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ヒロインな妹、悪役令嬢な私 作者:佐藤真登

七歳編

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10

 満月には一日足りない月明かりに照らされて、私は少しばかり後悔していた。
 ダンスホールを抜け出すまではいい。庭で少しばかりはしたなく体を伸ばすのも許される。ベンチに体を投げ出して座り込んだのも許容範囲だろう。
 けど、高笑いはするべきではなかった。
 たとえ発見されたと仮定しても庭に抜け出したのはほほえましい逃亡ですむし、はしたない行動も子供のかわいらしさで納得してもらえる。だが高笑いはダメだ。私の堂々たる笑い声に恥じるところは一片もないけれども、あれが家族と屋敷の使用人とマリーワ以外に聞かれちゃいけないことぐらい百も承知だ。
 そう。

「……」

 少なくとも、無言でじーっとこっちを見ている初対面の少年に知られて良い事ではなかった。
 ここなら大声で笑ってもダンスホールから漏れ出る音楽にかき消されるだろうと高をくくっていたのがいけない。こうして近づかれてしまえば私の他に人はいないという状況から高笑いの犯人があっさり特定されてしまうのだ。だからこそ正式な入口には注意を払っていたのだが、まあ今更それは言うまい。私がうかつだったのだ。
 だが後悔しても現状は改善されない。
 ばれてしまっては仕方ないのだ。もちろん今夜一晩ボロが出ないのが理想であったが、最良の策が潰えても柔軟に次善の策を練れるのが私の天才たるゆえんである。
 私は立ち上がってまだ不思議そうにこちらを見つめている少年の青い瞳を真っ向から受け立つ。堂々と仁王立ちをした私は、いつも通りの口調に戻って名乗りを上げた。

「こんばんは、少年。私の名前はクリスティーナ・ノワールだ」

 高笑いを見られた以上、いまさらお嬢様の面の皮を被る気もない。胸を張って名乗った私は、誰よりも私らしくふふんと不敵に笑って腕を組む。
 次善の策とは簡単だ。何を隠そう私は公爵令嬢。おそらく眼前の小僧っ子は私と同じくダンスホールから抜け出してきた貴族の子弟だろう。そして貴族ならば伯爵の出だろう侯爵の出だろうと私には敵わない。天才の私との人間的格差よりなにより、身分というわかりやすい格の違いが存在するのだ。同じ年頃ならば大体の相手は『公爵家の子女』というあふれんばかりの権力によって圧殺することができる。
 つまり、今から私が行うのは権力による口止めだ。

「さて少年」

 少年より一回りは育っている私は、大上段に構えて彼を見下ろした。年齢も私のほうが上であるのは都合がよろしい。まずは子供でもきっちりわかるように身分をかざして上下関係を知らしめてやらねばなるまい。

「知っているかどうかは知らないが、私の生まれたノワール家はこの国に三家しかない公爵家の一つだ。御三家と称され、青き血を引く貴族の中でも最も尊ばれる立場にいる。私、クリスティーナ・ノワールはその中で生まれた一粒種だ! さあ、畏れ敬い奉れ!」
「おぉー」

 どうだすごいんだぞと胸を張って自慢すると、少年はパチパチと律儀に拍手を送ってくれた。
 けっこうな反応だ。少年の素直な反応に気を良くして私はますます肩をそびやかす。

「ふっふっふ。小さな割には物わかりが良いな。賢いやつは好きだぞ。なんなら子分にしてやってもいいが……お前は誰なんだ?」
「あ、そっか」

 私の大きな存在感に押されて、自己紹介を忘れていた少年はぽんと手をたたいた。年相応の言動は、まだ本格的な教育が開始されてないのを私に知らせてくれる。まあ天才の私と比べるのもかわいそうだし、推定五歳児だ。受け答えはしっかりしているほうだろう。
 そう思って生暖かい目で少年の自己紹介を見守る。

「僕はシャルル・エドワルドだよ。よろしく」
「ほほう」

 少年の名前を、私は笑顔で受け止める。

「そうか。お前はシャルル・エドワルドというのか」
「うん」
「そうかそうか。シャルルか。シャルル・エドワルドか」

 うんうんと頷いて、笑顔で少年の名前を復唱する。かみしめるように少年の名前を反芻して、じっくりと耳に入った姓を吟味した私はその出自を悟った。
 こいつ、王族だった。

