表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
幽霊船? そんなものは迷信に決まっとる! by船長
79/240

「勇者会議」part4

七二、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 お魚さんたちが陸上では生きていけないように

 人間たちにとって深海は死の世界だ


 陸上生物最強と言われる緑のひとが

 切なさを訴えるほどの高圧環境に加え

 摂氏1.5度~3度ほどの低水温


 日の光は海水に遮られて届くことはない

 無明の闇が広がるばかりだ


 まあ、それはともかく……


 接近してくる船を

 海面から頭だけを出して見つめる

 怪しい人影があった


子狸「…………」


 頭を引っ込めて

 いったん潜水した子狸が

 すいすいと海中を泳いで距離を詰める


 人間たちには

 海を見たことがないというものも珍しくない


 泳げない、泳げるかどうかもわからないという人間が多い中

 おれたちの子狸さんは泳ぎが達者だ


 ためしに滝登りをさせてみたら

 あえなく失敗して下流で回収されたほどの腕前である


 ある程度まで近付けば

 船の死角に潜り込める


 ふたたび海面に浮上した子狸が

 ひそかに設置した盾魔法の階段を

 日光浴にお出かけするワニさんみたいに這い上がる


子狸「…………」


 迫りくる船を見上げた子狸が

 無言で片手を海中に挿し入れた


子狸「ポーラレイ」


 水魔法のスペルだ


 浸透魔法とも呼ばれるこの魔法は

 属性魔法の中で特殊な分類に入る


 というより八つの属性のうち

 半分以上はどこか変だ


 水分子を操作する魔法は

 あまりにも生物と密接に関わっているため

 属性と性質を完全に分離しきれなかった魔法である


 人間たちは火属性に対して優位だの何だのと勝手に解釈しているが

 じつのところ水属性は流転の性質を持っている


 水量や形態によって性質が変わるということだ


 手を伸ばせば大量の水がある海で

 最大の効力を発揮するのは言うまでもない


 子狸の支配下に落ちた海水が

 船を包囲して航行速度を若干ながら削る


 完全に動きを止めてしまえば

 船上の人間に勘付かれる可能性は高くなる


 わざわざ危険を冒す必要はないということだ


 航行中の船との相対速度を縮めることに成功した子狸が

 船体にとりついて片手をそえる


子狸「アバドン」


 肝心なのは隠密行動だ


 生成した重力場に

 折り曲げたひじを叩きつける


子狸「ブラウド」


 首尾良く船体に穴を空けた子狸が

 潜入に成功した


 すかさず治癒魔法で穴を塞ぐ


 なぜか犯罪くさい行為に関しては

 手際が良すぎる子狸さんであった……



七三、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん


 ホントだよ


 その手際の良さを

 なぜ日常生活に発揮しないのか



七四、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 行動に迷いが見られない


 さらっと実行してたけど

 なんだ、いまの船体に穴に空けたやつ

 なんだか殺人技っぽいんだが



七五、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 ここさいきんは

 子狸さんに肘技を仕込んでる


 いや、おれじゃなくて

 ジョーたちがね


 なんでも鎧を貫通して

 内部にダメージを与えるための技らしい



七六、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 どう見ても空き巣の手口なんだが……



七七、管理人だよ


 狙った獲物は逃さない



七八、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 お前というやつは……


 一部始終を目撃していた勇者さんは

 おれが中継している映像を見て

 納得が行かないというように小首を傾げた


勇者「……ずいぶんと手際が良いわね」


 甲板に安楽椅子を(ジョーに命じて)持ち込んで

 すっかりくつろぎモードである


 手元のグラスをゆったりと揺らすと

 トロピカルジュースにひたった氷が

 からんと涼しげな音を立てた


 執事よろしく控えているノーマルジョーが

 くつろぐ勇者さんの頭上に日傘を展開していた


 戦士には休息が必要なのだ


 会議室に集まった面々を解散する前に

 勇者さんはこう言った


勇者「それじゃ、さっそく練習しましょう」


 そういうことになった


 くだんの襲撃計画について

 もちろんジョーたちは反対したのである


ゴールド「ばかな! リスクが高すぎる」


シルバー「……内部の人間と鉢合わせになったらどうする? 迷彩は万能ではないぞ」


アイアン「おれたちが扱える魔法は、せいぜい中級までだ。本気で探索されたら、まず見つかると思っていい。考え直せ」


 実のある会議ができて

 勇者さんはご満悦だった


 反論する口調が

 かすかに弾んでいる


勇者「いいえ、そうはならないわ。海上での魔法戦はお互いにとって歓迎されざるもの。交渉次第になるでしょうけど、迷彩が破られたときに目の前に現れたのが幽霊船だったとしたら……」


