「ばうまふ」
一、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
勇者さんの手によりゲートが閉ざされた
その後の話を少ししよう
地下をあとにした勇者一行と騎士たちは
食堂で、今後の予定について話し合いの場を設けた
人数分の椅子はなかったものの
騎士たちが床に正座するという
画期的な手法を勇者さんが提示したため
さしあたって問題はなかった
話し合いに関しては、勇者さんがひとりごとを言うという形式をとった
以下に記したのは、そのおおまかな内容である
@子供に出し抜かれるな
@民間人と殴り合うな
@戦闘中に演説するな
@最後に大技を持ってくる意図が不明
叱責は甘んじて受けるという
毅然とした態度で傾聴する騎士Aだったが
基本的に怒られているのはお前だけである
部下たちの視線を一身に浴びる騎士Aは
いっそ誇らしげでさえあった
なお、勇者さんは
拠点制圧の手柄を騎士たちに譲った
自身が置かれた立場を公表するのは
聖騎士位の領分を越えるからだろう
二、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
また、この事件を機に
われわれの布陣にも多少の変化が生じた
骨のひとと見えるひとは
ライフワークのかたわら、少しでも力になれたらと
レベル3のひとたちと合流する道を選んだ
三、墓地在住の今をときめく骸骨さん
は? お前、なに言って
四、迷宮在住の平穏に暮らしたい牛さん
お前ら、ひまだろ?
五、墓地在住の今をときめく骸骨さん
はい。透き通ったのも連れて行きます
六、迷宮在住の平穏に暮らしたい牛さん
あいつはトカゲに回せ
七、墓地在住の平穏に暮らしたい骸骨さん
はい。回します
八、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
激戦区へと身を投じる彼らは
また忙しくなりそうだ……と苦笑を漏らした
九、墓地在住の今をときめく骸骨さん
おい
おい。どういうことだ
この遣り口ッ……!
お前、いつからだ? いつから……
おい! いるんだろ! 返事しろこんにゃろー!
この狸がぁぁぁっ!
一0、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
一方、歩くひとは……
一一、湖畔在住の今をときめくしかばねさん
おれ、勇者さんの実家に行ってくるわ
あんまり刺激したくないけど
曲がりなりにも娘さんを預かってるわけだしな
菓子折りとか持ってったほうがいいかなぁ……
お前ら、何がいいと思う?
一二、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
歩くひとは、勇者さん包囲網を形成する特殊部隊に志願
危険な任務になるが、きっと遣り遂げてくれるであろう……
一行が屋敷を出た頃、時刻は昼にさしかかろうとしていた
日の光に反応して、騎士Bに担がれていた子狸が目を覚ます
寝ればたいていのことは忘れるお茶目な管理人さんであるが
今回に限っては分不相応にも記憶を保持していたらしい
子狸「あれ? クリスくんは?」
妖精「あ~……。急用が出来たとかで、先に出発した」
あまりにも適当な羽のひとの言い分であった
が、しかし
子狸「か、完全に転校生パターンだよ……!」
学校での再会を誓う子狸さんに死角はなかった
どうでもいいが
出席日数はレッドゾーンを突破し
なおも記録を更新中である
子狸の輝かしい人生設計は
着々と終息へと向かいつつある
一方、羽のひとの適当さ加減が
豆芝さんという具体的な形で現れたのは
なかば必然的な出来事であった
妖精「…………」
豆芝「…………」
子狸「お前も……置いていかれちゃったのか?」
いちおう寂しさを感じていたらしく
子狸は一方的な共感を豆芝さんに寄せる
子狸「そっか……じゃあ一緒に……いや! ここで主人の帰りを待ってたほうが、このひとは幸せなのかもしれない……」
とっさに路線変更するエロ狸に、勇者さんが待ったをかける
勇者「ちょうどいいわ。連れて行きましょう。……待って、この子も魔物が化けてるんじゃないでしょうね……」
子狸「そうに違いない」
幸せはどこへ?
