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ヒロインな妹、悪役令嬢な私 作者:佐藤真登

十一歳編

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 ミシュリーが私の弱点か否か。
 もちろん答えは否だ。最愛が弱点など、冗談ではない。だからこそ断じて否だが、それでも私はミシュリーと殿下を会わせる気は微塵もなかった。
 ミシュリーは私の大事な宝物であってこの世界の至宝だ。私の生きるための原動力であって、ミシュリーがいるからこそ私は頑張れるのだと言っても過言ではない。殿下ごときの目に触れていいものではないのだ。
 それに、少しばかり情けない話になるが私は運命がいまだに怖い。シャルル、レオンと問題なくその出会いを終わらせた今になってなお、何かの拍子で運命のレールに乗るんじゃないかと怯える自分がいる。それはきっと、未来の一端を知るが故の代償だろう。
 あと、ものすごく単純でいて最大な理由がもう一つ。非常にシンプルながら大きく割合を占める思いがある。
 殿下みたいなバカとミシュリーを引き合わせたくない。
 だが、思わぬ遭遇をしてしまった。本来なら部屋に殿下を案内してからミシュリーに伝言を送っておこうと思ったのだが、同じ屋敷にいるのだ。不測の事態などいくらでも起こり得る。
 私は天才だ。こういう時は冷静に対処しなければいけない。そう。たとえば、いまから庭に穴を掘って殿下を埋めてくれば万事解決だろう。そうだ。そうしよう。ここは我が家だ。万が一目撃者がいても私が口止めすればそれで万事解決だ。私が罪に問われることのない完全犯罪の出来上がりだ。
 動揺なんて欠片もちっとも全然してない明鏡止水の心で天才的な解決法を思い付いた私は、とりあえずは殿下を殴って気絶させようと拳をぐっと握り、

「ん?」

 殿下がアホみたいぽかんと口を開いていた。
 不可解な殿下のアホ面に思わず、殴るのも忘れて首が斜めになる。
 どうしたのだろうか。殿下がアホなのはもちろん知っているが、それにしても人の妹を見てこの反応はおかしい。

「お、おい、クリスティーナ・ノワール」

 殿下がそこにいるミシュリーを凝視したまま、声を震わせて私の名前を呼んだ。廊下の真ん中で殿下が固まっているので、ミシュリーは迂闊に動けないでいるようだ。

「何だバカ殿下。ところでアホ面が良く似合ってるな。いっそその面をデフォルトに――」
「天使がいる」
「――え?」

 殿下が私と出会ってから初めてまともな言葉を発した。
 殿下から発せられたとはにわかに信じられないほど真理を突いた言葉に、思わず目をぱちくりさせてしまう。

「エンド殿下。お前、まさか……見る目があったのか?」
「何を言っている。俺の審美眼は磨き抜かれているだろうが。それよりお前にはあの子の背後から後光が差しているのが見えないのか?」
「見えるに決まっているだろ」

 何を当然のことを聞いているのか。三歳の時に邂逅して以来、私はいつだってミシュリーの光を浴びているのだ。その私に妹の輝きが感じられないはずがない。

「四方千里に広がるあの圧倒的な輝き。まさか私が見逃すはずがないだろうが。どれだけ私がミシュリーに愛を注いでると思ってるんだ?」
「ふっ、なるほど。貴様の黒目はただ空洞だから黒いんだと思っていたが、あながち節穴だというわけでもないのだな。……くっ。王者の俺にすら眩しく思えるぞ」

 ところどころに挟まる自意識過剰なセリフがなければ、こいつはニセモノだと指さして宣言をしていただろう。それほど驚愕的なことに、エンド殿下が常識的な言葉をしゃべり続けている。

「しかし貴様、お姉さまと呼ばれていたな。ということは、妹か? ノワール家の子女は貴様一人と聞いていたが……まったく似てないな」
「うっさい黙れ」

 血がつながってないから当たり前ではあるのだが、また人が気にしてることを無自覚に言い当ててくれる。
 しかしミシュリーの後光を見抜いたのは殿下が初めてだ。シャルルはミシュリーとはぶつかり合うことが多いし、レオンはなぜかミシュリーの話題を嫌がるし、サファニアに至っては「名状しがたい混沌なら見えるわ」とか訳の分からないことを言っていた。あいつは人の妹を何だと思ってるんだ。
 どこぞの引きこもりの発言を思い出して半眼になっていると、くいっと裾を引っ張られる感触があった。

