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ヒロインな妹、悪役令嬢な私 作者:佐藤真登

九歳編

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 庭にゴミが落ちていた。
 良く晴れたその日。マリーワの授業もないので、せっかくだからミシュリーと一緒に庭に出ようと誘い、先に庭先に出たところだった。
 それをたまたま発見してしまった私は、ちょっと途方に暮れていた。

「あー……」

 ゴミを見る私の口から思わず間延びした声が出てしまう。現実逃避気味に空を見上げたが、そうしていればゴミがきれいさっぱりここからいなくなってしまうわけではない。
 私は改めて問題の物体に視線を戻した。
 そしたら、動いた。
 どうやらこのゴミはただのゴミではないみたいだ。私の視線を受けて、もぞりと動きやがった。身じろぎするあたり、たぶん生ごみだ。間違いない。

「ぐっ……」

 生ごみがうめいた。どうも苦しそうなうめき声だ。さっきからもぞもぞ動いていたのも、痛みによるもの原因らしい。

「く、くそっ。誰だよ、お前……!」

 ゴミの分際が、とうとうしゃべり始めた。
 ああ、いや、もうごまかすのはやめよう。そろそろ自分をごまかすのも無理がきた。そもそも現実をごまかすなんて淑女にあるまじき行いだ。現実は現実としてしっかり見つめなければいけない。現実を呑み込めなければ現実に対応することすらできないのだ。
 格式あるノワール家の庭に、薄汚れたゴミみたいな人間が紛れ込んでいた。
 ゴミ改めて目の前に転がっている平民とおぼしき男子は、特徴だけあげれば私と通じるところがあった。
 黒髪で黒目。年頃もほぼ一緒だろう。薄汚れていると言ったがたぶんそこらで遊びまわったのが原因で、服自体のつくりは平民の割りに上等だ。
 おそらくはそこそこ裕福な家庭。地盤のしっかりした商人か弁護士や医師などを代表とするなどの知識人の子供で間違いない。
 あえて言っておこう。私はこいつとは初対面だ。
 恐れ多くも公爵令嬢である私に、こんな薄汚れた格好をしている知り合いなどいない。第一知り合いならわざわざノワール家の屋敷の塀をよじ登った挙句に落っこちるような奇行はしない。
 だが、私はこいつの名前を知っている。
 『迷宮ディスティニー』に出てくる、ミシュリーと結ばれる可能性がある三人のうち一人。
 レオン・ナルド。
 物語の時点では、平民ながら優秀で王立学園に入学してみせた優等生だった。年は確か私と同じだったはずだ。さらに嫌になることに、黒髪で黒目という特徴まで一緒である。幼い頃にノワール家の塀から落ちて、そこをミシュリーに手当してもらうというイベントがあったから目の前の男子がレオンだというのは間違いない。ノワール家の塀をよじ登る悪ガキがそうわんさかいていいわけがないのだ。
 それを認めた私は空を仰いで大きくため息を一つ。

「なんで来ちゃうかなぁ……」

 愚痴をこぼしたが、実際のところ私だってわかっている。運命が私をバグとして立ち往生しているになら、私の関われないその他は運命のままに動くのが道理だ。
 しかし、そうとなればこいつの処遇を決めるのは簡単だ。

「……捨てるか」
「!?」

 私の呟きを聞いたレオンがぎょっとした顔をしたが、ゴミは捨てるべきだ。例えそれが塀から落ちた痛みにうめいている小さな子供だろうと、不法侵入で間違いないこいつをつまみ出すことに私は一片のためらいもない。
 なにせこいつは、ノワール家をぐるりと囲う塀の上に乗っていたのだ。犯罪目的ではないだろう。度胸だめしか悪戯心か。なんにしても貴族の屋敷の物を使って遊ぼうなどと恐れ知らずもいいところだ。その時点で同情の余地などない。
 そしてなにより、運命を連想させるこいつとミシュリーを出会わせたくない。
 先に私が発見したのは幸運だ。ミシュリーがここに来る前に人を呼んでこいつをつまみだそう。そうすればこいつとミシュリーの接点は消え失せ、運命という名のイベントも発生しえない。
 というかそもそもミシュリーと結ばれかもしれないっていう時点で目の前のゴミは気に食わない。私の婚約者のシャルルは別としても、運命とやらに導かれて私とミシュリーを離れ離れにしようとするレオンや第一王子とは一生仲良くなれそうもないしなる気もない。徹底抗戦だ。

「す、捨てるって、お前なにするつもりだ!」

 つまみ出す以外の何かがあったら教えて欲しいところだが、自分でも悪いことをしていた自覚はあるのだろう。焦燥がにじみ出ているレオンも顔を冷淡に一瞥する。

「貴族の屋敷忍び込もうとした輩の末路ぐらいは知ってるだろう?」
「ひっ」

 ちなみに大抵の貴族の屋敷なら平民の子供が屋敷入ろうとしたら、叱ってつまみ出すというごく普通の対応をとる。
 そんな己の末路を知ったレオンは、顔を真っ青にしてガクブルと体を震わせ始めた。

「ご、めんなさい……。俺、ただ友達と度胸試しでーー」
「知ったことか」

 ちょっと怯え方が異常じゃないかと気になったが、言い訳を聞くつもりはない。さっさと人を呼んですませなければならない。
 時間はあまりないのだ。早くしないとミシュリーがーー

「……お姉さま?」

 ーーミシュリーが、来てしまった。

「み、しゅりー?」

 ぐぎぎっと錆び付いたネジみたいな動きで首をまわすと、やっぱりそこには世界で一番かわいい私の大天使がいた。
 ただ、ミシュリーの視線は私を通り越して闖入者であるレオンに注がれている。

「その人、だれ?」
「ゴミだ」
「……人だよね?」

 きっぱりとした私の断言を、珍しくミシュリーが否定した。ミシュリーが興味を持たないようにと思ったのだが、さすがにごまかしかたが不味かったらしい。

「あー……なんだ。不法侵入者で今からいなくなる人間だから、ミシュリーは気にしなくていいよ」
「……っ!」

 今からいなくなる、のあたりでレオンが肩をビクっと震わせる。さっきからなんなのだろう。しかられるのそんなに怖いのか。小心者というキャラでもなかったと思うのだが……

「ふーん……」

 そんな挙動不審なレオンをしげしげと、特に髪と目を重点的に眺めていたミシュリーが、ふと呟いた。

「ケガしてるの?」
「あ、ああ」

 瞳をのぞき込んだ真っ正面から問いかけは、ミシュリーからレオンに向けられたものだ。さっきから怯えていたレオンが面食らったようにうなづいた。

「そっか。ケガをしてるんだ。……ちょっと待ってて!」

 そう言ってミシュリーが、くるりと私の方に振り返る。

「お姉さま。手当てしてあげようよ!」

 その提案はミシュリーに相応しく優しい申し出だったけれども、私はめまいがする程の既視感に襲われていた。

 ーーケガをしてる。……ちょっと待ってて!

 いまのセリフは、私の知っている知識と同じものだった。
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