「おれのおとなりさんは陸上最強生物」part2
一九、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
鬼のひとたちがアリア家の工房にこもってから
じつに二週間が経過した
音沙汰はいっさいないが
貴族に仕える剣匠は、その機密性ゆえ
高い職人意識を持っている人間がほとんどだ
あらかじめ打っておいた剣を持参したという話であるし
きっとうまくやっていることだろう
そう信じたい
苛められていないか
心配ではあるが……
いま、われわれが真に憂慮すべきは
この島に住んでいるはずの
青いのんと緑のんが
不気味な沈黙を保ち続けていることではないのか
おい。なんか言えよ
二0、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
火口の~?
二一、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
まさかのノーリアクションである
二二、管理人だよ
これは罠に違いない。引き返そう
二三、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
野生の勘によるものか
子狸にしては鋭い見解であった
二四、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
知らぬが仏というやつだな
勇者さんが緑のひとに何の用があるのかは知らんが
おれたちにとっては好都合な展開だ
引き返すという手はない
行け、ポンポコ
世界の平和は
お前に任せた
二五、管理人だよ
めっじゅ~
二六、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
気に入っちゃったの……?
よくわからんが
じつにちょろいポンポコである
二七、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
承諾してもらえたようなので
状況を説明する
勇者一行が降り立ったこの島は
緑のひとが住んでいることで有名な観光スポットだ
地理的には王国領土に近いものの
王種が君臨する島を
自分のものだと言い張る勇気は
どこの国にもない
嫌いな言葉だが
障らぬ神に祟りなしという言葉もある
本来なら人が立ち入ってはならない魔の領域として扱われるのだが
近年は人間になめられているようで
国に属することをよしとしない者たちが
小さな集落を築きつつある
帝国兵を装った王国騎士や
王国兵を装った帝国騎士が
定期的に立ち退き勧告を求めてくるので
よそものには厳しい風土だが
観光客が落としていくお金で
島民の生活は成り立っている部分があるため
最終的には騙し合いへと発展し
放っておくとゲリラ戦が勃発する
大陸の情勢が不安になっていることから
以前のような活気はないが
死活問題なので
一定数の船の出入りは確保しているようだ
幽霊船が大手を振って入港とかありえないので
我らが勇者一行は
連合国がよく使う密輸ルートを用いて上陸
勇者さんの特命を帯びた羽のひとが
前もって先行調査を実施したため
周囲に人影は見られない
あまり大きな島ではないので
海岸線に沿って歩けば
半日ほどで人里に辿りつけるだろう
密林を突破するルートもあるにはあるが
さして近道というわけでもない
豆芝さんは下船するなり
久しぶりの陸地とあって
嬉しそうに砂浜を駆け回っていた
黒雲号はおちついたものである
このへんは性格の差だろう
狐娘「アレイシアンさま~」
拾い集めた貝殻を大事に抱えて
駆け寄ってくる狐娘を
子狸が反復横飛びで迎え撃つ
子狸「いいもん持ってるじゃねぇかよぅ。よぅ。よぅ」
勇者さんをめぐるライバルだからなのか
狐娘と接するときの子狸は
精神年齢が怒涛の勢いで急落する
子狸「ちょっと見せてみろよぅ。よぅ。よぅ」
狐娘「お前には絶対に見せない」
子狸「ひゅー!」
狐娘は子狸を敵視している
断固拒否の構えをとる彼女に
子狸がへたな口笛を吹いて喝采を上げた
変質者じみた動きで
狐娘の周囲をぐるぐると回っていた子狸が
不意に動きを止めて
森のほうへと視線を振った
子狸「むっ?」
いちおう都会育ちなのに
野生動物じみた直感をしている
火口「…………」
木の陰から
こそっと火口のが勇者一行を見つめていた
子狸と目が合って
にゅっと触手を伸ばす
無言で
どしゅっと撃ち出した
狙いは勇者さんだ