ゴールド「手出しはされない……か? それは乗組員の気質によるだろう」


勇者「そうね。では、人間が人質にとられていたらどうかしら?」


 勇者さんが人質役になるということだ


 たしかに相討ちの危険を冒してまで

 自分たちのほうから去っていく幽霊船を追うとは考えにくい


シルバー「それでも絶対ということはない!……いや、どんなことにも絶対ということは……それならば……」


 シルバージョーは強硬に反対しようとしたが


 会議中にジョーたちが挙げた案ならば

 絶対に安全という保証はない


 いちばん現実的なのが

 無人島に立ち寄るという案だったが

 空振りに終わる可能性も

 勇者さんは視野に入れているようだった


 いまから拠点を造っても良かったが

 最低でも三日は掛かるというのは事実だ


 その間、飢えきった子狸が

 人目を盗んで素潜りに挑戦しないとも限らない


 潜入メンバーは

 子狸のワントップということになった


 ジョーたちは泳げないし

 先行して船内を調査する子狸と

 幽霊船で指揮をとる勇者さんとのつなぎが必要だ


 魔法で妨害されることを念頭に入れると

 その大役をこなせるのは、おれしかいない


 ――そして現在

 子狸は今夜の実戦を想定して

 幽霊船に潜入したところだ


 

七九、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 無事、船底部に潜入した子狸のアクションは素早かった


 ごろりと床で前転して

 壁にぴたりと身を寄せる


子狸「…………」


 緊張からか

 息遣いが荒い


 すっかり没入しているようで

 ずぶ濡れのまま小刻みに左右を見渡している


 ことシナリオに関しては

 演技派を自称するだけのことはあった


子狸「!」


 ぴくりと反応した子狸が

 壁から身を離して飛び退いた


 天井に張り付いていた何者かが

 飛び降りてきたからだ


 体格は子狸よりも一回り小さい

 全身を黒装束で包み

 狐を模した面をかぶっていた


 子狸が舌打ちした


子狸「ちっ……追っ手か」


 正解だからあなどれない


 さて、どうしたものか……


 まさか、この場面で出てくるとは思わなかった



八0、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん


 子狸、そいつはアリア家の刺客だ

 

 港町で魔法動力船に避難した子供たちがいただろ


 あの中に紛れ込んでたやつだ


 発光魔法でうまく迷彩したつもりだろうが

 おれたちの目は誤魔化せないぜ



八一、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 せっかくスルーしといてあげたのにな……


 わざわざ自分のほうから姿を現すなんて

 意外と考えなしなのかね


狐面「自分の物差しで物事を図るな」


 っ……こいつは……


子狸「!?」


 構うな、子狸


 気にしなくていい


 おれがブロックする


 ……よし、いいぞ



八二、管理人だよ


 あのお面は……



八三、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 何か知っているのか!?



八四、管理人だよ


 ああ、言うほど狐さんと似ていない



八五、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 うん。なんかごめんね



八六、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 用心しろよ、子狸


 その子は、異能持ちだ


 ファミリーの眼帯

 タマさんと同じタイプだぞ



八七、管理人だよ


 ふっ、異能持ちか……



八八、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 あ、こりゃだめだ

 忘れてる


 まあいいか


 相まみえる

 狸と狐


 狐面の……ここでは少年ということにしておこう

 少年が言う


狐面「……よくわからないやつ。行くよ」


子狸「なるほど。同業者というわけだな」


 いつの間にか泥棒にクラスチェンジしていた子狸であった


 不用意に行くよとか言うから……

 