子狸の同意を得たとしても、なんの確証にもならない
勇者さんが豆芝さんに歩み寄り、手のひらで頬をなでる
一三、樹海在住の今をときめく亡霊さん
ふと思ったんだけど
あれってさ、もしかして退魔力を流し込んでたのかね?
一四、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
あ~……言われてみれば、たしかに
なるほど、そういうふしはあったな
一五、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
歩くひとが剣をつまんだり手首を掴んだりしてたけど
とくにダメージはなかったみたいだな
おれたちのこん棒アタックと原理は一緒なのかも
剣士のことなら、庭園のが詳しかったな……
王都のは何か知ってる?
というか絶対に知ってるよね?
一六、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
知らねーし
おれが諸悪の根源みたいな言い方やめてくれる?
まあ、なんとなく予想はつくけど
一七、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
出たよ……
一八、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
はじまったよ……
一九、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
うるさいよ、お前ら
だから、凍結に近いって言っただろ
アリア家の退魔力が無茶な数値を叩き出すのは
たぶんタイミングだ
三番の再計算が終わった直後に回線を閉じれば……
まあ、理屈の上ではそうなる……と思う
緑のひとと火口のの解析待ちにはなるけど
子狸とは比べものにならないほど
緻密なイメージを描けるんだろうな
二0、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
勇者さんが退魔性を捨てたとき
同時に子狸がいらない子になるわけか……
二一、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
真人間になったらなったで二軍落ちか……
子狸に未来はねーな……
二二、管理人だよ
あるし!
勇者さんが魔法を使えるようになったら
優しい先輩のおれが
奥義の数々を教えてあげるんだ!
おれの夢が走り出した!
二三、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
奥義ってなんだよ
というか、お前の魔法は参考にならないから
二四、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
仮にも人間(端くれ)なんだから、ちゃんと二番を使えよ
使ったら使ったでマイナーな方面に進むしよぉ……
二五、管理人だよ
そこはそっとしておいてもらえませんかね……
おれだって好きで土魔法とか使ってるわけじゃないし……
端くれ? おい
それ先生のオリジナルだから
真似しちゃだめ
あ、かっこの中か
かっこの中なら許す
二六、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
街に戻った勇者一行は宿屋へ直行
旅の疲れもあり、その日は泥のように眠った……
もっとも子狸だけは三時間ほどの仮眠で全快し
部屋をうろうろしたあと
夕方頃には活発に動きはじめた
けっきょく連れて戻ってきた豆芝さんと
黒雲号のお世話をしたあと
この小さなポンポコは何を思ったか
おもむろに魔法の練習をしはじめ
あえなく御用となった(街中)
子狸「そろそろレベルアップしたかなって思って……」
身元を引き取りにきた勇者さんに
子狸は檻の中からもの悲しそうに犯行の動機を語った……
騎士B「達者でな」
子狸「騎士さん……おれ……」
騎士D「泣くな。胸を張れ。もうお前は、おれたちの仲間だ」
勇者「…………」
まったくと言っていいほど無駄な小芝居を交えつつ
勇者さんに連れられて宿屋へ舞い戻った子狸は
その日の夜を、首輪でベッドにつながれて過ごした
そして明くる日の朝。今日である
エサを求めて子狸が一階の食堂におりると
一足先に部屋を出た勇者さんが椅子に腰かけて
なにやら手紙らしきものを読んでいる
肩に乗っている羽のひとが
食い入るように勇者さんの手元を覗き込んでいた
手紙にしては大きめだが……
なんぞ?
二七、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
驚いたぜ……
おい。お前ら
これ、情報誌だ
人間が、青いひとたちの速報と似たものを
書面で起こしてる
二八、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
やられたな……
二九、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
ああ、人間を甘く見たツケがこれか……
まんまとパクられちまったよ……
三0、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
んなわけねーだろ!
