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ヒロインな妹、悪役令嬢な私 作者:佐藤真登

九歳編

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 帰りの馬車で、私はずっと考え事をしていた。
 考え事の原因は、先ほどまで一緒に遊んでいたサファニアだ。
 ボードゲームは私の完勝だった。サファニアはその結果にぶすっとしていたが、残念ながら彼女の腕で天才の私に勝てるわけがない。勝敗に関わらず純粋にゲームを楽しめない何て無粋なことだ。サファニアではあるまいし、私は勝ち負けだなんて些細なことで一喜一憂したりしない。私が勝つなんて当然のことなのだ。
 だから問題はボードゲームの勝敗ではなく、その盤外でさんざん行われた口撃だ。
 あいつが言葉を一つ並べるごとに動揺に動揺が重なって私の精神は乱れに乱れた。おかげでついついボードゲームで力を入れすぎてサファニアをこてんぱに打ち負かしてしまった。あまりの惨敗ぶりに、あいつとうとう拗ねて私を部屋からたたき出したがそんなことはやっぱりどうでもいい。もともとの帰る予定がちょっと早まっただけだ。
 サファニアが延々と尽きることなく並べていた言葉の内容を、改めて思い出す。姉と不仲……というか、一方的に姉のことを嫌っているサファニアが、ボードゲームをしながらこれが嫌だあれが嫌だと姉が嫌いな理由を並び立て続けてくれたのだ。
 それが、私の行動に随分と当てはまった。

「……」

 深く、深く思考を沈める。過去の私のミシュリーに対する行いとその距離感を改めて鑑みる。
 そうして思うのだ。
 もしかして私、ミシュリーに構いすぎていたのだろうか。

「……い、いや。そんなことはない」

 思い浮かんだ仮定を独り言で必死に打ち消そうとするが、うまくいかない。
 私は天才だ。無根拠にミシュリーに嫌われるぞなどと脅されたところで、簡単に屈するほど容易くはない。ない、けど……サファニアの言葉は妹という私が体験したことのない立場を持つ人間がもたらしたものだ。私にはないミシュリーとの共通点である。その根拠を持つ彼女からああまで言われると、ちょっと、あくまでちょっとだけだけど不安になる。
 私とミシュリーは仲良し姉妹だ。お互いがお互いを大好きな姉と妹だ。私に向けるミシュリーの笑顔に裏表はなく、輝きは純真だ。
 ただ、そんな私の妹とはいえ、将来、思春期とか反抗期というものが存在する。
 特に反抗期。今まさにサファニアが突入しているだろうやつだ。わけもなく身近な人へとがった態度で接してしまう時期のことである。あいつも会ったばかりの頃はもうちょっと素直だったことを考えれば、今の無駄にきつい言動が反抗期真っ最中であることは疑いの余地もない。もう大人顔負けの成熟した精神を持っている私には関係ないが、反抗期というものは成長の段階で必要なものらしい。だからサファニアの言動もほほえましい気持ちで受け入れることができる。
 だが、その時になってミシュリーにサファニアみたいな対応を取られたら、私はたぶん死にたくなる。

「……っ」

 ぶわりと焦燥感が膨らんだ。
 まずい。命の危機が迫っている。運命だとかそんなものとは比べるまでもない脅威だ。今ならシャルルルートの末に服毒自殺をしたクリスティーナの気持ちが手に取るように理解できる。
 ミシュリーが反抗期に突入したら、私はたぶん死ぬ。精神的なダメージを受けて死にたくなる。

「ど、どうしよう……!」

 突然ぶち当たった難問に頭を抱える。
 反抗期って、そもそもいつからだろう。いま反抗期真っ最中のサファニアはたぶんかなり早い部類だ。天才の私にはたぶんない。なぜなら天才だからだ。ではミシュリーは、と問われても答えは出ない。だいたいは十歳の初めからだといつもは役に立たない前世の知識が教えてくれるが、同時に個人差によるものだとも知らしてくれるからだ。
 私は少しミシュリーと距離を取ったほうがいいのだろうか。
 時期を見て、今とは接し方を変えるべきだろうか。ことあるごとに抱きしめたり膝に載せたりして親愛を表現するのは控えるべきだろうか。接触自体を減らせば、うざいと思われることはなくなるはずだ。いや、けどそれをやめるのは私がさみしいし……と、そうこうしているうちに屋敷についてしまった。

