俺は、筑波ロボット工学研究所で2足歩行ロボットを研究する、チームリーダーの斎藤文雄だ。世間的に見ても立派な肩書きを持ち給料もいい。そんなある日、所長に呼ばれた。今日は厄日だ、時計のベルがならずに遅刻しかけて朝食は抜き、玄関でつまずいてこけるし、朝のTV占いに凶を当ててしまった。今から行く所に不幸が待ち構えている。長い廊下の先にある所長室に着く、ドアを静かに叩く。
「入りたまえ」
「失礼致します」
所長がペンで机をコンコン叩きながら、刺すような視線で話し始めた。
「斎藤君、過去2年間、君のチームの成果が芳しくないようだが?」
「はい、なにぶん最先端分野なので、基礎研究には時間が掛かります」
「国の支援で動いてるとは言え、国民の大切な税金を無駄にして良いと思っているのかね?」
「いえ、そんなつもりはありません、最善の努力をしています」
「国としては、何らかの成果を出してもらう必要がある、分かるかね?」
「はい、努力いたします」
「では、1年以内に成果を出せるかね?」
「はい」
「よろしい、君のポストが無くならないようにがんばりたまえ」
「はい」
「下がってよし」
「失礼致しました!」
……
大変な事になった、1年以内に成果を出さなければクビだ。こんな良い職場をクビになるのは嫌だ、なんとしても所長に成果を見せねばならない、所長は事務屋上がりで技術にはそれほど詳しくない。しかし、成果に対しては厳しい目を持っている。だからどんな手を使ってでも成果を見せるんだ! 無意識に研究室まで小走りに走っていた、そして勢い良くドアを開た、大きな音がたつ。
突然の大きな音にチームメンバーが一斉にこちらを見る。
「みんな今から緊急会議だ!、奥の会議室に集まってくれ」
チームメンバーは俺を含め6人、優秀なやつばかりだ。
「会議を始める、先ず現在の状況について」
「この2年間、自然な二足歩行を目指してがんばってきたが、目に見えるような成果が無い」
「先ほど所長に呼ばれて、後1年以内に成果を出さなければ、チームが解散となる、もちろん君たちの評価も悪くなるだろう」
「何か意見は有るかね?」
真面目な研究員Aがいつものごとく最初に発言する。
「もう2足歩行ロボットは当たり前になっている、進歩はした、しかし……」
研究員B「1年で目に見える成果か……」
研究員C「無理だな」ぼそりと呟く。
研究員D「……」静かにうなずく。
研究員E「」目をつぶっている、寝てるのかこいつは。
みんな静かに思案している、俺も考えているがこれと言った打開策が見つからない。すぐに見つかるような打開策なら2年以内に成果が出ている。
「まず、各人の現状と問題点を報告してください?」
「まず始めに、基礎となるハード担当の研究員C君」
「はい、自然な2足歩行を目指すために稼動間接の追加と環境と現状を理解するために、数多くの各種センサーを取り付けました」
あの、ケーブルがスパゲッティ−の様に絡み合って稼動部が見えない巨大な足の事か。一度倒れると修理に数日掛かるは、多すぎる回路のために常に何処か不調を抱え、他人が触れない塊を作ったのはお前か! と怒りが込み上げる。
いや、落ち着け、総ての結果はリーダーである俺の責任だ。
「問題点は、膨大で複雑になりすぎた機構が、常に何らかのトラブルを抱え、私のもつ研究業務より修理調整に時間が掛かりすぎることです」
くそ、良くわかってるじゃないか。
「次に、ソフトウエア−ベースとなるリアルタイムオペレーションと総合通信システム担当の研究員B君」
「はい、現在1つのCPU=コンピューターで総ての制御が出来ないため、カメラの動画解析・センサー解析・関節制御・メインサーバー通信・統括コントロール等の複数のCPUによって制御されています」
「これらを統括して1つのコンピューターに見える、仮想コンピューターシステムを作っています」
うむ、いい発想で順調なようだな。
「問題点は、各種入力情報が増え、出力情報が増えたため、指数関数的にCPU間通信が増え、このオーバーヘッドが問題になっています」
ふむ…
「次に、カメラ動画解析担当の研究員D君」
「はい、複数のカメラ動画から、環境の三次元データ−を解析し、自身の周りの三次元モデルデータを構築する作業を行っています」
