カーシャが奴隷になったことは、それなりに衝撃だったらしい。
「か、カーシャさんが奴隷……ですか?」
「オリガもな。で、奴隷は冒険者から外されるのか?」
オリガも奴隷だという言葉を聞いて、周辺のざわつきは大きくなった。悔しそうに、恨めしそうに一二三を見てくる男もいる。オリガは人気があるようだ。
もちろん、そういう視線を気にする一二三ではない。
「ええと……冒険者として登録したり、登録証を再発行することはできます。持ち主の変わりに仕事をこなしている奴隷もいますから。再発行には一回金貨1枚が必要です。あ、新規登録は銀貨5枚です」
どうしますか? との職員からの質問に対して、一二三はオリガたちと“お金が勿体無い”とか“身分証が無いと不便だ”とか話し合っている。
「ああもう、金は気にしなくていいから。お前たちだけで依頼をこなす事もあるだろうし、二人分再発行な」
一方的に決めてしまった一二三だが、オリガたちの表情は柔らかい。その様子が男たちからは嫉妬の篭った視線で見られている。
数少ない女性の冒険者たちもチラチラと視線を向けながら、何やら噂話を膨らませるのに夢中になっている。
「では、こちらの用紙に記入をお願いいたします」
「あ、私が代筆します。ご主人様のお名前はヒフミ様で良かったですか?」
オリガが“ご主人様”と呼んだことにもざわつくのを、流石に鬱陶しいと思いながら、一二三は少し考えた。
「フルネームならヒフミ・トオノだな」
「家名があるなんて、ご主人は貴族様だったのかい?」
「俺の故郷では大体の奴に家名があるぞ」
「ふぅん」
年齢や武器(刀という名称が通じず、説明の結果、剣と書かれた)、魔法の属性を記入してもらっている間に、一人の大男が一二三に近づいてきた。
「おう、そんな細い腕で冒険者なんか勤まらねぇよ。その棒切れみたいな細いのは剣か? そんなんじゃゴブリンだって斬れねぇよ」
威圧感たっぷりに言ったつもりだろうが、一二三は完全に無視している。
「お前ら二人共俺より年下か。カーシャは俺より年上かと思ってた。買うとき年齢は聞かなかったしな」
「アタシが老けて見えるってことかい?」
「お前の体つきが17に見えねぇってんだよ。オリガは16か。小柄だから、もっと若いと思ってた」
「うぅ……」
カーシャやオリガも一二三に釣られて、大男を無視してしまった。
それが我慢ならないらしく、顔を真っ赤にして身体に見合った巨大な剣の柄に手をかけた。
「てめぇ、無視してんじゃねぇ!」
叫ぶ男をまた無視して、一二三はカウンターの職員に笑みを向けた。彼女の事はカーシャたちも知っていて、ヘラという名前だそうだ。
「確認しておきたいんだが」
「はい、なんでしょう」
「武器を抜いて襲ってきた相手を殺したらどうなる?」
「えっと……」
問われたヘラは思わず大男をチラッと見てしまい、慌てて視線を戻して答えた。
「明らかに先に武器を向けてきた場合は、防衛の為として罪には問われませんし、ギルドとしても特に問題にはしませんが……」
何をするつもりかと、ハラハラしながら答えたヘラに、にっこり笑って礼を言った一二三は、ここで始めて大男に向き直った。
「だ、そうだが? それを抜いたら殺すぞ。そのつもりで選べ。大人しく働くか、死ぬか」
「てめぇ……!」
完全に挑発にしか聞こえないセリフを吐く一二三に、さっきとは違う意味でギルド内がざわついた。
大男の名はオック。見た目通りの怪力で、短気で粗暴な所はあるが実力は認められていた。素直な相手にはアドバイスをしたりする事もあり、仲良くしている若手もいる。
大物の魔物も仕留めたことがあるオックを挑発する若い男に、遠巻きに見ている冒険者たちは、自分の力を過信した愚か者を見る目で見ている。
しかし、彼らにとって腑に落ちない点があった。
オックの力を知っているはずのオリガとカーシャが、一二三と名乗る男を止めようともしないのだ。
「ちょっと厳しい現実を教えてやろうと思ったが、てめぇはしばらく動けない程度にはシメてやらねぇといけねえようだな!」
言いながら、オックが大剣を抜いて両手で握り締めた瞬間だった。
鞘走った刀が、下から上へと振り抜かれた。
誰もが過去形でしか語れない程の速度を見せた刀は、オックの頭上で止まる。
静寂はどれくらいだっただろう。長くも短くも感じる時間が経ち、変化は起こる。
「う……」
うめき声を上げたオックは、それが最後の声となった。
右手は手首が切断され、股間から頭まで、背骨を残して断ち割られた。
大剣が落ち、前のめりに崩れたオックの身体の下から、血と臓物が広がる。
「お、オック!」
仲間だろう男たちが数人、物言わぬオックに駆け寄るが、誰一人、一二三に向かってくる者はいない。ヘラの説明の通り、挑発されたとはいえ先に声をかけ、先に剣を抜いたのはオックなのだ。
純粋に、一二三の力が怖いというのもある。
「久しぶりに思い切り斬った気がする。……いや、昨日の道場破壊以来か。やはり良い切れ味だな」
殺した相手の事は毛ほども気にした様子を見せず、一二三は刀の様子を見てから血振りをして納刀する。
くるりと振り向き、再び職員に笑顔を見せた一二三は、いつの間にか収納から取り出した金貨と銀貨をカウンターに置いた。
「待たせたな。金はこれでいいか?」
後にも先にも、笑顔を向けられてこんなに怖いと思ったことは無いと、後ほどヘラは同僚にこぼしたという。
お読みいただきありがとうございました。
割とテンプレな展開だったかな? とは思いましたが、絡まれた時に一定ラインを越えたらためらわず殺すというのを端的に表すエピソードとして、外せませんでした。
次回もよろしくお願いいたします。