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ヒロインな妹、悪役令嬢な私 作者:佐藤真登

十三歳編

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 尊敬しよう。
 処刑か、自死か、刑罰での修道院送りの結末を送ったクリスティーナ・ノワールの人生に、敬意を捧げよう。
 彼女は、やり遂げた。己の身を犠牲にして、ミシュリーの幸福を掴んでみせた。
 それは、私が歩む道でもあるのだ。
 方針は、決まった。
 学園入学まであと一ヶ月。それまでにやることは多い。今までの人生とは違う方向に舵を切ろうというのだから、生き方そのものを変える必要があった。

「……」

 自分の部屋に座っている私は、手元でくるりとハサミを回す。
 鈍色のシンプルで大型の裁断用のハサミ。手にずっしりとした重みを伝えてくるこの凶器は、メイドの仕事場からくすねてきたものだ。これからやることに必要になるから持ってきた。
 『迷宮デスティニー』のシナリオに沿うことを決意したからには、まずはやらなくてはいけないことがあった。
 あの物語の最初のイベント。いや、最初以前の大前提として、私とミシュリーの関係性を変えなくてはいけない。
 私とミシュリーは、私が学園に入学する前には、もう仲たがいをしていた。ミシュリーは姉を慕っていた描写はあったが、悪役令嬢だったクリスティーナはミシュリーのことを見下し、遠ざけ、しいたげようとしていた。
 理由までは明確に描写されていなかった。原作のクリスティーナの言動から、私は彼女がミシュリーのことを妾の子供だと判断して嫌っていたのだろうと勝手に思い込んでいた。
 けれど、つまりはこういうことなのだろう。
 彼女は、私だった。
 だから、私は一刻も早く、そうしなければいけない。

「……」

 刃に映る自分の顔を、じっと見つめる。
 私が今から犯す罪について、おそらくお父様は、とがめない。
 ミシュリーを傷つけ突き放す行動を『誑かされた』と言われたことに対する私の反抗だと思うはずだ。私がミシュリーにこんなひどいことをした。私はミシュリーに誑かされてなんかいない。だから、ミシュリーを修道院に入れるなんてことはするな。私が今からすることに対して、そういう意味の行動だと勘違いするはずだ。
 だからお父様は黙ったまま見逃す。私の行動を幼い反抗だと判断して、黙殺する。

「好都合で……我ながら、忌々しいな」

 吐き気がする。ハサミを持つ手が震える。これからすることに対して、叱られすらしないだろうことが、気持ち悪い。
 ストレスのせいだろう。ガンガンと頭痛がし始めた時、こんこんとノックの音がした。

「お姉さま。お邪魔します」
「……ああ」

 私の部屋に入室したミシュリーが、なにも知らない笑顔でてこてこと近づいてくる。
 今日は、シャルルが訪問する日だ。その日にミシュリーが私の部屋を訪れるのはいつものことで、だからこそ私はこうして事前に準備をすることができた。
 シャルルが来る前に、すませておかなければいけない。

「えへへ。今日はシャルルが来るまで一緒に……あれ? お姉さま。どうしたの? 気分、悪いの?」

 これから起こることも、いまの私の決意も、なにも知らないミシュリーが、ひょいと私の顔を覗き込む。
 今の私の顔は、血の気が引いて真っ青になっているだろう。さっき、ハサミに映った自分の顔を見て確認した。
 それを見て、ミシュリーがどう感じるかはわからない。

「……近づくな」
「へ?」

 私から初めて言われた言葉に、傷つくよりも前に戸惑いが勝ったようだ。
 戸惑いに揺れるミシュリーの顔に、葛藤が襲いかかる。まだ引き返させると、弱い私が騒ぎ立てる。
 それを、ねじり潰した。

「ど、どうしたの、お姉さま。そんなに体調が悪いの? お医者さん、呼ぶ? だ、大丈夫だよ。うつるものかどうかも分からないし、そういう病気で、わたし、お姉さまだったら、すっと傍にいるから!」

 私の言葉を、体調不良と結びつけた結果、そういう結論と結びつけたようだ。
 自嘲が漏れる。確かに、いままで私だったら、言いそうだ。
 だが私は悪役令嬢だ。悪徳をこなさなければいけない。最愛の妹を突き放すこと。それは『迷宮デスティニー』という物語の序章に過ぎない。妹のミシュリーを真の意味でヒロインにするためには、私という悪役令嬢が立ちふさがることが必要不可欠なのだ。
 だからこれ以上、迂遠で誤解されるような言葉を選ぶのはやめた。

「……ミシュリー。お前は、自分の生まれを知ってるか?」
「ええっと、お姉さまの妹だよ?」
「違う」

 当然のように嬉しいことを言ってくれる最愛の妹を抱き寄せる。ミシュリーは疑問を浮かべることなく当たり前のように抵抗せずに受け入れる。

「どーしたの、お姉さま。ちょっと変だよ?」
「……変、か。そうだな」

 甘えるようにミシュリーは私の方に頭をあずけてくるが、今回だけは親愛を示すための抱擁ではない。
 まとまられていないほうの部分を腕でそっと持ち上げて、手をくるりと一回転させる。こうすると、強く引っ張ることなく髪をまとめることができる。ミシュリーの髪の毛は特に柔らかくて素直だから、なおさらだ。