「ただ、三次元画像解析は膨大なデータ処理と複雑な解析処理が必要なため、特効薬的な技術はいまだ発見されていません、真に基礎研究の段階のため足元を一歩一歩踏み固めて進むしか有りません」
う〜〜〜ん、こればかりはすぐにどうにかなる物でもあるまい。
「次に、歩行動作研究とそのプログラミング担当の研究員A君」
「はい、人間の歩行動作の解析とロボットにおける応用をしています、しかしロボットのセンサー情報と実際の動作までの関係に意味的情報に深い隔たりがあり、メタ情報定義を使用して階層的に動作分析を行っています」
ふむ
「しかし、未だに良い形でのメタ情報定義が出来ないままです」
これも難しい状況か…
「最後に、統括AI担当の研究員E君」
「はい、視覚データから得られた三次元空間モデルを持ちいて、ロボットが目的に向かって行動するシステム、それをナレッジデータベースシステムと空間推論システムを融合して知的な動きを作ろうとしています」
「しかし、膨大な情報量を瞬時に分析して、行動するための処理能力不足の問題があります」
うむ、難しい命題だ。
…
一時思案に暮れた、みんなの意見が聞きたい。
「状況は良くわかった、しかし、現状のまま進めたとして1年以内になにか目に見える成果が出ると考えているのか?」
研究員A「難しいと思われます」
研究員B「私のとこだけなら少しは」
研究員C「無理」
研究員D「……」静かに首を横に振る。
研究員E「」目をつぶっている、こいつはまた寝るのか!
重苦しい雰囲気に包まれていた。
現状を考えていても解決策は無い、現状打破だ!
「現状に可能性が無いなら、総てを捨ててしまおう」
研究員A〜E「え?」
「現状を捨てて、まったく新しい方法は無いのか?、裏技でもトリックでもオカルトでもお花畑でもなんでもいい、いやお花畑は関係ないか」
「とにかく、総ての方法を許す、明後日のAM10:00に会議を開くアイデアを出してくれ、今の仕事はストップだ!」
「以上!会議を終了する!」
絶望的な状況に思えてきた…、
各研究員は自分の仕事を片付け、パソコンに向かう者、レポート用紙に向かう者、空を見つめる者、寝ている者、いや、目をつぶってるだけだよな? それぞれの行動をしていた。俺は気分を落ち着かせるために散歩に出かけた。
… 1日が過ぎた …
二日目の朝、今日は会議だ、俺はアイデアは有るが良い打開策が見つからなかった、みなに期待したいところ。元気は無いが、自信のある歩き方で会議室に向かう。
「みんな、おはよう」
「宿題は出来たかな? 今回はブレーンストーミング形式で行う、総てのアイデアを書き出し、批判は無しだ」
「では、アイデアを出してくれ」
…
「コンピュータに限界があるのなら、神経細胞=ニューロチップを使おう」
「このさい多足歩行にしてはどうか」
「人口筋肉を使う」
「三半器官と同じ物を作ってセンサーの省略を」
「所長を仮想現実の世界に拉致って、ロボットを見せる」
…
各メンバーがさまざまなアイデアを話す。
…
「人間にロボットの着ぐるみを着せて歩かせれば」
「センサーは人工皮膚からのフィードバックで」
「幽霊にロボットを操作させる」
「所長の脳に手を加えて……」
「目の前にお花畑が見えます…」
「神様に………」
「悪魔を呼び出して………」
…
「ちょっと待て、多すぎる、飛びすぎる、誰だ、お花畑は!」
さすがに優秀なメンバーだ、発想に制限が無い。
「出たアイデアを、現実的・未来技術・SF・オカルト・論外に分類する」
「う〜〜ん、現実的アイデアにはぱっとした物が無いな、これを元に議論をする」
「ではどうぞ」
研究員A「リモートコントロールでロボットを動かせば、自然な動きが出来ます」
「まて、研究室以外はどうやって操作するんだ?」
それに、トリックと言うよりは詐欺っぽい。
研究員D「小動物をコントロール元にすれば、持ち運びが可能です」
「それは二足歩行を諦めろと言うんだな」
研究員D「そうです」
たしかに、所長に成果が見せられればなんでもいいか。
「しかし、小動物がリモートコントロールを正しく行えるとは思えない」
研究員E「あの〜〜〜」 何時も寝ている研究員Eが起きてる!
