「子狸さんが容疑者として追われてる」part3
六六、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
さて。ところ変わって歌人の部屋である
宿屋の廊下に打ち捨てられていた子狸から
事情を聞いた歌人の反応がこちら
歌人「……いや、それは君が悪いよ」
子狸「お、おれはお嬢が心配で、それで……!」
てっきり別の宿を取るかと思ったけど
勇者さんは宿屋のグレードを落としたみたいだな
おそらく子狸を貴族と接触させるのは得策じゃないと考えたんだろう
歌人「……ふむ。彼女、貴族なんだろ?」
子狸「いや。ひとは誰しもが運命の奴隷なんだよ。でも本当の意味で屈しちゃいけないんだ……どう?」
歌人「どうと言われても……。いや、見てればわかるよ。くわしく聞いてなかったけど、君はお付きの人じゃないのかな?」
子狸「それはお嬢に聞いてみないとわからないな……」
お付きの人という意味がわからなかったらしい
歌人「違うんだね。どうして二人で旅してるんだい? ああ、妖精の子も含めて三人か」
子狸「なんでだっけ……世直しの旅? なんかそんな感じだったような……」
もはや基本事項すら忘却のかなたである
混沌とした会話を続けるふたり
ただ座って話すのもなんだからと
歌の人が馬の世話でもしながらどうかと子狸を誘う
はじめての友達の獲得に子狸は積極的である。頷く
子狸「おれ、芸術の授業が苦手なんだ。なにかコツとかあるのかな?」
歌人「月並みだけど、努力だね。テーマを決めて取り組むといいんじゃないかな」
子狸「でも、先生は才能がないから諦めろって……自分も諦めるからと……」
歌人「ずいぶんとはっきり物を言う人だね……」
部屋を出て廊下を歩くふたり
意外と相性がいいのか?
何気に会話が弾んでいる
六七、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
一方その頃
子狸の魔の手を逃れたおれは
勇者さんと一緒である
おれ「あの~……まだ怒ってます?」
勇者さんは
部屋にひとつある姿見の鏡の前で
自分の髪をいじっている
ちょうどベッドに腰掛けているおれに背を向ける格好だ
勇者「……わたしの身体、どこか変なのかしら」
おれ「え?」
なにを言ってるんだ、この人は?
勇者「男の子って、女の子の肌を見たら喜ぶものなんじゃないの? すごい勢いで目を逸らされたわ」
おれ「はあ……。いや、嬉しいんでしょうけど……人の着替えをまじまじと凝視したら、それは単なる変質者なのでは……?」
勇者「そうなの? よくわからないわ。わたし、感情が希薄だから、いまいちぴんと来ないの。きっと、恋なんて一生しないでしょうね」
子狸の恋は実らないようだ
ざまあみろ
勇者「マナーの問題だから、いちおうしつけはしたけれど。……だから、怒ってないわ。見栄えのする容姿でもないし、わざと狙ったとも思えないもの」
これがふつうの会話ってもんだよな
子狸と話してると
たまに宇宙人とコンタクトしてるような錯覚を覚えるぜ……
おれ「いえいえ、リシアさんはお綺麗ですよ~。ノロくんも満更じゃないと思いますけどっ」
勇者「たいていの人間は、理由もなくわたしと関わるのを避けるわ。それがふつうよ。でも、あの子は違うみたいね。それが、理由のひとつよ」
おれ「はい?」
理由とはなんぞや
勇者「わたしが、あの子と一緒に旅をする理由よ。不思議に思ってたんでしょ? あなた、恩人だと言ってたわりには、あの子に心を許していないようだから」
鋭い! この勇者、鋭いぞ……
勇者「それとも、作り話だったのかしら?」
どきりとすることを言って振り返る勇者さん
頭の後ろでひとつにくくった髪が揺れた……
これは……まずいか?
お前ら
どうしたらいい?
場合によっては
おれの冒険がここで終わる
慎重に頼むぞ
六八、管理人だよ
散歩にでも誘えばいいんじゃないかな?
三歩くらい歩けば、たいていのことは忘れるよ
六九、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
……忘れちゃうの?
七0、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
却下
はい次
七一、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
ある程度、正直に打ち明けても問題ないと思うぞ
子狸の名誉のために泥をかぶったけど
罠に掛かってたのは子狸のほうで
ちょっと間抜けなところがあるから
警戒してたってとこだな
七ニ、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
そうだな
へたに否定しないほうがいいと思う
かといって、いきなり肯定するのもわざとらしい
いったん少し慌てた感じで子狸をかばってみようか
お前「うそじゃないですよ! じ、実話ですっ……」
深く追及されたら海底のの案を採用すればいい
羽のひと。お前の演技力に期待するぞ……
七三、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
さすがは子狸処理班だな
レスポンスが充実してるぜ……
光れ
おれの演技力!
