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ヒロインな妹、悪役令嬢な私 作者:佐藤真登

間章

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0.1

活動報告で受け付けをしたリクエストのミシュリー視点の番外編です。
三人称の上、本編と雰囲気がだいぶ異なります。

 目じりを下げて、まぶたをほんの少し閉じ、不機嫌に見えない程度に眉にしわを寄せる。そんな風にして自分を見つめる瞳の色は、少し暗く感じた。
 出会った人間すべてが、そんな目で自分を見つめてきた。


 ***


「……」

 ごとごとと揺れる馬車の中で、一人の幼女が一言も話さずじっとしていた。
 極上の金糸を束ねたような金髪と透き通るような青い目を持つ三歳の女の子だ。まだ幼い彼女を乗せて王宮から出発した馬車は順調に車輪を回している。
 特に問題のない運行だが、それは馬車に慣れた大人にとってみればいう注釈が付く。三歳という年齢を考えれば揺れる馬車に乗ったら無駄にはしゃぐか環境の悪さにぐずる。その挙句にようやく疲れて眠って静かになるのが普通だ。
 だが、彼女は最初に座った位置から大きく動かずにただじっとしていた。
 ガラス細工のような青い目をじっと開いたまま、静かに正面を見ている。その姿はまるで出来すぎた人形だ。ただ静止している少女の姿は、落ち着いているというより生気が抜け落ちているかのようにしか見えない。

「……ふぅ」

 そんな少女の向かい側に座るノワール公は、そっと気が付かれぬよう息を漏らした。
 政治的な都合と思惑が重なりあった結果かなれど、これから自分の娘になる少女である。迎えに行った当初は何度も言葉をかけてみたが、出会った最初に視線を合わせてから以降、彼女からは自発的な反応が何もない。やがてノワール公も沈黙に折れて従ってしまった。
 ミシュリー。
 今際亡き王妹が生んだ、許されざる子供。名前と王宮の奥隅に隠された小さな一室という二つがいままで目の前の少女に与えられたもので、全てだった。
 自分の連なりを確認する姓すら与えられず、秘匿された生まれにより周りの目から閉ざされた環境の育ちから考えれば、こんな物言わぬ少女になってしまうのも無理のない事なのかもしれない。そう思い納得しそうになった己に嫌気がさし、ノワール公はもう一度己の娘となる少女に視線を向ける。

「……」

 視線の軌道はまっすぐ交差しているはずなのに、透き通った青い目がノワール公を認識しているかどうかすら確信が持てなかった。
 どこを見ているのかも知れぬ生気のない碧眼に撃墜され、ノワール公の心は今度こそ諦観に支配される。
 相手はまだ三歳。きっとこれは、時間が解決してくれる事柄だ。

「ふぅ」

 そう思い、もう一度そっとため息をついて馬車の覗き口から見える外に視線をやる。
 これから引き合わせる予定のお転婆に育った娘は、この人形のような少女がどう反応するだろうかと思うと、心がさらに重くなった。
 それを少しでも吐き出すためノワール公はもう一度、息を吐く。


 ***


「ふぅ」
「……」

 三度目になるため息を、ミシュリーは耳に入れていた。
 それが意味するのが諦観であるということも、はっきりとした単語にできるほどの知識はなくとも感覚で理解していた。それに気が付いていてなお、ミシュリーは目の前の大人に関わろうと気持ちは浮かび上がってこなかった。
 ただ思い出すのは、一番最初に出会った時の彼の目だった。

『これから君はミシュリー・ノワールになるんだよ』

 いままでミシュリーが聞いた中で、一番優しくて温かい言葉だった。自分を出迎えに来た彼が良い人なんだなというのは、三歳のミシュリーでも直感的に判断できた。
 温かい言葉を聞いて期待が湧いたミシュリーは彼と視線を合わせて、大きく落胆した。

