「たびたち」
八七、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
そして、おれの紫電三連破が子狸に炸裂したのである
子狸「ぐふうっ……!」
あみ状に編んだ盾魔法だけを残して、吹き飛んだ子狸が
いつの間にか集まった観衆に突っ込み呑まれる
歓声が上がった
八八、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
これは決まったか?
補助型だっつってんのに
羽のひとの戦士としての適性は群を抜いてるな……
八九、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
勘がいいんだ
空間認識能力が並外れてる上に
踏んだ場数が違う
九0、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
いや、羽のひとの真に恐るべきは
あの闘志だよ
根っからの戦いの申し子なんだ
九一、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
だが、子狸のエンジンもそろそろ温まってきた頃合だ……
子狸「カウントをやめろ」
だれもとっていないカウントを制止して
子狸が何事もなかったかのように立ち上がる
観衆を押しのけて進み出る
その表情に浮かぶ不敵な笑み……
完全にスイッチが入ったようである
子狸「ひとつ賭けをしようか。この勝負……」
そう言って、ぼろぼろになった上着を破り捨てる
貧弱な上半身があらわになった
ダメージがあるようには見えない
とっさに自分から後方に跳んで衝撃を受け流したらしい
やはり、おれたちの攻撃が読めるのか……?
子狸の鋭い眼光が羽のひとをとらえる
子狸「勝ったら、おれは君に頬ずりをするとしよう」
妖精「化け物め……!」
吐き捨てる羽のひとにも子狸さんはひるまない
子狸「いいね。じつにいい。そうやって小鳥みたいにさえずってくれよ」
九二、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
エロ狸めっ
九三、管理人だよ
好きに言うがいいさ
走り出したおれを、いったいだれなら止められるっていうんだ?
だれも止められやしないさ……
九四、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
旅支度を終えた勇者さんが
黒雲号にまたがって通りを歩いて行く
勇者「…………」
少し進んでから一度だけ振り返って言う
勇者「先に行ってるから」
目にも止まらぬスピードで人垣を抜けた子狸が
勇者さんに追いすがる
子狸「あ、待って! 一緒に行こうよ。すぐに準備してくるから!」
妖精「は、疾い……」
黒雲号に頬をすり寄せられている子狸を
勇者さんがちらりと見下ろしてひとこと
勇者「なんで裸なの?」
子狸「ちがうよ。逆だよ。服を着てるのが不自然なんだ」
勇者「それ、変質者の理屈だわ。……三十秒で支度してきなさい」
子狸「おう!」
勇者「返事はハイでしょ」
子狸「はい」
この遣り取り何度目だろう……?
勇者さんが貴族なのは確かなんだから
言葉遣いくらい正せばいいのに
宰相とかにはふつうに敬語を使ってるんだから
出来ないこともないだろ
九五、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
擁護するようで嫌だが
そういう目で彼女を見たくないんじゃないか?
九六、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
いや、それ以前に……
たぶん勇者さんが貴族っていうのを忘れてるんだろう……
九七、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
さすがにそれはないと思うが……
開祖しかり……お屋形さましかり……
バウマフ家の人間が考えることは本当にわからん……
おれたちの理解を越えている……
着のみ着のままで出てきた子狸が
替えの服など持っている筈もない
調理器具一式を乗せた豆芝さんのくつわを引いて
上半身はだかの子狸が勇者さんに笑いかける
子狸「待った?」
勇者「待てと言ったのは、あなたでしょ」
勇者さんはつれない
子狸の肩に腰かけた羽のひとが、ふと疑問を呈する
妖精「ノロくん、お馬さんに乗らないんですか?」
子狸「え? どうして?」
荷物よろしく相乗りしていただけの子狸に
お馬さんの操縦など荷が勝つというものだ
勇者「要訓練ね」
勇者さんがぽつりと呟き、一行は出発する
ん? またか……
闊歩する黒雲号と豆芝さんを
元気に駆ける街の子供たちが追い抜いて行く
祭りでもやってるのか?
先の暴動といい、何かと騒がしい街だな……
九八、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
先行して偵察してこようか?