「何でも言ってくれ」
研究員E「小動物、例えばラットを乗せたらどうですか?」
研究員E「バランスや、映像はそのまま脳に入り問題が少ないと思います」
うん? 妙に現実的な案だと思える。
「ハード担当の研究員C君、この可能性はどうですか?」
「う〜〜〜〜ん、いわゆる、マウスを頭部に乗せて、その動きをそのままロボットに伝える、動作速度の差を除けば出来そうな気もします」
まて、こんな詐欺まがいのロボットを作ってもいいのか? 確かに自然な動きと簡単な問題解決は出来るだろう。ラットを訓練すればスラロームや障害物の迂回も比較的たやすいかもしれない。何よりも空間把握能力は、今のロボットの比ではないほど優秀だし、バランスの反応速度もロボットと比較して良い。頭の固い所長が見たら驚く事は間違いが無い。
「確かに、いい案だと思う、みんなの意見を聞かせてくれ」
研究員A「やってみましょう」
研究員B「何でもありならOKです」
研究員C「面白そうだ」
研究員D「……」うんうんと首を立てに振っている。
研究員E「」またも寝ているようだが、多分起きている。
「よし、全責任は私が持つ、全力でやろう」
研究員A〜E「はい!!!!!」
「では役割分担を決めよう」
「研究員E、君はマウスの訓練と総合的な調整をたのむ」
「了解した」
「研究員C、もちろんハード部分だ、出来るだけシンプルで軽い動きを」
「OK」
「研究員A・B・D、マウスとロボットの中間に当たる統括制御のシステム設計とプログラムをお願いする」
「はい」
こうして、だれも想像していなかったマウス搭乗型ロボットの開発が始まった。
……
所長室きた、軽くドアを叩く。
「入りたまえ」
「失礼します」
「なにかね?」
「チーム一同議論の結果、四足歩行ロボットを作ることになりました、その報告に参りました」
「1年以内に成果が出るのかね?」
「もちろんです」
「よろしい、帰りたまえ」
「失礼致しました」
……
……♪ ♪♪ ♪♪ ……[時の経つ音楽が流れる]
奥の倉庫が空けられ、約30匹のマウスが入り、マウス飼育&訓練スペースとなった、もちろん研究員Eが付きっきりだ。
「マウスの調子はどうですか?」
「ええとても楽しい…… いや順調です、ピーちゃん、ミーちゃん、メグミちゃんがとても賢いです、お見せしましょう」
「全部に名前があるのか?」
「もちろんです!、可愛いでしょ」
と言いながら、スラロームや迷路探索を見せてくれた。物静かな研究員Eにこんな一面があったとは想像もしていなかった。訓練内容は立派である。
……♪ ♪♪ ♪♪ ……
実験室には、無残にもパーツを取り外された二足歩行ロボットが立っていた。その隣りで、四足歩行ロボット作成中の研究員Cが忙しく作業をしていた。
「ロボットの作成は順調ですか?」
「はい、もう少しで組みあがります」
「ずいぶん小さいんだね」
「はい、マウスの運動性能を生かすためには出来るだけ小さく強く作らなければなりません、またマウスの手足体と密着するサーボシステムは最小の軽量化が必要です」
「そうか、がんばってくれ」
……♪ ♪♪ ♪♪ ……
マウスとロボットの中間に入る制御システムの設計が行われている3人の所にやってきた。
「システムの作成は順調ですか?」
研究員B「システムが1CPUで構築できるので、最小最高速のリアルタイムオペレーティングシステムが可能です、最高の反応スピードを誇るでしょう」
研究員D「足回りのサーボ制御、フィードバック制御、順調に設計しています」
研究員A「全体の行動管理システム、順調です」
「うんうん」
……♪ ♪♪ ♪♪ ……
今日は最初の試作試験日だ。
右足だけの試作品マウス搭乗ロボットが出来た。
