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ヒロインな妹、悪役令嬢な私 作者:佐藤真登

九歳編

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 女性が結婚するということは、家に納まるということに等しい。
 家を取り仕切ることが仕事ということになり、社会への進出など夢のまた夢に終わる。そのままでは女性は女性だけのごく狭い社会性しか構築できず、この国の男尊女卑の風潮を覆すことはできない。女性が女性として自立し社会性を得るためには結婚以外にも各業界に幅広く就労の門戸が開かれるべきであって、マリーワはその先駆者として独身女性の生きる道を体現しているのだという。

「そうかそうかマリーワ」

 とうとうとそんなことを語られた私は、ふむと頷いた。
 正直言うと私自身には関係のない話だ。もう二年も前にシャルルという婚約者を得ているし、私が結婚しないと歴史あるノワール家の血脈が途絶える。だからマリーワの語る『女性は結婚しなくてもやっていける理論』を私が実践する必要性など皆無で、むしろ害悪のある教えだ。
 だからそれは私には直接関係しない。それに間違いないのだが……

「つまりその理論を実践すれば、ミシュリーは別に結婚なんてしなくてもいいということだな?」
「そこに気が付くとはさすがはお嬢様。おっしゃる通りです」
「ようし分かった! ならばノワール公爵家の一児として、その理論をまずは貴族の社会に浸透させることに注力して――」
「洗脳されてるぞお前!?」
「――はっ!」

 レオンに肩をゆすぶられて我に返る。

「レオン……?」
「おお、そうだっ。レオン・ナルドだ。大丈夫かクリスティーナ」
「あ、当たり前だろう。お前に心配されるほど私は落ちぶれてない……というか、別に心配させるようなことをしていた覚えは――」
「いやだってお前、マリーワさんの話を聞いてるうちにどんどん様子がおかしくなって、しまいには完全に目がどっか別の世界に行ってたぞ?」
「そ、そんな、バカな。天才の私がそんなわけ……いや。わ、私はいまさっき何を言っていた……?」

 自分の発言を思い返して、冷汗が流れる。つい先日妹離れを宣言したこの私としたことが、ついついミシュリーを嫁にやらなくてもいいという都合の良い理論を提示されて飛びつきそうになっていた。
 いや、餌をぶら下げられていたのは事実だが、それにしたっておかしくはないだろうか。
 あまりに先鋭的なマリーワの理論が広まり周知されれば、おそらく労働需要切迫化や出生率低下など様々な社会現象を引き起こしかねない凶悪な理論だというのに……! 第一、貴族の女性が独立独歩で歩んでいくようになったら、長きにわたる慣習が崩壊して爵位持ちの貴族であろうとお家断絶するような事態になりかねないというのに、ノワール公爵家の長子としての誇りを掲げる私がなんでさっきの論を受け入れかけて――

「ちっ」
「――マリーワ。いまお前、舌打ちしなかったか?」
「いいえ?」

 背筋を伸ばしたその表情はごくごく真面目なもので、舌打ちなんて言う上流階級の婦女にあるまじき行為をした人間が作れるものではない。私の気のせいだったのだろう。素直に自分の思い違いを認める。

「それにしても、考えてみればマリーワが自論を語るのも珍しいな」
「お嬢様の家庭教師をしている間は、私は教育者です。教育者が独自の持論をもって生徒に教育することなど許されません。思索する下地と余地を作るのが教育であり、無垢の生徒を思想で染めるのは洗脳でしかありません」

 正論だ。なるほどと納得した私に対し、レオンが恐る恐るといった表情でマリーワの顔を窺う。

「えっと、じゃあさっきのは……?」
「今はプライベートですので」
「あっ、はい」

 さらりとした答えに、なぜかレオンがびしっと姿勢を正す。

「それよりクリスお嬢様。もう大通りに出ますよ」
「おお、ほんとだ……って、人が多いな」

 広場から大通りに出たが、やたらと人が多い。密集度で言えば、広場の市場よりなおひどいありさまだ。人の流れも滞って、思うように歩くこともできない。
 みんな食い物目的か、と首をかしげたが違ったようだ。わあっと歓声が上がって人垣が揺れる。

「何か見世物でもやってるのか?」
「いえ、これは……ちょうど王族一家のパレードとはち合わせたみたいですね」
「え、うそっ」
「本当ですよ」

 王族のパレードと聞いてぴょんとその場ではねてみるが、パレードの道に沿って密集した人垣に邪魔されて何も見えない。
 ぬぬ、と眉をひそめた私はマリーワを見上げる。

「マリーワ、だっこをしろ!」
「嫌です」

 にべもない即答だった。

「私も年ですのでお嬢様なんていう重いものを持ち上げる重労働など冗談ではありません」

 迷いなく年寄ぶった拒否にぐぬぬと歯噛みをする。いっぱしの淑女である私を重いもの呼ばわりするなど恐れしらずなことだが、食い下がっても無駄だ。仕事の時は仕事の時で付け入る隙はないが、プライベートのマリーワには少し緩んでいるようで別のタチの悪い何かがプラスアルファされている。業腹だが、今の私では勝てない。
 ならばと後ろを振り返る。

「レオン。しゃがめ!」
「……なあ、クリスティーナ。それ嫌な予感しかしないんだけど……」
「いいから!」

 再度強く言うと、やれやれとレオンは息を吐いてしゃがんだ。その様子からしてレオンは王族のパレードに興味はないのだろう。ならば構うまいとその肩に乗っかる。

「やると思った……」
「いいから立て!」
「うわ、うぜぇ。ていうか、そんなに見たいのか?」
「当然だ」

 なんだかんだいってレオンは私を乗せたまま立ち上がる。マリーワより少し低いぐらいまでの目線に立った私は、わくわくを笑みに変換しながら答えた。
 思わぬ邂逅だが王族一家のパレードということは、シャルルがいるのだ。
 友達の、婚約者の晴れ舞台。知らないままならともかく、偶然とはいえ鉢合わせたのだ。居合わせたなら私が見ないでどうするというのだ。

「絶対見る!」

 人の熱気に当てられたのか、頬が上気してちょっぴり赤くなったを自覚しながら、私は敢然と言い切った。
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