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ヒロインな妹、悪役令嬢な私 作者:佐藤真登

十三歳編

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 学園に入学するということは、ミシュリーとの一時の別れを意味している。
 それの事実には、しぶしぶながら納得せざるを得なかった。
 私がどう反対してもお父様が折れなかったのだから、これ以上はどうしようもない。私は貴族であり、ノワール家の一人娘としてある程度の強権を振るえるが、実質的な権利はお父様が所持しているのだ。まだ成人もしていない私では、ノワール家当主のお父様が下した裁定を覆しようがない。もうちょっと成長を待ってお父様を打ち倒せるようにならなければいけない。もうちょっと嫌がらせもかねて抗議は続けようと思うが、それが精いっぱいだ。
 だから、ミシュリーと少しだけ疎遠になってしまうのは仕方がない。ミシュリーの自立をさらに促すという意味でも、物理的に距離を開くのは決して悪いことではない。
 そもそも私たち姉妹は最強なのだから、距離という概念にだって敗北するはずがない。会えない間はもちろん寂しいが、この試練に耐えて糧とし、私は淑女としてさらなる成長を遂げていつかはお父様に痛い目をみせてやるのだ。
 それに、学園に入るのも悪い事ばかりではない。環境が変わればそれだけ目新しい事は増える。何だかんだで人付き合いも爆発的に増えるし、それに伴ってやりがいのある事柄も数多く待ち受けているだろう。それは素直に楽しみだ。
 なにせ私は同世代の中では圧倒的に違いない天才児だ。王立学園は、ノワール家のクリスティーナここにありと示す絶好の舞台でもある。
 二年後にはミシュリーだって学園に入ってくるのだから、そのあとに仲良く姉妹で学園生活を楽しめばいいのだ。私が二年間するべきことは、ミシュリーが入学する二年後のために学園を十全に支配しておくことだ。そうしてミシュリーを迎え入れる体制を整えればいい。
 だから、その件についてはもう心の整理はついていた。
 ただ、ミシュリーと離れてしまうのとは別にもう一つ。
 私の王立学園入学とともに、明確に終わってしまうものがある。

「クリスお嬢様。どうしましたか?」
「……ん。なんでもない」

 手元が止まっていたのを指摘された私は、口ごたえをすることもなくマリーワの授業に集中する。マリーワも大人しく従った私にそれ以上注意を加えることもなく授業を再開させた。
 静かに、つつがなくマリーワの授業は進行していく。
 マリーワが語る講義を黙々と頭に詰め込んで処理していく。近頃は、もう拳骨を振り下ろされることもなくなった。それは私が成長して淑女に近づいている証だ。マリーワに鍛えられることによって、私は着実に立派な淑女になりつつあった。
 七歳の頃から続いたマリーワの授業も、今日と、あと一回を残すのみとなった。
 マリーワは、雇われの家庭教師である。週に二回、私に礼儀作法を教える名目で雇われて、いまはなんの因果か将来必要になるであろうほとんどのことを教授してくれている。
 マリーワには、いろいろなことを教わった。礼儀作法から始めったそれはリベラル・アーツに伸び、他様々な学問、果ては護身術まで叩き込まれている。それが将来の糧になることは間違いなく、素直に言葉に出す気はないけれども、私はマリーワに感謝している。
 きっと、言葉では足らないくらいに。
 ただマリーワはこれからもずっと、私の教師でいてくれるというわけではない。マリーワが私の家庭教師でいる期間は、私が王立学園に入学するまでの間と決まっているのだ。
 それは随分と前から決まっていたことで、どうしようもない別れである。突発的に判明したミシュリーとの別れと違う。
 そして、私の家庭教師でなくなってしまったら、マリーワとの縁も切れるといって差支えがない。マリーワが私に会いに来る理由はなく、私がマリーワに会いに行く口実もなければ手段もないのだ。
 淡々と授業が進んでいく。教鞭をとるマリーワはいつもどおりで、いつもと違うのはたぶん私の心だ。
 授業中、騒ぎ立てることもなく、脱走を試みることもなく、なにか茶化そうという気も起らず、ただただ嚙みしめるように授業を受け、内容を消化する。
 そんな時間は、あっという間に過ぎ去った。

「今日の授業はこれで終わりです。何か質問はありますか?」
「……」

 マリーワの言葉に、沈黙を挟んでしまう。
 聞きたいことは、あった。
 それはいまの授業に関する疑問ではない。天才の私は、予習復習をきちんとする子でもある。マリーワの授業に備えて、マリーワが来ない日もちゃんと勉学に励んでいる。今日の授業の内容はちゃんと全部、理解している。
 だから私が聞きたいのは、授業内容についてではない。もっと些細で、どこまでも私的なことだった。
 例えば、私の家庭教師を終えたら次はなにをするんだ、とか。例えば、マリーワはどこに住んでいるんだ、とか。例えば、マリーワはどういう経緯で私の家庭教師をする子になったんだ、とか。
 マリーワのことが聞きたかった。
 家庭教師という接点がなくなってしまうのを自覚してから、いまさらな疑問がこんこんと湧き上がっていた。
 このまま流れるままに任せて授業を終えてしまえば、もうマリーワに会えない気がした。
 マリーワが、普段はどんな暮らしをしているのか。マリーワが、いままでどうやって生きてきたのか。マリーワが、これからどうするのか。マリーワの過去も未来も現在も、私はロクに知らないと気が付いた。
 ただ待っていたって、マリーワは決して自分のことを語ったりはしないだろう。だって、マリーワは家庭教師でしかない。マリーワが自分からその職分を超えることはしないという確信を持つぐらいは、私だってマリーワを知っている。

「そうだな。質問は……」

 だから、今日こそをその中の一つでもいいから聞こうと口を開いて、

「質問は?」
「……ん。ない。全部理解したぞ! 褒めろ!」
「そうですか。授業をきちんと理解するのは当然のことなので、褒める理由にはなりませんね」

 なぜか、聞くことができなかった。
 私の返答に、マリーワは特に何を感じた風でもなく素っ気なく応じて教材を片付け始める。その様子は普段どおり変わりなく、いつもと変わらないマリーワの所作に、なぜか胸が締め付けられるような感覚があった。

「……マリーワは」
「どうしました、クリスお嬢様」

 呼ばれた名前に手を止めて振り返ったマリーワの顔を見て、吐き出そうと思った想いがせき止められた。
 ぴん、とまっすぐに伸びた背筋に、鷹のように鋭くとがった眼光。表情は冷たく、すぐに訪れる別れなんてなんとも思っていないような、どこまでもいつも通りの顔だった。

「マリーワ、は……」

 そんないつも通りのマリーワの顔が、ひどく遠く感じられた。
 出そうとした言葉はのどで詰まっておしかえされて、開こうとした唇は自然とつっけんどに尖っていく。

「……ふんっ。なんでもない。授業も終わったし、さっさと帰れ! 私はミシュリーと、学園縫うガクまでの貴重な時間を一緒に過ごすんだ!」
「そうですか。まあ、ほどほどに」

 感情を持て余して吐いてしまった暴言をとがめることもなく、マリーワは授業をあっさりと締めくくる。

「それでは、失礼します」

 あ、と後悔するがもう遅い。
 引きとめようにも引きとめることもできずマリーワが屋敷をあとにするのを見送って、自分の意気地のなさにそっと唇をかみしめる。
 チャンスは、あと一回しかなかった。
ツンデレクリスと、じらし上手なマリーワさん
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