「失うもの、得るもの」
五、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
子狸速報
本流にて
絶 賛 氾 濫 中
お前らの感謝で前が見えない
一0000ゲットで
教官に特製TA☆NU☆KIパジャマ進呈なるかと思われたが
子狸さんの感謝が華麗に一0000ゲット
子狸ぃ……の嵐が吹きすさぶ中
暴徒と化した見えるひとが周囲の反対を押し切って
1/1スケールTA☆NU☆KIぬいぐるみの製作に着手
収集がつかなくなったため
王都在住の不定形生物さんが
禁断のレベル9
折り畳み式ヘルで
おれたちに制裁を加える
六、樹海在住の今をときめく亡霊さん
同胞たちの悲鳴が聞こえる
騎士A「この森を抜ければ第一のゲートだ……! 急げ!」
騎士B「!? 止まれ! 何かいる」
騎士C「……囲まれたか」
鬱蒼と生い茂る木々の中
立ち止まって警戒する騎士たちを包囲するように
おれたちが地面から染み出すように登場する
おれA「お前たちの焦燥が伝わってくるぞ……心地良い調べだ」
おれB「寒い……寒いんだ……」
おれC「手足の感覚がないんだ……ひどく寒い……ここは……?」
おれA「……お前ら、だいじょうぶ?」
騎士A「メノゥパル……! お前たちは、死者の魂を……どこまで!」
七、住所不定の特筆すべき点もないてふてふさん
世界各地で盛り上がっているようだが
魔空間も盛り上がってます
庭園「影ども! 行け!」
練り上げられた火の宝剣が
千の刃となって
にゃんこに襲いかかる
ひよこ「ケェッ!」
これを衝撃波で蹴散らすも
少なくない傷を負うにゃんこ
ひよこ「エリア・ブラウド!」
ダメージを意に介さず突進するが
影たちに遮られて本体のバスターまで届かない
不眠不休で戦い続ける二人の都市級
その闘争たるや凄まじく
魔都は瓦礫の山と化していた
うず高く積み上がった瓦礫の上で
火の宝剣がふたたび閃いた
バスター渾身の一撃を
にゃんこがくちばしで受け止めて
纏わりついてくる影たちもろとも
大きく翼を広げて弾き飛ばす
にゃんこの瞳が怪しくきらめいたかと思えば
研ぎ澄まされた石の槍が
バスターの足元から突き立ち
黒鉄の鎧を激しく打った
庭園&ひよこ「イズ……!」
たまらず飛び上がったバスターが
火の宝剣のひと振りで
石筍を輪切りにした
着地したバスターに
尖塔の壁をぶち破ったにゃんこの
猛烈なチャージが炸裂する
どれだけ鋼を重ね合わせようとも
彼我の体重差はいかんともしがたい
木の葉のように吹き飛んだバスターを
にゃんこが組み伏せる
庭園&ひよこ「ロッド……!」
かろうじて原形をとどめていた尖塔が
支点を失って崩れ落ちる中
カッとくちばしを開いたにゃんこを
とっさにバスターが片腕で押しとどめる
ぞろりと生え揃った乱ぐいの牙が
バスターの眼前で大気を食い破った
噛み合わさった凶悪な牙が
くちばしの隙間から覗いている
鳥獣の特徴を併せ持ち
また成熟しきっていない幼体でもあるにゃんこは
本人ベースの変化魔法で
どんな獣にもなれる
もちろん空想上の怪物にも
庭園&ひよこ「ブラウド!」
崩壊した魔都に
目も眩むような紫電が走った……
沈み行く尖塔を
避難を終えた骨のひとたちが
体育座りして眺めている
骸骨A「……どっちが勝つと思う?」
骸骨B「……空のひとじゃねーの?」
おれ「いや、つの付きだろ」
骸骨C「お。姐さん、ギャンブラーだね」
おれ「なんなら賭けるか?」
骸骨D「乗った!」
レベル4同士の死闘を
無力なおれたちは見守ることしかできないのだ……
八、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
軍靴の足音が
何もかもを呑み込んでいくかのようだ
王都のひとが暴徒の鎮圧に乗り出し
見えるのが騎士たちと衝突し
都市級の争いに魔都が崩壊しつつある
一方その頃
海上の勇者一行は平和そのものだ
目覚まし勇者さんの末路に