「ミシュリー。お前は、ノワール家の家名を名乗れるような身分じゃないんだ」
「そう、なの?」
「ああ。本来、貴族ですらないからな」
「ふーん」

 なにせミシュリーは、王族だ。
 だがあえてそれは伏せたままに、あえてミシュリーを貶める様な表現を使う。知らなかったはずの情報を聞かされても、ミシュリーがショックを受けた様子はない。それはきっと、私との絆を無条件で信頼してくれているからだろう。
 例え自分の生まれがどうであれ、私とミシュリーの姉妹の絆は最強で揺るがないと確信しているから。
 それは正しく、そして間違っている。
 私はミシュリーを愛している。けれども、ミシュリーが私を愛して慕ってくれている気持ちを、いまから踏みにじる。

「まだ、分からないか」

 声が震える。不自然なことをしているな、と思う。我ながら唐突で、ミシュリーにとってはまるで心当たりのない暴挙でしかない。
 ゆっくりと丁寧に、取りこぼしのないようにミシュリーの髪を掌にまとめる。
 ミシュリーの髪型は、一部をリボンでまとめてあり、残りはそのまま背中におろしている。豊かに波打つ金髪の長所を生かしつつ、アクセントとしてリボンを飾れるようにしているのだ。
 私は掌でまとめた部分とリボンでまとめられている部分を確認し、ハサミをあてがう。
 裁断用の、大型の裁ちバサミ。切れ味が落ちないように手入れを欠かしていないその刃を数度、じゃきりじゃきりとかみ合わせた。
 あっさりとミシュリーの髪は切り落とされた。

「あれ?」

 私の手の中にミシュリーの髪が残り、結わえていた赤いリボンだけがぱさりと落ちた。
 ミシュリーが疑問符を浮かべる。きっと、頭が軽くなったのを感じたのだろう。肩口よりも短いざんばら髪になったミシュリーが、不思議そうに自分の髪があった場所を掴もうとして、空を切る。
 切り落とされた金色の髪は、私の手の中にあった。
 きょとん、とミシュリーが目を瞬かせる。

「えっと、お姉さま?」
「ミシュリー。お前は、私の妹じゃ、ない」
「……え?」

 なにを言われて、なにをされているかわからないのだろう。
 ここまでされてなお、ぽかんと呆けるだけのミシュリーを見て湧き上がったのは、押しつぶされたそうなほど途方もない罪悪感だった。
 心が胸を圧迫して押しつぶし、ぐちゃぐちゃになった内臓がのどからせりあがって口から飛び出そうになる。
 この貴族社会で、女性の髪にどれだけの価値と重みがあるのか、私はよく知っている。髪が短いというだけで蔑まれるのが社交界であることを、理解している。だから、体を押しつぶして吐き出したくなるような気持ちが怒涛のように押し寄せ、私はそのすべてを歯を食いしばって余さず嚙み潰した。
 私はこれから、この気持ちと一生付き合っていかなければいけない。

「私は貴族だ。そして、お前は違う。だから、よく聞け」
「お姉、さま?」

 声に心が、こもっているだろうか。わけがわからないという顔をしている妹を、ちゃんと騙せているだろうか。見抜かれて、いないだろうか。
 それでも、迷いはねじ伏せる。
 私はミシュリーの瞳を見据えて、言い切った。

「お前は、私の妹じゃない」

 ごめんな、ミシュリー。
 私の勝手に付き合わせて、本当にごめん。
 例えそれが未来の幸福のためだったとしても、それは私が自分のために決めたことだ。ミシュリーの了承も得ず、私が私のためにやったことだ。
 決別を分かりやすく見せつけるようにして、ミシュリーの髪を床に落とす。

「だから、仲良し姉妹も、これでお終いだ」

 私の自分勝手によって突き放されるミシュリーの負担を考えると、そう。
 ミシュリーは――『かわいそうな子』だ。

「……ぁ」

 ようやくなにをされたか理解したのか、一拍遅れてミシュリーの目から光が消えた。
 それを確認して、私は踵を返す。打ちひしがれるミシュリーを残して、部屋を出る。
 呼び留める声は、なかった。

「……」

 一人で廊下を歩く。思いっきり、なにかを殴りつけたい気持ちだった。意味もなく叫びだしたかった。そうやって気持ちを紛らわせたかった。
 けれども、そんな安易な罰は望まない。ミシュリーの幸福のために私が許される必要はなく、幸福なんて望まないと決めたのだ。
 それに、償いはいつか訪れる。
 自死か、処刑か、修道院。
 私の未来は、三つの内のどれかに決まっている。そのどれもが、安らかな人生を否定する終わりだ。それを思えば、少しだけ心が落ち着いた。
 知らなかったな。
 一人、屋敷の廊下を歩いて心の中でつぶやく。
 自分にいつか罰が下されることが約束されているのが、こんなにも慰めになるだなんて、知らなかった。

シリアスのピークが終了しました……!

次回タイトル予告『運命さん、死す!?』です。どうぞお楽しみに。
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