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ヒロインな妹、悪役令嬢な私 作者:佐藤真登

九歳編

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ここから四話か五話は三人称になります
 シャルル・エドワルドは上機嫌だった。
 自然と鼻歌を奏で、歩みは悠々と弾み、顔には笑顔が咲き乱れている。いつになく上々の気分の理由は語るまでもない。先日、婚約者とのやりとりだ。ここ数日常時機嫌のいいシャルルに、世話役のオックスはいっそ気味悪そうに遠巻きにしていた。
 そうして訪れた今日は、ノワール邸に訪問する日だ。機嫌の良さをさらに膨らませたシャルルは、オックスを引き連れて大好きな婚約者が待っているはずの部屋の扉を開けた。

「クリス!」

 大好きな婚約者の名前を呼んだら、お皿が飛んできた。
 食器として作製されたそれは投擲に使うものでは断じてなく、陶器でできているため硬度と裏腹に柔軟性に乏しくすぐ割れる。とっさにそれをかわせたのは奇跡に等しい。シャルルの後ろにいたオックスにぶつかり、彼をうめかせてから床に落ちて砕けた。

「……外した」

 ぽつりとそう言ったのは、いまシャルルに向かってお皿を投げつけて来た犯人だ。見かけは大変小さくてかわいらしい。ちんまりとした体躯は庇護欲をそそり、金色のふわふわの髪の毛はくしゃくしゃと撫でまわしたくなるような柔らかさを連想させる。そんなかわいらしい要素を持っているお姫様のような女の子は、敵意を通り越した殺意で青い目をぎらぎらさせていた。
 期待外れの人物の出迎えに、自然とシャルルの目も尖る。

「……ミシュリー? 何してるの? クリスは?」
「それはこっちのセリフ」

 不倶戴天の二人は、ばちりと視線をぶつけ合う。
 ミシュリーは言うに及ばず、シャルルも先ほどまでの上機嫌がなかったかのように不機嫌を身にまとう。あっという間に険悪な雰囲気になった空間に、唯一の大人のオックスはどうしようとあたふたしているだけだった。こればかりはオックスでなくても収めることはできないだろう。唯一この場を収められるとしたらクリスティーナぐらいなものだが、これは彼女がここにいないからこそ発生した修羅場だ。

「シャルル。お姉さまになにしたの……?」

 そのかわいらしい口からどうやって出しているのか、地獄の底からはい出たかのような声での問いかけ。なぜこんなかわいらしい子供の口が地獄の淵になっているのか。尋常ならざる事態に常人なら怯えるところだが、シャルルはミシュリーがこの部屋にいる理由を察してにんまりと口の端を持ち上げた。

「教えてあーげない」

 第二射が来た。
 たぶん調理場から拝借してきたのだろう皿が宙を滑ってシャルルに迫る。ミシュリーが事前に用意して手近なテーブルに積んであった皿を一枚手に取って投擲してきたのだ。半ば予想していたシャルルはさっと身をかわす。

「やっぱりシャルル嫌い! もうどっか行ってよ! 帰って! もう二度とうちにこないで! お姉さまに近づかないで!!」
「嫌いはこっちの台詞だし! ていうかクリスはどうしたのさ!」
「シャルルなんかに教えるわけないじゃないバーカ! お姉さまに愛想つかされたんじゃないの!」
「はぁ!?」

 遠慮なく投げられる食器は避けて通したが最後の言葉は聞き捨てならない。シャルルのこめかみがびきりとひきつる。

「は、はは、あはは。……ミシュリーこそいい加減クリスの前で猫かぶるのやめたら? いい子のふりしてるだけだとそのうちミシュリーこそクリスに愛想つかされるよ? クリス、素直なのが好きなんだって。僕のこと好きなんだって!」
「シャルルってバカなの? 死ぬの? わたし別にネコなんて被ってないよ? お姉さまが大好きだから自然に甘えてるだけだもん。ていうかシャルルこそお姉さまはやさしいから王家の一員のシャルルにそう言ってあげてるだけだってなんで気が付かないの? バカなんだ。シャルルやっぱりバカなんだ!」
「そんなことないよーだ! だってクリス、おでこにチューしてくれたし!」
「はぁあああああああ!?」

