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異世界からの転生者を観測するだけのお仕事

作者:あるてみす
 ――――なぜならば、観測しなければ事象は成立しないからだ。


「やあ、御目覚めかい?」
 そう言って、青年を覗き込んでやる。彼は重々しく瞼を開き、視線を彷徨わせてから、がばっと跳ね起きた。それから自分の体を触り、ふらつきながら辺りを歩き回り始めた。イセカイだ、俺はテンセイしたんだ、俺は選ばれたんだ、とかなんとか、聞き覚えがあり過ぎてうんざりする言葉を並べ立てている。
「どうしたんだい、昨日までの君とは大違いじゃないか」
 その理由は知っているが、敢えて明言を避ける。すると、青年はこちらに振り向き、眼球が零れ落ちそうなほど大きく目を見開き――――譫言のように漏らした。
「君が、俺を召喚したのか?」
「そうだと言ったら、どうする?」
 煌めく金髪と宝石のような青い瞳に大理石のように白い肌、抜群のプロポーションを備えた肉体を見せつけるようにポーズを取る。神様然とした白いドレスに淡く透き通った羽衣と光の翼を生やし、ついでに装飾を施した杖を携えている。青年が目を覚ます前に外見を整えておいたのだ。これもまた、仕事の一環だ。
「もしかして、神様? テンセイものの御約束の?」
「かもしれないねぇ」
 そういうことはないのだが、話を合わせてやる。ついでに、相手の戸惑いを解すために笑顔と呼ばれるパターンの表情を浮かべてやると、青年は慌てふためきながら話し始めた。
「信じてもらえないだろうけど、俺は、俺は……」
 女神はうんうんと頷きながら、ちゃんと話を聞いてやる。この病を発症した者達が口にすることは、判で押したように同じだ。ゲームの中に入り込んで、トラックに引かれて、ビルから落ちて、テンセイしたいと強く願ったら、見知らぬ本に書かれていた魔法を使ってみたら、などなど。いかに自分が特異な存在であり、奇異な体験をしているのだということを妙な語彙で力説した後は、決まって自分の役割を探したがる。スペックだのステータスだのスキルだのと言いだして、自分の範疇を越えた力を欲するのだ。
「そうだね……。特別に君の潜在能力を引き出してやってもいいんだが、そのためには一つ条件がある」
 だから、都合のいい夢を見せてやることにする。青年の肉体に憑依した精神体から記憶を吸い出し、解析、分析した後に再構築してから、欲しているストーリーを与えてやる。
「君が向かうべき場所はダンジョンだ。そこには魔王が封印されているのだが、その封印が綻びかけている。なぜならば、封印の楔となる十人の巫女達の魔力が弱っているからだ。巫女達の魔力を高め、封印を掛け直すためには、巫女達と愛し合う必要がある。その理由を説明する必要はないだろう? 愛に勝る力はないからだ」
 ああ、馬鹿馬鹿しい。けれど、これも仕事のうちだ。
「さあ、君が得るべき力を与えよう。勇者どの」
 そう言ってやると、青年は喜色満面で頷いた。それから、地図を渡してやり、ここにはこんなアイテムがあって、と説明してやると彼のテンションはますます上がっていく。
「この世界こそ俺の生きるべき世界なんだ!」
 そう言い残し、青年は旅立っていった。女神はにこにこしながら手を振り、見送ってやってから、体を折り曲げて嘆息した。
「で、どうだい。仮想空間の構築は進んでいるかい?」
 思念を通じて外部へと連絡を取ると、すぐに返事があった。
『今回の転生者の記憶と思考から判断するに、過去に製作した空間テンプレートの使い回しで良さそうだよ。彼らの言葉で言うところの中世ヨーロッパ風、剣と魔法、美少女、ダンジョン、ハーレム、学園、それから忘れてはいけないのがチートだね』
「毎度ながら、世話の焼ける患者達だよ」
『全くだ。だが、一人一人にしっかりとした治療を行わなければ、症状を改善することも出来ないからね。地道に進んでいこう』
「物理法則はどうする? たまにいるじゃないか、重力やら何やらまでを改変した世界を求める患者が」
『それは患者の言動から診断した後、判断しようじゃないか。出来ることなら、そこまでの改変は行いたくないんだがね。量子コンピューターに負担が掛かってしまうし、エーテルが無駄になる』
「というか、これは私の本来の仕事じゃないんだがね」
 女神はどっかりと胡坐を掻き、金髪を荒っぽく掻き乱す。
『あまり愚痴らないでくれよ。君が次元断層空間にダイブして観測してくれるおかげで、こちらも仕事が捗っているんだ』
「そう言うなら、戻った時にランチでも奢ってくれよ」
『ああ、いいとも。何が食べたい?』
「黄鉄鉱のフライ、硫酸のソースで」
