某掲示板競作企画[カブトムシ・魚肉ソーセージ・クワガタ・パイルバンカー]
――ビートル1のテスト回数が十回を超え増した。機能の低下にさしかかることを考えると、まともに戦闘テストが出来るのは次の一回が最後でしょう。
――そうか、ならば最後の相手は最新型のスタッグ2だ。
――スタッグ2ですか、最新型戦闘甲虫となると、防御性以外性能の低い前期型のビートル1の勝率は5%以下、まともな実戦テストにはならないのでは?
――構わんさ、所詮は使い捨ての実験兵器だ。スタッグ2の性能を試す狩りの練習台でいい。
――……そうですか。
粛々とした銀の静寂がドームに広がっていた。
壁に囲まれた十平方メートルほどの、真上から見て正八角形の空間。天井は抜けるようにひたすらに高い。構成素材は壁、床、天井、いずれも堅牢な特殊鋼で造られており、RPGなどロケットランチャーの直撃にさえ耐える物だ。
乾いた静寂を微かに破る異音が二つ、響く。
ィィィィイイイイィィィィ
天井のライトがそれを強く照らす。十センチ程の黒い何かが空間のそれぞれ両端に不規則な楕円を描きながら飛び回っている。その羽音から生み出される歪んだ軌跡は誰にも予測は出来ないだろう。
『テストパターンバージョンスリー、ビートル1とスタッグ2の戦闘テストを開始する』
壁に内蔵されたスピーカーから聞こえるその声に、感情は無かった。ただ観測者としての存在のみを、その声から読み取ることしか出来ない。
バイオテクノロジーの急速な発展は、生物進化における、進化の系統樹の先頭、霊長類と肩を並べる進化のもう一つの頂点、「昆虫」を兵器とする技術へと変化を遂げようとしていた。
遺伝子レベルの改造による超高密度筋肉、重金属を含む強靭な外殻、神経系の電子改造による指向性をもつ知性化、大別されるこれら三つの技術により昆虫は本来の姿のまま、殺戮の兵器へと存在をシフトしていく。
この閉鎖空間はその過度期における技術実証の場――いわゆるコロシアム――なのだ。
――……俺は、決闘[たたか]う、戦闘[たたか]う、死闘[たたか]う、生存[たたか]う
カブトムシ型の試験型戦闘甲虫、その戦闘知生体ビートル1は思考する。
『カウント、1、2、3、スタート』
無機質な声が、人工の生存闘争の幕を開けた。
――――ィィィィ イ イ イ イ イ イ イイ イ イ ィ
羽音が急激に拡大、ビートル1とスタッグ2の姿が一瞬で掻き消えた。爆発的に発生したソニックウェーブが縦横無尽に壁を殴打、散らばっていく。超強化筋繊維によって力強く動く羽は戦闘甲虫の体を容易に音速へと加速させる。
ひたすらに加速する二匹はおよそ人間の動体視力では見えぬ速さで、歪む楕円軌道を描いていく。
やがて、二つの楕円が収束しながら、その互いの距離を縮めていった。
――俺は、ヤツを倒す。戦って、ヤツを倒す。それが俺の存在の証明だ。
本来、戦闘甲虫の知性は指向性を持たせるためであり、レベル的には犬程度が普通だ。このビートル1のような明確な自我を持つタイプは開発者から見れば、余りにも計算外の存在だろう。
もっともその自我の存在に気づいていればだが。
猛スピードで収束する楕円、やがて空中で派手な火花が、開花する花のように舞う。
音速の二匹がすれ違い様にぶつけ合う重金属を含む強化外殻が、削れて散っているのだ。
――そろそろ、か。
ビートル1の意志がより研ぎ澄まされる。本来、ビートル1は強攻偵察兼対人戦闘型が開発目的であり、その角を生かした軍用ライフルの初速を上回る突進が最大の武器だ。
軌道の急激に変える。への字の軌跡を描き、スタッグ2の頭部正面へひたすらに飛ぶ、跳ぶ、加速[と]ぶ。
――殺った!
しかし、スタッグ2の体が一瞬、消える。
――がっ!
ビートル1は左側の衝撃を感じた。
――……やられたか。
左側の足二本が切断されている。突進を利用したすれ違いからのカウンターを喰らった。
後期型のスタッグ2の戦闘知性の方が、演算能力に優れているからだ。ビートル1の軌道を読み、理想的なカウンターを仕掛けられる。
目前を、スタッグ2が悠々と飛ぶ。黒光りする曲線を描く顎に、ビートル1の足が一本くわえられていた。
ガチリ、
閉じるアゴ、二つに千切れた足が、宙へ墜ちていく。
クワガタムシを基本体とするスタッグ2の開発目的は強攻偵察兼施設破壊。強化されたアゴによる切断は、細い鉄骨さえ易々と破壊する。あくまで人を対象としたビートル1の攻撃力を遥かに凌ぐ代物だ。
――――ガチリ、ガチリ、ガチリ、ガチリ、ガチリ、ガチリ、ガチリ、
唸る音速の羽音と共に、無機質な牙の調べが鳴り響く。
スタッグ2の戦闘知性は飢えているのだ。闘争本能を満たす存在に。
――オオオオオッ!