「うぅ……」

 結局考えはまとまらないまま馬車を降りて屋敷に入る。王室からの馬車が見当たらなかったので、どうやらシャルルはまだ来ていないようだ。
 まあ、とりあえずシャルルの出迎えの準備をしようか。そう思っていると、私を出迎える足音が聞こえた。

「お姉さま! お帰りなさい!」

 もちろんお出迎えに来たのは私の最愛の妹、ミシュリーだ。七歳になっても変わらずなついてくれている私の妹は、出会ってからずっと変わりのないかわいさを放っている。
 その出迎えに満面の笑顔で応えようとして、ちょっと失敗した。

「……ぁ。うん、帰ったぞ!」

 言葉の後半には持ち直せたけれども、最初の一言でちょっとつまずいた。
 とてとて軽い足音を立てて駆け寄っていたミシュリーが、不思議そうに歩調を緩めた。

「……どうしたの?」

 察しの良い妹は、声を聞いてすぐに私の心にある澱みを聞きわけた。目の前まで近づいて、青い目で私の瞳をのぞき込んでその色を判別する。

「不安……。なんで?」

 他人の感情を見抜くことにかけて、ミシュリーは私を上回っている。その原因を見抜くことまでに思考を回せるようになれば、きっと素晴らしい淑女になれるのだろう。
 まあそれはともかくとして、見抜かれてしまったのなら隠すのは下策だ。ここで隠ぺいすればその不安がミシュリーにまで伝染する。将来の不安は正直に打ち明けて解決を図ろう。

「なあ、ミシュリー……私のこと、どう思う?」
「お姉さまはカッコいいよ?」

 うん。ミシュリーならきっとそう言ってくれるだろうってことは知っていた。けど、そういうことではないのだ。

「ミシュリー」

 今から絞り出す言葉の内容を思うと、それだけで胸が痛くなる。ぎりりと唇をかみしめる。これからのことに備えて言わなくてはと思うが、つらいものはつらいのだ。
 だがそれでも私は言葉を絞り出す。

「もし、もしだぞ。これから、もし、お姉ちゃんのことがうざいとかめんどくさいとか、き、きらいだ、とか、思ったら言ってくれ」

 ただの仮定でもしもの話だというのに、言葉にだす声が震えてる。なぜか視界が歪み始めた。ストレスで遠近感が狂ったかと思ったら、にじんだ涙のせいだった。

「わ、わた、私は、ミシュリーのこと大好きだけど、そう言ってくれたら、私はミシュリーの想いを尊重するから……だから……!」
「……サファニアさんになにか言われたの?」
「うん?」

 ミシュリーが私の言葉をすっ飛ばして事の原因にたどり着いた。

「そうなんだけど……なんでわかったんだ?」
「なんでもなにも分かるけど……」
「……わかるのか?」
「うん」

 根拠の解説にはなってないけど、わかるものらしい。
 不思議だ。ミシュリーは天使だから、私とは違う超直感を搭載しているのかもしれないとにじんだ涙をぬぐいながら自己解決する。
 私の妹は大天使だからそういうこともあるのだろう。そう納得した私にミシュリーは話をねだってきた。

「それで、サファニアさんとはどんなお話してたの? なんでお姉さまがわたしを見て不安になるの?」
「ん? そうだな……簡単に言うと、人と人同士の最適距離はどんなものだろうっていう話だ」
「さいてき?」
「うん。お互いにとって一番いい場所ってどこなんだろうっていうことだよ。ほら。サファニアは姉とあんまり仲が良くないだろ?」
「あれはサファニアさんが素直じゃないだけだと思うよ?」
「ま、まあ、あちらのお姉さま方はサファニアの態度に距離を測りかねてるだけだから確かにその通りなんだけど……」

 確かにカリブラコア家の姉妹は仲が悪いというより、サファニアの反抗期に対して姉二人がどう接すればいいのか分からないという状況だからミシュリーの言う通りだ。あっさり問題の根幹を突き止めたミシュリーにたじろぐが、今の本題はサファニアではない。

