「おれのおとなりさんは陸上最強生物」part3
三五、住所不定の特筆すべき点もないてふてふさん
レベル4同士が衝突した余波で
魔都は跡形もなく崩壊した
叩き砕かれ、隆起した岩盤に刻まれた巨大な爪痕が
戦いの激しさを物語っている
飛散した瓦礫が結晶の砂漠に突き立ち
かつては見られなかった峡谷を
底の知れない闇がたたえている
だいぶ地形も変わった
切り立った崖の上を
順調なペースで走る子狸バスター
庭園「ほっ、ほっ、ほっ」
骨のひとたちの声援に
片手を上げて応える余裕もあった
瓦礫を撤去していた骨のひとたちが
観衆に加わって嬌声を上げる
片手を上げたまま
コースに沿って曲がった黒騎士の
まっすぐ伸びるつのが
稲光を反射して
きらりと光った
歓声は鳴り止まない
走る
走るつの付き
なぜ走るのか
経緯はこうだ
魔王の騎獣を務めてきた由緒正しき魔獣と
魔王の右腕として辣腕を振るってきた魔軍☆元帥の激闘は
後者の敗北という結末で幕を閉じた
惨敗だった
一時は互角に見えた両者だったが
にゃんこが変化魔法を織り込みはじめた頃から
黒騎士は防戦一方となり
一度でも趨勢が傾いてしまえば、あとは一瞬だった
自宅が空中回廊に程近く
誰よりも剣士に詳しいと
常日頃から豪語していた中のひとは
にゃんこの多彩なアクションに対応しきれなかったのだ
手足を砕かれ
砂漠に横たわったつの付きを
子供たちにはお見せできない姿と化したにゃんこが
憐れみをもって見下していた
庭園「……ころせ」
ひよこ「…………」
にゃんこの双眸に宿っていたのは
同情と呼ばれるものだったに違いない
戦いの終わりを告げるように二歩さがると
決着を見届けた骨のひとたちが
わっと押し寄せて
哀れな敗残兵を取り囲んだ
彼らは口々に慰めの言葉をかけた
骸骨A「いや、まあ……仕方ないんじゃないか。な?」
骸骨B「お、おう。ハンデ戦みたいなものだったし。うん」
骸骨C「レボリューションもなしに健闘したんだから、大したもんだよ。うん」
重苦しい沈黙が流れた
青いひとたちは変化魔法に頼らずとも
自由自在に形態を変えることができる
連中が最終奥義とか言っているレボリューションは
じつのところ互いの足を引っ張って弱体化するだけである
周知の事実だった
つまり魔王軍の頂点に位置する黒騎士は
万全の体制にありながら
部下を相手に
完膚なきまでに敗北したのだ
庭園「…………」
黒騎士の視線の先にあるのは
空を覆う分厚い暗雲だけだった
超空間と魔空間は原理的に同じものなので
天候は擬似的なものでしかない
触れてはいけないところに触れてしまった骨のひとが
慌てて言い繕った
骸骨C「あ、いや……。ひ、火の宝剣とか、あんまり意味ない、ですし……」
骸骨D「そ、そうだよな。座標起点があるんだから、むしろ不利になるっていうか……なあ?」
だが、魔法ではなく道具という扱いになっている精霊の宝剣は
無詠唱という特性を残しつつも
レベル4に致命傷を与えうるという設定だ
反則的な武器なのである
同意を求めて視線を振る骨のひとに
他のひとたちもうんうんと頷いた
しかし、この結末に納得できない勢力も
また存在したのだ
骸骨E「……それでいいんスか?」
一人の骨のひとが
ぼそりと言った
擁護派のひとたちがぎょっとしたのは
誰しもが心のどこかで同じことを思っていたからだ
一同の注目を浴びた骨のひとが
やりきれないとばかりに視線を逸らして言う
骸骨E「おれは……あんたが最強だって信じてたんだけどな。元帥だろ。何してんだよ」
骸骨C「ちょっ、待てよ! 元帥だからって……」
骸骨E「いや、言うよ。そうだろ? じゃあ、おれたちは、なんでこのひとについてきたんだよ」
骸骨C「ちがうだろ! 元帥はそういう役職じゃねえ! おれは……おれたちは……!」
骸骨E「わかってるよ。わかってる……。いちばん強いのはグラ・ウルーだろ。そんなのわかってる。でも」
魔王が必ずしも最強の兵ではないように
魔軍☆元帥とて無敵の兵というわけではない
魔王軍きっての最大戦力は
魔人と謳われる最強の魔獣だ
骸骨E「でも、おれは信じてた。あの魔人にだって、おれたちの元帥は負けないって。そう……信じてたんだ」
長い……
長い沈黙が一同を包み込んだ
今代の魔軍☆元帥は