「ね、お姉さま。その人だぁれ?」
「ん? ああ……」

 エンド殿下がぼそぼそしゃべり始めたから、立ち往生もやめたのだろう。とてとてと近づいてきたミシュリーの質問に、うむと重々しく頷く。
 事ここに至っては、もう殿下の存在を隠ぺいするのは不可能だろう。潔くバカ殿下を埋めるのは次の機会に回すことにする。
 それに今日はシャルルが来る予定だったのに、来たのが一目でアホと分かるバカなのだ。疑問に思って当然だろう。私だって殿下を見た時は到底納得できなかった。

「お客さんだよ。こいつはシャルルの兄なんだ」
「お客さん? ………………シャルルの兄?」
「あ、ああ。俺はシャルルの兄、エンド・エドワルドだ。この国を継ぐものだ! そ、それで、おま――じゃなくて……き、君は誰だ? 名乗っても――くっ。違うな……名前を聞かせて、くれるか?」

 殿下が自分から歩み寄りの意志をみせて相手に気を使っているところを初めて見たが、これはこれで気持ち悪い。全体的にぎくしゃくしていてたどたどしい。普段偉ぶっている態度しかとったことがないから、自分から相手に近づくためにはどうすればいいのかよくわからないのだろう。傍から見ていて失笑が漏れてしまう態度だ。
 ざまぁ。
 せっかくエンド殿下が情けない姿をさらしているのだ。ここぞとばかりに、殿下のネガティブイメージを植え付けよう。

「見ての通り態度が気持ち悪いが気にするな。バカなんだ、こいつ。悪いことにこのバカがこの国の跡継ぎだからな……この国の将来はお先真っ暗だな。でも大丈夫だ。ノワール家の安泰は私が死守するからな」
「おいクリスティーナ・ノワール」
「それにあんまりこいつには近づかないほうがいいぞ。ミシュリーにバカがうつったらことだからな」
「だから、おい。貴様なにをいっている」

 何か言いたげな横やりが入ったが、私は客観的な事実しか言っていない。それに私が殿下の応援をする義理なんて一つもない。殿下なんて嫌われてしまえと思ったのだが、ミシュリーの反応は意外なものだった。

「んー……」

 シャルルを見たときはまず第一に敵意を向けたミシュリーが、じいっと私たちのやり取りを観察している。エンド殿下の顔を覗き込み、それから私へと視線を移す。そうして私たちの感情から、何を察したのか。

「……うん」

 小さく呟いて、殿下ごときに向けるにはもったいないくらいにっこりとした天使の微笑みを浮かべた。

「わたし、お姉さまの妹のミシュリーです。よろしくね、エンド殿下!」
「お、おお! よろしく!」
「ちょっと待てミシュリー。別によろしくしなくていいんだぞ!?」

 シャルルの時よりはよっぽど穏当な出会いには、いまいち納得がいかない。
 とはいえ今更引きはがそうにも適当な理由も見当たらない。ミシュリーはご機嫌でにこにこ笑っているし、殿下は顔を赤らめて狼狽しつつもミシュリーの笑顔に見惚れている。
 うん、やっぱり引きはがそう。
 とりあえず殿下には目つぶしでも食らわせようと強硬手段に出ようとして、ふと動きを止めた。
 その光景を、なぜかどこかで見た気がしたのだ。

「それでね。シャルルって、この屋敷にほんとーにどうしようもない理由を付けてこようとするの。お兄さんのエンド殿下からびしっと注意してここに来させないようにしてくれると嬉しいなって!」
「なるほどな。シャルルの奴がクリスティーナ・ノワールの悪影響を受けるのも見逃せないし、無駄な訪問を繰り返すのも王家の格に関わるな。ふむ。シャルルの奴に注意するのも兄の務め――」

 たわいのない話を交わす二人を見て湧き上がった違和感に眉をひそめる。
 会話の内容自体はただの世間話だ。聞き流して問題ない。ただ、二人が話しているこの光景をそのものに既視感がある。
 なぜだろうか。この遭遇は、明らかに前世の知識とは違う。『迷宮ディスティニー』では、殿下とミシュリーが初めて出会ったのは学園でだった。この年齢の時に、この二人に面識があったという設定はない。
 だから、レオンの時に覚えた原作知識による既視感に襲われるはずがないのに――

「――あ、そっか」

 ふと思い出す。
 ああ、そういえばそうだ。これは前世の知識ではなく、私が昔見た光景とダブったのだ。
 笑顔で話すミシュリーと、顔を赤らめつつもミシュリーの関心を引こうとする男子の構図。それに見覚えがあったのだ。
 ああ、そうだった。
 レオンの奴も、最初はこんな感じだったんだ。
 今のレオンはなぜかミシュリーを避けている雰囲気がそれとなくあるが、最初の内はやたらとデレデレしては私の心をささくれ立たせたものだ。こいつ、ミシュリーに近づく虫けらかと叩き潰したくなったのはいまだによく覚えている。なるほど、それとよく似ていたのだ。
 自分で一人納得し、そうして解消された違和感の中から不意にあり得ない思い付きが現れた。

