ヒーロー、その後。
俺はかつてヒーローだった。
戦闘能力は絶大。敵も強大ではあったが、長い戦いの末、殲滅に成功した。
すべてが終わった後、町は廃墟になっていた。
救われた人は多かった。感謝もされた。だが非難もされた。
本来その非難を受けるべき悪の組織は、俺が完膚無きまでに滅ぼしてしまった。関係者で残ったのは俺だけだった。
ほどなく非難の矛先は俺に向いた。正体を隠していたのがアダとなった。
とある新聞社があることないことを書いて俺を非難した。内容の半分くらいは悪の組織のやったこと。もう半分は聞いたこともない話だ。
町が壊滅したのも悪の組織と軍が無茶な戦闘を繰り返したせいだ。しかも軍側は壊滅。結局は俺がほとんどを倒した。政府はその責任をごまかすべく、新聞の批判に同調した。
正体を表せ!釈明しろ!
出来るわけがなかった。俺は元々、悪の組織の改造人間。怪人の一人だったのだ。
世論は俺に対する批判ばかり。擁護してくれる人の声も徐々に消えていった。
政府やマスコミは優秀だ。俺の正体はバレそうになっていた。幸いにというか、不幸にもというか俺の住んでいたところは壊滅しており、大混乱だった。俺は逃げ出した。
元より戦うしか能のない人間。いや、人間ですらない改造人間だ。政府や新聞の言論による攻撃には対処のしようもなかった。物理的にどうにかしてやろうかとも思ったが、ヒーローとして残った僅かな矜持がそれを許さなかった。
それから10年がすぎた。俺はとある地方都市で工事現場の作業員をしていた。力だけは自信がある俺にぴったりの仕事だった。
強すぎる力、改造人間ゆえのトラブルもあり、長く一箇所には留まれなかったが、とりあえずは生活には困らなかった。重機以上のパワーがあるのだ。どこの現場でも重宝された。
政府やマスコミに対する不信、怒りは拭い切れないほどあったが、俺はとにかく平和に暮らしていたのだ。
再び悪の組織の戦闘員となるまでは……
◆◇◆◇◆◇
「そこの貴様! 心の奥底にいい恨みつらみを溜め込んでいるな! 我輩の戦闘員にしてやろう!」
油断していたのも確かだ。ちょっと舐めてもいた。目の前の怪人はそれほど強そうに見えなかった。だがいきなり精神を支配してくるとは予想外だった。
俺はあっさり支配され、悪の組織の戦闘員となった。
◆◇◆◇◆◇
「ほう。なかなかいい体をしておるな。良い戦闘員になりそうじゃ」
「はっ。力はあるようです。おい貴様。この方が我らの支配者、暗黒魔王様である。自己紹介せよ」
自己紹介か。本名は怪人になった時に捨てたし、最近はずっと偽名を使ってたからな。やはりここはあれだろう。
「俺の名前は超人ライオンマスク。かつてはそう呼ばれていた」
「はっはっは。冗談もうまいのう。懐かしい名前を聞いたぞ」
「はっはっは、そうですなー。おい、まじめにやらんか。魔王様はお優しいから少しくらいは大丈夫だが限度があるぞ」
「まあまあ。いいではないか、死神将軍よ。わしを前にしてこの度胸。期待できそうじゃわい」
普通は信じないか。では変身だ。
体に力を込める。体に埋め込んだ特殊な機関からパワーを引き出し、体に充満させていく。顔が、体が変形していき、変身が完了する。
「超人!ライオンッマスクッ!SAN☆JOU!」
ポーズを決める。この間わずか1秒である。
「う……」
「うわああああああああああああああああああ」
「け、警報をならせ! 戦闘員! 戦闘員ども! であえー!であえーー!」
「落ち着けお前ら。俺は今、死神将軍の支配下にある。敵ではない」
「お? おお、そうであった。魔王様、大丈夫でございます。こいつは我輩が完全に支配しております」
「そ、そうなのか? 本当に大丈夫なのか? わしらを滅ぼしに来たんじゃないのか?」
「うむ。俺はすっかり支配されている」
「超人ライオンマスクがわしらの戦闘員に……?」
「そうでございますよ、魔王様! あの超人ライオンマスクが部下になったのです」
「なんと……」
「これは好機でございますよ。超人ライオンマスクが味方になれば……」
「おお!? わが悲願。海空市の支配が一歩前進じゃ!」
ん?海空市?
