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ヒロインな妹、悪役令嬢な私 作者:佐藤真登

九歳編

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 私、クリスティーナ・ノワールは淑女である。
 いや、まだ淑女の認定はもらっていないから淑女と断言するのは過言だった。
 マリーワに言わせれば、私は淑女へと至る途中のヒナである。とはいえ、外面だけならばマリーワも認めた淑女の雛形をこなせる淑女の卵でもある。
 その淑女の型でもって、私は訪れた客人を出迎える。

「いらっしゃいませ、シャルル殿下」

 今日も今日とてオックスを従えて我が屋敷を訪れたシャルルを、私は優雅なカーテシーで歓待する。

「王家の一族を迎え入れられるなど光栄至極でございます。とはいえ当家はあなた様方にとって、もう幾度も訪れている館でもございます。どうぞ当家にて、ごゆるりとお過ごしくださいませ」

 淑女の礼も公の態度もこなそうと思えば完璧にこなせるのが私である。しとやかな態度で一連の動作をこなした私は、ちらりと目線を上げて二人の反応を確認する。

「く、クリスティーナ嬢!?」

 淑女な私の出迎えに、まずオックスの悲鳴が響いた。
 うん。しょっぱなから意味が分からない。なぜ完璧な淑女を見て、仮にも紳士の末席であるはずのオックスが悲鳴を上げるのか。どう考えてもおかしな話だが、事実として私に視線を向けた彼は、何やら信じがたいものでも見るかのようにおののき身体を震わせている。

「いったいどうされて――はっ。もしや何か悪いものでも召されましたか? だからあれほどそこらに生えている野草をお召し上がりになるのはおやめくださいと……!」
「……」

 オックスの口から流れ出したあり得ない発言を、淑女の私は固まった笑顔のまま聞き流す。
 言うまでもないことだが、念のため私の名誉のために断わっておく。私はそこらへんに生えている雑草を食べた事なんてない。食べようとしたことすらない。しいて関連する事実をあげるとすれば、我が家の薬草園に生えていた草をむしって口に入れようとしたシャルルを止めたことがあるくらいだ。
 だが、お前が私をどういう目で見ているのかは今の発言でわかったぞオックス。
 いまだおろおろとした顔で心配そうに淑女の私を見ているオックスを見て決めた。
 後で徹底的にイジメてやる。

「……ねえクリス」

 対してシャルルはと言えば、オックスとは違い驚いたという風でもない。ただ不思議そうな顔でこてんと首を傾げた。

「なんでクリス第二形態になってるの? それあんまり好きじゃないんだけど」
「おいこらシャルル。これは私の努力の結晶だぞ」

 私がマリーワとともに作り上げた淑女の面の皮は、シャルルと出会って十秒でぺりっとはがされた。
 すぐに気が付いて、あ、と思うがもう遅い。第一形態に戻った私を見て、シャルルが顔をほころばせた。

「あ、戻った」
「……むぅ」

 そう言って嬉しそうにされたら、私も今更淑女を装う気もなくなる。視界の隅で「なんだフリか……」と安堵の息を吐いたオックスへは容赦というものを消そうと決意し、ため息を一つ。
 いつも通りに切り替えた私は、ちょっとふてくされる。

「はぁ。距離を測るには、さっきのほうがいいと思ったんだけどな」
「距離?」
「そうだよ。お互いがどう思っていて、どのくらいの距離が適切かっていう大切な測定だ。シャルルと私の最適距離を測ろうと思ってさっきまで淑女第二形態に変身してたんだ」

 あの外面で接するのは、距離感を計るのに役立つのだ。事実社交界でお嬢様の面を装備していると、相手との距離感がつかみやすい。
 先ほどまでの態度の理由を聞いたオックスが不審そうに眉をひそめる。