研究員C「これは、マウスの右足と連動して動く右足ロボットの試験です」
全員が見守る中、マウスがセットされた。
「開始!」
マウスは右足のサーボシステムを嫌がり、外そうとしてぶんぶんと右足を動かす。それに合わせてロボットの足が物凄い勢いで動き始める。
「うわ! 危ない!」
限界を超えた動きをするロボットの右足からは、異常なきしみ音と、サーボモーターの唸りが響く、異常な音と共に煙が出始め、ついにはロボットの右足根元から折れて壁に激突して止まった。
「……、みんな…、制御システムに段階的安全弁を取り付けねばいけない」
研究員A「はい」
研究員B「たしかに」
研究員C「壊れた……」呆然と壁を見つめるハード作成者。
研究員D「……」たぶん私の作った所だ……
研究員E「ピーちゃん!!!」マウスに駆け寄る。
……♪ ♪♪ ♪♪ ……
数日後右足が修理出来たので、再度右足の接続試験が行われた。
全員が見守る中、マウスがセットされた。
「Lv1制御で実験開始!」
Lv1の安全機構が働いているため、問題なく連動試験が成功した。マウスは、相変わらず嫌がって振り回そうとしていたが、制御フィードバックにより、ゆっくりとしか足が動かなかった。
「よし、次はロボット全体の接続試験だ!」
……♪ ♪♪ ♪♪ ……
右足が成功した喜びが研究員の活力となり、ロボット全身の試作品が完成した。もちろん中吊り状態である。
「マウス搭乗試験を行います」
だらりと垂れ下がった四脚のロボット頭部にマウスがセットされた。
「開始!」
開始の合図と共に、今のマウスの形に四脚がゆっくりと動く、そしてマウスの動きに合わせた連動が始まる。Lv1制御なので動きは遅い。もちろん歩くような動きではない、中吊りにされた動物のように、ただ空中を蹴って何かを探すような無作為な動き。
「制御をLv2に」
早くなった。
「制御をLv3に」
妙に速く動いて危ない感じだ。
「停止」
停止と共に、マウスとの連動が切れ、ロボットの四脚がゆっくりと垂れ下がる。
一同がため息をつく。
「よし、歩かせてみよう、下ろしてくれ」
中吊り状態から、制御用ケーブルとワイヤーをゆっくりと下ろしていく。もちろん一定の範囲しか動けないように上からワイヤーで支えている。
「よし、安全のためLv1よりさらに遅い半分のスピード制御でやってくれ」
「はい」
「実験開始!」
ロボットは地面に対して四脚を折りたたんだ状態で伏せている、停止状態ではサーボ機構が空転状態のため胴体を支られないからだ。開始の合図と共にゆっくりとマウスの現在の姿勢になっていく。もちろん、まともに立てる状況ではないのだろう、変んな形にロボットが動く。マウスは何を感じ何を思ったのだろう? 突然四脚に抵抗を感じたのだから、ロボットの姿勢と重力による抵抗をマウスの脚のサーボ機構に伝えたのだから。マウスは足に床の感覚を感じたのかもしれない。ロボットはゆっくりとマウスが座っている姿に変わっていった。それはマウス自身も座った事に他ならない。
数人が「おぉ〜〜」と驚きの声を上げる。
マウスは恐怖を感じたのだろうか? 中刷り状態では逃げるためにもがいてたのだろうか? 今はうずくまったまま動こうとしない。全員が見つめる中、ロボットはただただじっとうずくまったままだ。
痺れを切らして研究員Eが呼ぶ。
「ピーちゃん」
ロボットは声の方向にピクリと動き始めるが、あまりの遅さの抵抗にまた元に戻ってしまった。
「遅すぎて重いのかな?」
「そんな雰囲気ですね」
「よし、Lv1制御に変更」
「はい」
「研究員E、もう一度呼んで」
「ピーちゃん」
さっきよりは速く動いたがまた元に戻ってしまった。それからは何度呼んでも動こうとしない。
連動試験は失敗したのか?
