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ヒロインな妹、悪役令嬢な私 作者:佐藤真登

十一歳編

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 最近、自分の心が良くわからない。
 先日のシャルルとの予定がご破算になったのは単純な体調不良が原因だが、それを除いたって些細な事柄で心が乱れる。
 例えば使用人。大方はいつも通り業務を遂行しているが、オックスと逢える機会を失ったからか例のメイドは微妙に冷たい。話し相手にしてみても口調にやや険が残っている。そのまま会話を続けてみたら、さっさと結婚しろよと思い始めてしまって心がささくれだす。八つ当たりしそうになる自分が嫌になって、結局一人にしてくれと追い出してしまった。
 例えばお父様。特に大した理由はないけれどもなぜか無性にうっとうしく感じる。顔を合わせるのすらなんか嫌だ。そう。特に理由はないけど、食事の席で顔を合わせるのもなぜか敬遠したくなる。
 世の中思い通りにならないことばかりで、やたらと嫌なことが目に付く。今の私にとってこの世で確かなのはミシュリーのかわいらしさとマリーワの厳しさだけであって、残りは何もかもが不確かに思えてならない。
 前世の知識で言う思春期に突入した少女みたいな心の動きは何が原因なのだろうか。

「前々から思っていたのだけれどもね」

 そんな愚痴をこぼしてみたら、私の親友は非常に迷惑そうな顔をした。

「あなた、年々退化してないかしら?」
「してない」

 滑るような栗毛と、冷たいとび色の目を持つ友人の無根拠な難癖をきっぱりと否定する。私は常に進化を続けている。天才は退化などというものとは無縁なのだ。常日頃から好奇心と向上心に満ち満ちている私が退化なんてしているわけがない。

「そうかしら。出会った当初はもうちょっとだけましな頭をしていた気もするのだけれども気のせいかしら。会ってそうそうポエムチックな愚痴を聞かされた私の立場を考えて欲しいのだけれども、本当にクリスは退化していないの? それとももともと頭の中に植え付けられていた種が育って、とうとう頭の中がお花畑になっているだけなの?」
「うっさい。引きこもりのお前にそんなこと言われるいわれはないぞ」

 遠慮のない暴言がデフォルトになっている親友に、ムッとして言い返す。昔なら軽く受け流せたこの程度の暴言すら反応してしまったことを自覚してショックを受ける。

「うぅ、くそう……何だこの状態。どこかの誰かが私の優秀さをねたんで呪いでもかけてるんじゃないか……!?」
「それはないわ」

 がっくりとうなだれた私を、サファニアは冷やかな目つきで見下ろしていた。
 この親友が二年で変わったかと言えば、実はあんまり変化がない。二年経ってその顔つきは大人びた冷たさをましたが、相変わらずひきこもり気味で社交界にはいささかの興味も示さない。ここ最近は「将来は結婚しないで小説を書いて暮らす」とか言っている。何がとは言わないが末期である。前世の知識によると本当に結婚もしないで小説を書いて暮らしたという嘘みたいな人生を全うしたお姫様も実在するのでその夢が不可能とは言わないが、正直お勧めはしない。サファニアは長女と次女を見習ってちゃんと淑女になれと言いたい。

「あなたの頭の中にどんなお花が咲いているかはさておいて……つまりクリスは自分の心が思うようにいかないからどうにかしたいということね」

 だいぶざっくりした説明になったが大体合っている。
 こっくりと頷いた私を確認して、サファニアは唇を愉快そうに釣り上げた。

「まあ何とかしたい気持ちは分かるわ。だってあなた、シャルル殿下に会う日で逃げまくっているものね」
「に、逃げてないし!」

 座っていた椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上ってサファニアに詰め寄る。

「別に逃げてないからなっ。シャルルと顔を合わせたって私の心は平穏無事なんだから逃げる必要がそもそもないしな! 昨日だってちょっと熱が出ちゃったから仕方のないことだったんだ!」

 だから断じて逃げてなんかいない。シャルルと顔を合わせることを避けてい……違った。シャルルと会えなくなったのは毎回やむにやまれぬ事情があるからで、私が自分の意思で積極的に逃げたことなんて一度もない。

「顔を真っ赤にして裏返った声で言われても説得力皆無だけど……ふふふ。まあまあ楽しめたし、いいわ。追及はしないであげる」

 満足そうににんまりと笑ったサファニアの瞳には嗜虐の光が宿っている。時々ああいう目をするようになったのは、ここ二年でサファニアが得た一つの変化だ。顔をしかめる私を気にした風でもなく、サファニアはふむとアゴに指をあてて考え込む。

「でも呪い、呪いねぇ……うん、そうね。クリス。ここに一冊の教本があるわ」
「ほう」

 提案があると察して席についてみたが、教本と言って一冊の本を棚から抜き出してきたサファニアに既視感を覚える。前にも同じようなやりとりをした覚えがあるのは当然私の記憶違いではない。天才の私の記憶力はしっかりとしたものなのだ。