むせび泣く子狸はともかく
薄く吐息をついた勇者さんが
片手を揺すって聖☆剣を散らすと
狐面をねめつけて言った
勇者「家に帰りなさい」
狐面「アレイシアンさま」
少女は構わず勇者さんの両手をとった
狐面「やっとお会いできました」
それが彼女にとって
もっとも重大なことだったのだろう
勇者さんの手を握ったまま
ぴょんぴょんと跳び跳ねる
勇者さんはされるがままだ
両腕を上下されながら
続けて言う
勇者「コニタ。あなたは戦力にはならないわ。戦いながら魔法を扱うのは、難しいでしょう? 騎士ではないのだから。あなたくらいの年齢なら、それが当然なの」
言外に
おれたちの子狸さんは異常なのだと言っている
戦力外通告された狐面は
うんうんと頷いている
狐面「帰るなら、アレイシアンさまも一緒です。さもなくば、わたしは死にます」
勇者「勝手にすればいいわ。生きようとしない人間に、わたしは興味がないもの」
そう言って両手を振り払う勇者さんに
狐面がまとわりつく
狐面「それは約束がちがう……怒った?」
勇者「いいえ。とにかく、あなたは帰るの。いますぐとは言わないけど、王国に戻ったら街で待機してなさい。迎えを寄越すよう伝えるわ」
立ち直った子狸が
勇者さんの傍に立った
子狸「お嬢の言うとおりだ。事情は知らないが……光るものを持ってる。おれの修行は厳しいぞ」
事情がわかってないなら黙ってればいいのに
子狸の肩にとまった羽のひとが
可愛らしく小首を傾げて言った
妖精「でも、ノロくん。そんなこと言っても、リシアさんのお宝画像は手に入りませんよ? わたしの目が黒いうちは、お前の好きにはさせませんから」
子狸が目を見開いて反駁した
子狸「おれを見くびっているのか!? はちみつ一杯でどう?」
妖精「せめてリシアさんの目が届かない範囲で交渉して欲しいです」
子狸「わかった。その件はあとにしよう。二杯でも?」
妖精「しつこいですよ?」
子狸「……いや、だめだな。虫歯になるかもしれない。許可できない」
妖精「お前は、わたしの何なんですか」
子狸と漫才をしている羽のひとを
狐面は興味しんしんといった様子で見つめている
狐面「妖精だ。妖精がいるよ、アレイシアンさま」
勇者「あなた、ずっと見てたんでしょ?」
狐面「やはり実物はちがう……」
実物は違うらしい
狐面の羨望の眼差しに気付いて
羽のひとがにやっと笑う
子狸の肩の上で立ち上がって
びしっとファイティングポーズをとった
静止すること数秒
宙に舞った波飛沫を
鍛え上げられた動体視力で捉え
左ジャブで打ち抜いた
空恐ろしいまでの精密動作だ
子狸「風切り音が尋常じゃない……」
子狸がうめいた
おれ個人の意見だが
妖精らしさをアピールするのに
拳速を披露するのはどうかと思う
しかし狐娘は喜んでいるようだ
狐面「お前とはいいライバルになれそうだ。コニタと言う」
妖精「はいっ。よろしくお願いします、コニタさん。わたしはリンカー・ベルって言います」
子狸「…………」
握手を交わす二人を見つめる子狸は
なんだか微妙な面持ちをしている
きっと、自分にとって
あまり嬉しくない未来図を予想したのだろう
ちらっと縋るような目で
おれに視線を寄越してきた
……悪いが、このまま勇者一行に加わるつもりはない
お前は人間なんだから
人間たちと一緒に生きるんだ
おれたちとは違う
九、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
一方その頃
アリア家で妙なことになっている鬼のひとたち
腹が決まったようで
王国のひとがちらっと帝国のひとに目配せした
帝国のひとはかぶりを振った
それならばと連合のひとに目を向けると
連合のひとは頷いた
無言の応酬だった
連合「…………」
連合のひとが五本指を立てて
二人の反応をうかがう
帝国「…………」
帝国のひとは反論するように
三本指を立てた
意見が割れた帝国のひとと連合のひとが
揃って王国のひとを見る
王国「…………」