「やはり、ロボットの動作スピードとマウス本来の動作スピードのギャップが問題として現れたのではないでしょうか?」
「うむ、そんな感じだな」
「対策は?」
「う〜〜ん、マウスに慣れてもらうほか無いかな」
「ふむ、慣れてもらうための訓練か…」
「研究員E、どう思うかね?」
「そうですね、慣れてもらうには何回も乗ってもらうと共に適正のあるマウスを探すしかないですね」
「よし、わかった、ロボットの数とマウスを増やして、搭乗試験の回数を増やそう」
「研究員C、量産して5台以上増やしてくれ」
「はい」
「研究員AB、今回の試験結果のフィードバックが終わったら、研究員Cを手伝ってくれ」
「はい」
「研究員E、マウスを倍にして、適正のあるマウスを選んでくれ」
「はい」
「研究員Dも同じく今回の試験結果のフィードバックが終わったら、研究員Eを手伝ってくれ」
「はい」
「今回の連動試験はこれで終了する」
「はい!!」
……
研究員Cは設計図を整備して、各部品を業者に発注する作業に取り掛かった。研究員Eは倉庫を整理して、マウスを倍増すべく作業に取り掛かった。研究員A・B・Dは今回の連動試験で出されたデータを元に、システムの変更改修作業に取り掛かった。
……
発注した部品が到着すると共に、研究員C・A・B3人がかりでロボットの量産に取り掛かった。研究員E・Dはマウス搭乗試験を可能な限り何回も何回も繰り返した。その中で適正のあるマウスの選別に取り掛かった。もちろん、作業中にロボットの破壊やシステムの改修、故障、いろいろなトラブルに見舞われた。その都度チームが一丸となって議論し対策を立て手伝い解決していった。リーダーの俺は、書かれてはいないさまざまな作業で忙しい一員であった。
……
ロボットの量産も一段落し、マウスの選別と訓練、システムの改修や修理に明け暮れる日、新たな問題が立ち上がった。
「リーダー、マウスだけの訓練でスラロームや迷路探査は問題が無いのですが、ロボット搭乗時ではうまくいきません。歩く程度は問題が無いのですが、搭乗した状態でスラロームや迷路探査の訓練が必要です。実験室は狭すぎだし、制御ケーブルをつけた状態では動きに制限があります」
「ふむ、確かに……」
「会議を開いて対策を練ろう、今から会議だみんなに呼びかけてくれ」
「はい」
会議室に集められたみんなに、問題の説明がなされた。
「と言うわけで、みんなで対策を立てたい」
「まず、実験室が狭いので、広い場所の確保。これは私のほうで手配する」
「研究員C、無線にするためバッテリー駆動については?」
「はい、元々無線前提で作ってあるので、バッテリー関係を整備すれば問題ありません」
「よし」
「研究員A・B・D、ロボットとの無線制御システムを組み込んでくれ、また、数台のロボットを集中管理する制御プログラムを作ってくれ」
「了解しました」
……
俺は寂れた倉庫を見つけ借用の手配をとった。チーム全員でマウス飼育・訓練環境の引越し、実験設備の引越し、そして無線設備の開発、ロボットによるスラロームや障害物回避の訓練設備を作った。当初の予定より大規模になってしまったのは仕方が無い事だが、予算確保に多少手間取った。1年の期限付きが条件だから、それを理由に多少予算オーバーは認められた。
倉庫内での試験運用が始まった。
5台のマウス搭乗ロボットが大きな作の中に入れられた。
「ピーちゃん、ミーちゃん、メグミちゃん、アヤカちゃん、ミリーちゃんたのむぞ」
研究員Eの声が木霊する。その呼び方は辞めて欲しいのだが、マウスを数字で呼ぶわけにもいかず、しかたなしに認めている。しかし、恥ずかしい名前だ。
Lv1制御で5台が立ち上がり、座る者や走ろうとする者、比較的ゆっくりとした動作だ。
「Lv2制御に」
普通なスピードになった、慣れて無いせいか5台ともぎこちない。時間が解決するだろう。
この日から、メンバー全員がここで作業する事となった。くる日もくる日も、搭乗訓練をする。壁に激突するロボット、他のロボットにぶつかるロボット、ひっくり返るロボット、動かなくなるロボット、とても最先端のロボット研究をしている風景ではなくなってしまった。
研究員C「もう、これ以上壊さないでくれーーーー!」
研究員E「メグミちゃん、危ない!」
研究員E「ピーちゃん、ご飯だよ〜〜、こちらにおいで〜」
研究員A「あれ、バッテリーが切れて転がってるし」
研究員B「絡み合って目も当てられない」
研究員D「お前ら、もう…、すきにして………」
俺「ここは動物園か?」
それとも、猛獣訓練所だろうか? 目も当てられない。それでも訓練は続けられた。くる日もくる日も。もちろん、システムの改良や修正、より良いインターフェースへサーボ機構の改良、フードバックの改良、安全機構を実態に合わせた改良が行われている。その点は優秀なチームである。現在のロボットはマウスが見えないようにマジックミラーのカバーが頭部に取り付けてある。一見した限りではマウスが乗っている事が分からないように。
そして、スラロームや障害物を避けてゴールに到達する訓練も少しづつではあるが、うまく行っている。頼もしい限りだ。そして所長に成果の一部が見せられる時がきた。
……
所長室のドアの前にきた、軽くドアを叩く。
「入りたまえ」
「失礼します」
「なにかね?」
「研究成果の一端をお見せします、明日時間が有りますか?」
「ほ〜〜、成果がでたのかね、それは嬉しい、明日PM3:00でいいかね?」
「はい、実験室でお待ちしています」
……
実験室に最良の1台をセットし安全のため上からワイヤーでサポートした状態を作る。リハーサルをして所長を待った。
所長が来た。
「おじゃまするよ」
「どうぞ」
「斎藤君、何を見せてくれるのかね?」
「はい、今からわがチームが作った四足歩行ロボットの動作を見ていただきます」
「これがロボットです」
「これか、まるでねずみのような格好だな」
「はい、ねずみを参考に作りました」
「そうか」
「では、実験開始と共に、障害物を避けあの台の上に乗ります」
「実験開始!」
合図といともにLv2制御で起動した。
ロボットのサーボシステムが稼動し座った状態となった。
ゴールの先には研究員Eが小さな声で
「メグミちゃん」と呼んだ。所長に聞こえてないだろうか?
