「おれのおとなりさんは陸上最強生物」part1
一、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
旅の仲間に狐娘を迎え
ますます肩身が狭くなる子狸
タフな相棒が欲しいと嘆きつつ
お馬さんたちと狐さんのお世話に奔走する日々だ
食糧問題に関しては
子狸と狐娘が釣り担当に就任したことで解決を見た
狸と狐は相容れないものなのか
この二人は何かと競争したがる
狐娘「今日もわたしの勝ち」
子狸「後ろのひとたちは誰だ」
狐娘「わたしは忍だと言ったはず。これぞ分身の術」
子狸「なんてことだ……。まるで別人に見える」
忍法を駆使する狐娘に
子狸は苦戦をしいられる
調理担当は相変わらず子狸だ
自分の生活力に一抹の不安を抱いたのか
一度だけ勇者さんが協力を申し出たのだが
子狸「お前たちと出逢えた今日という日を! おれは忘れない! 感謝のインフェルノ! ゴル・ロッド・グノ! 波ーっ!」
勇者「…………」
子狸の本気すぎる調理実習に
二日目以降は姿を現さなかった
朝食を終えたあとは
恒例の乗馬訓練だ
一週間で適応した子狸は
次のステップに進んだ
羽のひとの監修のもと
過酷なG訓練に挑む
妖精「おおっと、ここで急カーブだぁー!」
子狸「くっ、身体がばらばらに砕け散りそうだ……!」
勇者「…………」
暴れ馬と化した三角木馬を乗りこなすに至った
おれたちの子狸さんに死角はない
乗馬訓練と並行して
ポンポコ学園物語も怒涛の展開を迎える
子狸「そのときおれに電撃走る……!」
勇者「電撃」
子狸「そう、これだ! ってね」
勇者「……そう」
教官の後輩が学校にやって来て
彼女を騎士団に連れ戻そうとした事件だ
もともと教官は
将来を嘱望された騎士候補生だったらしい
言うまでもなく
発電魔法とは無関係なエピソードなのだが
子狸のひととなりを知るにはいいと思ったのかもしれない
勇者さんは口を挟まなかった
二、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
? そんな事件あったっけ?
三、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
あったよ~
こう言えばわかる?
はじめての鞭打ち事件だ
四、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
ああ、あれね
未来永劫、語り継がれるんだな……
教官の晴れ姿は
五、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
おれたちは運命共同体だからな
もしものときは子狸も道連れだ
六、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
管理人だからな
考えようによっては
全責任は子狸にあると言ってもいいはず
七、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
むしろ子狸の単独犯だと断言してもいいはず
八、管理人だよ
死なばトレモロという言葉もある
九、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
そんな言葉はない
正しくは、死なばもろとも
死ぬときは一緒ということだ
とにかく……
話を進める
お昼から夕方にかけては
自由時間になる
子狸が芸術に励んだり
裁縫の習熟にあてたり
奇行に走ったりするのが
この時間帯だ
勇者さんは
たいてい読書して過ごす
その傍らで羽のひとは瞑想するわけだが
つい先日
チャクラが開いたらしい
あまりおかしな概念を持ち込まないで欲しいと
せつに願う
新メンバーの狐娘は
布団の上でごろごろして過ごす
狐娘「アレイシアンさま。遊ぼう」
勇者「魔法の練習はどうしたの?」
狐娘「明日からやる」
子狸「…………」
その翌日、甲板で待ち受ける子狸の姿があったが
いつまで経っても彼女は現れなかった
勇者「魔法の練習は?」
狐娘「今日は本を読む日。これ、なんて読むの?」
勇者「どれ?」
狐娘「これ」
勇者「魔界。魔物たちのふるさとのこと」
魔法に頼ることをしない勇者さんは
定時に寝て、定時に起きる
規則正しい生活が身についている
ちなみに狐娘は
子狸にベッドを明け渡すよう強硬に主張したが
これは勇者さんに却下された
勇者「わざわざ戦力を分断してどうするの」
狐娘「しかし」
勇者「あなたは、わたしと一緒に寝ればいいわ。狭いけど我慢なさい」
狐娘「その言葉が聞きたかった」
船内の客室はそう広くない
ベッドを三つ置くのは無理だから
おのずと選択肢は限られてくる
子狸「女狐めぇ……」
子狸は悔しそうだった
嫉妬の心が熱く燃え盛る
ときに狐娘は
ふだんお面で素顔を隠している
ごはんを食べるときも
お面をずらして肌の露出を最低限に抑えるので
ポリシーがあるのだろうと思って見ていたら
たんなるファッションだったらしい
お風呂に入るときと就寝時はふつうに外す
子狸「……お嬢、また新しい子を連れ込んだの?」
勇者「……?」