 女神はにたりと口角を上げてから、剣と魔法の世界から姿を消した。何のことはない、精神体を次元断層空間から引き上げただけである。外見を取り繕うためのソフトウェアを解除し、イセカイからのテンセイシャとの会話に欠かせない自動翻訳ソフトも解除してから、上昇していく。
 暗黒の宇宙に星々が散るように、空虚な空間に無数の球体が浮かんでいた。その一つ一つが、イセカイからのテンセイシャと言い出した人々を隔離するための仮想空間だ。言うならば、病室のようなものだ。女神から本来の姿に戻ると、青紫色の頭部に埋もれた単眼を動かして一つずつ観測し、百二十八本もの本数を誇る多肢を蠢かせ、小型の情報端末に入力していく。
「ああ、面倒臭いねぇ。でも、これも仕事だからねぇ」
 次元観測官、オブザーヴは単眼をぐるりと巡らせる。
「恒星間航法よりも効率のいい次元超越航法を開発したまではよかったが、まさかこんな災害が起きるとは思ってもみなかったよ。いや、疫病かな……?」
 次元超越航法とは、その名の通り、広大な宇宙を移動する距離を大幅に短縮するために亜空間を移動する航法である。オブザーヴを始めとした科学者が身を粉にして研究に励み、やっとのことで実用化にこぎつけた。宇宙に充ち満ちているエーテルを動力源にした多次元跳躍装置も完成し、次元超越航法にも耐えうる宇宙船も製造し、さあこれからという段階で奇病が発生した。
 それが、いわゆるテンセイ病だった。エーテル宇宙と亜空間の入口を開いてからしばらくして、とある高名な科学者が常軌を逸した発言をした。自分はチキュウから来たコウコウセイで、この世界を救うためにやってきたユウシャなのだ、と。長年の研究による疲労で精神をやられたのか、と慌てて入院させたのだが、その日を境に奇妙な言動を取る人々が後を絶たなかった。
 彼らが言うことは似通っていた。世界を救う、ハーレムを作る、ユウシャになる、マオウになる、アクヤクレイジョウにならなきゃいけない、ここはエロゲの中だ、ギャルゲーの中だからモテないはずがない、テンセイしたからチートなんだ、などと。
 どれもこれも訳が解らない上に、余計なお世話である。エーテル宇宙の一角に浮かぶ我が母星は、数億年単位で戦争なんて起きていないし、生殖器官は持たないが生体分裂で繁殖出来るので異性と交わって生殖活動をする必要もないし、そもそもこの世界は現実であって仮想でもなんでもない。失礼極まりない。
 テンセイ病に罹患する人々が日に日に増えていくので、政府は手を打った。次元跳躍航法で外宇宙へと旅立つはずだった宇宙船を全面的に改修し、テンセイ病患者達を収容し、医療施設に変えた。そして、エーテル宇宙から亜空間に跳躍するための次元跳躍装置を改造し、次元断層空間を作り、その中に個別の病室を作ったというわけだ。現時点で、テンセイ病患者は一万人を超えている。だから、医療機関のスタッフだけでは間に合わなくなり、次元観測官であるオブザーヴまでが現場に駆り出されてしまった。
 夢を見るのは勝手だが、他人に迷惑は掛けないでほしい。


 テンセイ病患者から得た情報を集積し、分析する。
 その結果、彼らは遠く離れた銀河系の辺境にある星系で生まれた種族だと判明した。四肢を持ち、二足歩行型で、頭部が一つで眼球は二つ、口腔は一つ、耳は二つ、生殖器は一つ、骨格はカルシウムで出来ていて、脳は一つだけしかない。テンセイ病患者の外見は、単眼と百二十八本の多肢を持つ姿のままなのだが、外見と内面のギャップで精神の崩壊と乖離を防ぐために、病室内では彼らの意識から摘出した情報を元にして外見を作り変えている。やたらと目が大きかったり、乳房と呼ばれる器官が肥大していたり、そのくせ手足が細すぎたり、と何かとバランスが悪かった。
 ニンゲンと名乗る者達の文化は完成されているようだが、科学と文明は発展途上だ。その証拠に、彼らはエーテルの存在を知らない。当人の妄想で作り上げられた剣と魔法の世界で冒険を始めてからしばらくすると、排泄物と木材を燃やして炭化させたものと硫黄を合成させて何かを作ろうとする。彼らの言動から察するに、火薬の一種のようなのだが、エーテル宇宙では大気組成が違うので着火しない。当然ながら失敗する。だが、その出来損ないの火薬を使おうとする場面に限って一大事なので、自称ユウシャ達は窮地に陥る。そこで何もかも嫌になって逃げ出す患者もいれば、何が原因だったのかを突き詰めようとする患者もいれば、自分で始めた冒険を見限って空想の産物である美少女達に溺れる患者もいる。中には、病室の検査にやってきたオブザーヴを捕まえて、元の世界に戻してくれ、と懇願してくる患者もいる。
 そんな方法があれば、とっくに送り返している。


 仕事の一環で、十億光年先にあるチキュウを観測した。
