「夢杭蟲」 壱
生温い湿気を含んだ風の吹き通る工藤新一の屋敷。
飛蝗と思われる黒い影が、闇に染まる庭で飛んだのがわかる。
心なしか、飛蝗も暑さで動きが少し鈍っているように見えた。
庭に咲く女郎花の黄色が、唯一の涼かもしれない。
その女郎花を一輪、瓶に挿して置いてある側の茣蓙に座する二人がいた。
屋敷の主である新一と、その友人の服部平次。
赤い唐衣を来た女性に酌をしてもらいながら、縁側でゆるりと新一は酒を飲む。
彼の正面で平次も飲んだ。
先日の笛の鬼の一件以来、こうやって酒を飲み交わすことが増えた。
そのほとんどがこの新一の屋敷であったが。
殿上人の平次は徒歩で一人でここへ来る。
時には良い酒を持って。
今日はその日であったようだ。
静かながらも、新一が上機嫌であるように見えるのはそのためだろう。
「今夜は一層暑いな。寝苦しくなるやろなあ」
「そうだな」
「……そう言う割には、何かあんまり暑そうな顔してへんで工藤」
「そうか? 俺だって暑いぞ」
涼しげな顔でさらりと言う彼は、隣で酌をする蘭に「なあ?」と言う。
黙って彼女は頷いた。
「暑く無さそうな顔で暑いて言われるとなんか癪や」
「そう膨れるな、服部」
「膨れとらん」
「いや、膨れてる」
面白そうに笑う新一に服部はぷいと横を向いて、杯に残った酒をぐいと飲み干す。
「もうええわ。何やお前と話をしとるとどうも調子が狂いそうや。……ところで、寝苦しいといえばあの巫女殿の話を知っとるか?」
「巫女?」
「そうや、内親王様にお仕えしている巫女の美和子殿というお方のことや。腕の良い巫女らしいからお前もその方自身は知っとるやろ」
「ああ知ってる。俺も一度お会いしたことがあるが……その方がどうしたんだ?」
「数日前から目を覚まさんらしい」
「ほう」
巫女の名を美和子。
今まで数々の神にまつわる儀式を執り行ったことのある、有能な巫女である。
専属ではないが、よく内親王に関わる占星術的な行事の際には必ず同行している。
そんな彼女に突如異変が起こったのは三日前。
いつも早朝に起床している彼女が、日がすっかり昇ってからも部屋から出てこなかった。
不審に思った家人の由美が部屋に入ると、まだ眠っていた。
ただ眠っているだけではなく、苦しそうに汗を掻きうなされている状態で。
慌てて起こそうと揺すってみたが、目を覚ます気配はない。
苦しいのに起きないのだ。
「色んな医師が見はったけど、どうにもならんらしい。このままやったら死ぬかもしれんとも聞くわ」
「なるほどな」
「もしかしたら、お前のところにも頼みがくるかもしれんな」
物理的な対処が駄目なら、後は目に見えぬものを対処する陰陽師に頼むほか無いだろう。
となると、頼まれるなら陰陽寮随一の実力を誇る新一にそれが回ってくる可能性は高い。
平次はそう考えていた。
一方そんな可能性を聞かされた彼はあっさりとこう答える。
「来るかもしれない、ではなく来るさ」
「何やと?」
「お前のその話で今夜の来訪の理由がわかった。その巫女の容態を見るのが俺への頼みのようだ」
「来訪って……俺のほかに誰か来るんか?」
「ああ。内親王の縁戚に当たられる中宮職の高木渉様という方だ。昨日相談したいことがあるから訪ねてもいいかと聞かれていてな。もうすぐ来ることになっている」
皇后の妹の子、つまり内親王にとっては従兄弟にあたる人物だ。
平次より格下だが新一よりは高い彼がここへ来るという。
内親王とそれに仕える巫女、そして血縁者。
ここに先ほど平次が言った出来事が繋がると新一は考えていた。
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