「新一、黒き呪術師に会うこと」 前
高木の屋敷から新一の屋敷に戻った二人は、縁側で再び酒を飲んでいた。
闇夜に浮かぶ月を眺め、新一は平次の笛に耳を澄ます。
つい先ほど、夢を喰う蟲から巫女の危機を救ったあの音だ。
心地よい音色が耳元で踊るような感覚を彼は覚える。
何かを待っているかのようにじっとして茣蓙から動かない彼をちらりと見て、一方の平次は笛を吹く前の会話を思い出した。
――で、こうやって戻ってきたわけやけど、面白いことって何なんや?
――そう急ぐな。さっきみたいに縁側でまた酒でも飲んでたらきっとわかる。
さらりと質問を交わされて、笛を乞われて。
今のこの状態がある。
新一の酌をする蘭の隣で、袋から鳥かごに開けた例の蟲がかさかさ動いてるのも非常に気になるところだったが。
手の平くらいの大きな蜘蛛のような蟲はかなり不気味だ。
しかし、こうやって何も答えない新一に問い詰めたところで無駄だということは、短い付き合いながらわかっている。
(ま、しゃあないな)
内心ため息をついて笛に集中しようとした。
が。
突如強さを増した夜風が一閃縁側を通り抜け、蝋燭の火を消してしまった。
盆の上の小皿も裏返ったようだ。陶器が音を立てて床を転がるのが聞こえる。
「――来たな」
「え?」
杯を床に置き、風がやって来た方向の庭を新一が見た。
楽しそうに口角が上がっている。
つられる様に平次も笛を口から離して、同じ向きに視線を遣る。
しかし真っ暗すぎて何も見えず、庭にいた虫の鳴き声もいつの間にか聞こえない。
「おい、工藤」
一体何が来たのだと平次は聞こうとして、新一の方を向くが途中ではっとした。
視界に入った蘭が、暗闇でもわかるくらいにいつもより厳しい目をしていたからだ。
口からは何も発せず、じっと新一と同じ方角をにらみ続けてている。
彼女にとっては、あまり歓迎できないものが来るのだろうかと平次は予感した。
そして、その予感は的中することになる。
もう一度強風が吹く。
庭に生い茂る草花が斜めに曲がり、その間から黒い影がうっすら見えた。
闇夜に現れた、更なる黒。
平次は目を凝らしてそれを確認する。
しゃくり……、
しゃくり……、
しゃくり……、
黒い影は草花を踏みしめゆっくりとこちらに近づいてくる。
足音と共に、その影はかなりの長髪であることがわかってきた。
しかも平次達とは全く違う、銀色の髪だった。
そんな黒い狩衣を着た銀色の男を視界に捉え、一瞬蘭をまとう空気が変わる。
彼女の長い髪の毛と着物が何かの力を持ったかのように少しだけ浮く。
そして目が、いつもの色ではなくなり――
「よせ、蘭。この方は客人だ」
新一が彼女を制した。
彼女の変化に気付かなかった平次は驚いて蘭のほうに向き直ったが、すぐに彼女はいつもどおりの状態に戻っていたので知られることは無かった。
「……ふっ、どうやら俺はそこの鬼に大層嫌われているようだな」
影は笑い、指を乾いた音で鳴らす。
すると消えていた蝋燭の火が再び灯る。
おかげで平次は、影の顔をやっと見ることが出来た。
痩せ狼のような男だと彼は思った。
「お久しぶりですね。――黒澤陣殿」
新一が軽く頭を下げる。
黒澤陣と呼ばれた男は不適な笑みを浮かべた。
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