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ヒロインな妹、悪役令嬢な私 作者:佐藤真登

七歳編

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 こんこん、と小さなノックの音が聞こえた。
 叩いている拳がとってもかわいらしいと確信できる音を響かせたのは、屋敷にある私の自室のドアだった。

「おねーさま。もぉーいーかい?」
「ま、まだだっ。ちょっと待ってくれミシュリー!」

 扉の外からの催促に、まだ準備が整っていない私はちょっと慌てる。待ってくれているミシュリーには悪いが、もうちょっとだけ時間がかかるのだ。
 視線だけで周りにいる使用人たちを急かすと、察しのいい彼女たちは無言でこくりと頷き手を早めてくれた。

「えー。わたし、もうおわったよ」
「う」

 唇を小鳥のようにとがらせいるだろうミシュリーにちょっとだけ罪悪感が湧く。時間の有限さを知っているからこそ、愛する妹を待たせることに罪の意識があるのだ。
 けれども、まだドアを開けるわけにはいかない。
 スピードアップはなされたが、どのみち多少の時間がかかることは変わらない。何より丁寧さが重視視される作業だから、これ以上手伝ってくれている使用人を急かすこともできないのだ。何より私自身が完璧に整えてミシュリーを迎えたいと思っている。

「ご、ごめんな、ミシュリー。もうちょっと、もうちょっとだけだから……ほら。お楽しみは待った時間に応じて大きくなるんだぞ?」
「……そうなの?」
「もちろんだ!」

 期待度が大きくなった分だけ待たせた相手を喜ばせるのは難しくなるが、今回に限って言えば絶対にミシュリーの期待に応えられる確信がある。それに楽しみを待っているのはミシュリーだけではない。私だって、早くミシュリーと対面して姉妹で喜びを分かち合いたいと思っているのだ。

「私がミシュリーに嘘を吐くはずがないだろう? 待った分だけ喜びは大きくなる。もうちょっとだけ待って、その後の時間を一緒に楽しもう、ミシュリー」
「うーん……わかった! まってる!」

 いい子だ。
 弾んだ返答に、期待できらきら青い目を輝かせているミシュリーを幻視して私は思わず相好を崩した。
 扉が一枚あろうが、私たち姉妹の絆を揺るがすことはできない。改めて私とミシュリーのつながりを感じていると、扉の外で待っているもう一人が声をかけてきた。

「だがミシュリーの言う通りずいぶん時間がかかるっているな。クリスティーナ。家族なんだし、少しくらい整ってなくても別に構わないだろう? もう入ってしまってはいけないか?」
「やめろお父様。ミシュリーならともかく、もし再度お父様が催促を繰り返したら屋敷のメイドたち全員へと『お父様が着替えを無理やりのぞいた!』と渾身の演技で泣きついた挙句、ミシュリーと一緒にお父様のこと嫌いになってやる」

 きっぱりと断り脅し文句を混ぜてみたら、扉一枚向こう側で動揺する気配があった。

「お、おいクリスティーナ。じょ、冗談だよな。まさか本気で父を脅してるわけでは――まして本当に父のことを嫌いになるわけ……クリスティーナ? どうして黙っているんだい、クリスティーナ!?」

 思った以上の効果が少し意外だったが、もちろん冗談だ。
 その証拠に私の着付けをしてくれているメイドたちはみんな笑いをこらえるのに必死になっている。公爵家当主ともあろうものが、実の娘に脅されて手玉にされているのがおかしいのだろう。それでも薄壁一枚隔てて笑いの種たる当主様がいるものだから、あからさまに声を上げて笑うわけにはいかず、みんな四苦八苦して笑いをかみ殺している。
 そんなこととはつゆとも知らず、私の返答を得ていないお父様の動揺は抜けきらない。

「クリスティーナ! さっきのは確かにデリカシーがなかったなっ。そうだ。何か欲しいものはないか? せっかくだから着ている物に合わせた飾り物を――」
「おとうさま、どうしたの? うるさいとめーわくだよ?」

 動揺が抜けきらないどころか、明らかに増していた。まだ五歳のミシュリーに注意されるとは、さすがにあんまりだ。
 やれやれと苦笑を漏らしながらお父様の動揺を収めようとして、思い直す。せっかくだ。ミシュリーになだめられているお父様を捨て置いて、笑いの波に打たれて肩を震わせているメイドたちにお茶目なウィンクをしてみる。

「……ぶふっ」
「くっ、ふ、ふふ……!」

 二名ほど、笑いに陥落して噴出した。残りの一人は、さっと顔を背けて口を押えることで耐え抜いたようだ。
 三名中、二名を撃ち落し。残り一名も半死半生だ。
 うむ、満足である。そして準備も終わった。

