「おれのおとなりさんは陸上最強生物」part4
五五、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
森は自然の宝庫だ
草木の成長には水が欠かせないから
大きな森には木々を維持するだけの水源が必ずある
植物は大地に根を張るものだから
土地が痩せないよう種を遠くまで運ぼうと
旬の季節には果実を育む
種を運ぶのは動物たちの役割だから
おいしい果実には多くのチャンスが与えられることになる
動物たちの中でも
猛獣と呼ばれるものは
たくさんの栄養を摂取し
それに見合うだけのカロリーを消費することで
アニマル界に君臨することを許された猛者たちだ
人間はどうか?
彼らは森で暮らすには貧弱な生き物である
獲物を追う嗅覚もなければ
捕食者から逃げる脚もなく
肉を裂く爪も
骨を砕く牙も
彼らには具わっていない
子狸「はっ、はっ、はっ」
森を駆ける子狸
妙にしっくり来る構図だが
四足獣が持つ生来のスピードには及ぶべくもなかった
しきりに背後を気にしているのは
追われているという自覚から来るものだろう
縄張りを荒らすよそものを
茂みに潜んだ動物たちが
胡散臭そうに見つめている
樹上では鳥たちがぎゃあぎゃあと喚き
闖入者の存在を一帯に布告していた
囮を買って出た子狸だったが
とくべつなことをする必要はなかった
火口のんの標的が
あきらかに自分へと向いていたからだ
勇者一行で
いちばん厄介なのは羽のひとだ
とにかく速すぎるし
接近を許せばサンドバックにされる
狐娘は問題外
つたなすぎる
だが人質としての価値はありそうだ
勇者さんは孤立させてしまえばいい
箱入り娘が一人旅を続けられるほど
自然界は甘くない
子狸は手頃なまとだ
コイツがいなくなれば
勇者一行の生活力は麻痺する
あとは簡単だ
多少つつけば
パーティーは呆気なく崩壊するだろう
子狸「……!」
子狸が藪を抜けると
横手に立て札が見えた
火気厳禁とある
子狸「しまった……!」
なにが?
だが火口のんが
ここを決闘のフィールドに選んだのは確かなようだった
子狸「上か!?」
頭上から撃ち放たれた触手を
とっさに子狸は体を開いてかわした
操られまいとする
糸繰り人形のようだ
動きに騎士ほどの安定感はないが
感覚の鋭さで補っている
退魔性が低い人間は
先触れの感知力が高くなる
だが退魔性が低い……
すなわち魔法への親和性が高い人間は
それだけ魔物のアクションに幅を与えてしまう
雷のように降り注ぐ触手から
子狸は必死で逃げ回る
子狸「チク・タク・ディグ!」
余裕はなくとも詠唱はできる
そうなるよう鍛えた
頭上に前足を突き上げた子狸をあざ笑うように
火口のんは高速で樹上を行き来している
触手の伸縮を利用して
木から木へと渡っているのだ
認識の外へと働きかける
概念的な魔法の使い方は
射程超過の制限に絡めとられる
だが子狸の親和性の高さなら
勘に頼った投射魔法も通るだろう
動きを先読みしたのか
空中で直角にカーブした圧縮弾が
火口のんを追尾する
これを火口のんは触手で打ち払ってガード
反撃に無数の触手を伸ばして
八方から子狸を狙う
子狸「アルダ・グレイル・ディグ!」
子狸の新技炸裂
周囲に浮かび上がった黒球が
高速で回転して触手をなぎ払った
五六、住所不定の特筆すべき点もないてふてふさん
おい。なにしれっとパクってんだ
それ、おれのダークネス☆スフィアじゃねーか
五七、管理人だよ
違いますぅー
おれの新技
暗黒舞踊って言うんだ
五八、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
勇者さんに対抗して
必殺技を編み出したつもりらしい
五九、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