王国のひとは少し悩んでから
三本指を立てた
合意に達した三人が
無言で頷き合う
アリアパパ「…………」
アリアパパもまた無言で
三人の挙動を観察している
この男には
問答無用で周囲の人間を従わせる威圧感がある
勇者さんも大人になったら
こんな感じになるのだろうか
ならない気がする
制限時間は五分だ
残りあと四分と三十秒余
鬼のひとたちが一斉に立ち上がって
ぞろぞろと部屋の中央に移動する
こほんと咳払いした帝国のひとが
ぱっと両腕を広げた
帝国「レジィです!」
連合「ユニィで~す!」
王国「ジャスミンですぅ!」
なんかはじまった
帝国「三人あわせて!」
連合&王国「ショーンコネリー!」
帝国のひとを中心に
びしっとポーズを決める三人
アリアパパ「…………」
アリアパパは
微動だにしない
帝国のひとが片手を上げて宣言した
帝国「ショートコント。学校」
素早く配置につく三人
ため息をつく王国のひとに
帝国のひとが歩み寄る
帝国「どうしたんだい、ジャスミン? 元気がないね」
王国「ああ、君は……ええと?」
帝国「レジィ」
王国「そう、レジィ。聞いておくれよ。時間がないから端折るけど、つまり成績が悪くて人生の見通しが立たないんだ」
帝国「なんだって? ジャスミン、君はもしかしてR&Yを知らないのか?」
王国「R&Y? はじめて聞いたな。新しいバンドかい?」
軽快な口調だ
帝国のひとが振り返って声を張り上げる
帝国「ユニィ! ユニィ、聞いたか?」
部屋の片隅で待機していた連合のひとが
パントマイムを交えて二人に歩み寄る
連合「ぷしゅっ。ふい~ん。ぷしゅっ。呼んだかい、レジィ?」
なにそれ。自動ドア?
いきなり世界観がわからなくなったな……
早足で歩いてきた連合のひとが
王国のひとの肩を軽く叩く
連合「やあ! この前のバーベキュー、最高だったよ。また誘ってくれ」
王国「そう言う君は、どちらかと言うと恋の炎に焼かれたいといったところかな、ユニィ?」
連合「こいつは一本とられたな、ええと、ステファニー?」
王国「ジャスミン」
連合「そう、ジャスミン。2カットほど飛ばして言うけど、レジィから話は聞いたよ。R&Yを知らないだって?」
王国「そうなんだよ。何なんだい、そのR&Yって?」
帝国「僕の台詞だから僕が説明するよ。R&Yは誰でも簡単に、いいかい、誰でも簡単に成績が上がる教材のことなんだ。個人の感想だけどね」
王国「おいおい、信じられないな。そんな夢みたいな教材があるもんか」
連合「誰でも最初はそう言うんだ。でもR&Yは確かな実績を上げてる。これは君だから打ち明けるんだけど、じつは仮入会というシステムがあって、僕かレジィを通してくれれば気軽にお試しコースにチャレンジできる。どうだい?」
王国「本当かい? なんだか悪いな」
帝国「もちろん口利き料はきっちり貰うけどね?」
王国「ふふ。よく言うよ」
帝国「ははは。冗談さ。半分くらいね。何はともあれ、じっさいに試してみるのがいちばんだ」
連合「よし! そうと決まったら、さっそくレジィの家に行ってみよう」
二人の肩を叩いた連合のひとが
ふたたび部屋の片隅に戻る
場面が変わったらしい
王国「でも、そんな急に変われるものかな? 僕は飽きっぽいというか、どんなことも長続きした試しがないんだ」
帝国「心配いらないさ、ジャスミン。R&Yは安心確実がモットーだからね。そんな君にも最適なプログラムを用意できる。具体的には家庭教師を派遣してもらえるんだ」
王国「教材だけじゃなくて教師まで?」
帝国「そう。彼らはプロだから、君の不安をきっと拭い去ってくれる。出張料は別途だ。……しっ! 屈んで」
何かに勘付いた様子の帝国のひとが
その場で屈み込む
連合「オォォォオオオォォ……」
帝国「なんだ、猫か」
立ち上がった帝国のひとが続ける
帝国「ザザッ。ユニオン? こちらレジスタンス。ターゲットの邸宅に潜入した。指示をくれ」
連合「ザザッ。こちらユニオン。確実に仕留めろ。成功を祈る」