とことこと歩み寄ってきた子狸に
勇者さんは開口一番
勇者「クリスティナ・マッコール」
子狸「うん? うん」
子狸さんは華麗にスルーして席につく
子狸「もうごはん食べた?」
勇者「まだ」
子狸「今日のごはんは何だろう。おれ、朝はしっかり食べないとだめな方なんだ。知ってた?」
勇者「二日前も同じこと言ってたわ」
子狸「なんだか照れるね……」
勇者「みじんも」
子狸「……マッコールだって?」
妖精「反応遅かったなぁ~……」
羽のひとの控えめなツッコミが入る
勇者さんは、もう慣れたものである
勇者「例の屋敷の調査を、騎士たちに命じておいたの。二階の寝室に、屋敷のあるじと思しき人物の肖像画が大切に保管されていたそうよ。本来なら画家のサインが入るべきところに書いてあった名前が……クリスティナ・マッコール。たぶん、あの子の本名でしょうね」
やはりオリジナルがいたのか……
子狸「そういうことか……」
なにかをこらえるような眼差しで中空を眺める子狸
いつからだろう? おれたちが子狸さんに何も期待しなくなったのは……
そして、それは正しい
子狸「お姉さんか妹さんがいるんだね」
勇者「あなたにしては上出来ね」
子狸「よく言われる」
妖精「それもどうよ」
羽のひとのツッコミが冴え渡る
この話はおしまいとばかりに、勇者さんは手元の情報誌を指し示す
子狸が身を乗り出した
子狸「それが?」
勇者「どれが?」
なにを期待している
やましいところがあるのだろう
子狸は慌てて弁明する
子狸「ああ、つまり……少し複雑になるんだ」
勇者「ためしに言ってみて」
子狸「……仮にだよ? そう、仮にだ。A君(仮称)の友達に姉がいるとしたら、そのお姉さんは、A君にとって、いったい何なのか……それを考えていたんだ」
勇者「赤の他人よ」
妖精「正解」
複雑でもない
しかし子狸は不満げである
子狸「……お嬢には、そういうところがあるよね。お嬢のそういうところを、おれは……あれだ、あれ。あれ……あれしたい」
勇者「……矯正?」
子狸「……どうだろうか。一概にそうとも言い切れない気もするし……一概に」
さいきん覚えた単語らしい
ちなみに、矯正というのは正しい形に直すという意味だ
三一、管理人だよ
なにそれ。じゃあ、矯正っていう言葉は何のためにあるの?
三二、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
お前のためでないことだけは確かだ
三三、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
ここでお前らに報告します
いま全ての謎が解けた
三四、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
なんぞ?
三五、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
なんぞ?
三六、管理人だよ
なんぞ?
三七、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
これだ
魔物の脅威にさらされている街に対する
勇者さんの反応
次の街へ(冷静)
勇者さんの反応に対する子狸さんの反論
一、勇者のとる行動ではない(理想)
二、逃げてはならない(願望)
三、危ないことはして欲しくない(願望)
四、自分が行く(解決)
子狸ぃ……
三八、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
子狸ぃ……
三九、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
子狸ぃ……
四0、王都在住のとるにたらない不定形生物さん
なんたる……
底の浅さ……
お前というやつは……
四一、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
絶望した
子狸さんの底の浅さに絶望した……
四二、管理人だよ
勇者さんを立派な勇者に育て上げる……
それが、おれの使命なんだ!
そして……ふふふ
これ以上は教えないよ
四三、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
だから、浅いんだよ
バウマフ家の人間が考えることは、いつの時代も変わらんな……
千年間も同じこと議論してると……さすがに飽きるわ
パス
四四、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
めぐりめぐって、けっきょく同じ結論に至るんだな……
なんなの? 本当に……べつにいいけど……
パス
四五、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
口に出すのも恥ずかしいわ……
パス
四六、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
いい加減に諦めろよ……
パス
四七、管理人だよ
お前らと人間が仲良く暮らせる世界を、おれは作るんだ!
四八、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
言うの!?
言っちゃった!
四九、管理人だよ
……誘導尋問か……
五0、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
尋問した覚えはないんですけどね……