ロボットが動き始める、見る間に障害物を避け、台の上に飛び乗った。所長は呆然と見送った。台の上では既に停止状態となっている。
「斎藤君」
所長は半ば絶句状態で呼びかける。
「今の動きはまるで本当の動物のようだった」
「もう一度見せてもらえるか?」
「いえ、耐久性等色々問題があるので見せられませんが、今のをカメラで撮影して録画しています、そちらを見てください」
「そうか」
「しかし、なんと自然な動きだ、いつのまにか障害物を避け、飛び乗った、その時の姿勢の安定性、今までのロボットにはとてもまねが出来ない、すばらしい」
「録画した画像をネットで私のところまで送ってくれたまえ」
「はい」
その時だった。
チュー
「うん?、ねずみ?」
いかん、ご褒美の餌をねだってる! 今渡せない。
「所長! 作業が押しています。すぐに送りますので、今日はありがとうございました、ではまたの機会に」
強引に所長を外に連れ出す。
「では所長、完成をお待ちください」
「そうか、わかった」
と所長は廊下を歩いていった。
危ないところだった。
……
所長への第1回目の披露が終わったところで、チームのメンバーに重要な決断を説明せねばなるまい、今回がいい機会だ会議を開く。
「みんなに集まってもらったのは、研究成果である論文についてだ」
静まりかえっている、もちろんみんなも理解しているだろう。論文になにを書くのか。
「みんなも知っていると思うが、研究結果の論文を書かねばならない、これも成果の一つだ」
「所長には四足歩行ロボットだと言っている、マウスが乗っていることは秘密だ」
「所長は純粋にロボットで先ほどの行動が出来たと思っている、まあ、言ってしまえば裏技的行為だと言える」
間違っても詐欺だと俺の口からは言えない。
「しかし論文に嘘はつけない、実際の研究内容を書いて欲しい」
「論文タイトルは、『マウス搭乗型ロボットにおけるサイバネティックス技術』今までの研究成果を存分に披露して欲しい」
「幸い所長は事務屋上がりのため、論文にまで厳しいチェックをしない、したがって発表段階まで論文は秘密とする」
「論文発表後は、私が責任をとる、以上だ」
「はい」
実態が所長に知れても論文の内容しだいだ、それに、今回の研究は刺激的で面白く楽しい、そして、想像以上のロボットの動きだった。所長に怒られてクビになっても仕方ない。後はいかにまとめ上げ、より良い完成に近づけるかだ。論文発表の日も近づいてきた。
……
数日後、所長に呼ばれた。いつもの長い廊下を歩きながら、何の用だろうと思い巡らす、所長室に着く、ドアを静かに叩く。
「入りたまえ」
「失礼します」
所長が前に腕を組みながら、優しげな顔で話し掛けてきた。
「まあ、座りたまえ」
「はい」
「この前の試験映像だが、何度も見てもあのロボットの動作はすばらしい、ぜひ研究所のみんなに見せたくて、所内の研究チームに配信した」
「そこまでは良いのだが、誰かがインターネットに流してしまったのだ」
「あっという間に広がったようだ」
「その映像を見た、各種団体や研究所から実物を見せて欲しいと、問い合わせが多く来ている」
「そこで相談なのだが、研究所を代表して発表してくれないか?」
「そうですか、それでは論文発表と共に披露する事でいかがでしょうか?」
「うむ、何時頃までに出来るかね?」
「そうですね、後1ヶ月ほど有れば」
「一ヶ月か、長いな…」
「分かった、一ヵ月後の会場手配と関係者への連絡はこちらで行う」