「……あの、本当にシャルル・エドワルドか? 特に姓のほう、間違えてないか?」
「まちがえてないよ?」
「…………そーなのかー」

 衝撃の事実に思わず語尾が間延びしてしまった。
 私はあれか。王族相手に淑女らしからぬ行動を見られ、その上で居丈高に振舞っていたわけか。いくら相手が五歳くらいだとは言え、貴族の末席に連なるが王族の相手に粋がっていたわけだ。次善の策だと思い決行したそれが時限爆弾だったとは、もう笑うしかないではないか。
 ……うん。
 まったく笑えない。どうしよう。

「……」

 そこには何の助けはないと知っていても、思考が行き詰った私は天を仰いでしまう。
 さきほどまで優しく白銀の光を輝かせていた月は、いつの間にか忍び寄った雲に遮られて陰っていた。

「おつきさま、かくれちゃったね」
「そうだなー」

 私につられて空を見上げたシャルルの言葉に同意する。
 エドワルドの姓を名乗ることが許されるのは、この国で唯一無二。王室に身を置く貴き一族のみだ。それを僭称することは罪であり、大きな罰が与えられる。五歳児の勘違いという線も先ほどの確認で消え失せているから、目の前の少年が建国の主ギリック・エドワルドの姓を頂くこの国に置いてもっとも権力あふれる一族の直系であることに疑いの余地はない。そもそもシャルル・エドワルドの名前にはいろいろと憶えがある。詳細は省くとして、この国の第三王子の名と一致するから当の本人だろう。

「そうか……シャルル・エドワルドか……うん、シャルル・エドワルドなのか……」
「どうかしたの?」
「……いや」

 よくよくシャルルの容姿を見てみれば、納得できる要素が揃っていた。ミシュリーと従兄だけあって金髪碧眼というのも共通しているし、顔立ちもどことなく印象が似通っている。
 認めがたい現実を前にして少しばかり思考の逃避を挟んだが、事実は事実であり、私はまだ未熟とはいえ淑女を志すものでもある。マリーワに教えられたように、ごくりと苦い現実を呑み込んだ。
 次善の策が完全に潰えた。王族相手に権力を振舞えば、返ってくるのはブーメランと呼ぶのもおこがましいしっぺ返しである。というかシャルルに対する私の立ち振る舞い、まずくはないだろうか。なんていうか、こう、厳密に法律に照らし合わせると『不敬罪』という罪状が浮かび上がってくるんじゃないかという疑念があるのだが、気のせいだろうか。
 いや、気のせいだと反語でもって頭を振る。
 まだ何とかなる。どうにか持ち直せる。どうにもならない段階ではない。この窮地を脱する策を天才的頭脳を持つ私は思いついた。ここから私の第三の策が火を噴くのだ……!

「なあ、シャルル」
「どうしたの、クリスティーナ様」

 さてはて。
 なぜ私はこの国の第三王子に様という最大級の尊称を付けられているのだろうか。

「うん。あのな、少し話したいことがあったんだがいったん置いておこう。それよりなぜ私の名前に『様』をつけて呼ぶんだ?」

 いまさら態度を改めても不審がられるだけだ。さっき思いついた作戦の都合にも沿うのでいつも通りの口調を突き通していた。
 それに返ってきたのが『クリスティーナ様』呼ばわりである。
 完璧に出だしをくじかれた。天才の私の話術をのっけから突き崩すなんて見事の一言に尽きる。さっきのダンスホールでだって私がリードする話に沿って会話を展開し主導権を握って離さなかったというのに、この王子はやすやすと私の思惑を外して見せた。
 こやつ、できる。
 警戒心をひとつ引き上げた私に対し、シャルルはきょとんとした顔を返してきた。