ビートル1は加速する。
例え致命的なカウンターを取られようと彼には突進以外に武器は無い。そして、闘う以外に生き方は無い。それが今までに倒してきた同朋とも言える実験戦闘甲虫との死闘から学んできたことだ。
もし、ビートル1に喉があったなら彼は叫んだだろう。
恐怖ではなく、命を懸けて闘うこの果てしない高揚に。
この高ぶりを感じる場所が、人でいう魂の部分だという事を、ビートル1はまだ知らない。
寸前まで接近する二匹、発生する衝撃波がドームを駆け抜ける。
――がっ!
またしてもカウンターを取られるビートル1、今度は右足を一本。
間髪入れず、スタッグ2の追撃。オオバサミがビートル1の胴を挟み込む。
――ちぃぃっ!
完全な詰み、ギリギリと締まるアゴがビートル1の胴を締め付けていく。
強靭な外殻も、この状態ではしばらくも持たない。
――だったらっ!
まだ自由に動く羽を最大限に動かす。全速力で後退する。
――これだ、これが……
ビートル1は思い出す。
試験後、褒美代わりに与えられる魚肉製の高蛋白ソーセージを食べている最中も彼の心は満たされることは無かった。
闘いが終わり、移されたケージの中でも安らぎこそすれ、満たされるものは睡眠欲だけだ。
戦い以外のコミュニケーションは知らない。生死以外の意味は知らない。知る必要は無い。彼は孤独の意味さえ知らない、真の意味の――――孤独者だ。
それゆえに闘いが、命をかけた明日を捨て今日を生きる闘いだけが、ビートル1の捕らわれた日々を開放していく。
人がそれを「自由」と呼ぶことを、ビートル1はまだ知らなかった。
ビートル1の頭部の角にはある改造が施してある。基部にスプリングを仕込み、遺伝子操作により体内で作りだした生体火薬で急激に押し出した角を突き刺す、いわば生体パイルバンカーとも呼べる機構だ。
本来、すくい上げるのが目的であるカブトムシの角だが、ビートル1の加速とともに放たれる生体パイルバンカーは名実ともに超音速の槍と化す。
――これを使う!
ビートル1はスタッグ2に挟まれたまま、回転をかける。スタッグ2もその動きに反応、羽を操作し、加速を増す。
グルグルとコマのように宙を回り続ける二匹、しかしいくら遠心力をかけようとスタッグ2のアゴはビートル1からは一向に外れない。
――これでいい……
ビートル1は頭部の生体パイルバンカーを起動、誰もいない頭上、虚空へ撃ち放つ。スタッグ2の噛みついている場所は腹部であり、頭部についている角では届きさえしない。
当たり前だ、ビートル1の目的は、角でスタッグ2を突き刺す事ではない。
バズンッという生体火薬による破裂音、押し出される角から発生する強力な反動が二匹の回転を大きく崩す。不自然なモーメントがビートル1の延びきった角を根元からへし折る。
――当たれぇッ!
崩れた回転を引きつけながら、ビートル1はスタッグ2を振り回す。歪な回転のまま、壁際へ移動。
回転の勢いを利用し、スタッグ2を横殴りに壁へ叩きつけた。
グシャリという異音、スタッグ2の体があっけなく、砕けて散らばる。いかに強靭な戦闘甲虫の外殻でも、二匹分の推力とパイルバンカーの反動でまともに壁に叩きつけれては保たなかったのだ。
――……勝った。
床へ墜ちていくスタッグの破片を見つめながら、ビートル1は生存を噛み締める。
六本の内、三本の足を失い、角さえへし折れた、もはやビートル1はカブトムシという形すらしていない。叩きつけた衝撃は、ビートル1の内部も確実に傷めつけていた。
それでも、ビートル1は勝利し[生きてい]た。
――ぐおっ!?
腹部に激痛、見るとスタッグ2の頭部がまだ噛みついている。それどころか、ギリギリと締め付けていく。
スタッグ2もまた、闘争本能のままに闘いを止めることはない。死に瀕する状態にあっても、だ。
ビートル1の体が天井を目指すように上昇していく。
逃げる気は無い。そもそもそんな場所は無い。
ただ、これで終われるなら一番高い場所、満天の星空の近くがいいと、ビートル1が考えたからだ。
研究室の中しか知らないビートル1が、なぜ星空を思い浮かべたのか、それはビートル1自身にもわからなかった。
本能が囁いたのか、魂の彼方から流れ出た叫びなのか、それを知るものはいない。
ミジリというねじられる感触の音、バツリという切断の響き、スタッグ2のアゴによって切断されたビートル1の頭部がゆらゆらと揺れて床へ墜ちていく。
ビートル1、彼が最後に見た光景は、銀色に光輝く天井へ自らの胴体のみが雄々しく羽を広げ、誇り高く飛んでいく姿だった。
――予想外の結果だな。
――ええ、まさか勝率5%以下のビートル1が引き分けるとは。
――実質はスタッグ2のデモンストレーションなはずだったんだがな。
――しかし、ビートル1がデータに無い攻撃を自ら考えて繰り出すだなんて…… 実に興味深い。
――ただのバグだ。こんなものは商品にならん。
――だったら、もらっていきましょう。
――……はっ?
――私の請け負っている次世代兵士武装実験計画。通称、仮面[マスクド]ライダープランの中核を成す「ベルトシステム」その試作機の中枢AIにこのビートル1の頭脳を使います。
――正気か君は!?
――これぐらいクレバーな闘争本能が無ければ、ライダーは作れませんよ。
ビートル1の戦いはまだ終わらない。
最初に言っておくと
続 く つ も り は 一 切 あ り ま せ ん
苦情と泣き言は感想で聞きます。