「お父様。もちろん冗談だから落ち着いてくれ。それと、入ってきてくれていいぞ」

 メイド三人の笑いが収まったのを見計らって入室を促す。気の利く我が屋敷自慢の使用人たちは、そっと私の傍から離れ、壁際に立って控えた。

「そ、そうか。入るぞ」
「やっとだー!」

 ほっとしたお父様の声と無邪気なミシュリーの声に押されて扉が開いた。

「ようこそおいでませ、親愛なるお父様とミシュリー」

 私は、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、両手でドレススカートの端をつまんで軽く持ち上げる。そうしてそのまま腰を曲げ、頭を深々と下げて二人を迎え入れた。

「ほう」
「わあっ」

 完璧なカーテシーをこなした私に、お父様が感嘆の息を漏らしてミシュリーは素直な歓声を上げる。
 この時点で上々な反応だが、このままよくいるご令嬢らしくしているなど私の沽券に係わる。カーテシーから顔をあげて、表情を一転。ここは私らしくにやりと不敵に笑って、つまんでいたドレスをめくれない程度にばさりと翻して堂々と胸を張る。

「どうだ! このドレス、とてつもなく似合ってるだろう!」

 赤を基調としたパーティー用のドレスの姿を自信満々でさらけ出す。ほぼ赤一色だが、スカートの端から首元へ向かって徐々に鮮烈な色へと向かっている。ところどころにアクセントとなるような飾りつけもなされており、服飾屋渾身の一作だ。
 何を隠そう私が参加する舞踏会で着用するドレスのお披露目が、まさしく今なのだ。

「おねーさまカッコいい!」
「そうだろう、そうだろう。ふ、ふふっ、ふふふ!」

 おめかしした姿を最愛の妹に褒められて、喜びが笑いとなってこみあげてきた。
 そのままいつも通り、腰を手に当て仁王立ちになる。お嬢様の外面を脱いで捨てた私の態度にお父様はちょっと微妙そうな顔をしているが、家族なら多少は整っていなくともいいと言ったのはお父様自身だ。ついでに今日は礼儀作法の授業はないのでマリーワもいない。
 だからここで私が高笑いするのは、なんら問題があることではない。

「ふっふっふ、ふわぁーっはっはっはっは!」
「ねえねえ、おねーさま」

 喜びの高笑いをあげる私の裾を、天使の手がくいっと引っ張った。

「わたしは? わたしのドレス、どう?」
「すっごくかわいい!」

 かわいらしく聞いてきたミシュリーを端的に全力でほめ立ててぎゅうっと抱きしめる。
 いまドレスを着て正装しているのは私だけではない。ミシュリーもだ。私のドレスを作ると一緒に、ミシュリーのものも作ったのだ。
 白を基調としてフリルとリボンがふんだんにあしらわれているドレスは、ミシュリーのかわいらしさを存分に表現できている。ミシュリーがちょっと動くごとにドレスがふわりと揺れ動く様子はまさに天使だ。あの服飾屋はとてもいい仕事をした。

「かわいい、可愛い、カワイイ、かーわーいーいー! ミシュリーはほんっとにかわいいぞ! 世界一のかわいさだ!」
「え、えへへ。おねーさまもすごくきれー! せかいいちカッコいい!」

 お互いにドレス姿を褒め合って喜びを分かち合う。私たちにはそれぞれの良さがあって、褒めるところは尽きない。相性はばっちりなのだ。
 しばらく至福の時を堪能した私は、抱きしめていたミシュリーを解放してほほ笑んだ。

「ふふっ。ミシュリー。今度の舞踏会は、私たち姉妹の魅力で全員を籠絡してくれような!」
「……ぶとーかい?」

 私の提案に、ミシュリーが語尾に疑問符をくっつけた。

「ぶとーかいって、なに?」
「……ん?」

 妹の質問に、目を瞬かせる。
 舞踏会の日までもう一週間を切っている。だというのにミシュリーがそれを知らないとはどういうことだろう。
 はてなと首をかしげている私に、お父様が声をかけて来た。

「クリスティーナ」
「なんだ、お父様」
「ミシュリーは、今度の王宮の舞踏会には参加しないぞ」
「……え?」

 思いもよらぬ話を聞いて、きょとんとした声を出してしまう。
 天才たる私らしくもなく、お父様の言葉をすぐに理解できなかった。徐々にさっきの言葉が脳にしみこんでいき、浸透し、リフレインして、ようやっとミシュリーが王宮の舞踏会に参加しないということを理解した。
 その瞬間、頭に膨大な熱が上ってぱんっと弾けた。

「ミシュリーが参加しないってどういうことだごらぁ!」
「実の父親に掴みかかってくるのがどういうことだクリスティーナ!? トワネット女史に言いつけるぞ!?」
「そんな脅しに私が屈するとでも思ったら大間違いだぞ、お父様! でもできればやめてくださいませお父様ぁ!」

 感情任せにつかみかかった私と、それに狼狽するお父様。そこからミシュリーが参加するしないの議論を初めること数時間。
 結局お父様を論破できなかった私は、断固として抗議するために立てこもりを始めた。
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