挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ヒロインな妹、悪役令嬢な私 作者:佐藤真登

十一歳編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

65/123

61

 まだ勝負をしていないのに勝ち誇った顔をしている殿下が心底腹立たしいが、般若の面は何とか押し込める。くだらん挑発をあえて受け入れ笑ってみせるのが淑女のあり方だ。
 別にあれだ。勢いでうっかり勝負を受けてやると言い放ったとかではない。これは天才の私による計略の一環だから後悔とかしてない。
 言うまでもないことだが、ノワール家の息女として生まれ育った私は、いままで剣を握ったことなど一度もない。当たり前だ。だって私は淑女だ。剣で勝負する機会なんて一生訪れることはないと誰もが思っていた。たぶん千里眼を持っているだろうマリーワですらそう考えていたらしく、私に剣術のたしなみなんてない。
 けど、たぶん大丈夫だ。
 天才として生まれた私は、天運をも兼ね備えている。だから勝ち目が見えないような勝負であろうと平気だ。おそらく奇跡かなんかが起こって勝利を掴めるだろう。だって私、天才だし。

「何を勝ち誇っているんだ、エンド殿下」

 天才の私がエンド殿下に負けるわけない。根拠はなくとも確固たる自負と自信に支えられ、毅然と言い放つ。

「剣で勝負しようと、この私が殿下ごときに負けるはずがないだろう? 私は天才なんだぞ!」
「根拠のない強がりもそこまでいくと上等だな。まあ、野蛮人の気質のある貴様のことだ。どこぞで剣術の指南を受けていようと不思議ではない。それが自信の源か?」
「はっ」

 パーフェクト淑女を志す私に野蛮人の気質があるとか、何を訳の分からないことを言っているのか。目が節穴な殿下の見当違いを鼻で笑う。

「バカ言うなアホ殿下。私のこの滑らかな掌を見ろ。いままでティーカップより重いものなんて持ったことのない淑女の手だ」
「どう見ても本性が腕白な貴様が淑女など主張しているのは失笑ものだが……仮にそうだとしても、なぜ俺に勝てるなどという無謀な言葉が出てくる?」
「たぶん奇跡が起こる。殿下が勝負中にバナナの皮を踏んづけて滑って転ぶとか雷に打たれて死ぬとかして、私は勝利を掴むんだ。そうに決まっている」
「勝負事に幸運を持ち出してすがりはじめるとか、アホか貴様。第一この俺は運命にすら愛されている寵児だぞ? 未来の王たる俺に運命力で競うとは、暗愚としか言いようがないな」
「運命と友達とは、ますます殿下の品性下劣さが確定するな。ちょっとその友達殴りたいから紹介してくれないか? 前々からぶっ殺してやろうと思ってたんだけど、奴は逃げ隠れがうまくてな。あれか? 殿下を殴れば運命も殴れるのか?」
「あ゛?」
「あ゛ん?」

 言葉を交わすたびに敵愾心が高まっていく。最終的には私と殿下で、お互い敵意に満ちた視線をぶつけ合っていた。
 エンド殿下の青い目が『お前嫌い』と雄弁に語り掛けてくる。だが大丈夫だ安心しろ。私だってエンド殿下のことは嫌いだ。会う前の知識からして嫌いだったが、実際に会って分かった。
 エンド殿下とは、とことん気が合いそうもない。

「いいからそこで待っていろっ、クリスティーナ・ノワール! 今すぐ練兵場の使用許可を取って立会人を連れてくる。それまでせいぜい怯えて過ごすんだなっ!」
「はっ! 帰ってくんなボケ! 途中の廊下で暗殺されてしまえクソ殿下っ。それがこの国のためだ!」
「されてたまるかこのクソ淑女もどきがぁ! 後で絶対叩きのめしてくれる!」

 王家のものとも思えないほど口汚い言葉を生産した殿下がそのまま部屋を出ていく。もう賭けがどうこうとかシャルルへのコンプレックスがどうこう以前、私を打ち負かすことが目的となっていたよう気がする。
 まあ仕方ないだろう。

「……ふ」

 一人なった私は、にんまりと口角を持ち上げた。

「ふっふっふ」

 抑えようとにも抑えきれない笑い声が漏れて出る。だいぶ昔に封印した高笑いの衝動がこみ上げて来たが、さすがにそれは噛み殺した。
 実のところ、剣での勝負と言われた時点で私の勝利は揺るがぬものとなっていた。
 話術による誘導は私のオハコである。今回は挑発と煽りを駆使して殿下の思考を単純化させてこの流れを確定させた。さきほどまでは、あえて激昂したふりをしていたのだ。
 そう、演技だ。別に取り乱してなんかいないし、殿下の挑発にヒートアップして我を忘れたりなんてしていない。さっきまで危機的状況に混乱して醜態をさらしていたとかでは、断じてないのだ。
 殿下が部屋を出て行ったからだろう。外で控えていた王家の使用人が入ってきたので、笑いは引っ込めておく。事前に準備してあったのか、紅茶とお菓子も一緒だ。まるでこれまでできなかったことを取り戻すかのようにかいがいしいもてなしが展開される。
 振舞われたものに口をつけないなんていう無作法をするわけにもいかない。使用人が淹れてくれた紅茶を一口すする。