「サファニア。私が何度も同じ手で騙されると思ったら大間違いだぞ」

 二年前にちょうど同じようなことがあり、屈辱的な誇りの切り売りをしたのは忘れがたい思い出だ。公爵家の直系である私、クリスティーナ・ノワールが一時の誘惑に押し負けて自分より下位の貴族に大して膝を折ったなど、消し去りたい過去でしかない。
 とういうか、それ以上にあのあとに起こった事件のほうがダメージが大きい。娯楽小説が恋愛の手本になるだろうとそそのかされたあの時の私はだいぶどうかしていたのだ。サファニアの言うことを真に受けて娯楽小説を読み込み、あの本の主人公と似たようなことしようとした。サファニアの前で登場人物になりきる練習をして、それがうまくいくようになったら本番とばかりにシャルルと接そうとして、やらかした。
 そう。
 やらかした。
 内容はもう思い出したくもないから具体的な言及は避けるが、あれはたぶん前世の知識でいう『黒歴史』というものだった。あの時の私はなんであれがうまくいくと思っていたのだろう。思い出すだけで悶絶したくなる。しいて言えばあの時ミシュリーが顔を輝かせていたのが救いだ。あれ以来ますますシャルルと顔を合わせるのが恥ずかしくなって避けるように…………もとい、シャルルと会う機会に恵まれなくなったのだ。
 私にとっての二大羞恥事件を生み出した元凶がサファニアなのだから、自然と警戒も強くなる。

「あら失礼ね。そもそも騙そうだなんてしてないわよ。タイトルをよく見なさい」
「タイトルだと? 今度は何を……って」

 警戒心をあらわにしたままサファニアから本を受け取ってすぐに気が付く。これはもう私も既読の本だった。というか、私に限らずその本はこの国の識字層のほぼすべてが一度は読んだことがあるだろうものだ。

「童話?」
「そうよ」

 子供などが文字を覚えるためにと作り出された絵本。読書の導入に使われるものだった。
 なんでこんなものを差し出しのか。たぶん嫌がらせかからかう目的だとは予想できるのだが、その真意が分からない。

「この絵本をどうしよっていうんだ?」
「そんなに警戒しないでちょうだい。これは呪いをかけられた令嬢が王子様のキスによって助けられて、めでたしめでたしという内容だということは知っているかしら」
「知っている」

 まだ幼児の時期に読んだものだが、天才の私はしっかり内容を覚えている。

「こう言った内容の童話は、実はこの国独自のものではなく世界的に散見されるわ。キスによって呪いが解けるというのは世界の共通理念の一つだということね」
「……つまり、どういうことだ?」

 その時点で私がサファニアの思考を読めたのは、まさしく凡人と天才の差によるものだろう。
 あまりに安易で浅はかな誘導をしようとしているサファニアの真意を察してジト目になった私に対し、サファニアは論を得たりと大きく頷いて

「つまりはまるで呪いでもかけられているんじゃないかっていうクリスの状態は、あなたがシャルル殿下にキスでもしたら万事解決……ちょっと、クリス。いきなり何かしら? 私のこめかみに手の平の硬い部分を置いたりして。まさか暴力行為なんかで私が屈するとでもいたたたた!」

 強気なことを言っていたので遠慮なくマリーワから伝授したこめかみぐりぐりをくらわせてやる。日々マリーワに踏みつけられている私と違い、サファニアなんてしょせん温室育ちのもやし令嬢だ。痛みに耐性があるわけもなく、あっという間に悲鳴を上げた。

「なあサファニア。まさか、まさかとは思うがお前は私が今の言葉にそそのかされてバカ正直にシャルルにキスしに行くようなバカだと思われてるか? まさかそんなことは思ってないよな。ん?」
「だってあなた二年前には同じような理屈を真に受けて小説の登場人物になりきって私を楽しませてくれいったぁ!? く、クリスッ。確かにからかったのは悪かったからやめなさいだだだだだだぁ!」

 涙目のサファニアが久しぶりに素直になって謝ってきたが、二年前の分も考えるまったく気が済まない。
 手の平でサファニアの頭をえぐっていた力をいったん緩め、にっこりと笑う。

「二年前はひっかかった罠を今日見抜いたということは、やっぱり私は経験を糧に進化し続けている天才ということだ。それが知れただけでも今日はよかったよ」
「そ、そうね。クリスは天才よ。だから今日はその収穫を持って帰――」
「そうだな。私は天才だ。さて、サファニア。見解が一致したところで……今度はグーでこめかみをぐりぐりしてやるから覚悟を決めろ」
「ひっ」

 痛みを知ったサファニアが露骨に怯えて後ずさる。
 もちろん逃がす気はない。サファニアが引いた距離に一歩足した分だけ近づく。

「ご、ごめんなさい。もうやめてっ。私が悪かったから……だから、もういたいのやだぁ!!」
「サファニア。お前の気持ちはよぉくわかる。そうだよな。痛いのは嫌だよな。うん。わかる。私だって嫌だし、その気持ちは馬にムチをいれたくなくなるぐらい身に染みて理解してる。だけどな、だからこそ親友としてひとつ忠告したいんだ」

 いやいやと首を横に振るサファニアに、私は優しい笑顔のまま彼女の側頭部にそっと手を置く。
 もちろん拳の形で、関節の一番硬い部分が両脇からこめかみの上を当たるような位置で、しっかりとサファニアの頭を固定するように。
 そして、ぐりっと手首をひねると同時に一言。

「ちょっとは人の痛みを思い知れ」
「――ッ!!」

 カリブラコア家三女の私室。
 ごく限られた貴人と屋敷の使用人しか立ち入ることができないその場所で、悲痛な叫び声が響いた。
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