「堪忍!!!」
刹那、少女の悲鳴が江戸に轟いた。
「報せじゃ、報せじゃ!!辻斬り退治の少女が斬られて亡くなったぞ!」
――その少女の名は、神崎 篠といった…
「あの篠がねぇ…」
報せ屋が配っている報道記事を眺め、その少年は呟いた。
頭には顔の上半分を覆っている、大きな笠。
長めの黒髪は大きく結い止め、まだ幼い面影を残す面を持つ。
背丈は五尺(一尺約三十三cm)ほどだろうか。
すると急に少年がにやりと笑う。
「さて、そんじゃこの柴原珀哉、同志の仇でも討ちに行きますかな。辻斬り払いの名に賭けて……」
そう言う彼の目は、全く笑っていなかった。
彼は数少ない辻斬り払いの一人、柴原珀哉といった。
かつては辻斬りの柴原と謳われたほどの辻斬りだったが、今は足を洗い、篠たちの辻斬り仲間として、たまに顔を合わせることもしばしばだった。
珀哉は江戸の商屋並びの裏に足を運び、薄暗い細道の端、小さなぼろ屋に無断で入り込む。
すると、殺風景の小屋に身を置いている、老いた老人が此方を振り向いた。
珀哉の顔を認め、老人の顔が薄く和らぐ。
「ほう……、久しい顔だな」
「爺、調べて欲しいことがある」
珀哉はずかずかと土足で小屋に入り込み、老人の前にどかりと腰を下ろした。
「なんじゃ、仕事か?」
珀哉が小さく頷く。
「ああ。篠が殺され……」
「知っとるわ」
珀哉の言葉を遮り、老人が口を挟む。
それを珀哉は鼻で笑うと、僅かに笑み、先を続けた。
「さすがは裏の情報屋だな。老いてもその情報は早いな」
「……是、と答えても良いのか…?」
老人が首を傾げる。
「で、今日は篠を殺した逃走中の辻斬りってのを探して欲しい。金はこれで足りるだろ」
すっと懐から布包みを取り出す。
老人は中身を確かめると、にやりと笑って答えた。
「御意」
「ほれ、報告書だ」
「さすがだ。早い」
「抜かせ」
三日後、老人は小屋で珀哉に報告書を示した。
「拝借するぜ」
書いてあったのは、次の通りだった。
一つは、篠の血が現場に残り、死体が消えていたこと。
しかし、現場近くで篠と男が退治しているのが発見されたこと、篠の行方が不明なことから、十中八九篠は殺されたのだろうと処理されたこと。
もう一つは、逃走中の辻斬りが東 勝次郎という指名手配犯だということ。
「爺、有り難な!!世話になった」
珀哉は報告書を握り潰し、小屋の外へと走った。
宵の刻、江戸。
暗い、静寂に浸ったその地に、二人の男らが刀を向けていた。
すると一人が口を開く。
「一つ問おう。お前が神崎篠を殺したのか」
「………」
相手は答えない。
黙秘は黙認、是の意。
「そうか、無駄な問いだったな。なら……、消えろ」
珀哉の瞳に殺しの目が宿る。
すると、二人ほぼ同時に斬りにかかった。
先に仕掛けたのは珀哉だった。
珀哉の切っ先は相手の脳天目掛けて真一文字に走る。
(勝った……)
しかし。
キン――…
「な……!?」
虚をつかれた珀哉の刀がぶっ飛び、彼の腹を相手の刀が狙う。
「しまっ……」
しかし、時は遅し。
目を開けると、懐かしい少女の背が広がっていた。
「何やってんだよ、珀哉!!」
「し、篠……」
気が付くと、彼女は刀を振りかざし、相手を窮地に追いやっていた。
「お前、死んだん……」
「死んでないわよ」
「っ………」
ついに相手が篠の刀に敗れ、その場に脆く倒れた。
「あたしの瞳が黒いうちは、この江戸を汚すことは許さないからね!!!」
その後、彼女から聞き出したのは、こうだ。篠が退治しようとしたあの男は、油断した篠を殺しかけ、なんとか逃げ出した篠は、再び男を払う機会を待ち、身を潜めていたらしい。
そしてその機会が訪れ、現れたのは男と珀哉だったそうだ。
しかし、それをあの情報屋が知っていたのかは、また別の話。
「あんたあんなのに殺されそうになったの!?」
「るせぇ!!お前もだろ。俺のは殺る前にお前が出て来ただけだろ!?」
「なによ!?やるか?」
「おお、上等だ!!」
江戸の町に、一輪の風が吹いた―――… |