「……お?」

 舌を撫でる味と温度、鼻に抜けていく芳醇な香りにちょっとびっくりする。
 うちのよりクオリティが高い。この王宮に来てから良いことは一つもなかったけれども、これはおいしい。それを当然として誇ろうとしない使用人のつつましさもよろしい。さすが王宮だと使用人の出来の良さにも感心した。
 驚きを表に出さないように紅茶とお菓子を楽しみながらも、今後の展開を考える。
 殿下の提案通り、私が剣で打ち合えば敗北は必至だろう。だが、淑女には淑女の武器があり戦い方がある。たぶん生まれてこのかた友達がいなかったせいで貴族社会というものを全く理解しておらず礼儀作法などの慣習をおろそかにしている殿下は思い至らなかったようだが、私は勝利を確信していた。
 例え試合をすれば負けることが確定していようと、勝負に勝つことは確定しているのだ。
 殿下は単純な暴力の差で決着をつけようと画策した。それはある意味では正しい勝利の掴み方だ。人間として明らかに殿下を優越している私に、暴力という一面で挑んでくるのは効果的だ。相手の弱いところを付く戦法はシンプルな勝ち方であり、分かりやすく優劣が付けられる。
 だが、この世の中にはか弱さが武器になることもあるのだ。
 体面を慮る貴族社会ならばなおのこと。箱入りのお坊ちゃまであるためにそれを知らなかった殿下は自滅の道へと自分から歩み始めた。私はここでゆっくり殿下の破滅を待てばよいだけなのだ。
 そうしてゆったりとくつろいでいると、外の廊下が騒がしくなってきた。
 来客のようだ。使用人へと目配せをすると、非常に察しの良い王宮の彼女たちはそれだけですべてを了解して一礼。扉に近づいて取次を開始する。もう少しで平穏な時間も終わりそうなので、紅茶と茶菓子を集中して味わっておく。おいしいものに罪はないのだ。

「クリスティーナ様」
「構いません。入っていただいてください」

 来客の用件を聞いた使用人が内容を伝えてくる前に、入室の許可を出す。誰が来たのかは見当がついているのだ。黙礼をした使用人が扉を開けると、エンド殿下が一人の男性に引きずられるようにして入室してきた。

「失礼いたします」
「イグサ! 貴様っ、何をして――ぐが!?」

 何か発言しようとした殿下はお終いまで言い切ることができなかった。無理やり頭を押さえつけられ、発言を遮られる。
 ふっ。無様だ。
 粗雑な扱いを受けている殿下がいい気味だ。愉悦で上がりそうな口端を抑え、内心でほくそえむ。

「お初にお目にかかります、クリスティーナ・ノワール様。私はエンド殿下の剣術指南役を仰せつかっています、イグサと申します」

 イグサと名乗った男性の表情は微妙に青ざめていた。
 彼の心中は察するに余りある。状況から推察するに、エンド殿下は立会人に彼を選んだのだろう。自分の教え子が大貴族の子女に決闘もどきを申し込んだのだ。
 そりゃ青ざめもする。

「イグサ様、ですね。私のことはご存知のようですが、名乗りは必要でしょうか?」

 淑女の毛皮を装備済みの私は、イグサをにっこり笑って歓迎してやる。彼には同情するが、殿下の増長は教育が悪かったせいだ。教育係の一人として、その責任はとってもらいたい。

「いえ。才女と名高いクリスティーナ様のお噂はかねがね聞き及んでおります。……この度は殿下が何かを血迷ったようで、誠に申し訳ありませんでした。殿下も見ての通り、反省して――」
「おい、イグサ。こいつは無礼の塊のような奴だ。遠慮なく叩き潰していい粛清対象だから気など遣う必要はないぞ!」
「殿下はちょっと黙っててください……!」
「ぐぬっ!?」

 反省のはの字も見えない殿下の態度に、イグサが苦虫を噛み潰したような顔で再度殿下の頭を押さえつける。
 空気を読めない上に我が強い殿下はさぞかし扱いにくいことだろう。イグサの視線がこちらに向いていないことを確認した私は、無様に頭を押さえつけられている殿下を嘲笑する。
 ほれ見ろエンド殿下。
 私の、勝ちだ。

連載中の他作品

ゼロホルダーの英雄譚
無能と見捨てられた少年が勝ち上がるサクセスストーリー

嘘つき戦姫、迷宮をゆく
傲慢なご令嬢主人公リルが、コロという少女と出会って自分を見つめなおし、
己の誇りである縦ロールをドリルと回して迷宮を突き進む冒険熱血ストーリー。【書籍化】


ヒロインな妹書籍情報
書籍画像
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