「……バカな」
「お姉さま?」
「い、いや、なんでもない」

 ぽつりと呟いた言葉をごまかして、ミシュリーに笑顔を送る。勘のいいミシュリーは当然のように気が付いてもう一度首を傾げてくるが、今の思い付きを口に出せるわけがない。

「エンド殿下がバカだなっていう話を今からしようと思ったんだよ。イグサ子爵から聞いた話も含めると、傑作な笑い話がいくつかあるからな」
「貴様は俺に何の恨みがある!?」
「割とたくさんある。特に初対面の時の恨みは一生忘れないぞ?」
「ぐっ」
「初対面? エンド殿下とお姉さまの初対面って、どんなのだったの?」
「ああ。こいつよりにもよって私にきゅう――」
「それだけはやめろぉ! 俺の人生最大の汚点だ!」

 吠える殿下にべぇっと舌を出し、ミシュリーの洞察をごまかして必死に心の中で思い付きを打ち消す材料を探す。
 そんなわけがない。レオンがミシュリーに惹かれたのは、ミシュリーが天使的にかわいい美少女だからだ。エンド殿下がミシュリーの気を惹こうとしているのはいるのは、ミシュリーが一目ぼれ必死な吸引力を持っているからだ。当然だろう。私の妹は、世界で一番かわいい。
 ミシュリーは、魅力的でかわいいからこの世界のヒロインだったのだ。
 断じて、この(、、)世界(、、)()ヒロイン(、、、、)だから(、、、)かわいく魅力的であるわけではない。
 だからレオンとエンド殿下が初対面のミシュリーに惹かれたのも、それは私の妹が世界で一番魅力的な女の子だからというだけで、運命のせいであるわけがないのだ。

「さ、ミシュリー。部屋に行こっか」
「うん! ……エンド殿下も来るの?」

 ミシュリーを促しながら、私は思い付きを否定するための確固たる根拠を見つけ出す。
 大丈夫だ。ミシュリーの魅力が運命による吸引力であるわけがない。それだったら私がミシュリーを全力で愛でているのはおかしい。よしんば私が天才として生まれたこの世界のバグだからミシュリーへの対応が異なっているんだとしても、もう一つ運命なんかいないと断言できる理由がある。
 だって、シャルルはミシュリーに惹かれなかった。
 私の婚約者は、運命など感じさせることなく私を見てくれている。シャルルのひたむきな気持ちがあるからこそ、私はこの世界に運命なんていないんだと信じられているのだ。私とミシュリーはこれからも成長し、年若く享年を迎えることなどなく、姉妹仲良く、それぞれが自立した精神を持って人生を歩んでいくのだ。

「そうだな。一応は客だしエンド殿下も案内してや……おいバカ殿下。さりげなくミシュリーに近づこうとするな。というか、お前もしかしてミシュリーの髪に触ろうとしたか? 私の妹に指一本でも触れようものなら、ぶっ殺して庭に埋めるからな変態が」
「……エンド殿下?」
「な!? ち、ちちち違うぞ!? この俺がそんなことするわけがないだろうっ。へ、変な言いがかりはするなっ。気のせいだぞ、クリスティーナ・ノワール!」
「はっ。……そうだな。気のせいだな」

 そうだ。
 きっと気のせいだ。

「……ん? やたらと素直だな。不気味だからやめろ」
「分かった。後で庭に案内してやる。穴を掘って埋めた後『変態王子ここに眠る』って墓標を立ててやろうじゃないか」
「貴様どこまでも恐れしらずなやつだな」
「エンド殿下。お姉さまはいつも素直なんだ。いつ見ても黒い目に裏表がなくてね、きらきらしてるの。だからわたし、カッコいいお姉さまが好き!」
「私もいつだって輝いてる素直でかわいいミシュリーが大好きだぞ!」

 最愛の妹の手を握り婚約者の想いを希望にして、もう遠く見ることもなくなったはずの運命の影を振り払った。
(´運ω命`)「出番への出口が分からないから電話をかけてみよう」ピッポッパ

コノデンワバンゴウハ、ゲンザイデンパノ――

(´運ω命`)「…………」


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ここでまた一区切りつき、十一歳編が終わりました。
更新頻度がやたらと落ちてないかって? ……マジですいません。

それはさておき、また間章を挟んでからの十三歳編になります。十三歳編は短くなる予定なので、少し間章が多くなるかもしれません。

……そろそろ思わせぶりなだけの運命さんがかわいそうになってきたような気がする今日この頃。
+注意+
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