 こんなにも大量の精神体が飛んでくるのであれば、チキュウが滅亡の危機に瀕したからではないか、との仮説が立ったからだ。次元観測官の本領発揮である。観測することで確定した事象を量子コンピューターで調整し、空間と時空を超え、十億年前のチキュウを認識した。だが、青い水玉の如き惑星は健在だった。タイヨウ系と呼ばれる恒星系も元気なもので、何の問題もなかった。
「うーむ」
 オブザーヴは単眼を瞬かせてから、触手をカップに浸し、水銀と錫の熱い茶を啜った。
「惑星規模の災害に伴って大量の知的生命体が死ぬと、惑星が崩壊する際の衝撃で精神体が乖離する現象はあるけど、チキュウにはその事例は見受けられないなぁ……。たまにぽつぽつ戦争は起きているようだけど、せいぜい核反応を利用した兵器で破壊行為が行われて大気汚染される程度でしかないし。現象の原因が解らなければ、事態を改善することも出来ないし、ニンゲン達から乖離した精神体を元の場所に戻さなければ、こっちが困るんだよなぁ。次元跳躍航法が使えないのが問題なんじゃない、それを動かす人材がいないのが問題なんだよ。ねえ、コンフォメート」
 オブザーヴが同僚に触手を向けると、次元検査官であるコンフォメートは分厚い瞼を下げて単眼を伏せた。
「それだけじゃない。テンセイ病が長引けば、罹患した者達の人格が抹消される危険性がある。赤の他人の人格を宿しただけでも心身に相当な負担が掛かるのに、ニンゲンの精神体はどれもこれも好き勝手なことをしてはエーテルを大量に消費する。きちんと計算式を構築し、然るべき手順を経て用いれば問題はないんだが、彼らはエーテルの使い方を知らないからね。そのくせ、病室内に妄想を蔓延させて奇妙な世界を作り出し、患者の寿命を確実に削っていく。僕としては、外科的手段を用いてもいいからニンゲンの精神体を引き剥がすべきだと考えているんだが、上手くやらなければ患者の精神体に癒着している部分を切除出来ないんだよなぁ」
「いっそのこと、別の次元に飛ばして消去してしまえば?」
 オブザーヴの提案に、コンフォメートは唸る。声帯が備わった触手をぼこぼこと波打たせる。
「それも考えたんだが、燃費が悪すぎてね。予算もないし」
「ああ、やはりそれが一番のネックだねぇ」
「政府の腰が重いのはいつものことだよ。確実な成果を挙げられるだけの実験結果がなければ動いてくれないのは、どこの世界も変わらないよ」
 コンフォメートは暗黒物質を圧縮したスプーンで黄鉄鉱のフレークを掬い、触手の根元にある口に運び、がりぼりと咀嚼した。
「僕が生まれ育った世界もそうだったよ」
「ああ、またその話かい?」
 オブザーヴが単眼を瞬かせると、コンフォメートは天井のスクリーンに映し出された星空を仰ぎ見る。
「魔術師、錬金術師……まあ、なんでもいい。この星で目を覚ますまでは、僕が何を言っても誰も聞こうとはしなかった。僕の世界でもテンセイ病に似た病が流行って、腕の立つ剣士や武勇に優れた将や品行方正な姫君が正気を失った。王家付きの魔術師だった僕は、その原因を探し求め、この星と僕達を見ているオブザーヴ達に気付いて王に申し出たが、その頃には王も狂っていた。国中から美女を掻き集めて後宮を作り、財産を食い潰し、テンセイしたから何をしてもいいのだと言い張り続けた。最後には正気を保ち続けていた王子に屠られたが……その後は解らない。僕は王子に能無しだと罵られて首を折られ、気付いたらこの体に意識を宿していた」
 コンフォメートはしみじみと語る。
「だが、君はまともだよ。私が知る中では誰よりもね」
 オブザーヴがにたりと目を細めると、コンフォメートは触手を竦める。
「それは君が僕を観測してくれているからだ。君のように優れた科学者が傍にいると、おのずと気持ちが引き締まる。だから、いつか必ずテンセイ病の治療法を見つけ出そうじゃないか」
「ああ、必ずね」
「それから、オブザーヴ。先程から、君は誰に対して話をしていたんだい?」
 コンフォメートの目線が彷徨うが、オブザーヴは曖昧な笑みを返しただけだった。そんなこと、言えるはずもない。こちら側を観測してくれる《ニンゲン》の存在を感知している、という事実を同族に知られてしまったら、実験が台無しになる。
 観測されることで事象が確定するのならば、エーテル宇宙で起きている出来事も何者かが観測しているに違いない。そしてそれは、チキュウのニンゲンに違いないだろう。こちらがあちらを観測出来るというなら、その逆もまた然りだからだ。
「まあ、気にするな」
 そう言って、オブザーヴは食堂を後にした。実験が成功していれば、ニンゲンからの反応があるはずだ。それさえ確認出来れば、エーテル宇宙とチキュウの存在する宇宙の接点を断ち切り、テンセイ病の根絶することも難しくないだろう。いずれもまだ仮説でしかないが、オブザーヴには確かな自信があった。
 なぜならば、未来の自分を観測済みだからだ。
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