子狸「ディレイ!」
逸早く反応した子狸が
火口のんと勇者さんの間に割り込む
しかし高速で迫る触手は
直角にカーブして力場を回避
子狸の側頭部を撃ち抜かんとする
子狸「!?」
完全に死角を突いた一撃だ
子狸が回避できたのは
直感によるところも大きいのだろうが
ほとんど偶然に近い出来事だった
足場が砂地で踏ん張れなかったらしく
片ひざをついた子狸が
頭上をかすめていった触手に
遅れて自らの幸運を知った
火口「…………」
初撃で仕損じた火口のが
触手を引っ込めて
さっと身を引く
勇者「深追いはしないで」
地形の不利を悟った勇者さんが
簡潔に指示を飛ばした
彼女の肩から
羽のひとがぱっと舞い上がった
妖精「マジカル☆ミサイル!」
人前でおれたちは這って進むことしかしない
最高速で撃ち出された光弾を
火口のは身をよじってかわした
難なくだ
半液状ならではの回避法だった
妖精「なっ!?」
子狸「こいつ……! いままでのやつとは……!」
勇者さんの退魔力を
肉弾戦で突破することは至難のわざだ
精神的に崩れるということもない
だから火口のは
反撃のレクイエム毒針を
徹底して子狸にしぼった
回避に専念した子狸が
砂の上を転がってしのぐ
子狸「レクイエム部隊か……!」
勇者「毒持ち……」
一般的に魔物は、個体差が激しい種族だと言われている
その象徴とされるのが
毒持ちと呼ばれる
奥義を解禁した青くてニクいやつだ
疎らに差し込む木漏れ日が
小刻みに震える体表を滑り落ち
波打つかのようだ
一撃ごとに抜け目なく
奥へ奥へと後退していく
子狸「誘っているのか……?」
困惑する子狸を
不甲斐ないと見てか
狐娘が参戦した
狐娘「チク・タク・ディグ」
なんのひねりもない圧縮弾を
火口のは訳なく回避する
次に反撃があるとすれば
おそらく彼女が犠牲になる
子狸「下がれ!」
鋭く叫んだ子狸が
砂を蹴って躍り出た
子狸「あいつの狙いはおれだ」
勇者「待ちなさい。きっと伏兵がいるわ」
飛び出そうとする子狸を
勇者さんが制止した
すでに聖☆剣は起動してある
死霊魔哭斬を使えないかと試みているようだが――
火口のは彼女から見て
全身を露出しないよう移動を繰り返している
たったそれだけのことで
勇者さんの必殺技は封じ込めることができる
実戦経験が
少なすぎるのだ
そう、実戦だ
勇者一行は、ここに来てはじめて
設定が許す限りにおいて
全力で戦う魔物と遭遇したのだ
ここにいる誰よりも
おれたちに打ちのめされてきた子狸だから
火口のんの本気をまざまざと感じることができた
子狸「移動しよう。森の中だと絶対に勝てない」
その判断は正しい
おれたちは人前で飛んだり跳ねたりはしない
だが触手を使いこなせる個体なら
森の中での三次元運動が可能になる
視界を遮る密林は
魔法の精度を極限まで削るだろう
それらを避けるためには
海岸線に沿って歩くしかない
死を孕んだ鎮魂の狙撃に
おびえながらでも……
勇者一行の
逃避行がはじまる
二八、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
ちわ☆
二九、火山在住のごく平凡な火トカゲさん
待ってたよぉぉぉぉっ!
三0、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
あのさぁ……
王都のひと?
お前さん、同じ青いのだからってひいきしてない?
なんか叙述が……
三一、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
え? そう?
いつもこんなもんだよ
な? お前ら
三二、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
むしろ物足りないくらいだ
本気を出したおれたちは
こんなもんじゃない
三三、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん
青いひとたちが本気を出しはじめた
一方その頃……
コアラ「位置について~」
庭園「…………」
コアラ「よーい、スタート!」
庭園「……!」
黒妖精さんの合図で
黒騎士が華麗なるスタートを切った
魔軍☆元帥の
魔軍☆元帥による
魔軍☆元帥のための
世界最長級マラソンの幕開けである
三四、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
お前ら、おれに何させてんの……