「私とミシュリーの距離って、どれくらいが一番いいんだろうなって思ったんだよ。いまだけじゃなくて、これからのことも考えてな」

 少し言い回しが難しすぎたようだ。ミシュリーにも理解しやすくサファニアを例に出しつつ噛み砕いた内容で言い直すと、今度はきちんと理解できたようだ。

「あ、それならわかるよっ」

 私がサファニアの屋敷から出てずっと悩んでいた難問。その問題を提示されたミシュリーは考える様子もなく一瞬でそれを解いた。
 ぱぁっと顔を輝かせたミシュリーが、飛びついてきて私の首に腕を回す。

「ずっと、ここ!」

 私とミシュリーの最適距離。どんな距離よりも近い回答を示した行動に驚いて、次に喜びが湧いて出た。胸に飛び込んでくる慣れ親しんだ愛おしい感触に、不安なんて一瞬で吹き飛んだ。ミシュリーの出した答えに報いるために、ぎゅっと最愛の妹を抱きしめる。 
 そっか。この距離が私とミシュリーの最適距離なんだ。

「すごいぞミシュリー! お前はいつだって私の予想を超えた答えを出してくれるな!」
「えへへ。だってわたし、お姉さまの妹だもん!」
「そっか!」
「そうだよ!」

 ミシュリーは天才かもしれない。私なんかよりずっとずっと、この世の真理に近いところにいるんだろう。
 出会ってからもう四年。血のつながった姉妹でなくとも、今までずっとはぐくみ続けた姉妹の愛情はそう簡単に揺るぐものではない。反抗期がなんだ。思春期がなんだ。そんなもの、私たち姉妹の敵ではない。

「そうだよなっ、私たち姉妹は最強だもんな!」
「うん! ……あ、でもね」
「ん? どうした?」

 抱き付いていたミシュリーがふと思いついたように声を出す。ミシュリーは抱擁を解いて、一歩下がって私の顔を見上げた。
 そうしてにこりと笑って提案をする。

「さいてきな距離っていうのを考えたら、シャルルとは距離を取ったほうがいいかも」

 満面の笑顔なミシュリーに、もちろん邪気なんて少しも感じない。悪気はなく、悪意なんてもちろん存在しない提案だ。心の底からそれが良いことだと確信しているのだろう。
 しかしその内容に私は首をかしげてしまう。

「なんでだ? シャルルとは結構うまくやってるぞ?」

 婚約を結んでから約二年。週に二回屋敷を訪れているシャルルとは仲良く遊んでいる。大抵はミシュリーも一緒に同席しているから、私とシャルルの友情の強度はミシュリーだって知っているはずだ。

「……だからだけど」
「……ミシュリー?」

 ぼそっと何か呟いたミシュリーに聞き返してみたが、大天使な妹は「ううん、何でもない」と言って笑顔のまま首を横に振る。
 しかし、シャルルとの距離と言っても別段いまのままで問題があるようには思えない。私の個人的な気持ちもそうだし、お父様だってシャルルのことをそれなりに気にいっているようだ。時折交わされるミシュリーとシャルルの遠慮のない言い合いは私とサファニアのそれを彷彿させるあたり、二人の仲も良いのだろう。家族との付き合いも含め、婚約相手としてシャルルに不足はない。
 だが、ミシュリーはさっきと寸分も変わらない笑顔のまま言葉を続ける。

「ほら、シャルルは男の子でしょ? きっと女の子と一緒にいるのがイヤだって感じると思うの」
「む」

 説得力のある内容に一考する。
 確かに言われてみればそうだ。男子の思春期と言えばそういうものである。普段はあまり役に立たない前世の知識も今日ばかりは仕事をしてくれる。まだシャルルは七歳だが、これから成長するにしたがって、女子と遊ぶのは恥ずかしいと思い始める頃合いだというのは常識だというのだ。
 私はシャルルのことがそれなりに好きだけど、その気持ちだけで一方的に親しくするのも良くないことだろう。シャルルだって私に親近感を感じてくれてるだろうが、それがどれだけのものか分からない。お互い同じくらい相手を大好きだと確信している私とミシュリーとの関係とは違うのだ。

「そうか。なら、今日からちょっと距離を改めてみるのもいいかもな」
「うんっ」

 あんまり近づきすぎてシャルルに嫌われるのは私だって嫌だ。そう考えた結論に、ミシュリーは大きく頷いて賛同する。

「それがいいと思う!」

 そう言って輝かせたミシュリーの笑顔の輝きは、間違いなくここ最近での最上級だった。
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