鬼のひとたちが世に送り出した世界の鎧シリーズ
その五作目にあたる
つの付きという二つ名は
魔王軍を代表する古参兵の呼称であり
歴代の旅シリーズで重要な役どころを担ってきた
魔物たちのヒーローだ
頭上で飛び交う部下たちのやりとりを
甘んじて受け入れていたつの付きが
小さな声で呟いた
庭園「……メイガス・アイリン」
蚊の鳴くような詠唱だった
にゃんこに打ち砕かれた手足が
またたく間に復元する
しかし失墜した権威は――
よろよろと立ち上がった黒騎士のつのが
ぴきりと
不吉な音を立てたのを
その場にいた全員がはっきりと耳にした
それは誇りそのものだった
世界の鎧シリーズに共通する
全身を覆う甲冑は
騎士たちの勇姿にあやかっている
つのは彼らとの区別化を図るものであり
逃げも隠れもしないという覇気を体現したものに他ならない
そのつのが
根元から折れて
瓦礫に当たり
こつんと
思いのほか軽い音を立てた
ころりと足元に転がった誇りの残骸を
もはやつの付きですらなくなった黒騎士が
背中を丸めて見つめる
庭園「おれは……」
進むべき道を見失った
迷子のようだった
骸骨E「折れたら直せばいい」
先ほど魔軍☆元帥を罵倒した骨のひとが
両ひざを曲げて言った
黒騎士へと差し出した両手の上には
つのが乗っていた
骸骨E「一度は折れた骨だって、つながれば、より太くなる」
庭園「……もう折れないか?」
骸骨E「折れるさ。折れてもいいんだ。また、つなげばいい」
庭園「そうか。そうだな」
片手を差し伸べた黒騎士が
受け取ったつのをぎゅっと握る
おれ「じゃ、マラソンということで」
庭園「え?」
おれ「マラソンだろ」
堕ちた誇りを取り戻すため
魔軍☆元帥は走るのだ
そう、これは再生の物語……
おれのロイヤルゼリーは
もう戻らないけど
三六、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
大穴なんて狙うから……
三七、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
うるさい
三八、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
経緯はわかった
羽のひとってさぁ……
なんだかんだでレベル4なんだよね
いいバランス感覚してる
分身に代わって礼を言うよ
三九、住所不定の特筆すべき点もないてふてふさん
は? なに言ってんの、お前?
お前はむかしから何かっつーと
ひとの心を見透かしたかのようなことを口にする
そんでもって
そういうところに気が付ける自分を
子狸にアピールしようとする
だから末吉なんだよ
四0、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
おみくじは関係ないだろ!
四一、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
思ったより微妙だった……
四二、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
逆にリアルで悲しくなる
四三、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん
そんなお前らにお知らせがあります
おれんち、リニューアルすっから!
四四、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
おお
四五、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
おお
四六、火山在住のごく平凡な火トカゲさん
おお
間取りは? もう決めてるの?
四五、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん
骨のひとたちと相談してるところだけど
廊下をもっと広くして
おれが乗っかる台座みたいなのが欲しい
石像と見せかけて、じつはおれみたいな
四六、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
いま、ひどいネタバレを見た
ちょっと~……そういうのやめてくれる?
