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ヒロインな妹、悪役令嬢な私 作者:佐藤真登

十三歳編

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 不覚にもお父様に言い負かされてしまった私だが、それで諦めると思われては大間違いである。
 私は、ミシュリーを愛している。
 世界で一番大切だ。お父様になにを言われようと、揺るがない。私が、ミシュリーを愛した。その想いは混じりっ気なく私の心だけで構成されている。
 だから必死に考えた。怒りと使命感を原動力にしてお父様への対抗策を模索する。
 ミシュリーが学園に入学するまで、二年。そこから卒業まで、四年。そのタイムリミットの中で、ミシュリーの修道院行きを阻止できるかどうか、ありとあらゆる検討をした。
 私は、ノワール家の息女だ。高位貴族として生を受けた天才児だ。恵まれた生まれと類い稀な能力を備えている。
 だが、それでしかなかった。
 地盤を固めて権勢を得るには、どうしてもあと十年以上は年月がいる。お父様と本格的に対抗しようというなら、もっとだ。
 どうあってもお父様の決定をくつがえすような理論も強権も行使できないという結論に至った。修道院は、一度入ったら出られない。それはどの修道院であっても共通の鉄則だ。
 たった六年では、あまりにも時間が足りなかった。
 子供の私一人ではどうしようもなかった。でも、誰に相談できる。ミシュリーに余計な負担はかけたくないし、私以上に立場が弱い。シャルルやエンド殿下は王家の人間だ。ミシュリーの事情は明かせないし、例え協力をとりつけても、やっぱり六年というタイムリミットが立ちはだかる。子供の交友関係だけでは限界があった。
 そうやって悩んでいると、ノックの音がした。

「お嬢様。そろそろトワネット様がいらっしゃる時間ですが……」

 メイドの知らせに、顔を歪める。
 メイドの声がためらいがちなのは、私の不機嫌さを察しているからだろう。実際、間が悪い。マリーワへの問題だって解決してないのに、どうしてこのタイミングで、と舌打ちをしかけて気が付いた。

「あ」

 そういえば一人、いた。誰よりも頼りになる人がいた。
 そうだ。マリーワに、聞けばいいのだ。
 それは名案だった。マリーワは相談相手として、これ以上ない適任だった。

「分かった。そのまま部屋に案内してくれ!」
「は、はい。かしこまりました」

 急にテンションをあげた私に戸惑いたようだが、疑問を返してくることもなく気配が遠ざかる。
 一方私は、問題解決のメドが立って心が明るくなってきた。
 マリーワに、ミシュリーの処遇について頼って協力してもらえばいいのだ。そうすれば、マリーワにこれからのことを相談できる。以後、会うための口実にもなる。
 霧が晴れたかのように、問題が次々と解決していった。
 そうして焦れて待っていると、メイドに案内されたマリーワが入室した。

「よく来たな、マリーワ! 今日は相談事があるんだ!」
「授業の後で聞きます」

 威勢良く立ち上がった出迎えたというに、冷たくあしらわれる。とはいえ、いつものことだ。落ち込むようなことでもない。
 しぶしぶ着席した私を確認して、マリーワは授業を開始した。

「今日の授業は、私があなたに家庭教師として教える最後の時間になります。ですから、いつかの宣言通り、哲学の考え方の、ほんのさわりだけ聞かせましょう」

 いつもと違う切り口に、いつも以上の真剣さを感じて、私は心構えを変える。先の相談事ではなく、今の授業に気持ちを集中させた。

「哲学とは、本来はあらゆる学問の基礎と基盤をなし、あるいはらゆる学問の上位に位置する重要な体系です。ですが結論から述べてしまうと、その学問に正解というものは一つもありません」
「正解が、ない?」
「ええ。実はいうと、それは哲学に限った話でありません。私はいままであなたに様々な教育を施していきました。礼儀作法に始まり、リベラルアーツに続き、他、様々な学問の問答に、一つ一つ丸かバツかを付けました。しかし、これらは今の社会にとって有益なで都合のよいものでしかなく、絶対的に正しいものなど一つもありません」
「えぇ……」

