11.Can't Stop 【名ばかり貴族】
出会いはアレな感じでしたが、実は一二三とこの国の関係は、
そう悪いものでもないのかもしれません。
11話目、どうぞご覧下さい。
ギルドでは落ち着いて話ができないので、ミダスとパジョーを連れて、レストランで食事をすることにした。
パジョーが個室を使えるところを知っていたので、全員でそこへ移動する。
貴族街にほど近い場所にあるレストラン『プルトン』は、流石に街の定食屋とは違い、シンプルながら洗練されたデザインの外観で、パリッとした服を着こなすウェイターが部屋まで案内してくれる。
店の名前を聞いてミダスは腰が引けていたが、一二三が奢ると言って納得させた。
「騎士隊のベテランが、この程度のレストランで支払いを渋らないでくださいよ。騎士としても貴族としても恥ずかしいですよ」
「伯爵家出身のご令嬢で独身のパジョーさんには、貧乏貴族出で妻子持ちの苦労はわからんさ」
部屋へ入りながら、騎士たちはお互いに益体もない牽制をしている。
「同僚と仲が良いのはいいが、腹減ったからさっさと入ろう。ウェイター、この店は何が美味い?」
部屋に入るなり、ウェイターへチップとして銀貨を数枚握らせた一二三は、奴隷を両脇に座らせて、メニューを見るふりをしながら訪ねた。
思いがけない収入を得たウェイターは、来店時より三割増しの笑顔だ。
「本日はビッグホーンの肉の良い部分を仕入れておりますので、オランソースのステーキとソードランテ風の煮込みがお薦めです。よく合う赤ワインもございます」
「じゃあ、両方もらうよ。ワインもね」
オリガやカーシャはこのレベルのレストランは慣れていないようで、メニューを興味深そうに眺めてから、それぞれ注文していた。パジョーは慣れた様子で色々とウェイターに尋ねて決めている。ミダスはパジョーと同じでいいと言った。
「ご主人様、大分慣れた仕草でしたが、こういう高級料理店は良く利用されるのですか?」
「こっち来てからは始めてだし、故郷でも数える程度だよ。わからないなら聞く。プロが薦めるなら素直に受ける。それだけだ」
第一、メニューが読めないんだから仕方ないだろうと開き直る様子を、オリガは何故か尊敬の目線で見てくる。
(弟弟子とかにこういう目で見てくる奴がたまにいるな。大人しい性格だから、俺みたいなのが羨ましいのかもな)
あまり気にしない事にした一二三を、パジョーはニヤニヤと見てくるが、面倒なのでこれも無視した。
ビッグホーンの肉は、牛肉と同じ味だった。ウェイターが言った通り、ステーキはほどよく噛みごたえが有り、そのくせホロッと崩れる柔らかさ。やや酸味のあるソースに負けない肉の甘味が美味しい、大当たりの料理だった。煮込みもサラッとしたスープに丁度いい塩梅で脂が絡み、肉も美味いが肉の旨みを含んだ野菜がとても複雑で良い味だった。
カーシャは、あまりの美味さに一二三におかわりを頼んでいた。
快く了承してやると、喜んでウェイターを呼ぶ。今度は一二三と同じステーキを注文するらしい。
「奴隷に優しいのね」
パジョーは、眩しいものを見るような顔で聞いてくる。
「奴隷でも貴族でも、人として生きる以上は同じだ。顔が違う。性別が違う。強さが違う。身分が違う。何が違っても、叩き斬れば同じものだとわかる」
ミダスはそれを聞いて驚いているが、パジョーは動じていない。
「私も、今の騎士隊に入って平民に紛れて行動するようになってから色々と考えが変わったわ。貴族の中で特別な存在だと教えられて育てられ、民はただ守るべき存在だと言われて騎士になった。でも、何にも変わらないのよね。ちょっとした幸運に喜んだり、理不尽な事に怒ったり、突然の不幸に泣いたり。そうよね、よく考えたら、奴隷だって同じなのよね」
「だが、気をつけて欲しい。侯爵の件である程度はわかったと思うが、貴族の特権意識に凝り固まった連中は多い……というより、大多数がそうだと思う。俺のような名ばかりの貴族や、平民との距離が近い小規模な領地の貴族はまだしも、貴族社会しか知らない連中はな」
「優越感というやつは、たまになら良い気分転換だが、浸りきったら毒になる。だからこそ、俺のように思い上がりを叩きのめす刺激が必要なのさ」
冗談だよ、と続けた一二三だが、二人の騎士は黙り込んでしまった。
「ご主人様は、貴族と戦うのを望まれているのですか?」
騎士たちが言いにくい事を、オリガが聞いてくる。