いざってなったとき
リアクションに困るんだよ
四七、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん
いいじゃん、べつに
わあっとか言ってれば
目ぇきらきらさせてさ
四八、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
お前とは、いずれ決着をつけるからな
魔軍☆元帥をのした程度で調子に乗るなよ
四九、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん
乗ってませんし
五0、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
乗ってますし
五一、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
空と羽が不毛な言い争いをはじめた一方その頃……
子狸さんはまじめにがんばっていた
事態はひっ迫している
勇者さんの許可を待たず
前足で砂地を叩き、叫んだ
子狸「ディレイ・エリア・エラルド!」
視力が許す限り最大の規模で
海岸線に防御壁を張る
深化魔法の効果だろう
炎の壁が立ちはだかったような
いびつな形状の力場だ
開放レベル2の魔法なら
レベル1の魔物の脅威を完全に抑えこめる
力場の内側
波打ち際を歩いて行けば
森からの狙撃にはだいぶ対処しやすくなるだろう
この手の魔法を持続するのは
集中力を要するので難しいが
子狸の持続力には定評がある
神経を張りつめずとも
イメージを保てるよう訓練されているのだ
子狸「……よし。行こう」
豆芝さんに歩み寄ろうとする子狸に
勇者さんが待ったをかけた
勇者「徒歩で行きましょう。馬上だと、いざというときに対処しきれないかもしれない。それに……」
そう言って勇者さんは
ちらりとお馬さんたちを見た
妖精「ずっと船の上だったから、急激な運動は控えたほうがいいわ」
不安定な足場で無理をさせると
骨折の危険性があったから
ここ三週間ほど、お馬さんたちはろくに運動をしていない
お馬さんたちと同様
ろくに運動をしていなかった狐娘が同意した
狐娘「うん。急に働くのは良くない」
子狸「言い得て妙だな……」
一理あるとか言い得て妙とか言ってれば
なんとなく賢く見えるのだと
子狸は学習していた
とにかく森は避けて歩く
大まかな方針は決まった
しかし出発してから一分ほどで
勇者一行は自らの計画の甘さを思い知ることになる
狐娘「おしっこ行きたい」
勇者「じつはわたしも」
子狸「…………」
子狸は断腸の思いで
変態せざるを得なかった
子狸「……この場で済ませてくれませんか」
勇者「…………」
狐娘「…………」
女性陣の視線たるや
氷河期の再来を思わせるものだった
妖精「…………」
とりわけ羽のひとの視線は
子狸の横にいるおれへと
冷たく降り注いでいる
なんですか
五二、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
これがお前の育てた変態だよ
いまどんな気分だ
五三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
知らんよ
遊びじゃないんだ
子狸よ、言ってやれ
子狸「命が懸かってるんだ」
うんうん
だが勇者さんは一歩も退かなかった
勇者「恥を捨てて生き長らえることに、どれだけの価値があるというの」
子狸「命だろ!」
語彙は少ないものの
子狸さんがいいことを言った
でも打ち返された
勇者「それは、あなたが決めることじゃないわ」
暮らしが保証されている貴族の一員として育ったから
勇者さんは人間の尊厳を重んじる
それでも子狸が反論したのは
骨のひとたち殺害未遂事件の影響によるものか
子狸「おれは間違ってない。好きなひとに生きていて欲しいと願うのは当然だ」
どさくさに紛れて告白した
勇者「……好きなの?」
子狸「ん? おっと、あぶないあぶない。その手には乗らないよ。お嬢は策士だからね……まったく油断も隙もないったら」
本人は危ういところで回避したつもりらしい
勇者「特殊な趣味をしているのね……」
勇者さんは冷静だ
びっくりするほど脈がない
子狸は大仰に肩をすくめた
子狸「不治の病というやつさ。おっと、これ以上は言えないな」
内股になってもじもじしている狐娘が
勇者さんの服の裾をくいくいと引っ張る
狐娘「アレイシアンさま、変態は放っておいて行こう」
勇者「そうね。行きましょう」
去り際に勇者さんがちらっと子狸を見る
子狸は言った
子狸「わかった。おれが囮になる」
男には
戦わねばならないときがあるのだ
五四、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
やだ、この子狸さん男前……