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ヒロインな妹、悪役令嬢な私 作者:佐藤真登

十三歳編

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 一人残された姉の部屋で、ミシュリー・ノワールは呆然と立ち尽くしていた。
 床に散らばる自分の髪。ずうっと伸ばしてきた、緩くウェーブのかかった金髪の残骸。しかし、ミシュリーは自分の髪のことなどまるで目に入っていなかった。
 そんなものは、どうでもいいのだ。もともと、最愛の姉が褒めて好いてくれたから大切に手入れをしてくれるようにメイドにお願いしていただけだ。その張本人である姉が切り落としたのなら、未練なんてない。
 だから、ミシュリーがショックを受けたのは淑女の誇りでもある髪を切り落とされたことではない。
 それ以前の暴言ともいえる姉の言動ですらない。ミシュリーの心に衝撃をぶつけ傷つけたのは、クリスが浮かべたあの目だった。
 目じりを下げて、まぶたをほんの少し閉じ、不機嫌に見えない程度に眉にしわを寄せる。そんな風にして自分を見つめた瞳の色は、少し暗く感じた。
 かつて出会った人間すべてが、そんな目で自分を見つめてきた。

 ――かわいそうな子。

 それは、世界で唯一絶対だった愛する姉の綺麗な黒色にだけは、決してなかった色だった。
 その色を、よりにもよって最愛の姉が浮かべたことは、ミシュリーから一時的に感情を失わせるほどショックだった。

「……さない」

 どのくらい、そこで立ち尽くしていただろうか。
 うつむくミシュリーの口からぽつりと漏れ出たのは、まぎれもない怨嗟の声だった。

「……に許……ない……っ」

 時間を置き去りにするほどの喪失感の次に訪れたのは、押さえつけておけないほどの強烈な感情の嵐だった。

「絶対に、許さない……!」

 激情に駆られたミシュリーは、強く強く拳を握る。

「ミシュリー? あ、やっぱりここにいた」

 ミシュリーが抗いがたい感情の渦に飲まれて立ち尽くしていると、部屋の扉が唐突に開いた。
 ぶしつけにやって来た声に、ミシュリーはゆっくりと振り返る。そこにいるのは、自分と同じ色の目と髪をしている同い年の男の子だ。

「ミシュリー。ちょっと聞きたいことが……あれ? 髪切ったのミシュリー。ま、どうでもいいや」

 ノックもせずに入ってきた礼儀知らずはシャルルだった。一切の感情を排除したミシュリーの能面にシャルルはひるんだ様子もない。非常識なほど短くなった髪型への感想をあっさりとすませて、自分の用件を切り出す。

「ねえミシュリー。クリスがなんか変なんだけど、ミシュリーなんかした? なんかもう帰れって言われたし、見送りもしてくれないし、ろくに目も合わせてくれないし。第二形態の時より変だよ、今日のクリス」
「シャルル」

 矢継ぎ早に繰り出されたシャルルの質問を完全に無視して、ミシュリーは静かに呼びかける。

「協力して」

 ミシュリーは、シャルルのことが嫌いだ。絶対に分かり合えない相手だと確信している。
 でも、天敵への敵愾心を捨ててでも、絶対にやらなければならないことができた。
 ミシュリーの言葉に、シャルルは不快そうに眉根を寄せた。

「なに、いきなり」
「わたし、許さないから。だから協力して」
「は?」

 言葉足らずのミシュリーに、シャルルの眉根のしわが深くなる。
 その反応は当然だろう。ミシュリーがシャルルを嫌っているように、シャルルだってミシュリーのことを嫌っている。そんな相手から言葉少なに協力してと頼まれて、快く承諾するはずがない。
 だって、シャルルとミシュリーの二人とも、世界で一番大切なものが重なっているのだ。
 紛れもない同族嫌悪。だからこそシャルルならば引き込めるとミシュリーは確信していた。

「お姉さまが変わっちゃったの、シャルルだってわかったんでしょ?」
「確かに今日のクリスは変だったけど……」
「なら、協力して」

 業腹だけれども、姉を思う気持ちが自分の次に大きいのはシャルルだというのは認めている。それが癪で常日頃から反発していたが、事情が変わった。
 ミシュリーは、シャルルに手を差し伸べる。

「お姉さまの心を塞いだなにかを、見つけてどかす手伝いをして」

 差し出したミシュリーの手に、シャルルは毛虫でも見るかのような目を向ける。

「それって、クリスが変になった原因?」
「うん」
「それは、クリスにとって嫌なことなの?」
「お姉さま、苦しそうだった」
「また、そのうち勝手に元のクリスに戻らないの?」
「……この髪ね、お姉さまが切っちゃったの」

 ミシュリーは自分の短くなった毛先をつまんで断髪の理由を告げる。
 それを聞いて、シャルルの目がすぅっと細まる。

「……へぇ」

 世界で一番ミシュリーを愛していると憚ることなく声高らかに断言していたクリスがそんな暴挙に出た。それがどれだけ尋常でないのか、シャルルでもはっきりと目に見える形で提示されて理解したのだろう。
 そこまでしたクリスが、そんな簡単に戻るわけがないということを。
 髪を切り落とされた時ミシュリーがクリスの瞳に見た色は、壮絶な覚悟と悲壮感と、憐憫。
 いつかのシャルルの時みたいに、クリスの心の変化だけではない。あの心変わりには、なにか外からの明確な原因があるはずだ。そしてそれは、時間が解決してくれるものでは、決してない。

「だから、協力して」
「……わかった」

 シャルルが、心底嫌そうに、それでも必要だと割り切ってミシュリーの手をとった。

「協力する。クリスのためだもんね」
「そうだよ。お姉さまのための協力」

 手を握り合った同類の二人の間に、信頼はまるでない。あるのはクリスのためにという利害関係だけだ。

「でも、絶対にクリスを助けるよ。ちゃんとミシュリーも役に立ってね」
「当たり前だよ。シャルルこそ、足を引っ張らないでね」

 ミシュリーは冷ややかにシャルルを一瞥する。
 世界で一番きらめいていた黒を濁らせたなにかがある。世界一カッコいいクリスの心を塞いだやつがどこかにいる。ならば、妹としてミシュリーがすべきことは決まりきっていた。

「お姉さまに、あんな目をさせたやつをっ。お姉さまの生き方を邪魔したなにかを……!」

 まなじりを吊り上げ、まぶたを見開き、表情を怒りで染め上げ、碧い瞳に決意を燃やす。

「わたしは、絶対に許さないからっ!」

 余りある激情を原動力に、万感の想いを込めて踏み出したミシュリーの一歩目。
 それはクリスの知る運命を、粉微塵に踏み砕く第一歩だった。
お父様「……なにか、寒気が」
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