妖精「見分けがついてないみたいです」
狐娘は子狸に手厳しい
狐娘「じろじろ見るな」
子狸「おれの弟子をどこへやった!」
狐娘「お前に弟子入りしたつもりはない」
子狸「わけのわからないことを……!」
ヒートアップする子狸に
狐娘が身構える
一触即発かと思われたが
勇者「……部屋の中で騒ぐなら出て行ってもらえる?」
子狸&狐娘「寝ます」
勇者さんに叱られて
いったんは大人しくなる
妖精「きちんと寝ないと大きくなれませんよ?」
羽のひとは狐娘に優しい
人前では猫をかぶっているからだ
一0、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
勝手なことを言うな
お前らがろくなことをしないからだろーが
最初の一週間は天候に恵まれた勇者一行だが
二週間目には暴風と大雨に見舞われた
緊急会議が発令されたのは
日付が変わろうかという時刻である
勇者一行が会議室に集合したとき
そこでは、すでにジョーたちが議論を交わしていた
アイアン「いや、だいぶ波が高くなっている。備えは早いに越したことはない」
ゴールド「最善を尽くすべきだ」
シルバー「……進路が変わらないとも限らない」
ノーマル「そのつど対応すればいい」
アイアン「そんな余裕があると思うのか? 一度で成功するという保証もないんだぞ」
近寄りがたい雰囲気である
二の足を踏む狐娘を押しのけて
勇者さんが会議の輪に加わった
勇者「嵐が近付いているのね。状況は?」
子狸「…………」
特訓の真っ最中だった子狸は
体力が限界に達しようとしていた
のそのそと歩いていって
静かに着席する
ジョーたちが口々に報告した
アイアン「このまま北上を続ければ、遅くとも両日中には直撃する」
ゴールド「早ければ半日後だ」
シルバー「近くに島はない。錨を下ろして耐えしのぶか、あるいは強行するか……二つに一つだ」
ノーマル「おれたちは自然現象には手出しできん。ここの眠そうなポンポコの手には余るだろう」
人間たちにとって嵐は災禍かもしれないが
一方で恵みを受ける動物たちもいる
長い目で見れば
自然現象というのはサイクルするものだから
それを魔法で捻じ曲げれば
必ずどこかで手痛いツケを支払うことになる
そうでなくとも
二番回路に保護された天災に
人間たちが抗うすべはない
円卓に前足を揃えて置いて
うなだれたまま子狸が言う
子狸「わたあめ……?」
子狸のつぶやきに
枕を持参した狐娘が感応した
狐娘「わたあめ」
だめだ、こいつらは役に立たない
おれ「嵐の中だと、わたしは飛べません。リシアさん、ここは三時間ほど様子を見てはどうでしょう? 運が良ければ暴風圏を抜けられるかも」
とにかく距離を稼いで
ある程度の余裕を見越して錨を下ろすという案だ
不安要素が多すぎるため
慎重に慎重を重ねたい
子狸を除く全員に注目されて
勇者さんは決断を下した
勇者「そうね。まずは針路を保つ……時間の勝負になるわ。一人残して、あとはトリコロールに回って頂戴」
アイアン「え? トリコ……なに?」
勇者「トリコロール」
ゴールド「ちょっ、ごめん。もう少し大きな声で言ってくれる?」
シルバー「トリまでは聞こえた。何をしろって?」
こいつら……
勇者「…………」
勇者さんは少しためらってから
どこか恥ずかしそうに言った
勇者「トリコロール」
骨ズ「ほう……」
子狸「!」
子狸が覚醒した
カッと目を見開いて跳ね起きる
子狸「おれだァーッ!」
よくわからないが
トリコロールと一体化した子狸が
ぎらついた目でジョーたちを見る
ゴールド「やだ、目がイッてる……」
子狸「お前ら! 最後の力を振りしぼるなら、いまだろ!」
シルバー「まあ、そうね。女子供の出る幕じゃない」
アイアン「よし、行こう!」
三種のジョーを扇動した子狸が
前足を突き上げて鬨の声を上げた
子狸「トリコロール!」
金&銀&鉄「トリコロール!」
会議室を飛び出していく四人
つい忘れがちになるのだが
船底部の歯車を回す作業に
これといった意味はない
無駄骨だ
無駄骨だ……
一一、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
まるでおれたちの存在を否定しているかのようだな
いずれにせよ
濃厚な三週間だった
長い船旅を終えて
そして今日
とうとう勇者一行は
緑のひとの家がある島に上陸した
王種が住まう地である
下船する勇者さんに
おれたちを代表してノーマルが言う
取り戻したこん棒は
しっかりと腰に差してある
ノーマル「名残り惜しいが、ここでお別れだ」
勇者「……そう。あなたたちには借りが出来たわね」
おれ「帰りはどうするんだ? なんなら迎えに来ても……」
一二、迷宮在住の平穏に暮らしたい牛さん
騎士A「が……あ……」
おれ「…………」
騎士B「た、隊長ーっ!」
一三、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
おれ「……と言いたいところだが、おれたちにも都合があるからな」
勇者「構わないわ。無人島というわけではないから、あまり多くないけど定期便もある」
おれ「すまない。本当に。本当にごめんなさい」