王国「レジィ? どうしたんだい?」
帝国「気にしなくていいよ。さっきも言ったけど、R&Yは安心確実がモットーなんだ。さっそくだけど、ミッションだ」
王国「いきなりかい? 自信がないよ」
帝国「だいじょうぶ。おちついて、ジャスミン。深呼吸して。ゆっくりと周りを見渡すんだ。どう? 簡単だろ? 僕はプロフェッショナルだからね。僕についてくれば間違いないさ」
王国「なんだって? 驚いたな。どうりで見覚えがないと思ったよ」
帝国「そう? 僕は運命的なものを感じたけど。戦歴は?」
王国「二千以内なら確実にヒットする自信はある」
帝国「わお! 君があの伝説のソルジャーだったなんて。信じられない」
王国「僕も信じられないよ。ユニィの台詞だしね。なんで戦歴なんて聞いたんだ?」
近寄ってきた連合のひとが
二人の肩に腕を回す
連合「二人とも話しはまとまったみたいだね。体調はどう?」
王国「少し目が霞むかな」
連合「睡眠はたっぷり?」
王国「二日前にね」
連合「家族には何と?」
帝国「ここ一週間ほど妻とは口を利いてないんだ。娘の教育方針でもめてね」
連合「娘さんは味方をしてくれない?」
帝国「なかなか僕の顔を覚えてくれない」
連合「ばっちりだ。よし行こう」
連合のひとが両手を打ち鳴らして
それを合図に三人が一斉に振り返る
アリアパパを指差して
鬼ズ「ショーンコネリー」
アリアパパ「…………」
おい。にこりともしてない
帝国「……おい。滑ったぞ」
そう言って帝国のひとが
連合のひとの胸を軽く小突いた
連合「は? おれの責任かよ」
もみ合いをはじめる二人に
王国のひとがぼそりと言う
王国「ツッコミが弱い」
帝国「あ? 何か言ったか? おい」
王国「おれのボケを活かしきれてない」
トリプルボケだったじゃねーか
帝国「なんだ、お前。いや、よくわかったよ。お前は昔から何かっつーと……」
連合「おい。喧嘩すんなよ」
王国「いや、元はと言えばお前が……」
連合「あ? おれが何よ。言えよ」
帝国「おい。逃げてんじゃねーよ」
王国「あ? 誰が逃げたよ」
もみ合いをはじめる三人
無言で小突き合ってから
くるりと振り返って
びしっとアリアパパを指差した
鬼ズ「ショーンコネリー」
アリアパパ「…………」
鬼ズ「…………」
きっかり五分だ
無言で席に戻る三人
左側に座ろうとした帝国のひとと
王国のひとが無言でもみ合いになる
帝国「……!」
王国「……!」
今度はリアルファイトだ
神速の踏み込みで懐に潜り込んだ王国のひとが
帝国のひとを投げ飛ばした
見ていて惚れ惚れするような払い腰だった
勝利をおさめた王国のひとが
しれっとした顔でソファの左端に座る
二人がもみ合っているうちに
連合のひとは右端を陣取っていた
絨毯の上で大の字になった帝国のひとが
濁りのない眼差しで天井を見つめている
ゆっくりと上体を起こして
帝国「……くそがっ」
小さく悪態をついた
しっかりとした足取りで歩いていって
ソファの真ん中におさまる
腰掛けた三人を
アリアパパはじっと凝視している
やがて彼は言った
アリアパパ「いいだろう。あれの剣については、お前たちが好きにしろ」
鬼ズ「いいの!?」
アリアパパ「常識的に考えろ。何をしてもいいなどという条件があるものか」
つまり答えはすでに決まっていたということだ
呆然とする三人を
アリアパパは満足そうに見つめて
こう言った
アリアパパ「五分あれば、あの出来損ないが都市級を出し抜くこともできる。参考になった」
注釈
・折り畳み式ヘル
禁断のレベル9。対象に地味な単純作業を強いた上で達成直前にご破算になる幻覚を延々と見せる。感覚に訴える魔法なので、体感時間を幾らでも引き伸ばせる。
あらゆる魔法に対して入念に対策が施されていて、受刑者の脱出を自動的に察知して場面が切り替わる(折り畳まれる)ことから、脱獄は困難を極める。夢から覚めたら、また夢だったという感覚に近く、この責め苦の直後は現実と夢の区別がつかなくなるという報告もある。