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陰陽ノ京
作:yoshina



「夢杭蟲」 参


 蘭に留守を任せ、新一達が高木に案内された美和子の居場所は彼の屋敷だった。
 彼女の住んでいる屋敷からつれてきたらしい。
 「呪詛をかけた者の仲間がもしいたら狙われるかもしれない状況で、美和子様を女性ばかりの屋敷に居させておくのはいささか心配ですので」と彼は説明をしていた。
 そこで何故高木の屋敷に? と平次は疑問視したが、別におかしくはないかと思い直す。
 内親王の周りは呪詛騒ぎでまだばたばたしているはずだ。
 それなら、程よく内親王から距離の取れた関係である従兄弟の高木が巫女の世話を受け持っても不思議ではない。 

 牛舎で門まで行き、寝殿造りの屋敷に入って奥の小さな間に通される。
 薄ぼんやりとした明かりの中、当の彼女はいた。
 苦しそうに息を吐き、汗をびっしょり掻いた状態で。
 美しい眉が歪み、いつもは朱色の唇が真っ青になっていた。
 三日間眠り続けているせいで、布団越しでも痩せ衰えているのがわかる。
 屋敷まで連れ添って来た由美が、悲痛な面持ちで額に当てていた布を取り替えた。
 「容態は?」と高木が聞くと由美は黙って首を横に振った。

 その彼の後ろから新一と平次が静かに入る。
 高木に促される形で二人は美和子を挟んで由美とは反対の側に座る。
 新一は美和子を見て、表情を変えないまま視線を布団から出ている彼女の左手にちらりと移した。


「この方が陰陽師の……」


 その動きには気付かず、由美が隣に座った高木に問う。


「ええ、早速見ていただけることができたのでお連れしました。こちらが陰陽師の工藤様で、お隣のお方は服部様です」


 新一と平次がお辞儀をする。
 慌てて由美も頭を下げた。


「で、大まかに見られてどうですか?美和子様のご容態は……」

「早々に手を打たないといけませんね。どうやら、巫女様には死んだ方術師の怨念が取り憑いてしまったようです」

「……」

 
 彼女の異変に、死んだ方術師が関与していることは薄々気付いていたらしい。
 さほど驚かない様子で、高木は表情を険しくさせた。


「確かに巫女様は見事な呪詛返しを行われました。しかし、方術師はすぐには死ななかったのでしょう。今際の際に、自分の念が篭ったある物を巫女様に憑かせたと考えられます」

「ある物、ですか?」

「はい。苦しくてもずっとお眠りになられている状態で予想はついていましたが、こうやって今拝見し、確実になりました。早くその憑いたものを出さないと食い殺されるでしょう」

「食い殺されるっちゅうのは一体……」


 取り殺されるのではなく、食い殺されるという。
 その表現に平次が疑問を投げかける。


「出せばわかりますよ。すぐに済む方法で対処しましょう。筆と硯をご用意願いますか?」

「は、はい!」


 高木が部屋の外に控える家人に持ってくるよう命じる。
 一方新一は懐から布に包まれた何かと空の袋を取り出し側に置いた。


「何やそれ?」

「今から取り憑いたものを捕まえるのに必要なものですよ」


 すぐに用意された筆を受け取った新一が、硯の墨にそれを漬け込む。
 そして「失礼します」と言って、布団から出ていた美和子の左手をすっと自分の左手で持ち上げた。
 さらさらと何かを手の甲に書く。
 梵字のようだ。
 数行ほど書いてからまた彼女の手を布団の上に置いた。


「一体何をお書きになったのですか?」

「取り憑いたものを誘き寄せるエサのようなものです。巫女様の中には今、蟲が棲んでおりますので」


 そう言い終えるや否や、突然美和子の左手がびくんと動いた。
 手が、というより手の甲の辺りからぼこりと何かが飛び出しそうな勢いで弾んだ感じだ。
 びくびくと手が上下に動く。
 彼女の息苦しさは変わらない。


「美和子様!」

「大丈夫です、高木様。今誘き寄せられた蟲が左手に来ただけです。……服部様」

「な、何や?」

「今笛を持っていらっしゃいますか?」

「へ?そら一応持ってるけど」

「今ここで合図があるまで吹いて貰えませぬか?」

「ここでやと?」

「はい、今すぐに」


 新一の柔らかい言い方の中に断れぬ強さを持った願いに平次が懐から竜笛を出す。
 葉二はふたつ、という名器だ。
 手に取って、もう一度新一を見る。
 彼は黙って頷いた。
 合わせて平次も頷き、笛を口元に当てる。
 少しの沈黙。
 笛の音が静かに小さな部屋を包み始めた。
 ゆらゆらと揺れる蝋燭の灯と波長を並べるように、小さな、だが確実に人の心を透き通す拍子を持った音だ。

 一方、急に美和子の手の中で大きく蠢いていた何かがその動きを小さくし始めた。
 ぼこぼこと動くが、手そのものが弾むような強さではない。

 ここで新一は、側においていた布の中から手のひら大の細い針を数本取り出した。
 そして彼女の動く甲に、とんとんと指で等間隔に円の形に差す。
 まるで動くそれを杭の檻で囲うかのようだ。
 針で囲われた円の中で、びくびくとしながらそれは段々静かになっていく。

 新一が右の人差し指と中指を自分の唇にあて、何かを唱えた。
 唱え終えると空いた左手をすっと針の上にかざす。
 すると、


――ぼこんっ


 突然そんな音がするかのような、親指位の大きさをした黒い物体が手の甲から出てきた。
 手足が六本ほど生えた蜘蛛の如きものが、傷口も何も無いのにいきなり飛び出したのだ。
 針の円の中から出られないらしく、カサカサと甲の上で忙しく動いた。

 ひっ、と由美が抑えた悲鳴を上げる。
 平次はまだ合図がないので笛を吹き続けているが、驚いた様子で目を丸くさせる。
 高木が思わず短剣を手に取ろうとした。


「お待ちを」


 彼を制して、新一が余った針で蜘蛛の背中を刺す。
 不思議なことに血は出ない。
 串刺し状態にした蜘蛛をひょいと手の甲から離して、側に置いてあった袋に針ごと素早く入れた。
 この袋にもなにやら梵字が書いてあり、入れると中で動き回っているのが端からわかった。
 袋が左右に揺れる。
 構わず新一は紐できつく口を縛った。
 

「いいですよ、服部様」


 終わりの合図がやっと出される。
 平次が口元から笛を離す。
 ふう、と一息ついて美和子を見た。
 いつの間にか、苦しそうに喘いでいた彼女は穏やかな顔つきで眠っていた。












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