九九、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
いや、いい
不穏な気配はしないし、見るだけならおれでもできる
むしろ情報が先行しすぎて
子狸が妙ちくりんな行動をとるほうが怖い
一00、管理人だよ
こうして六人で歩いてると、まるで夫婦みたいだ……
一0一、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
ただでさえ思考が先走ってるからな……
一0二、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
異種格闘技戦も真っ青の家族構成だな……
一0三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
どうやら本当に祭りだったらしい
街道の解放を記念して
だれがいちばん先に次の街に辿りつくか
レースを開催するようだ
こいつら人間は、なんでも商売に結びつけるなぁ……
街門を出た先にあるスタート地点の分かれ道に
自慢の馬を連れてきた参加者たちが所狭しと列をなしている
街道のわきで今か今かと出走のときを見守っている観客たちの中には
さっき子狸と羽のひとの対決を見学していた顔ぶれもあるな
勇者さんは珍しく感心した様子だ
勇者「なるほど……警備上の問題はあるけど……悪くない案だわ。わたしにはない発想ね……」
子狸「……あ!」
会場の警備に駆り出されたのだろう
騎士Bと騎士Dが観客たちの列を整備しながら
子狸の姿を発見してにやりと笑う
係員「参加をご希望される方は、スタート地点に並んで下さい!」
顔見知りの騎士に高らかとこぶしを突き出して応えた子狸が
係員に参加者と間違われて連れて行かれる
恰好が格好である
係員「参加をご希望ですか?」
子狸「人生にわき役なんていない」
係員「? では、こちらへ」
さらば子狸。あ、おれもか……
羽のひと、あとは任せた
一0四、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
おう
勇者「…………」
関わり合いを避けて無言で見送る勇者さん
その判断は正しい
特設テント内に座る
イベント進行担当の人間の声が会場に響き渡る
伝播魔法と拡大魔法を組み合わせたんだろう
振動のなんたるかもわかっていないくせに
紙コップをマイクに見立てて使っているのが小賢しい
解説「さあ、参加者が出揃ったもようです! レース開催も間近となりましたが……。隊長さん、どうでしょう? これは、と思う参加者の方はいましたか?」
そう言って紙コップを向けた相手は
となりで威風堂々と腰かけている騎士Aである
会場から「引っ込め!」だの「守銭奴が!」だのと野次が飛ぶ
それらを片手を軽く上げて制した騎士Aが
朗々と自己アピールをしはじめる
騎士A「ただいまご紹介に預かりました、王国騎士団0127小隊所属、実働部隊の隊長であります。自分を金の亡者などと呼ぶ心ない意見もありますが……この場で訂正させて頂く」
解説「……と仰いますと?」
騎士A「この世で何よりも重要なのは……誰よりも何よりも金を稼ぐことだ。お前らもわかって言ってるんだろ。ああん? つまり……」
解説「ありがとうございましたー!」
守銭奴の名に恥じない演説であった
騎士Aの大胆な発言を途中で打ち切ろうとする解説であったが
そうはさせじと騎士Aが解説の手首を掴む
騎士A「優勝候補かどうかは知らんが……ふん……見知った顔がいくつか混じっているな。せいぜい見苦しい泣き顔を晒さんようにしろ。以上だ」
そう言って騎士Aが目線を向けたのは
参加者の一人でもある商人であった
なにか因縁でもあるのか
二人の視線が空中で交錯し火花を立てる
不意に……
ふっと弛緩し苦笑らしきものを浮かべた
両者の顔面に残る青あざが痛々しい
一0五、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
どうでもいい感動がここにあった……
一0六、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
一方その頃……
流されるままにスタート地点についた子狸さんは
なんとなく闘志を燃やしていた
子狸「絶対に負けるもんか。豆芝は、おれだけじゃない、二人ぶんの思いを乗せてるんだ」
百歩譲って豆芝さんはそうだとしても
お前はお馬さんには乗れないよね?
どうするの? 走るの?
一0七、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
もう好きにするといいよ
どのみち勇者さんとは次の街で合流できるだろうし
一0八、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
歩くひととの一件で
勇者さんにも思うところがあったのかもな
街道わきから回り込んだ勇者さんが
黒雲号から降りて、行く手を遮る観客たちに命じる
勇者「どきなさい」
前に本人も言ってたけど
アリア家の人間には本当に異質なオーラがあるんだな
言われるがままに道を譲る人間はともかく
とっさに反論しようとした人間も
勇者さんを一目見るなり言葉に詰まって
黙って道を譲る
貴族だから? それとも……
本能的な恐怖を感じるのか……
準備体操をしている子狸に
観客に混ざった勇者さんが声をかける
勇者「ちょっと、こっちへいらっしゃい」
子狸「え? うん」
のこのこと勇者さんのあとをついていく子狸さん
豆芝さんもそれに続く
勇者「ここ」
子狸「あい」
観客たちから少し離れて、地面を指差す勇者さんに
子狸はおとなしく従う
正座である
勇者「あなたに少し尋ねたいんだけれど……レースに参加してどうするの?」
子狸「もちろん勝つよ!」
勇者「勝ってどうなるの? 名誉? 下らない……。馬の脚に負担をかけるだけだわ。無意味……そのひとことに尽きる」
勇者さんの声は凛としていてよく通る
命令し慣れたもの特有の威厳に満ちた声だ
彼女の言葉が、参加者たちの胸に突き刺さる
だが、子狸は反論した
子狸「そんなことない! 名誉とかじゃないんだ……おれたちが走るのは……そこにロマンがあるからだよ!」
子狸の魂の言葉に衝き動かされるように
係員のチェックフラッカーが振り下ろされる
解説「さあ! 各馬一斉に出走しました! 果たして栄冠は誰の手に!? おや? なにかトラブルでしょうか? 飛び入りの半裸少年の姿が見えません。……ああ、お説教されてますね」
騎士A「なぜだろうな、他人事のようには思えん。……小僧! 今回は諦めろ。だが、お前には守るべきものがある筈だ。それは見失ってはいかん」
遠のいていく栄光に「ああ……」と手を伸ばす無念の子狸
勇者さんはしれっとした顔で
近くまで寄ってきた黒雲号にひらりとまたがる
勇者「焦っても仕方がないわ。わたしたちは、のんびり行きましょ」
一0九、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
なんか勇者さんが言うと裏がありそうだな……
一一0、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
この人は、どこまでわかって言ってるんだろうな……
一一一、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
まあ、そのへんは気にしてても仕方ないだろ
一一二、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
子狸「おう!」
勇者「返事ははい」
子狸「はい」
少なくとも、おれたちの子狸さんは何もわかってない
この格差はなんなんだろう……
注釈
・紫電三連破
相手の死角から高速で懐に飛び込み、くるくると回転しながら三連撃を見舞う、羽のひとの大技。
この技に限らず、羽のひとの最大の能力は小さな身体を活かしたトリッキーな高速飛翔にあると言える。
人間が使える範囲で「必中という性質」の魔法は存在しないため、羽のひとが全力を発揮したなら(それがたとえ設定上の強さだろうとも)いかなる屈強な戦士でも三分と保たずマットに沈むことだろう。
ちなみに、勇者一行の旅に随行する羽のひとは本来なら臆病で人見知りな個体という設定があるのだが、バウマフ家の人間をしばき倒すときだけ勇猛果敢になるのはいつものことである。