 たたらを踏んだ狐面が

 つたない口調で言い返した


狐面「ちがう。お前と一緒にするな」


子狸「何が違う? 何も違いはしない」


 大物ぶる子狸

 とりあえず否定しておけば間違いないと思っている


狐面「問答はいい」


 狐面が仕掛けた


 独特な歩法だ

 子狸に肉薄して手刀を繰り出す


狐面「グレイル」


 これを子狸は

 羽のひと仕込みのウィービングで回避

 横っ跳びして狐面の側面をとる


子狸「ポーラレイ!」


 ずぶ濡れの服から水分を絞り出して

 狐さんを捕獲しようとする


狐面「タク・ディグ」


 渦巻く水流に目もくれず

 狐さんは先に詠唱した貫通魔法に投射魔法を連結


 防御を捨てた

 破滅的な戦い方だ


子狸「ディレイ!」


 射出された貫通魔法と

 盾魔法が拮抗して押し合いをはじめる


子狸「待て! なんで戦わなくちゃいけないんだ!?」


 子狸の素朴な疑問


狐面「邪魔。アバドン」


 狐面は応じない

 

 

八九、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 子狸とは相性が悪いな……


 おれたちの手で実戦的にカスタマイズされた子狸だが

 一撃必殺の浸食魔法を自重しているため

 攻勢に回るのを避けているふしがある


 子狸を襲撃した狐面は

 実力的にはだいぶ格下だ


 ただ、己の身を省みずにぐいぐいと前進してくる

 

 もみ合いになった二人が

 船底部の壁を突き破って飛び出してきた


 海面付近に盾魔法で足場を設けて

 仕切り直しだ


 海上で水魔法を使わない理由はない


狐面「ポーラレイ」


 小規模な水竜巻が

 子狸に襲いかかる


 子狸は困った様子だ


子狸「……イズ!」


 紫電を纏った前足で

 水魔法を払いのける


子狸「グノ・エリア・ポーラレイ!」


 十字を切るように前足を突き上げると

 狐面の足元から巻き上がった水流が

 彼女を捕獲した


狐面「むっ」


 あ、彼だっけ?


 まあ、この程度の使い手ならいいだろ

 おれたちの子狸さんが遅れを取るとは思えん

 

 あきらかに年下の少女を

 あっさりと下した子狸


 勝ち誇ろうにも

 ちっぽけなプライドが許さない様子である


子狸「うぬ……」


狐面「勘違いするな」


 狐面が強がりを言った


狐面「これは、アレイシアンさま親衛隊の入隊試験に過ぎない」


子狸「……なんだと?」


 子狸の表情が

 にわかに真剣味を帯びた


 つくづく残念なポンポコである

 