「貴族だからじゃない。貴族だからと敵対するのは、奴隷だからと蔑むのと何も変わらない。俺にとっては、俺の邪魔かどうかだけが判断基準だ」
安心していいのかどうかわからない返事を聞いて、騎士たちは何も言えなかったが、少なくとも自分たちと積極的に敵対はしないらしいという部分だけは安心した。
食事が終わり、紅茶が配られたところで、一二三が切り出した。
「じゃあ、イメラリアが用意したものについて聞こうか」
「ええ、まずは報奨金ね」
目配せを受けて、緊張したようすでミダスが懐から小さな袋を出した。
袋を受け取った一二三が中身を確認すると、銀貨が数枚入っている。
「……この国はひょっとして貧しいのか?」
「自分の胸に聞いて頂戴」
パジョーが我慢できずにツッコミを入れたが、一二三は気にした様子は見せず、ミダスはホッとした。
「金がないから爵位で形だけは“褒美を与えた”という事にしたわけか。まあ、別にいいけどな」
「準騎士爵と言えば、年金も無く、ほとんど平民と変わり無いと聞きましたが……」
オリガの言葉に、一二三はなんとなく理由を察した。
「要するに、自分たちの懐に入れるのは怖いが、他国に付かれて敵対されるのも困る。だから自由は保証しながら、端役すら無い貴族の一員とすることで、この国の所属だと対外的に示すことにした、と」
一二三の分析を聞いて、ミダスはゴクリと喉を鳴らした。負担にならない程度に名誉ある地位を与えたと言えばよく聞こえるが、受け取り方によっては、オーソングランデの都合で報奨をケチったと取られかねない。というより、その通りだからだ。
「それと、これがイメラリア王女から特別なお礼として下賜されたわ」
パジョーが懐から取り出したのは、赤い紐で筒状に留められた一枚の紙だった。羊皮紙ではなく、妙に分厚いながらもちゃんとした紙だ。
「……俺はこの国の字は読めん」
開くこともなく渡されたその紙を、オリガは丁寧に開いて読み始めた。
「……自由通行許可証。オーソングランデ王家は、ヒフミ・トオノとその随行者の、国内の自由通行及び、オーソングランデからの出国及び同国への入国を許可する。認可の署名はイメラリア・トリエ・オーソングランデ……」
読み上げたオリガも、一二三の隣で聞いていたカーシャも絶句していた。
各地に貴族の領がある以上、それぞれの領や街への立ち入りはある程度の制限があり、行商人や冒険者でも厳しい検査を受ける必要がある。他国への出入国となれば尚更だ。農民などは、ほとんど移動することなく、生まれた町や村で一生を過ごすことが普通とされている。
ところが、王家の許可証があれば、それは王家の指示での移動であり、何人たりともそれを妨げることは許されない。最上位の通行証だ。
「しかし、それはあくまでこの国の影響範囲内での話だろう。敵対する国であれば、これを持っているだけで入国できないどころか、攻撃される可能性もあるだろ」
冷めた様子で言い放った一二三の言葉に、オリガたちもあっと声を上げた。
対面の騎士たちは渋い表情だ。
「つまるところ、自由を与えるように見せかけた鎖だな、これは。自分たちの目の届く範囲内に居ろということだ、な?」
じっと見据える一二三の視線に、ミダスもパジョーも目線を合わせられない。どっと冷や汗をかいて、ワインを飲んだ心地よい酔いも一気に醒めてしまった。
「その……イメラリア様がそこまでの事をお考えかどうかはわからないわ。ただ、貴方が旅をするのに都合がいいと思って……」
「ふふっ」
「? ご主人様?」
「あっはっは! まあ、誰か入れ知恵をした奴がいるんだろうが、昨日見たときはあれほど純粋で騙されやすそうな女はいないと思ったが、こういう事ができるのか。面白いもんだ」
突然破顔した一二三に、誰もが戸惑っている。
「イメラリアは、政治の才能があるじゃないか。見た目とは違うなぁ」
紅茶を飲みながら、しみじみと言う一二三に、ミダスが恐る恐る訂正する。
「イメラリア様は、元々は聖女や姫巫女様と呼ばれるような純粋な方だ。権謀術数とは本来無縁で、自らの指示で我々第三騎士隊を動かされたのも、今回が初めてだ」
「当然だけど、あの事件はイメラリア様に大きな影響を与えてしまったようね。王妃様も王子様もまだ立ち直られていないけれど、イメラリア様だけは、現状を何とかしようと懸命に動いてらっしゃるわ」
