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ヒロインな妹、悪役令嬢な私 作者:佐藤真登

学園編

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 カップから立ちのぼる湯気の香りを楽しみ、ゆっくりと紅茶をすする。
 殿下はといえば、まだせかせかと書類に目を通している。殿下の飲み物水から白湯にランクアップした。ロナも優しいことだと思う。

「貴様、用がないなら帰れ」
「やだ」

 殿下の威嚇にそっぽを向いて素知らぬふりをする。こうして他人が働いているのを横目にしながらくつろいで飲む紅茶の味は格別なのだ

「しかし殿下。毎度思うけど、お前っていつも書類仕事してるよな。楽しいか?」
「楽しい楽しくないの問題のわけがあるか。義務だ」
「ふうん」

 殿下も己の快、不快ではなく、義務権利を基準にして物事を考えられるようになっているようでなによりだ。
 殿下という存在は、どんな人間であっても成長という未来の可能性があるということ体現している。やはり、環境と教育が大切なのだ。ていうか、幼少期に施されていただろう帝王学の内容が気になってくる。
 それにしても書類がやたらと多い。決裁するものが多いというのは、その分生徒会に決定権を委ねているものが多いということだ。どんな内容のものを決裁しているのか少しだけ興味があったので、決裁の終わった書類を漁ってみる。

「おい、やめろ。ガサツな貴様のことだから、書類をグチャグチャにして仕事を増やしかねん」
「それもいいな。殿下が困るなら嬉し……ん?」

 眉間にシワを寄せる殿下に軽口をたたきつつ、何枚か書類に目を通す。大体は生徒自治に関することや、部活動じみた集まりの活動認可のようだが、そんな書類の山に紛れて、わけのわからないものがあった。

「……なんだこれ」

 新聞だ。おそらく生徒会から発行認可をもらうため、現物を置いていったのだろう。時期的に、入学式前に私の取り巻きのカタリナが話していたものだ。
 私の行動が限りなく好意的に解釈された内容だ。
 前世の知識で発行されていた新聞とは似ても似つかないものだ。

「で、殿下。なんだこれは」

 信じがたいものを見て声が震える。問いかける自分の顔をひきつっている自覚がある。
 意味が分からない。
 私は悪役だ。学園の嫌われものとなって、貴族社会から追放される身だ。こんな好意の結晶みたいなものがあってよいはずがない。
 いや、まあ、この新聞の存在自体は許そう。なにせ私の取り巻きが発行したものだ。作為があるのは明白で、この内容を真に受ける人間がいるとも思えない。
 だからこの前向きで好意的な文面も、カタリナが書いたならそうなっても仕方ないかなとも思える。
 思えるのだが、新聞に明記されているファンクラブってなんだ。
 会員数二百突破ってなんだ。この学校、新入生を除けば三百人いるかいないかだぞ。それに人気投票一位ってなんだ。どういう捏造だこれは。
 たぶん、このファンクラブや人気投票云々は私の幻覚かなにかだろ思うのだ。だからこそ殿下に念を押すように確認する。

「新聞に関しては百歩譲って黙っていてやるが、ファンクラブってなんだおい。まさか設立許可をだしてないよな。歴史あるこの学園でこんな俗っぽい活動に認可印を押してないよな!?」
「貴様が俗っぽいとか気にするのか?」

 気にしない。気にしないけど、これはおかしい。だって私はちゃんと嫌われるように貴族令嬢らしからぬ振る舞いを一貫していたのだ。

「いやおかしいだろ!? そもそもファンクラブってなんだ!? 私は知らないぞ?」
「知らなかったのか?」

 驚愕の事実に取り乱す私に、殿下は呆れ顔を覗かせる。

「まあ貴様の鈍感さにいまさらとやかくは言わん。そもそも俺がこんなくそくだらない活動に認可印を押すわけがないだろうが」
「クソって言ったか、おい」
「貴様、本当にめんどくさいな」

 うっさい。私を崇める活動をクソといわれたら、それはそれでムカつくのだ。複雑な乙女心を理解しろ。あ、いや、殿下にはちょっと要求レベルが高すぎたか。
 しかし殿下は本当に実在するらしいこのファンクラブの実態を知っていたのだろう。こともなさげに答える。

「ロナがほかの生徒会メンバーを巻き込んで無理やり認可させたんだ。俺の留守を狙ってな」
「……なんでロナがそんなことを?」
「なんでもなにも、あいつは貴様のファンクラブの設立者だぞ」
「は!? おいロナ……どこ行ったあいつ!?」
「さっき逃げたな。本当に勘がいいな、あいつは。危機察知能力は感心できる」
「ちょっと追いかけてくる!」
「もう二度と生徒会室に来るな」

 まさかの裏切りに、私は生徒会室を飛び出した。殿下の捨て台詞に、また仕事の邪魔をしてやろうと決意して左右を見渡すが、ロナはすでに影もみえない。

「あ、クリス様じゃないっすか」

 そこにちょうどよく表れたのは、もう一人の私の取り巻き筆頭、カタリナだった。

「おい、カタリナ。ロナはどこ行った」
「はい? なんかすごい速足でどっか行きましたけど……本物のお嬢様ってすごいっすよね。あんな速度で歩いてるのに、優雅さを損なわないよう、最大限の努力を欠かさないんすから」

 なんか見ててコミカルで面白かったっすけど、と余計な一言を付けて締めくくる。
 ちっ、と舌打ちがもれる。いまから追いかけて捕まえるのは難しそうだ。どうやら完全に逃げられたらしい。だが、私はやはり天運に恵まれている。
 ここに、もう一人の犯人がいるのだ。

「しかたないな。カタリナ、お前でもいいか」
「おー、なんすか。他ならないクリス様の用件だったらなんでも――」
「これのことだ」
「――げ」

 生徒会室から持ち出した新聞の現物を突きつけてやると、あからさまにしまったという顔になった。
 そのカタリナの態度に、半眼になる。
 やっぱりこいつら、私には知られないように立ち回っていたのだ。

「で、カタリナ、これは何だ」
「とうとうバレてしまったっすか……」

 なんの目的があって設立したか知らないが、こんなふざけたものは『迷宮デスティニー』には絶対に存在しなかった。ファンクラブなどあっては、私が厭われ落ちぶれる悪役令嬢としてのシナリオがくるってしまう。
 私の名誉が損なわれてこそ、ミシュリーが成り上がれるのだ。それを邪魔しようというのなら、いくら取り巻きでも許せない。
 ずいっと詰め寄ってみれば、カタリナは沈痛な表情になる。

「わかりました。説明するっす。この空き教室にどうぞ」
「そうか」

 観念したのか、言い逃れをする気配もない。カタリナは空き教室の扉を開いて私に入室を促す。
 諦めのいいことだ。詰問を始めるため、私はドアマンのように扉を開けて控えるカタリナの横を通ってひと気のない教室にはいる。
 私の入室に合わせてがちゃん、と音を立てて扉が閉まる。

「さて、カタリナ。私が納得いくような説明を――」

 後ろを振り返り、絶句した。
 カタリナは、入室していなかった。
 あいつ、私一人を教室に入れて扉を閉じたのだ。
 慌てて扉を開けて廊下を見るが、人影はない。ロナと違ってカタリナは体面を気にしない。全速で廊下を駆け抜けただろうことは想像に難くない。
 残された私は、怒りに身を震わせる。

「お前ら諦めが悪すぎるだろぉ!」

 誰もいない空き教室に、私の叫びが響いて消えた。
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