「今更また、どうして?」
「オックス」

 もっともな疑問だが、そういえばいまさっきのオックスの淑女に対するあり得ない態度には腹が立っていたのだ。
 仕返しをしなければ気がすまない。笑顔でオックスの名前を呼んだ私は、すっと近づき今の会話とは全然関係のない内容を耳打ちした。

「お前がうちのメイドの一人に手を出しているの、知ってるぞ」
「!?」

 私のささやきを聞いて、オックスの顔が固まった。
 その反応に確信する。やっぱりか。シャルルが来る日に、メイドが一人やたら上機嫌になるからもしやと思っていたが的中した。
 かま掛けに成功した私は、したりと笑い一歩引く。

「急用ができただろう、オックス。じゃあな。部屋から出てけ」
「く、クリスティーナ嬢! ごごごごご誤解です! 手を出してなど、断じて! 私たちはただお互いを良い相談相手として――」

 知るか。
 慌てて弁解を始めたオックスの言い訳を聞く気もない私は、行儀の悪さを自覚しつつも満面の笑みう浮かべて親指で扉を差した。

「いいから出てけ。な? いますぐお父様に報告しなきゃいけないことがあるだろう?」
「……は、はい」

 今すぐ自白しなきゃお父様に言いつけるぞ。
 そんな言外の脅しをきちんと理解したオックスは、暗雲をその背に乗せて部屋を退出する。
 いい気味だ。同じくオックスを見送っていたシャルルは話の流れを掴めていないのだろう。急に暗くなって部屋を出て行ったオックスの行動をうろんなものでも見るかのような目で追っていた。

「オックスはどうしたの?」
「今から私に隠し事ができると思った報いを受けるんだよ」

 さっき並べかけた言い訳はきっとお父様が聞いてくれるだろう。王族のお供が屋敷の使用人に手を付けたとなれば、醜聞とまでは言わないが聞こえが悪い。いま現状どんな関係で、これからどうするつもりなのか。落とし前も含めて我が屋敷の当主に報告するのはさぞ気が重かろう。
 まあ、お父様の人柄とオックス及びその相手のメイドの性格と立場を考えれば悪い事にもならないだろうけど。
 自分の部下の行動原理をざっくり聞かされたシャルルは、そのすべてを興味なさそうな顔のまま「ふーん」の一言で流した。

「ところでクリス。さっきのってどういうこと?」
「さっきの? ああ、最適距離の話か」

 オックスの行動はそれ以上話のタネにもならず、すぐに元の流れに戻る。自分の主人に対して心配もされない哀れなオックスの顛末は私も頭の隅に追いやることにした。

「お互いがどれだけ相手のことを思っているのかによって、お互いが一番心地よい距離は変わってくるだろうっていう話だよ。今日はシャルルと私の最適距離を測ろうと思ったんだ」
「……それ、もしかしてミシュリーに言われた?」
「うん?」

 私の言葉をすっ飛ばして事の発端にたどり着いたシャルルの言葉に既視感を覚えた。

「そうなんだけど……なんでわかるんだ?」
「なんでも何もわかるけど」
「……そっか。わかるのか」
「うん」

 やはりわかるものらしい。
 ミシュリーとは違い、シャルルは顔をしかめているが問答の流れ自体は一緒だ。
 ミシュリーでもないのに無根拠に事の発端がわかるのは不思議だ。あれだろうか。シャルルもミシュリーと血縁関係にあるあたり、もしや王族に備わっている超直感なのかもしれない。

「でも、そういう話だったらクリスが思う距離でいいよ」

 もしかしたら王家が保有しているかもしれない超能力に考えをめぐらしていると、シャルルがあっさりと言ってきた。

「ん? それでいいのか?」
「うん。僕、クリスのこと好きだから。クリスの思う距離感で接してくれたら嬉しいや」
「ほほう」

 相変わらず素直なやつだ。
 笑みが浮かぶ。誰だって今みたいにまっすぐ親愛の情を告げられて嬉しくないわけがない。自分の気持ちをはっきり言えるのは間違いなくシャルルの美点である。