自分を刺激する事を恐れつつも、イメラリアの印象だけは訂正しようとする二人の騎士のありようにも、一二三は心地よさを感じた。
「いいだろう。姫様からの報奨はありがたく受け取ろう。二人の働き者の騎士に免じて、今回の事は素直に褒美として受け止めることにする」
安堵した様子のパジョーから、準騎士爵の称号を表すメダルを渡され、一二三は素直に受け取った。
「貴方と話していると、気が休まる時間がないわ」
「全くだ。遠巻きに見ているだけの方が、ずっと楽だな」
「退屈しなくていいだろう。な?」
一二三に同意を求められ、素直に頷くオリガと、引きつった笑顔を浮かべるカーシャに、パジョーは笑みをこぼした。が、次の一二三の言葉でその笑顔が凍りつく。
「それに、この程度の手段では、どうせ俺は止められん」
店を出て、ミダスとパジョーは一二三たちと別れた。宿と城は逆方向だからだ。店の前で待機していたのだろう。別の騎士と思しき気配がある。
「ミダス、パジョー」
騎士たちを呼び止めた一二三は、真剣な目をしていた。
「イメラリアに伝えておけ。物事を自分の都合で動かそうと思うな。何事も誰もが考えもしない方へ向かうもんだ。だから、可能な限り人を動かせ。人を使って集められるだけ情報を集めて、その情報の真贋を自分の頭で判断し、物事が誰に都合よく動いているか。それを良く見極めろ……とな」
頷く二人に背を向けて、一二三は待っていた奴隷と共に、宿に向かって歩き出した。
すっかり陽は落ちて、真っ暗になった道をオリガが魔法で灯した光を頼りに進む。
「ご主人様、先ほどの言葉、どういう意味でしょうか?」
不意にかけられたオリガの疑問に、何にでも興味を持つ奴だとつぶやいて、一二三は答える。
「戦の相手がどう動くか、見えるものや聞こえるもの、五感を使ってあらゆる情報から予想する。様々な可能性を考えておけば、そうそう失敗はしない。戦いも政も同じさ。自分は無条件に偉いとか強いとか勘違いして、周りがどうなっているか見なくなった時が、そいつの終わりの時だ」
何か思い当たることでもあるのか、オリガは考え込んでいる。
「なんというか、あんなに強いご主人が言うには、謙虚な考えかただよね」
「馬鹿言え。俺だって普通の人間なんだ。油断をすれば攻撃を受けるし、斬られれば死ぬ。俺もお前も、何も変わらん。ただただ、努力の成果を油断なく発揮しているかどうかだ」
そう言われても、一二三は本当に斬られたら死ぬのだろうか、怪我をすることすら想像できないと、カーシャは仕切りに首を捻っていた。
「今日はトルンの所に寄ってから街を出たが、明日は朝から街を出て稽古をするからな。しばらくお前たちの動きと成長を見てから、色々と指導してやる」
「はい、ありがとうございます」
うんざりした顔のカーシャの横で嬉しそうにお辞儀をするオリガだった。
夜も更けた宿の部屋の中で、一二三は昼間にできなかった闇魔法の訓練をしていた。
ベッドをまるごと収納してみたり、手を触れずに取り出したりと、まずは収納を色々と試してみる。
(生き物はダメか)
たまたま飛んでいたハエを収納しようとしたが、壁に当たったように闇魔法の暗い穴にぶつかってしまった。試しに一二三が入ってみようとしてもダメだった。見えないガラスに手を当てているような感触がする。
発想を変えて、腕を闇魔法の魔力で包むイメージをしてみると、今度は腕がすっぽりと夜の闇に紛れて見えなくなった。そのまま全身を包む。
視界や聴覚が遮断される事なく、全身を闇に潜めたつもりだが、自分以外に誰もいないので確認のしようがない。
実験をくり返しながら、用途を考えているうちに、他の魔法を使ってみようと思ったが、適性がないのかやり方が違うのか、火を灯したり水を出したりはできなかった。
(そういえば、オリガは杖を、侯爵の所にいたストラスは剣を使って魔法を発生させていたな)
魔法についても、勉強しないといけないようだと、改めて一二三は思った。
(やることは多いが、楽しいな。楽しい人生だ)
満足した様子で魔法練習を切り上げ、元の位置に戻したベッドに潜り込む。
「しばらくは、あの二人をしっかり鍛えてやろう」
弟子がいるというのも良いものだと、一二三は胸を躍らせながら眠りについた。
お読みいただきありがとうございました。
たくさんのPV、ブクマ登録ありがとうございます。
次回も『呼び出された殺戮者』をよろしくお願いいたします。