「斎藤君、この1年でこれほどの成果が出るとは、とても嬉しい、君は立派な研究者だ」
「ありがとうございます」
「では、準備をよろしく」
「はい、失礼致します」
廊下を歩きながら、思案に暮れる……
これほど大事になるとは思わなかった。マウス搭乗型ロボットと分かったらクビだけですむだろうか? 不安だ。しかし、やるべき事はやっておこう、論文をまとめると共にデモンストレーションの内容と訓練プランを立てなければ。
倉庫に戻って研究員を集める。
「一ヵ月後に、研究所を代表して論文発表と共にデモンストレーションを行う」
「内容は、簡単なスラロームと障害物の回避、台の上に飛び乗ってゴールだ」
「今からその集中訓練をお願いしたい」
「はい」
「もちろん各自の論文もまとめて欲しい」
「はい」
デモンストレーションの地形が倉庫内に作られる、訓練プランが立てられ訓練が始まる。始めた当初ほど混乱はなく着々と訓練が行われている。その間にも色々な改良が加えられた、特に褒美の餌は自動で与えられるようになった。論文も各人がまとめた論文を元にトータルな論文を作り、チームの論文としてまとめた。
……
発表当日が来た、総てが明らかになる運命の日だ。
前日に会場に入り下準備やコースをセット、リハーサルを数回行い、特に問題は無さそうだ。
しかし、開始直前になって驚いた、会場の関係上、終了後の立食会場が取れずそのままここで行う事となっていた、また開始時間も遅かったため既にいくつかのバイキング料理が並べてあった、信じられない光景を見みる。会場手配等は一切タッチしていなかったため、仕方ないのだが。それでもやるしかない状態だった。
始まった。
所長が挨拶する。
「本日は筑波ロボット工学研究所のロボット発表に、遠いところからおこし頂きありがとうございます」
「私は所長の猿渡敬三です」
「こちらが、ロボットを開発したチームのリーダー斎藤文雄です、では斎藤氏に引き継ぎます、よろしくお願いします」
「ご紹介に預かりました、斎藤文雄です」
「では、最初にロボットのデモンストレーションを行います」
これは、最初にデモンストレーションをしないとマウスがだれて失敗してしまうためだ。今ごろ影でマウスがセットされているはず。
「では、登場願います」
研究員Aに抱きかかえられてマウス搭乗型ロボットが登場する。四脚のサーボが動作していないため垂れ下がってふらふらしている。スタート地点にしゃがんだ形で置かれた。
「今このロボットは停止状態にあります。向こうに見えるゴールまで移動するのが目的となっています、間にスラローム・障害物の回避・ゴールの台の上まで飛び乗ります」
「それでは、デモンストレーション開始!」
ロボットのサーボに通電されてロボットはゆっくりと座った形となった。ゴールに待ち構えていた研究員Eがマイクに向かって呼ぶ。
「メグミちゃん」
それが合図となってロボットは動き始める。見事な速さで1つ目のスラロームを抜ける。ところが、抜けたところでロボットが停止した。何か首を上げて匂いを嗅いでいるような仕草をする。研究員Eが呼ぶ。
「メグミちゃん」
また動き始めるが少しだけ移動後、首を挙げくんくんしている、そして会場のほうを何気に向いている。
「斎藤君、どうしたのかね? なにやらロボットが悩んでるように見えるのだが?」
いや、実際悩んでいるんです。教えられた行動をとるべきか、美味しそうな匂いが何かと。
研究員E呼ぶんだ、もっと呼べ!
