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ヒロインな妹、悪役令嬢な私 作者:佐藤真登

十一歳編

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 私が帰るとお出迎えに一番に来てくれるのは、ミシュリーだ。
 馬車で庭を抜け、家に入ったらまずミシュリーが出迎えに来てくれる。かわいい笑顔で飛びついてきてくれる。それは癒しの瞬間だ。
 私の一番愛する相手がかわいいかわいいミシュリーだということは揺るいでいない。そのミシュリーをなでなでするのは私の幸せだ。
 その最愛たる妹から、私は尋問を受けていた。

「……お姉さま」

 ミシュリーが、私の名前をゆっくりと呼ぶ。その語調は静かで、だというのに妙な迫力に満ちていた。
 ごくりと唾を呑み込む。
 自覚はなかったが、私は緊張しているらしい。
 ミシュリーがかわいらしい指先でつまんでいるのは、髪の毛だ。私の肩に付着していた、ごくごく普通の黒い髪の毛である。ミシュリーがお出迎えの時に気が付いたものだ。
 それだけに、意味が分からない。

「これ、なぁに?」

 その黒い髪の毛を差し出して、にっこり笑うミシュリーの真意が見通せない。ミシュリーの笑顔から名状しがたい何かがにじみ出ているが、それが何かは分からない。ミシュリーのこの気迫は何だろう。単純に怒っているというのとは違うのだ。なんというか、もっとうこう、アレなのだ。
 だが、分からないからと言って黙り込むのは最も愚かな選択だ。
 私は天才だ。天才ゆえに沈黙などという消極的な愚策はとらない。ここは果敢に、そして正直に口を開いてミシュリーと対話をするべきなのだ。

「なにって……私の髪の毛じゃないか?」
「ごまかさないで!」

 別にごまかしてなんかないのだが、なぜかすごい剣幕で怒鳴られた。

「え? いや……」
「これがお姉さまのわけないでしょ! わたし、そんなことも分からないって思われてるの!? そんなの嫌だよ!」
「あ、うん。ごめん。よくわかんないけど、ごめん」

 ミシュリーにぷんすかと怒られてしまった。怖くはない。むしろかわいい。天使は怒る時までかわいいが、正直何で怒られたか分からない。
 ごめんなミシュリー。なぜか知らないけど本気で怒っているのは分かる。分かるんだけど……私にはこれが自分の髪の毛じゃないかどうかなんて判断がつかないんだ。
 いやほんとに。
 同じ色だし、髪質も一緒だ。しいて言えば私の髪にしては短いなと思うが、それで私の髪の毛じゃないと断言できる判断材料がない。

「でも、これ本当に私の髪の毛じゃないのか?」
「ぜんぜん違うもん! わたし、わかるから! 絶対にお姉さまの黒じゃないっ」
「そ、そうか」

 大体同じにしか見えないが、ミシュリーが私に嘘を吐くわけがないから本当なのだろう。ミシュリーにはその髪の毛が私の物でないという確信があるのだ。いまだによくわかんないけど、それは確かなのだ。何かミシュリーなりのこだわりがあるのだろう。
 なるほどこれが私の髪の毛でないと仮定しよう。
 それでもミシュリーの怒っている理由が分からない。
 髪の毛なんて、どう気を付けていたって付着するものだ。そんな些細な汚れで怒り出すほどミシュリーは狭量ではないはずだが……はて?

「それで、お姉さま。どういうことなの? この髪の毛は誰のなの?」
「え? たぶんレオンのだと思うけど」
「……レオン」

 今日会った人間で黒髪なのはレオンしかいない。一番確率の高い人物の名前を挙げると、ミシュリーが、ぴたりと固まる。
 レオンの名前を口で転がして、とっさに思い当る節がなかったのだろう。ことん、と首が斜めになった。

「レオン……?」

 困惑顔で復唱したのはミシュリーにレオンの名前が記憶されてないからに違いない。わかりやすく誰だっけという表情をしている。
 初対面の時ゴミ呼ばわりした私が言うのもおかしいかもしれないが、さすがにレオンがかわいそうになってきた。サファニアに忘れられミシュリーにも名前すら覚えてもらえていないともなると同情を覚える。

「ほら、あいつだよ。結構前に、うちの塀に登って落ちた平民だ。ミシュリーが治療をしてあげただろ? その後も建国祭で一緒になったりしたの、覚えてないか?」
「ああ……うん。思い出したよ。あの、髪の黒い……それと、目も黒い男の子!」

 正解だ。
 例え忘れていたとしてもちゃんと思い出したミシュリーを褒めるべく、ふわふわの金髪の頭にそっと手を置く。

「よく思い出したな、ミシュリー。偉い偉い」
「えへへ。わたし、偉い?」
「うんうん。偉いぞ。そして、何よりかわいいかわいい。ミシュリーはかわいいぞ!」
「えへへ。お姉さまは世界一カッコ――って、違うよ!」

 ごまかせなかった。
 ミシュリーからそっと視線を外す。いつものやり取りで流せないかなと思ったけど、さすがに無理だったようだ。いや、まあ、これでごまかそうだなんてほんのちょっとしか考えてなかったけど、うん。何でもない。

「お姉さま。目、そらすのはイヤだよ」
「うん。わかった」

 いまさっきの感情を読まれたら後ろめたい気持ちがばれてしまっただろうが、もう大丈夫だ。心の整理ついた。よし、と心の底で気合を入れてミシュリーと向き合う覚悟を決め視線を戻す。
 ミシュリーがじとぉっとした目を向けていた。

「レオンって、ずっと会ってなかったよね? なんでそんな男の子とお姉さまが会ってるの? お姉さま、今日はサファニアさんに会いに行ってるんじゃなかったの?」

 ぷっくり膨れたほっぺたは、わたしご機嫌ななめですと語っている。
 ふむふむ。ふっくらしてぷにぷにして柔らかそうなかわいいほっぺだ。指先で突っつきたい衝動に駆られたが、この状況で実行したらミシュリーもさすがに気を悪くするだろう。

「サファニアには会いに行ったぞ? 相変わらずひきこもりだった」
「そうなの?」
「ああ。レオンには、サファニアを外に連れ出すついでに会いに行っただけだよ」
「サファニアさんと?」
「ああ。初対面の割には打ち解けてたな、サファニアも。意外とあいつら相性がいいんじゃないかな」

 うずうずする指先をぐっとこらえる私をよそに、返答を聞いたミシュリーは腕を組んで考え事を始めた。

「そっか……なら、いっか。またシャルルみたいのが増えたわけじゃなさそうだし……」
「うん。レオンは教会で勉強してたな。マリーワが教師してたんだよな。なぜか無料で」

 私への教育は有料なのに、という思いは言葉には出さない。不公平だとは思ってはいるけど、別にマリーワのプライベートにまで口を出そうとは思わないし。

「あ。マリーワさんもいたんだ」
「どうする? もし会いたいんだったら、今度ミシュリーも連れていくぞ?」

 また暇な時にでも、サファニアを連れてレオンに会いに行こうとは思っていたのだ。
 レオンと初めて会った後のミシュリーはやけに嬉しそうだったのをよく覚えている。だからこその提案だったのだが、ミシュリーは特に未練もなさそうに首を横に振った。

「ううん。別にいいや。あんまり覚えてないし。せっかう仲良くできそうなら、サファニアさんを連れて行ってあげて?」
「そっかー。だよなー」

 頑張って生きろ、レオン。
 笑顔ではっきりそう言ったミシュリーの答えに安心しつつ、つくづく報われないレオンに心の中でエールを送っておいた。
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