 金髪碧眼の天使と見まがうようなかわいらしい子供二人が口汚くののしり合って感情をぶつけ合う。特にミシュリーは、もはやその金髪が逆立っていないのが不思議なほどの怒りようだ。

「それで、それでお姉さまあんな状態に……!」
「ねえミシュリー。ねえねえいまどんな気持ち? うらやましい? うらやましくて歯ぎしりしてる?」
「は? 別に? わたしお姉さまとおはようとおやすみでほっぺのチューをいつもしてるもん! あいさつみたいなものだもん!」
「でも僕とクリス、両思いだよ。姉妹の縁しか縋り付くものがないどっかの誰かさんと違って、ちゃんと一対一で頑張って両思いになったんだよ!」
「言ってれば!? お姉さまの一番、わたしだもん! ずっとそうだもん! お姉さま約束してくれたもん!」
「何もしないでいつまでも一番でいられると思ってるの? 僕、すぐにクリスの一番になるから! ミシュリーがその時どうするか見ものだね。べー、っだ!」
「――っ!!」

 ミシュリーの怒声はもはや声にもなっていない。完全にぷっちんしたミシュリーが今度は直接胸ぐらを掴みにかかって来た。負けじとシャルルもミシュリーの頬を思いっきりつねる。仲裁するクリスはおらず、事態はますます混迷の一途をたどっていく。
 オックスは自分よりはるかに幼く、同時に身分の上では格上の二人のアホらしいケンカにどう入るべきか判断が付かない。大貴族の養女と王家の三男がここまで低レベルの争いを繰り広げるだなんて予想外だ。半ば呆然としていたオックスの肩を、ぽんと叩く手があった。

「……」

 ノワール公だった。
 おそらく騒ぎを聞きつけて、使用人が助けを求めたのだろう。もしやこの場を仲裁してくれるのか。救いの主が現れたと安堵したが、ノワール公は無言のままくいっと杯をあおる仕草をした。
 何も見なかったことにして飲もう。
 ノワール公はそう言っていた。

「え」

 それ、大人としてどうなの? そう思い、疑問の声が漏れたがノワール公は無言で首を横に振りケンカ中の子供二人を指さした。

「えぐる……絶対そのおでこスプーンでえぐるから!」
「じゃあ僕はこのほっぺた引きちぎる! そうすればミシュリーも少しは静かになるんじゃない!?」

 スプーンを凶器にし始めた令嬢と、そのご令嬢の頬を餅みたいに伸ばし始めた主人を見てオックスは事態の収拾を諦めた。
 怪我をしないようにと割れた食器の始末だけはとノワール公が使用人のメイドに指示したのを確認。それを片付ければ子供に大きな怪我をさせるようなものもないし、あとはミシュリーとシャルルの好きにさせろと言うことだろう。
 自分の思い人でもあるノワール家の使用人がその指示をこなし始めたのを見てオックスはうなだれるように頷き、先導するノワール公について歩く。
 たぶん、ノワール公と飲んでいるうちにケンカも終わるだろう。その希望的観測が現実になるかどうかはさておき、祈るだけならタダではあるのだ。
 そうして現実逃避をやりきる前に、ほんの少しだけ恨めしく思う。
 クリスティーナ嬢が予定通り待っててくれればこんな騒ぎも起こらなかったのに、いま彼女は何をしているのだろう、と。

連載中の他作品

ゼロホルダーの英雄譚
無能と見捨てられた少年が勝ち上がるサクセスストーリー

嘘つき戦姫、迷宮をゆく
傲慢なご令嬢主人公リルが、コロという少女と出会って自分を見つめなおし、
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ヒロインな妹書籍情報
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