「メグミちゃん」
少し動く。
「メグミちゃん」
少し動く。
「メグミちゃん」
だんだん声が大きくなり会場に聞こえてしまいそうな声だった。
ロボットは呼ばれる度に、体がゆれている。まるで何かを悩んでいるように。そしてとうとう食品の方へ向かって走り始めた。
「あ!」
チーム6人が一斉に追いかける。
ロボットはバイキングテーブルに飛び乗り魚のムニエルに鼻を突っ込む、そこに研究員Aが飛びつく。本能的な危険を察知したマウスはひらりとかわす。研究員Aは何もない空間を掴みそのまま魚のムニエルに突っ込む。研究員Eは大声で「メグミちゃん」「メグミちゃん」と叫びながら追いかける。ロボットは次なる獲物スパゲッティ-に向かって走り始める。研究員Bが追いかける。またもひらりとかわされ、研究員Bはスパゲッティーにダイブ。会場のあちらこちらで、「うわ〜〜」「キャー」と叫び声が聞こえる。
「危ない!」
走り回る研究員。
「キャーーー」
「メグミちゃん!」
ガチャーー、何かが割れる、グラスだ。
「そっちに行ったぞ」
「メグミちゃん!」
「キターーーー」
ガシャーン、研究員Cがぶつかってテーブルが倒れる。
阿鼻叫喚の嵐!
ついに、俺と研究員E・Dに囲まれ捕まえることが出来た。すかさず電源を切って止める。
研究員E「メグミちゃん、よかった」
俺は、安堵のため息をつく。はっと気がついて遠くにいる所長の顔を見る。今にも爆発しそうな真っ赤な顔でにらんでいた。
クビを覚悟した。
発表会は中止となった。
この騒ぎは総てリアルタイムでインターネット中継されていた。そして論文の要約も同時に公開されていた。
怒鳴る所長に対して。
「後始末をしたら、明日の午後に総て説明致します!」
と強く迫る。
気迫に押された所長は。
「明日の午後だな! わかった、絶対にこい!」
「総ての後始末をして来い!」
と言って帰路についた。
……
会場の後始末や整理に夜中の3時までかかった。家に着いても4時ごろだろう。いいか、今日の昼に行けばいい、寝よう。家路に向かった。
……
研究所には昼前についた、ランチを食べ深呼吸を何回もして所長室に向かう。いつもより長い廊下に感じた、所長室の前に着いた、静かにドアを叩く。
「はいれ」
「失礼します」
そこには、ペンを強く机に叩いて、鋭い目で見つめる所長がいた。
「この論文はなんなんだ、タイトルがマウス搭乗型ロボットだと」
静かにそれでいて深い怒りがこもった声で話す。
「あのロボットにはマウスが乗っているのか?」
「はい」
「そんな話は、一度も聞いていない!」
「……」
言葉が出ない。
「昨日の騒ぎは、マウスが暴れたのか?」
「はい」
「何故事前に言わなかったのかね?」
「……」
言ったら、許可が降りなかったのは間違いが無い。ここは主にロボット工学研究所で、サイバネティックスは別の研究所がやっている。
「今回の不祥事を起こした君はクビになる」
「はい」
「何か言う事はないか?」
「チームの研究員に何の罪もありません、私だけを処分してください」
「当然だろう」
「以上だ、下がれ」
「はい……」
部屋を出ようとした時、ドアが開いて秘書が入ってくる。
「所長!」
「なんだね」
「各研究機関から問い合わせが山のように来ています」
「講演や実演をお願いしたい、共同研究依頼、ロボットを売って欲しい、見学に行きたい、等々総てが昨日発表した内容についてです」
「問い合わせてきた先は、義手義足関係の研究所やリモートコントロール関係、サイバネティックス研究所関係、そして軍関係からも来ています」
「至急電話を掛けて欲しいと、局長クラスからの問い合わせが来ています」
「どうしましょうか?」
「わかった、すぐ処理しよう」
ドアを出ようとしていたが呼び止められた。
「斎藤君」
言いずらそうな雰囲気をかもし出しながら続ける。
「クビの件は無い事にしてほしい、君が必要だ」
「はい」
「後で、連絡する、業務に戻ってくれ」
「了解しました」
……
この日からとても忙しくなった、世界中から講演や実演の依頼がきていた。毎日どこかで講演や実演をしていた。日本に帰ってみれば、サイバネティックス研究所に呼ばれ、名誉教授の役職になった。前の所長より上の役職である。チームの研究員もチームリーダーになって活躍している。
後で聞いた話だが。あの時、会場でリアルタイムインターネット配信された動画データが、あっという間に全世界に広まったそうだ。そこに写っているマウス搭乗型ロボットの会場での動き、誰が見ても驚愕する動きだったそうだ。論文でもなくデモンストレーションでもなく、あの時の大騒ぎが一番の説得力が有ったと。
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