『さあ、おいで。今日から私たちは家族になるんだ』

 そう言って手を差し伸べていたノワール公の笑顔は、優しさだけを純粋に表したものではなかった。
 口元をあげた優しい笑顔の中で、目じりを下げて、まぶたをほんの少し閉じ、不機嫌に見えない程度に眉にしわを寄せる。そんな風にして自分を見つめる瞳の色は、ほんの少し暗く感じた。
 その色は、笑顔の中に混ざっていてもミシュリーには敏感に感じてしまう色彩だった。
 三年のとても短い生で出会った人間のことごとくが浮かべて来た、ミシュリーが嫌う瞳の色。
 『かわいそうな子』を見る瞳の色を感じて、ミシュリーは彼の手を掴まなかった。

「……」

 透き通った感情のない目で、ミシュリーはじっと目の前の大人を観察する。
 いまはミシュリーから目をそらして外を見ている彼から感じる感情は大きくわけで二つ。諦観と気負いだ。何が原因で彼をそんなことにしているのかまでは分析できない。そこを想像できるような経験もないのだから当然だ。
 でも、たかが三歳児が大人の感情を正確に見透かしていた。
 その観察力は、ミシュリーの育ちに起因する。

『――かわいそうな子』

 その言葉を初めて聞いたのがいつだったのか、ミシュリー自身にも分からない。自意識がないころに、ずっと呟かれるようにして聞かされていたからだ。
 王宮の奥底にひっそり押し込まれるようにして隠し育てられたミシュリーが関わった人間は、あまりにも少ない。ミシュリーが自由に歩きまわれるのは大きくとも狭い自分の部屋と、そこから続く小さな庭だけだった。庭も囲いの植木ががっちり周囲を覆っており、外からの視界を遮るだけではなくミシュリーを閉じ込める役割も担っていた。
 ミシュリーと毎日顔を合わせる人間は、世話係の乳母が一人。後はミシュリーの部屋を護衛するためいつも扉に控えて立っている騎士が一人。それだけだった。
 かわいそうな子、と口癖のように呟いていたのは乳母の方だった。それに悪意はなく、心の底からの同情と憐憫だ。幼子の教育にその言葉が良くないという自覚は彼女にもあったのだろう。物心ついてからは、目の前で言葉にされることはなかった。
 ただ、ミシュリーははっきりと覚えていた。
 乳母の彼女が幾度となく呟いた言葉と表情を、はっきりと記憶していた。
 目じりを下げて、まぶたをほんの少し閉じ、不機嫌に見えない程度に眉にしわを寄せる。そんな風にして自分を見つめる瞳の色は、少し暗く感じた。
 そうして言うのだ。

『――かわいそうな子』

 と。同情と憐憫の色『かわいそうな子』を意味するそれが心の底で澱になり、ミシュリーはどうしても彼女になつけなかった。でも、いつかはその色が消えるんじゃないかとミシュリーは期待していた。自分を育ててくれている人が、純粋に笑って自分を認めてくれてるんじゃないかと、そういう漠然とした願望を持っていた。
 だからミシュリーは毎日ずっと彼女の瞳をのぞき続け、その色の変化を見ていった。それこそ『かわいそうな子』という色以外もどんなことを感じているか、感覚で察することができるぐらい一心に。
 結局その色は、ミシュリーが赤子の頃から三歳になるいままで乳母の瞳から拭い去られることのなかった。



 ***



「さ、ここだよ。この中で君のお姉さんになる子が待ってるんだ」
「……」

 ミシュリーは案内された扉を示されても特に反応しなかった。
 促されれば歩くし、案内されればついて行く。言うことには従順で、それなのに自発的な反応がまったくないのは動く人形のようでいっそ不気味だった。
 ノワール公は複雑そうな顔をしたが、やがて諦めたのだろう。ミシュリーから視線を外し、部屋の中に声をかける。

「クリスティーナ、入るぞ」
「どうぞ、お父様」

 承諾の返答と同時に、脇に控えていた使用人が扉を開ける。ノワール公が部屋に進むのにミシュリーも付いて行く。

「……」

 部屋に入るミシュリーの瞳は透徹しており、人形のように固まった表情はぴくりとも動かない。胸中を占める思いは、あきらめにも似た思いだけだ。
 また、自分を『かわいそうな子』と見る人間が増えるのか。
 もう間もなく始まる運命を狂わせる出会いを知らず、ミシュリーはこれから出会う自分の姉なる人物に、ちょっとの期待も抱いていなかった。
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