ゴールド「本当にね」
シルバー「うん、本当に……」
ノーマル「心の底から申し訳ないと思ってる」
勇者「……?」
誠心誠意の謝罪に
勇者さんは小首を傾げた
彼女の肩の上では
羽のひとが小さな身体で
精いっぱい伸びをしている
妖精「みなさんは、これからどうするんですか?」
魔王軍に戻るのかということだろう
ノーマル「リリィと合流するつもりだ。あとのことは、それから決める」
波打ち際では
子狸と狐娘が砂のお城を合作している
ディティールにこだわる子狸に対して
狐娘はトンネルの開通に腐心していた
別れの時間だ
黒雲号を連れた勇者さんに
おれたちは一人ずつ言葉を贈る
ゴールド「達者でな。ポンポコについては、あまり気にしないほうがいい」
シルバー「緑のひとによろしく伝えてくれ。光の精霊はお前に宝剣を託し、あいつを寝床に選んだのだろう。仲良くな」
アイアン「魔軍☆元帥とは打ち合うな。あのひとは空中回廊の出身だ。槍術も弓術も廃れていったというのに、剣術だけが残った。それは魔法剣士たちの執念だ」
ノーマル「悪くない船旅だった。人型の魔物には用心しろ。あるいは都市級よりも、お前たち人間に近いぶん強敵になるだろう」
おれ「完全な結界は存在しない。覚えておくといい。次に会うときは敵同士かもしれんな。だが、ためらうな」
一四、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
出航する直前
子狸は骨のひとたちとの別れを惜しんで
抱き合って互いの無事を祈った
勇者さんが
彼らと触れ合うことはなかった
彼女の退魔性は
魔物たちにとって苦痛だからだ
触れ合うこともできないのだと
双方が理解していた
遠ざかっていく幽霊船を
見送り続ける子狸の後ろで
勇者さんが
片手を
かすかに
揺すった
音もなく形成された光の刀身が
ゆらり
ゆらりと
不安定に
揺れている
魔物が魔物を撃つとき
魔法はもっとも実現性を帯びる
であるならば
聖☆剣が最大の力を発揮するのも
魔物を討つときに他ならない
子狸「!」
勇者さんが聖☆剣を構えたのと
子狸が振り返ったのは同時だった
勇者「やっぱり」
ぼそりと呟いた勇者さんが
聖☆剣を振り抜く
いわゆる一種の
死霊魔哭斬だった
子狸「ディレイ!」
子狸が格上の相手と互角の戦いを演じるのは
魔法に対する嗅覚が鋭いからだ
飛び上がった子狸が
盾魔法で光刃の侵攻を食い止める
負荷に耐えきれず
力場が歪み、砕け散る
吹き飛ばされた子狸が
肩から海面に落ちた
妖精「っ……!」
直視に耐えないと
羽のひとが目を逸らした
彼女は、たぶんこうなるとわかっていた
かつて鬼のひとたちを斬り捨てた勇者さんが
魔王軍に戻るかもしれない骨のひとたちを
見逃す道理がないからだ
その道理が子狸には理解できない
子狸「なんで……?」
ずぶ濡れの子狸が
浅瀬で四つん這いになっている
勇者さんは目を逸らさない
やっぱりと彼女は言った
ならば、続く言葉は決まっていた
勇者「あなたは庇うのね」
バウマフ家の人間は
常に人間と魔物の間で揺れる存在だ
人間の側につくのか
魔物の側につくのか
子狸「おれは……」
ずっと先送りにしてきたことだから
いま問われても
子狸には答えが出せない
立ち上がることはできても
言葉は出てこなかった
でも、と勇者さんが言った
勇者「それでいいのかもしれない」
聖☆剣を散らすと
くるりと反転して歩き出す
立ち尽くす子狸を
肩越しに振り返って
声をかけた
勇者「行きましょ」
子狸「え?」
勇者「備えは必要だと思う。けれど、そうじゃないほうがうまく行くこともある」
勇者さんには
常に最悪の状況を想定して動く癖がある
それ自体は悪くないし
むしろ良いことだ
だが、ひとの心を動かしてきたのは
往々にして
この、ままならない感情だ
砂浜でしゃがみ込んでいた狐娘が
拾い集めた貝殻を高々と掲げている
それらは陽光を反射して
きらりと輝いた
一五、管理人だよ
ああ、びっくりした
バレたかと思った……
一六、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
いや、もうこれ完全にバレてるだろ
一七、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
九死に一生スペシャル、おれ
一八、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
でも牛さんがお前を待ってる
注釈
・はじめての鞭打ち事件
文化祭に乗じて校内に潜入した騎士候補生(教官の後輩)が、教官を騎士団に連れ戻そうとした事件。
教官の教師としての適性を問われたため、現場に居合わせた子狸が一騎討ちを挑んだ。
見習いとはいえ特装騎士に敵うはずもなく、圧倒的な実力差に打ちのめされるが、まったく屈しようとしない子狸の姿に教官が感動していた。
しかし思案をめぐらせた子狸の提案で、教官が全校生徒の前でコスプレ姿をお披露目することに。メイド服だった。
のちに教官の手で仲良く鞭打ちされた二人だったが、きちんと和解したようだ。
わかり合えたようで何よりである。