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ヒロインな妹、悪役令嬢な私 作者:佐藤真登

九歳編

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 サファニア・カリブラコアは困惑していた。
 友人が来た。それは別にいい。いつものことだ。予定のない訪問も先触れも出さない来訪もいつも通りだ。
 だが、その友人の様子がおかしい。
 いつもなら来訪するなりサファニアの本を取り上げてボードゲームの勝負を挑むのだが、なぜか今日来たクリスティーナは寝室に入って行って「あー!」だとか「うー!」だとかうめき声をあげてベッドに突っ伏している。
 読書を邪魔されないことは結構なことだが、あれは何をしているのだろうとサファニアが疑問に思うのは当然だ。
 結局何をするでもなくサファニアはそのまま本を読み終わってしまった。クリスがボードゲームに興じようとする気配もない。ずっと寝室でばたばたとしている。
 仕方ないのでサファニアは寝室にいるクリスティーナの様子を確認する。

「クリス。今日は何をしに来たのよ。そもそもシャルル殿下がノワール家を来訪する日じゃなかったかしら。いいの、ここにいて」
「いいんだ。シャルルに会うのは恥ずかしいから無理……」

 何を言っているのだろうか、こいつは。
 王族との面会は恥ずかしいから会うのが無理とかそういう問題ではないことぐらいは引きこもり気味のサファニアだって知っている。
 サファニアは自分のベットを勝手に占領してうつぶせになっているクリスティーナをまじまじと見つめる。背中を向けているため読み取れる情報は少ない。背中から読み取れるものなんて何もないし、せいぜいが首筋まで赤くなっていることことぐらいしか分からない。

「なんで昨日わたしあんなことして……恥ずかしい……もうシャルルの顔見れない……死にたい……」

 うめくようにしてぶつぶつと意味不明なことを言うクリスティーナを扱いかねたサファニアは一つため息。もうとりあえず放っておいて次の本を読もうと踵を返す。
 そこで、ふと思い当ることがあった。
 さっき読み終わった本。騎士と姫君の身分違いの恋を描いたラブロマンスの物語で、ちょうど今のクリスと同じような奇行をしているシチュエーションがあった気がする。
 確か、とそのシーンを思い出す。お姫様と腹心のメイドとの会話だ。

『姫様。差し出がましいようですが、どうして近衛のアレンを辺境へ左遷させることに? この間、彼が好きだって自覚して大騒ぎを起こしてたじゃないですか』
『だって……だって恥ずかしいんだもの!』
『……は?』
『彼、近衛としてわたくしの警護をしているのよ? それで毎日顔を合わせるなんて……恥ずかしくって耐えきれないわ!』
『恥ずかしいからって左遷させてどうするんですか!? 二度と会えなくなりますよ!?』
『……あ』
『あ、って。なにも考えないで勢いのままでやっちゃったんですね姫様! わかりました! すぐに撤回の手配しますから!』

 スケールがだいぶ違う気がするが、だいたい同じ状況だと思う。
 そのシーンのお姫様とクリスを照らし合わせたサファニアは、ぽつりと今のクリスの病名を言い当てる。

「……恋の病?」

 ベットに突っ伏していたクリスが、びくぅっと跳ね上がった。

「な、なななななななななな」

 何を言ってるかは分からないが、何を言いたいかはだいたいわかる。
 飛び上がって真っ赤になった顔でこちらを向いたクリスを、サファニアはとび色の瞳で見返す。

「なんでわかったか、と言いたいのね」
「!」

 まだうまく言葉が出せない状況らしい。クリスは無言のまま、それでも懸命に首を縦に動かしてこくこくと小刻みに頷く。
 そのクリスの鼻先に、一冊の本を突き付けてやる。

「なんでも何もないわ。クリス。あなたの今の状態とそれに対する処方のひとつが、この本にすべて書いてあるわ」
「なんだと!?」

 クリスの黒曜石のような瞳が驚愕に見開かれる。

「な、なんだその本は!? 今の私への治療方法が書かれてるなんて……いったいどんな高名な学者が書いた医学書だというんだ!?」
「これはあなたがくだらないと断言して、読めば頭が悪くなるとまで卑下したものよ」

 冷ややかなサファニアの声に、ひくっとクリスティーナ顔が引きつった。

「……え?」
「え、じゃないわ、クリス。これはあなたがその昔、役に立たないと断じて害悪であるとまで評した書物、娯楽小説よ」
「フィクションが何の役に立つんだよ!」