「いやだってクリスティーナ様が『おそれうやまいたてまつれ』って言ったからそうしてるだけだよ?」
「…………あ、うん。そうか」

 確かに言った。
 私の七年という短い人生で最大級の失言を、この五歳児はしっかりと記憶して認識し実践までしてくれたらしい。高度なテクニックで私をおちょくっているのでないのならば、シャルルは大変素直な良い子である。
 それはもう、将来が心配になるレベルで。
 なんだろう。短い会話でここまで敗北感を味あわされた相手なんてマリーワを除いて存在しなかった。

「言ったな、うん。確かに私が言ったよ、うん……」
「だよねー」
「ぐっ……!」

 悪気なく私を追い詰めるシャルルの攻撃に歯噛みする。マリーワ以外から与えられた敗北感にちょっと心が折れかけたけれども、こんなところでくじける私ではない。無自覚に手厳しい攻撃だったが、伊達にマリーワに叩かれて伸ばされていないのだ。私はこれでも結構打たれ強い。
 よし、と気を取り直して顔をあげる。過去にさまよわせていた視線を現在に戻し、難敵シャルルをしっかり見据えた。

「なあ、シャルル」
「なに、クリスティーナ様」

 やめい。
 小刻みな精神攻撃に口元がひくついたが、何とか柔らかい口調を引き出した。

「さっきはああ言ったが、様付けはやめるんだ」
「なんで?」

 なんで、とはまた単純な問いだ。単純で、どうとでも誘導できる。いままでの手ごわさが嘘のような言葉である。
 ……罠じゃないよな?
 純粋な疑問に満ちた青い目を相手にちょっと疑心暗鬼が生じている私は、それでも余裕ぶるためにふっと笑って答える。

「ふふふ。だってシャルル。私たち、友達だろう?」
「ともだち?」
「ああ、そうだ」

 友達という言葉にしっかり反応した。シャルルが呟いた疑問を決して逃がさぬように捕らえて強く頷く。よし、いい感じの流れだ。ここで興味を失ったり『嫌だ』とか言われたりしたらせっかくの作戦が台無しになる。

「私たちは友達だ。いや、正確にいうとこれから友達になるんだ」
「ともだちになる?」
「ああ。友達という関係は素晴らしいんだぞ? 友達同士は身分も年齢も遠慮も建前もないんだ。それらすべてを超えて通じ合える関係が、友達だ!」
「おぉっ」

 両手を広げてここぞとばかりに友情の素晴らしさを強調する。私の演説を聞いて、シャルルは感嘆の声をあげた。
 好感触だ。ここで後一押しすればシャルルも陥落するだろう。

「分かったら様付けはやめろ。むしろ気軽にクリスと呼んでいいぞ!」
「わかった、クリス!」

 ほんとにこいつ、素直だ。
 おそらく初めて対等な友人を得て喜んでいるシャルルを見て、内心でガッツポーズを作る。私の作戦はほぼ成功したと言っていい。いままでのやり取り全てを友達同士の交流と強弁すれば不敬罪ととられることはない。それにここまでくれば、やることはもう一つしかない。

「それとな、シャルル」
「どうしたのクリス?」

 互いに気安く呼び合いながら、私はそっと人差し指を立てて唇に当てる。

「ここでのことは、二人の秘密にしよう」
「……ひみつ?」
「ああ。秘密だ。ここであったこと、全部」
「……クリスがふわっはっはって笑ってたことも?」
「トップシークレットだ!」

 なぜこいつはいちいちピンポイントで最悪の部分をえぐるのだ。

「いいか。私と会った今日この夜のことは、誰にも言っちゃダメだぞ」
「……なんで?」

 強く繰り返すと、シャルルが唇を尖らせた。
 シャルルの疑問に不満が混じっているのは、今日の出来事を話して聞かせたいからだろう。いや、別に私の高笑いを喧伝したいという話ではなく……単純に友達ができたという喜びを身近な人と分かち合いたいのだ。
 そんな子供心をしっかり分かっている天才な私は、お茶目にウィンクをした。

「だって、せっかく友達になった記念だぞ? 二人きりで分かち合いたいじゃないか」

 私の素敵な提案に、シャルルの瞳に納得の色が入った。

「わかった! ひみつにする!」

 勝った!
 思った通りの言葉を引き出せた私は、こっそり胸の中で喝采をあげた。
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