 思わず情けない顔をさらしてしまう。 
 最後の授業で、まさかのちゃぶ台返しだ。

「なんだよ。いままでの授業が、全部無意味だっていうのか? それはひどいぞ」
「意味はあります。あなたの生きる糧には確かになっているでしょう。ですが、意味があるということだけです。それに囚われてはいけませんし、盲信するなどもっての他です。一つ、教えましょう。物事を『正しい』と『間違っている』と『どちらともいえない』の三つで分けてとらえるのは、致命的な思考でもあります。その三つに、大した差などないのです」
「……ごめん。ちょっと付いていけなくなっている」
「そうですか。なら、分かりやすく生き方の指針になる言葉を差し上げます。そもそも今日は、理解させようなどとは最初から思っていませんから、それだけを覚えておきなさい」

 天才の私でも、マリーワがなにを言いたいのか捉えきれなくなっている。予備知識がないと理解がしづらい内容だ。マリーワもそれは事前に予想していたのだろう。すねた私に、一言。

「――運命を愛しなさい」

 呼吸が、止まった。

「理不尽が続く世界で、ただ繰り返しのような日常が繰り言のように円環していくこの世で、起こりうるすべてに目をそむけることなく、先に進んでいく運命を愛しなさい」

 ゆっくりと語るマリーワの最後の教えに、心臓が止まりそうになる。だというのに、どくどくと跳ねる鼓動がはっきり感じられた。
 無意識に選択肢から除外していたミシュリーを救うための、たった一つ確実で間違いのない方法が、目の前に提示される。
 明確な答えを自覚して、めちゃくちゃに乱れていた鼓動と心が唐突に平静になった。

「人生の喜怒哀楽のすべて、正も負もひとつ残らずいまのあなたを構成する要素で、あなたにとって有益なものです。それが『運命愛』と言われるものです。この言葉を覚えておくだけでも、あなたの人生の一助になるでしょう」
「は、はは」

 口から、笑い声が漏れて出た。
 ああ、と気が付いた。
 光が差し込むように、私の道が示された。
 なんだ、相談するまでもなかったんだ。

「……どうしましたか、クリスお嬢様」
「いや、うん。わかった。わかったんだよ、マリーワ」

 泣き出したかったけど、無理やり微笑んだ。
 きっと辛いことが待っているのがわかっていて、それでも歩もうと覚悟した。
 いままで出会った多くの人を裏切ることを理解して、それでも最愛の妹を選ぶと決意した。
 結末までに必要なイベントはきちんと覚えている。他の誰でもない、マリーワの言うことだ。
 信じて、愛しよう。

「ありがとう、マリーワ。本当に、ちゃんとわかったんだ」
「そう、ですか?」

 どこか納得しきれてないような不可解さを浮かべるマリーワに、私はにっこりと笑う。

「うん。これからの生き方が、決まった」
「……」

 彼女がもしかしたら運命の手先かもしれないだなんてことは、もうどうでもよかった。
 運命。
 私が否定してきたもの。五歳でミシュリーと出会い、前世の知識を思い出すことによって知ったもの。
 あの物語にバッドエンドはない。クリスティーナが必ず不幸になったのと同じことだった。
 三つあるどの結末でも、ミシュリーは必ず幸福になったのだ。

 クリスとマリーワ「運命」のとらえ方で大きくすれ違い。
 マリーワのいう運命愛は、人間であることの特権のひとつである自由意志でもって自己の生に向き合い、積極的にかかわっていくこと。
 クリスが誤解した宿命論とは人間機械論のことであり、そこには自由意志もなければ愛すべき運命もありえません。

 あと、この作品の哲学はなんちゃって哲学なことをご了承ください。
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