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ヒロインな妹、悪役令嬢な私 作者:佐藤真登

十一歳編

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 何事も限度というものはある。
 衝動的に迂闊な暴言を吐いてしまった私だが、はっきり言って後悔していない。マリーワに叱られたばかりだが、クソをクソと言っていけないことなどないのだ。不敬罪? 知るか。いつだかのシャルルとの初対面の時とは違い、明確に嫌悪感を持って発した言葉だ。淑女として以前に、クリスティーナ・ノワールとしてそれを取り下げることはしたくなかった。
 それに大丈夫だ。事前の人払いの結果、ありがたいことにこの部屋には私とエンド殿下の二人しかいない。私の声量では、よほど大声を上げない限り外には響かないだろう。つまりはここで私がどう振舞おうとも、大切に育て上げた体面は傷つかないのだ。
 ならば遠慮容赦は無用。あとは目を細めてこちらをにらみつけている殿下を黙らせればいいだけのことだ。天才の私にからすれば、簡単なことである。

「……貴様、いまなんと言った?」

 クソと言われたのはもしかしたら生まれて初めてなのか。少しの沈黙を挟んで出た声が一段低くなっていたが、もしかして威圧しているつもりだろうか。だとしたら失笑物だ。現世に出現した阿修羅ことマリーワに比べれば、ないも同然である。
 怒りをあらわにした殿下を、はっと鼻で笑い飛ばす。

「聞こえなかったのなら、もう一回言ってやろう」

 殿下の怒りなどそよと受け流した私は、尊大に足を組んで傲然とあごを引く。ただ私らしく正直に、心のうちをそのまま態度にしてエンド殿下を見下した。

「クソをクソと言って何が悪い? ああ、殿下のお耳は高貴にできているから低俗な言葉は耳に入らないのか? うらやましい聞き分け機能だな、素晴らしい。これで私は殿下のことを心置きなくクソ殿下と呼ぶことができるぞ。なにせ聞こえないんだから、わざわざ取り繕う必要もないしな」
「それが貴様の本性か。シャルルとお似合いの、品位が欠片も見当たらない性格をしているようだな。一瞬でも貴様が優秀だと勘違いしていた自分が恥ずかしい」
「それはどうも。殿下の審美眼にかなわないとは、とても喜ばしいな」

 くだらない嫌味をせせら笑う。
 第一形態は殿下のお気に召さなかったようだ。大変よろしい。万が一気に入られでもしたら、淑女第二形態を飛び越えて未知の第三形態に目覚めてしまったかもしれない。

「まあ、貴様の品性などどうでもいいことだ。一応、改めて聞くぞ。この俺の求婚受ける気は無いのだな?」
「当たり前だ。私の婚約者は、シャルルだ」

 それを破棄してこいつと結婚するくらいならば、舌を噛んで死ぬ。

「第一私はノワール家の一人娘だぞ? 私が王家に嫁いだら家のことはどうなる。まさか殿下がノワール家に嫁いでくれるわけでもないのだろう?」

 そんな事態は全力でお断りだが、非難の種にはなるのであえて話題にする。ノワール家の一人娘であり、唯一の正統な血筋の持ち主だ。その私が家を離れてよそへ行くなど、尋常な事態ではあり得ない。
 だが、クソ殿下とはいえさすがにその程度は考えていたらしい。

「貴様には妹がいるのだろう? 養子だそうだが、パーティーでシャルルから逃げ出した貴様の代役はできるぐらい優秀な妹が。シャルルとの婚約も含め、家のことはそちらに任せたらどうだ?」
「……ほう」

 シャルルのみならずミシュリーまでもを引き合いにしてくるとは、なるほど殿下は私の神経を逆なですることにかけては優秀だ。
 なにより、ここに来る前でのお父様の会話が脳裏によぎった。

「もしかして、例の噂を流したのは殿下か?」
「あの噂を聞いて貴様を呼んだのは確かだが、俺がわざわざあんな低俗な噂を流すわけがないだろう」

 低俗な頭をしている殿下にはぴったりだと思ったが、違うらしい。よく考えてみれば、本当の意味で『人を使う』ということができない殿下では、噂を利用しての外堀埋めなどできるはずもなかった。
 しかし、そうか。
 殿下の言葉に、いままで思い浮かばなかった可能性が追加される。
 いまの私のいる立ち位置に、ミシュリーを据え置く。ミシュリーの噂に関しては、そういう使い方もできるのだ。本来なら養子が公爵家の表看板に立つなどということは歓迎されないが、ミシュリーの血筋には『王家直系』という正統性がある。私の評判を最悪まで引き下げればミシュリーがいまの私の位置に座ることができるというのは、前世の知識にある物語『迷宮ディスティニー』が証明しているのだ。そういう可能性を鑑みて、お父様もより悪質だといったのだろう。
 まあその話はお父様に対処を任せるとして、いまは殿下だ。

「しかし噂といえば、そうだな。社交界では優秀で通っている貴様のことだ。いつもはボロを出さずに取り繕っているのだろうが、俺がここでの貴様の振る舞いを知らしめたらどうする? 噂好きの貴族どもはこぞって貴様を槍玉にあげるだろうなぁ」