「なかなかかわいいことを言ってくれるな、シャルルは。私もお前のこと、それなりに好きだぞ」

 私も素直に友愛の気持ちを告げて、ご褒美にシャルルの金髪をくしゃくしゃ撫でてやる。そのうち私の背も抜いてしまうのだろうけど、まだまだ私のほうが一回り以上大きい。この身長の関係も後二年か三年かこのままだろう。
 私の好きにしろというなら、いままでと変わらない友人関係の距離が一番妥当か。そう思ったけれども

「クリス。せっかくだから言うね。僕はクリスがミシュリーを好きなのと同じくらいクリスが好きだから」
「――お?」

 続けてはっきりそう言ったシャルルに、ぴたりと手を止める。
 思わずまじまじと目線の下にいるシャルルを見つめてしまう。シャルルだって、私がどれくらいミシュリーのことが大好きか知っているはずだ。私にとってミシュリーが一番だっていうのは、絶対に揺るぐことのない地位だ。それと同じくらいとは、なかなかの大言である。
 でも、それは過言じゃなかったんだろう。

「……残念だけど、私はお前のことをミシュリーほど好きじゃないぞ?」
「知ってる」

 それなりに残酷で冷たいはずの言葉を、シャルルはあっさり受け入れた。
 私より年少のはずのシャルルはあっさりと事実を呑み込んだうえで、しっかりとほほ笑む。

「でも、いいや。きっといつか、ミシュリーとは違う好きで追いつかせてみるから」

 思わず言葉を失う。
 強い言葉を出したわけではない。熱い気持ちの発露でもない。けれども、込められた決意は不思議と計れなくて、静かな笑みと一緒に告げられたまっすぐな言葉は、するりと私の胸に入った。
 しばらく呆然としていた私だが、不意にくふっと奇妙な笑い声がのどを鳴らした。

「く、ふっ、ふふふふっ」
「クリス? どうし――」
「ていや!」
「――わぁ!」

 私の笑い声に反応してシャルルの頭をえいやと押さえつける。
 オックスを追い出しておいてよかった。まだこうやって押さえつけられるぐらいの体格差があってよかった。決してこっちを見られないようにシャルルの頭を押さえつけながら、自分でもなぜだかわからないけど脈絡もなくそんなことを思う。

「ふ、ふふふっ。シャルル。お前、ほんとに素直なやつだよな」
「そう?」
「うん」

 シャルルと話していても、突然湧いてきた無性にうれしくなってくすぐったくなるような笑みは簡単に底をつきそうもない。シャルルの言葉を聞いて湧きあがったどんな気持ちなのか。天才の私でも当てはめる言葉が見つからない。笑い出したい気分なのだから当然嫌なものではなく、けれどもただ嬉しいというのも何か違う。

「素直な言葉を出せるのが、シャルルのいいところだぞ」

 そんな風に浮ついた不思議な気分の中で、私はシャルルの素直さが好ましいとただの事実を言う。

「そっか。ありがと、クリス」

 そうして私の目線の少し下から帰って来た返答は、やっぱり素直だった。

「……でもクリス。首が痛いから、手を放してよ」
「ふふふ。嫌だ!」
「えぇー」

 きっぱりとした拒否に不満が上がるけど、まだもうちょっとこの手は離せない。何故と言われても困る。特に理由はないけれども、それでも絶対にシャルルには今の顔を見られないよう、頭を抑ける力はゆるめることはできない。

「あとどれくらいー?」
「ん? そうだなぁ」

 時間を聞かれてても、正確な刻限は出ない。でも、そんなには待たせることもないだろう。頭を抑える力とは裏腹に、さっきから緩みっぱなしの頬にある不思議な感覚を知覚している私はそう判断する。
 なんでかは自分でも分からないけど、私の頬に宿っている熱。
 それが収まるまでは、そう。

「ふふっ、あともうちょっとだ!」

 あともうちょっとだけ、時間が欲しい。

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