「ちょっと待て。世界征服はどうした?」
「はっはっは。ライオンマスクはジョークがうまいのう。うちは構成員10名ほどの弱小組織。世界征服とかできるわけがなかろう」
「魔王様の言うとおりだ。それにこの海空市には手強いヒーローがいる。そいつをまずは倒さんことにはな」
「うむ。小さいなことから一歩ずつ。それが大事じゃ」
「しかし強力な戦闘員が手に入りましたな。これは色々な作戦が捗りますぞ」
「計画だけあった、市役所襲撃計画に、海空タワー乗っ取り作戦が実行に移せるかもしれんな」
「魔王様。手始めに駅前公園にある、ウミソラ君の像を破壊するというのはどうでしょう?」
「おお、それはいい考えじゃ。わしはあれを見るたびにイラッとしての。そのうち壊してやろうと思ってたのじゃ」
「おい、超人ライオンマスクよ。さっそく駅前公園のウミソラ君を破壊してまいれ。その力を魔王様にお見せするのだ!」
「これは楽しくなってきたのう!」
「だが断る」
ウミソラ君の像?確かにあれは俺もイラっとしたが、この力はそんなことのためにあるのではない。
「な、なんじゃと? 死神将軍よ、こいつは支配下にあるのではなかったのか?」
「完全に支配下にあります。おい、ライオンマスクよ。魔王様の前にひざまずくのだ」
「はっ」
言われた通りにひざまずく。
「魔王様に忠誠を誓うのだ」
「魔王様に忠誠を誓う。そして世界を魔王様の手に!」
「お、おう? 世界は置いといて、とりあえずはウミソラ君の像をだな」
「だが断る」
「なっ、なんじゃと!? 死神将軍、どういうことじゃ!」
「ライオンマスクは支配下にあるはずです。なぜ魔王様の命令を聞かんのだ!」
ゆらりと立ち上がる。
「ひっ」
それを見て魔王様が軽く悲鳴をあげる。
「死神将軍に頂いたこの力。まったくもって素晴らしい。力がどこかともなく沸き上がってくる」
「そ、そうだ。私の支配下に置かれたものは恨みつらみをパワーとして、力が数倍から数十倍に跳ね上がるのだ」
なるほど。恨みならたくさんある。俺を改造した悪の組織は皆殺しにしてやったが、俺を非難したマスコミ、政府。それに追従した民衆共。
「かつての俺をはるかに上回る素晴らしいパワーだ。このパワーがあれば世界征服も容易い。そうだな。いつまでもライオンマスクでは都合が悪い。新しい……」
俺の思いにしたがって、ベキベキ、メキメキと、顔と体が新しい形に作り変えられていく。
暗黒魔王様と死神将軍はそれを声もなく呆然と見つめている。
「これでいい。生まれ変わった俺にふさわしい姿だ。名前は、そうだな。ダークデビルとでも呼んでくれ」
黒々とした全身は倍にも膨れ上がり、背中にはコウモリのような羽。頭には2本の角が生えており、おぞましい凶悪な顔をしている。俺のイメージする邪悪なる悪魔だ。
「ほ、本当に支配しておるのか……?」
「は、はい。間違いなく。おい、ダークデビルよ。もう一度ひざまずくのだ」
言われたとおりにもう一度ひざまずく。
「はっ。俺は魔王様の忠実なる戦闘員。なんなりとご命令を」
「ダークデビルに命令じゃ! ウミソラ君の像を破壊してまいれ!」
「断る。精神は支配されたが、魂まで支配されるつもりはない」
「な、なんじゃと!?」
「こ、こんなはずでは……支配は完全のはず……」
ウミソラ君?この力はそんなつまらないものを破壊するためのものではない。
「そうですな。手始めに、そのヒーローとやらの首を魔王様に捧げましょう。そいつはどこに?」
「いや、首とか別にいらんのじゃけど……」
「そうだぞ。殺すなどやりすぎだ」
「力が、力がたぎってくるのですよっ」
そう言いながら床をドンッと叩く。軽い一撃でコンクリート製の床は大きく凹み、ヒビが壁にまで到達する。
「わ、わかった。案内するから、落ち着け。な?」
◆◇◆◇◆◇
ヒーローは弱かった。3人いたのだが、どいつもこいつも俺の軽い一撃で吹き飛び、即死だった。
秘密基地への帰り道、ウミソラ君の像が目に入ったのでついでに破壊しておいた。俺の魔王様への忠誠心は完璧だろう?
そうだ。今から世界を魔王様に捧げるのだ。
もう誰にも、何者にも止められはしない。
俺を非難したやつらを思い浮かべる。どいつから殺してやろうか。クククッ。楽しみだ。実に楽しみだ。
お題:戦闘員で2時間ほどで書いてみました。
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