というか
ダークネス☆スフィアの劣化版だな
規則性がある
六0、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
港町で羽のひとを苦しめたダークネス☆スフィアは
規則性を排除するために
おそらく何通りかの攻撃パターンを
あらかじめ作ってあった
子狸の暗黒舞踊とやらは
スピード重視なのか
それとも力量の不足によるものか
一定の規則性に従って運動している
黒球の隙間を縫って攻撃するのは
火口のんにとってさして難しくなかった
子狸「くっ、強い……!」
暗黒舞踊を解除した子狸が
素早く後退して直撃を避ける
これは無理だな。負けるわ
すでに術中に陥ってる
体勢を立て直した子狸が反撃に出る
子狸「パル・エリア・ラルド!」
骨のひとはごちゃごちゃと何か言っていたが
人間たちの武器が廃れたのは
けっきょくのところ
それが必要とされなかったからだ
槍は手元で伸び縮みしないし
放たれた矢は空中で直角に曲がったりしない
もちろん刃先が分裂するなんてこともありえない
騎士たちがたまに使っている光の鞭は
おれたちの触手を真似たものだ
目には目を
触手には触手だ
子狸「ディグ! 伸びろ!」
先端が分裂した光の鞭を生成した子狸が
激しい追撃の合間に
前足を突き上げた
幾条もの光線が虚空を走る
……異能持ちと呼ばれる人間がいる
異様に勘が鋭かったり
距離を隔てた人間と交信したりする連中だ
そうした人間たちを
おれたちはどうやって出し抜いてきたか
答えはこうだ
子狸の足元
ひそかに土壌を掘り進んだ火口のんの触手が
ポンポコのお腹を直撃した
子狸「あ!?」
がくりと片ひざを折る子狸
子狸「ぬう……!」
集中すればするほど
人間の視野は狭まる
ふだんは見えるものが
見えなくなる
注入された睡眠欲に抗おうとする子狸だが
しょせん無駄な足掻きだ
おれたちのレクイエム毒針は
肉体に干渉するものではない
火口「…………」
樹上から触手に吊り下がった火口のんが
子狸の眼前に降り立つ
開放レベル1の魔法をぶつければ
それで終わる
……儚い生き物だ
手を伸ばせば届く距離
ひとことの詠唱で逆転できる
しかし、おれたちの奥義を受けたものが
まともに魔法のイメージを結ぶことなど不可能だ
子狸「……お嬢……すまない」
そう言い残して
子狸の上体がぐらりと揺れた
子狸、敗れたり
火口「…………」
深い眠りに落ちた子狸に
火口のが
ゆっくりと地面を這って近付く
自らのテリトリーに侵入した愚かなポンポコを
見下すかのようだ
きゅ、と身体をねじる
茂みから飛び出した勇者さんが
聖☆剣を振り下ろしたときには
火口のんはふたたび樹上へと飛び上がっていた
追撃の死霊魔哭斬は不発に終わる
勇者さんは地面に突っ伏すと
子狸の頬をぴしぴしと叩いて
切れ切れに言った
勇者「なんで……走るの……」
極めて退魔性が高い勇者さんは
聖☆剣の秘匿性も相まって
奇襲向きのユニットだ
まず気配が読めない
しかし森の歩き方は素人だ
足音を忍ばせることもできない
だから火口のんにとって
彼女の接近は筒抜けだった
火口「終わりだ」
隠れひそんだ火口のが
はじめて口を開いた
立ち上がった勇者さんは凛としているが
どう見ても疲弊している
子狸を追って無理をしたのだろう
汗と土にまみれていた
火口のは続けた
火口「何故と……言ったな。どうやら自覚がないらしい」
にゅっと触手を伸ばして
子狸の前足に巻き付けた
火口「お前を危険から遠ざけるためだろう。こいつには、お前を守ろうという気持ちはあっても、守ってもらおうという気持ちはないのだ。だから一人で先行する」
勇者「…………」
勇者さんは、ひたすら呼吸を整えている
火口「じっくりと考えてみることだな。おれは妖精と決着をつけに行く」