 吠えるように叫んだクリスをサファニアは凍り付くようなとび色の瞳で見下ろす。
 過去にこのたぐいの本を取り上げられて、挙句にすっ転ばされたことは良く覚えており、もちろんサファニアはそのことを根に持っていた。

「フィクションとはいえこれは人の心を描いたものよ。想像かもしれないけれども、その人の心は多くの人々の心を打ち共感に導いたわ。それはつまりリアリティーがあるということで、フィクションが現実に伍する可能性があるということを示しているわ。事実、この小説の恋する主人公といま恋してるあなたとで共通する行動をとっているもの」
「な、なに……!?」

 サファニアが突き付けた事実にクリスはうろたえる。そんなまさか、と思う反面でサファニアがいまのクリスの状態を言い当てたのも確かなのだ。その二つの出来事に挟まれたクリスは自分の考えが崩された狼狽と、娯楽小説への興味が隠せなくなっている。
 それを見て取ったサファニアは薄く冷笑した。

「クリス。あなた、これを読みたい?」
「うぐっ。えっと、その……よ、読みたい、です」
「そう」

 サファニアは悠然と頷く。表面上の顔は冷たく凍り付くような温度だが、それとは裏腹に心は高揚して満たされていた。
 どうしよう。
 クリスの優位に立って見下ろすのが、なんだかとても楽しい。この友人の困り顔を見ると、弱気になっているところを見るともっともっと突き落としたくなってくる。その場面を想像するだけで、背中がぞくぞくする。

「まったくクリスはしょうがないわね。自分でバカにして、よく知りもしないくせに推測だけで貶めて、だというのに自分のためになるとなれば縋り付くのね。卑しいわ。公爵令嬢という高貴な身分にあるまじき卑しさだわ。ねえクリス。そう思わないかしら?」
「うぅ……」

 自分の過去の言動を後悔しているのだろう。好き放題言われても言い返さず、普通にへこんでいる。
 そんなクリスに対して、圧倒的優位に立ったサファニアは背徳的な陶酔感に酔いながらも一言。

「そんなクリスに大切なこの本を貸すなんて……そうね。貸してくださいサファニア様、くらいは言いなさい」
「何様のつもりだお前!?」

 とうとうクリスも我慢の限界を超えた。
 ベッドから飛びあがりいきり立って反論する。

「この私、クリスティーナ・ノワールがそこまでプライドを捨てられるわけないだろう! いいよもう! そんな娯楽小説なんかに頼るものか!!」
「そう。ならば自分でも買うことはしない、と。まあそうよね。あれだけバカにしていた娯楽小説をお父様に頼んで買うなんて恥知らずな真似はできないわよね、誇り高いクリスには」
「当たり前だろ! いいかサファニアっ。小説なんていうものは、しょせんは現実の二次的な副産物に過ぎないんだ。つまり小説は事実を元にしたもので、現実を薄めて恣意的な解釈と妄想を混ぜ合わせたものでしかないんだ。私はそんなフィクションより実体験を直接聞くっ。そうだよ! マリーワに聞くからいいよ、この性悪!」
「……ミス・トワネットは未婚でしょう?」
「そうだったよくそうっ!」

 痛恨の叫び声がカリブラコア家の一室で響いた。四十近くなっても独身貴族をやっているマリーワに恋愛経験なんてあるわけなかった。そう思い、クリスは悔恨の念に囚われる。
 心地よく響く悲鳴を耳に、サファニアはチュシャ猫のような笑みを浮かべる。

「……で、どうするのかしら、クリス? 確かに小説は現実の二次的産物かもしれないけれども、現実を元にしているのだから事実に沿う要素も多いと思わない?」
「ぐ、うぅ」

 マリーワの実体験を聞くのは不可能。ないものはないのだ。残念ながら素をさらしている友人はサファニア一人で、脅迫の張本人。親に頼って娯楽小説を手に入れるのも、論外だ。父親に弱みを見せる用でクリスのプライドが許さない。
 部屋には、悔しそうにうなるクリスとその鼻先に本を差し出して悪魔の微笑みを浮かべるサファニアの二人きり。

「クリス。言ったら楽になるわよ?」
「うぐぐぐっ……!」

 誇り高き公爵令嬢、クリスティーナ・ノワールが恋のために誇りをちょっぴり売り払うまで、あともう少し。
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