狐面「この魔法を解け。だいたいわかった」 


子狸「いいだろう」


 さしたる根拠もないのに

 あっさりと口車に乗せられる子狸


 だめだ、こいつ

 危機感がまるでない


 ところが狐面は素直に話しはじめた


 おれたちの理解を越えた

 何かがはじまろうとしていた


狐面「お前のことは、だいたい調べさせてもらった」


子狸「ほう」


狐面「そこで、これ。クラスメイト百人に聞きました」


 そう言って狐面が

 発光魔法で怪しげなパネルを展開した

 アンケートを取ったということらしい


 ちなみに

 子狸のクラスメイトは百人もいない


狐面「第九位。でーでーでーでー」


 セルフ効果音だった


 パネルの一角がめくれて

 疑問符を浮かべて首を傾げる人物の絵が浮かび上がる 


狐面「マフマフって誰? 一票」


 マフマフでもない


子狸「ちょっとショック」


狐面「それでは質問。第一位ははたして?」


子狸「ぬう……」


 悩む子狸

 はっとして、おそるおそるといった感じで少女を指差す


子狸「……おれ?」


 おれだったらどうだというのか


狐面「惜しい」


 惜しいのか……


狐面「第七位。一票。経緯はわからないが、窓ガラスを割って自首したらバウマフがやったことになった。すまん」


 懺悔じゃねーか


子狸「七位か……」


 子狸がうなった



九0、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 もしかしたら

 話が通じないとかじゃないのか


 いや、違うならいいんだが……



九一、管理人だよ


 違うと思うけど……


 まあ、思いつかないから言ってみる


狐面「正解。でも五位。たまに自分が王国語を話せてるのか不安になる。一票」


 たしかに、たまに話が通じないときがあるなぁ……



九二、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん


 通じてないのは、お前だけどね


 じゃあ、これ


お前「見かけるたびにクライマックス」



九三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 それはありそうだ


狐面「正解。三位。街で見かけたから声を掛けようとしたけど、騎士団に追われてたから静かにその場をあとにした。一票」


 ぜんぶ一票なんだな


 三位か。いいところまで来てる

 あとは……


狐面「ぶぶー。時間切れ」


 そんなルールがあったとは……


狐面「発表します。気になる第一位は。でーでーでーでー」


 ゆっくりとパネルがめくられる


 ごくり……



九四、火山在住のごく平凡な火トカゲさん


 ごくり……



九五、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん


 ごくり……



九六、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 そうして現れたのは


 教鞭を手にしている


 女性の絵だった


狐面「じゃん。お前がわたしの教え子の一人であることは変わりない」


 !?


 まさか


 りゅ――



九七、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 留年確定したぁぁぁあああっ!?



九八、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 子狸留年確定! 留年確定!


 号外だ! 他の河にも伝えてくる!



九九、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん


 頼む!


 そうか、とうとう……


 なんか、もう逆に感動的ですらあるな……



一00、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 子狸さん!


 何かコメントを! ひとことお願いします!



一0一、管理人だよ


 そういえば、お前らポーラとか呼ばれてるよね



一0二、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 ぜんぜん関係ないですね! ありがとうございます!



一0三、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 中継映像を見ていた勇者さんが

 無言でグラスに口をつけた


勇者「…………」


 ためしに聞いてみるか……


おれ「お知り合いですか?」


 勇者さんは視線を逸らしてから

 諦めたようにかぶりを振って

 それから恥じ入るように小さく頷いた

 

勇者「ついてきてたのね。そうじゃないかとは思ってたんだけど……」


 安楽椅子の上で振り返って

 ノーマルジョーに言う


勇者「作戦は中止よ。そう伝えて。原因がはっきりしたから」


ノーマル「了解した」


 かくして、いま

 ひとつの魔法動力船が

 海のどこかで

 しかし確実に

 災難を逃れたのである……



 注釈


・水魔法


 別名、浸透魔法。スペルは「ポーラレイ」。

 古代言語で「青い力」を意味し、これは「水」を指し示す慣用表現の一つだった。

 属性と性質が分離しきっていないため、連結魔法が成立する以前の性質を色濃く引きずっている。

 そのぶん扱いは難しいが、例えば圧縮すれば貫通魔法と同様の効果を、固定すれば盾魔法と同様の効果を発揮する。

 便宜的に「流転の性質」ということになっているが、正確には魔物たちが使う浸食魔法が貫通魔法と分離した際の名残りであるらしい。

 発火魔法や発電魔法とは異なり、水そのものを生成する魔法ではない。そのため、陸上で使った場合は大気中の水分を凝縮する魔法として働く。

 環境による影響を非常に強く受ける魔法で、水場や降雨時では他の属性魔法を圧倒しうる。



・異能


 魔法では説明がつかない不思議な能力。原理がよくわかっていない。

 異様に勘が鋭いなどがこれにあたる。魔物たちの調査によれば、基本的には遺伝によるが、まれに突然変異的に備わるケースもある。

 精神に作用するものが多く、アリア家の感情制御は典型的な異能であり、また精神作用におけるトップクラスの異能とされている。

 異能を備えたものを、魔物たちは「異能持ち」あるいは「適応者」と呼ぶ。

 魔法と比べて目に見える効果があるものは非常に少なく、人間たちは「異能」の存在をあまり意識していないようだ。

 ごくまれに誕生する物質作用の異能は妖精の「念動力」と同一視されるが、じっさいはまったく別物である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