 ほう。脅しに来たか。
 いたぶるように語尾を歪めているが、その手は悪手だ。

「自分で人払いをして内密な話にしようとしたのは殿下だろう? その内密の話を自分で広めるのか? なるほどなるほど。すごいなエンド殿下は。さすがの私でも予想外の蛮行だ。恥を知らないとはまさにこのことだな!」
「……あくまでこの俺に歯向かってくるとは、怖いもの知らずの女だな」
「怖いもの知らず? バカ言うな。私とて怖い物ぐらいは知っているぞ?」

 マリーワとかな。
 あいつ、世界で一番怖いぞ。

「だた、殿下をおそれる必要性は感じないだけだな。エンド殿下に比べれば、まだシャルルのほうが怖いくらいだ。シャルルはかわいいところもあるし、無自覚で私をおいつめてくれたこともあるが、エンド殿下。お前はダメだな」
「はっ。よりにもよってこの俺をおそるるに足らずと言い切るとはな。しかもあのシャルルと比べてくれるとは……それこそが無知の証明だとなぜ気がつかない。この国では、他の誰よりも上に立つ運命にいるのが俺だぞ?」
「殿下。一言話すたびに程度が知れているぞ? 廊下に飾られていた彫像のほうが、黙っている分まだ賢く見える。だから彫像を見習って黙ってろ」
「石像を見習って黙ったほうがいいのはきさまじゃないのか? 口だけは良く回るな。つくづく生意気な女だ」

 不意に殿下が立ち上がって近づいてくる。何をするつもりか、手をこちらにのばしてきた。
 叩き落としてやろうかどうか。仮にも相手が王族ということもあり、対応に一瞬迷ったのが間違いだった。
 殿下の手が、私のあごを掴んで持ち上げる。

「だが、そうだな。貴様とシャルルが親密なのは伝わってきた」

 ぞわりと湧き上がった嫌悪感に顔をゆがめる私に対し、殿下はありもしない未来を想像して唇を愉悦に歪ませる。

「貴様をシャルルから取り上げたら、奴は悔しがりそうだな」
「あ゛? 触んなカス」

 今度は躊躇なく、掴まれた手を振り払う。
 本当に性根が腐り始めてるな。特に言動の端々から滲み出るシャルルへのコンプレックスがひどい。自由に振る舞うシャルルの態度を煩わしく思う反面、シャルルの自由さに憧れているという二律背反が透けて見えるようだ。
 王族としての期待に応えつつもその抑圧から逃れられない自分と、王族なのに抑圧を嫌い気ままに生きている弟。
 『迷宮ディスティニー』の知識から、その辺りがコンプレックスの原因だとは知っているが同情は一切湧いて出ない。というか、こんな奴と根気良く付き合っていったミシュリーはやはり天使なのだろう。心が広すぎる。私の妹はやっぱり最高だ。
 ミシュリーの存在を胸に、なんとか精神の安定を保つ。そうしないと殿下をぶん殴ってしまいそうなのだ。それはまずい。なにがまずいって、顔面をなぐったら傷跡という確たる証拠が残ってしまうのがまずいのだ。

「強情だな。だが俺も、あのシャルルに目にもの見せてやれる機会を逃す気は無い。ならば、クリスティーナ・ノワール。俺と勝負をしないか?」
「勝負?」

 勝負事と聞いて、私の自尊心がぴくりと反応する。

「この流れで勝負というと、何かを賭けるのか?」
「ああ、そうだ。勝てば貴様の不遜な物言いは見逃してやろう。だが負ければ貴様は王妃となれ。シャルルとの婚約破棄を陛下とノワール公に嘆願しろ」
「ほほう」

 殿下の提案だが、現実的にいって簡単に進まない。私が嘆願したところで婚約が破棄されるかどうかは不明だし、もし破棄されてもその後にエンド殿下との婚約を結べるかといえば困難だろう。勝った時の条件にしたって、自分で人払いをした時点でこの部屋でのことは殿下の胸のうちで収めなければいけないことだ。
 だが、殿下が恥とプライドを捨てれば私の評判をひきおとすことはできなくもないだろう。それを思えば、保険程度の利点にはなる。
 それに、いま殿下は期限を切らなかった、
 つまりこの勝負に勝てば私は一生殿下に無礼な口をきいても許されるということだ。これから先ずっと、私が殿下の陰口を広めようと面と向かって罵ろうと、殿下はそれを全て見逃してくれるという約束だ。
 素晴らしい。実に素晴らしい。この上なく魅力的な申し出だ。殿下が期限のことまで自覚して発言したのかどうかは不明だが、王族とあろうものがまさか自分から言いだした約束事を翻したりはしないだろう。
 負けた時? ふっ。そんなこと、心配する必要性がない。

「よかろう、殿下。その勝負、受けてたってやろう!」

 この私、クリスティーナ・ノワールが勝負事で不覚を取るはずがないからな!
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