この布陣なら
羽のひとは勇者さんに命じられて
狐娘の護衛についているはずだ
なにも言い返さない勇者さんに
火口のは畳みかけた
火口「こいつは連れて行くぞ。文句はあるまい? お前には、こいつの手を取る資格がない」
ぐいと子狸を引っ張り上げようとする火口のんに
しかし勇者さんの手元で聖☆剣が閃いた
半ばから断ち切られた触手を
火口のんがするすると引き上げる
火口「……わからん小娘だ。まあ、いい。好きにしろ」
そう言って、木の幹に触手を巻き付ける
この場をあとにするつもりだ
次の標的は狐娘
そして最後に羽のひとだろう
どのみち勇者さんには
子狸を背負って歩く体力などない
レクイエム毒針は魔法ではないという設定になっているから
退魔力で子狸の眠りを打ち破ることはできない
可能といえば可能なのだろうが
火口のが阻止するだろう
子狸を置いて戻るか
それとも羽のひとを信じて朗報を待つかの二択だ
その程度のことは
勇者さんにもわかっているはずだった
火口のんは
勇者さんを羽のひとから引き離すよう画策した
勇者さんは火口のんの裏を掻いたつもりで
まんまと罠にはめられたのだ
いや、たとえどちらに転んだとしても
子狸を欠いた勇者一行は機能しなかっただろう
子狸の引き離しに成功した時点で
火口のんの勝利は決まっていたようなものだ
自然界の厳しさを体験したことがない勇者さんは
火口のんの企みを看破することはできなかった
彼女の負けだ
そして子狸を眠らせたということは……
いまか? いまなのか?
六一、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
そう
奇跡というものは
自分たちの手で掴み取るものだからな
もう逃げられないぜ子狸ぃ……
??「ドミニオン!」
来ました
やぶの向こうから
甲高い少女の声が響いた
放物線を描いて飛んできた魔どんぐりが
空中で閃光を放って爆散する
まぶしい
おれ「ちっ……! 嗅ぎつけられたか」
光がおさまると
一人の少女が勇者さんの横で
樹上のおれを睨んでいた
??「また悪さをしてたのか、メノゥポーラ!」
彼女は足元に転がっている子狸に気が付いて
おお、と女の子らしからぬ感嘆の声を上げた
??「同志ポンポコ? 同志ポンポコじゃないか!」
土魔法と呼ばれる魔法がある
人間にしか使えない……
いや、正確には二番回路が生み出した
本来は存在しないはずの魔法である
人間なら誰でも使えるというわけではなく
大自然への愛が一定の領域を突破した人間のみが
習得条件を満たすことができるらしい
そして大自然への愛が極限の領域に達した人間は
なぜか判を押したように反社会的活動に走るのだ
もしも子狸が目を覚ましていたら
きっとこう言ってくれただろう
子狸「現れたな、このテロリストめ!」
子狸にとってのトラウマであり
そして爆破魔の異名で知られる
国際指名手配犯を
ひとは
豊穣の巫女と呼んだ
勇者「同志」
有名人だ
おうむ返しに呟いた勇者さんが
じつは立っているのもつらかったのか
眠っている子狸の横で
脱力したようにぺたんと地面に座った
注釈
・土魔法
特定の条件を満たした人間にしか扱えないとされる魔法。スペルは「ドミニオン」。
土属性、豊穣属性とも呼ばれ、その名の通り土を操ることができる。
水魔法と同様、土そのものを生成する魔法ではなく、浸食魔法から分離した魔法の一種だと思われる。
海上でもない限り人間の足元には常に土壌があるため、強力な魔法とされる。
植物を操ることはできないが、魔改造の実を生育したり兵器化することもできるようだ。
習得するための特定の条件とは、大自然への信仰。
条件を満たした人間は、たいてい自然への回帰を声高に叫びはじめる。
さらに高じると文明破壊に乗り出すものも……。