言ったぞ
勇者「……まあ、どちらでも構わないわ」
構わないのかよ……
勇者「リン。あなた、あれ直せる?」
子狸によって見るも無惨に破壊された窓を指差す勇者さん
ここは有用性をアピールしておくか?
いや
しかし
それもあざといような……
どう思う?
七四、樹海在住の今をときめく亡霊さん(出張中
罠だ
お前「おっと、その手には乗りませんよ! ふははは!」
格調高くなっ
七五、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
高くなっ☆
じゃねーよ
それ自白してるから
悪いな、羽のひと。無視してくれ
おれたちは
勇者さんのキャラクターがつかめてないから
お前らに任せる
七六、管理人だよ
おれが行こうか?
七七、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
また次の機会に頼むわ
はい次
七八、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
深く考えなくていいと思うぞ
先のことを見据えて設定に忠実に
できることはできる、できないことはできないと
きっぱり示したほうがいい
それで疑われるなら
そのときは仕方ないだろ
七九、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
おう!
でも、おれの設定ってどんなでしたっけ?
人間のせいでころころ変わるから
やっていいことと悪いことの境界線が
どんどん曖昧になる……
八0、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
ん~……
ちょい待ち
キャラ属性シート開く
開いた
羽のひとは補助特化型のレベル4だな
ちょっとした念動力と
対象指定の逆算能力あり
人間がどう考えてるかは知らないけど
完璧にレベル3の範疇を超えてる
子狸が使った魔法は、いいとこレベル2だから
余裕で復元できる
八一、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
さすがおれと言わざるを得ない……
お前らサンクス
おれ「派手にやりましたね~。でも、このくらいなら直せますよ! 任せて下さいっ」
勇者「そう。じゃあ、お願い。……あなたは役に立つから、好きよ。役に立たない人間は嫌い。下品な人間もね」
おれ「……ノロくん、役に立ってます?」
おれ
子狸と同格に見られるの
激しく抵抗があるんだが……
勇者「貴族と平民は違うわ。もちろん妖精と人間も。思ったよりも魔法を使えるみたいだし、……そうね、わたし、嬉しいのかもしれない。少し浮かれてる……。良い下僕を持って、わたしは幸せだわ」
小さな幸せを噛みしめる勇者さん
無表情だけど
つーか、笑ってるの見たことない
おれ「クリスさんのことなんですけど」
窓を修復しながらちょいと尋ねてみる、おれ
おれ「連れて行くんですか? 吟遊詩人の歌声は魔物たちを鎮める効果があると……」
歌ってたら、つい聴いちゃうもんな
勇者「言えばついてくるかもしれないけど、そのつもりはないわ。信用もしてない」
おれ「身分は内緒ってことですね? わかりました。街にはしばらく滞在するんですか?」
勇者「明日には出る予定よ」
おれ「え? でも、街道が封鎖されてるって……」
勇者「いまのところはっきりしてるのが、魔物たちには主謀者らしきものがいて、わたしのことを監視してるかもしれないということ」
おお
見事に現状を言い当てている
勇者「わたしを待ち伏せするのなら、街道を封鎖するような騒ぎを起こすのは不自然だわ。魔物は馬鹿じゃない……。おそらく、わたしたちが思っているよりもずっと」
褒められた~
勇者「理由はいくつか考えられるけど、仮にわたしを意識しての行動だとしたら、彼らの目的は時間稼ぎなのかも。わたしに急がれると困る事情があるんだわ……」
おい。読まれてる
八二、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
なんなの、この勇者
子狸に見習わせたい
しかし……
ちっ
第一プランは破棄だな……
第二プランに移行する
八三、樹海在住の今をときめく亡霊さん(出張中
噴破ッ!
八四、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
聞けよ!
クルミ割ってねーでよぉ!
ボケ放題ですかこんにゃろー!
八五、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
まあまあ。喧嘩しなさんな……
とりあえず
流れからいって
勇者一行をお前らの屋敷にご招待するつもりなのだと察するが?
子狸「黒雲号! 待たせてごめんな? よしよし……」
歌人「そんな名前なんだ……」
騎士「ちょっと、君。このあたりで、白昼堂々街中で攻撃魔法を撃った馬鹿野郎を捜しているんだが……」
あ、お勤めご苦労さまです
さて
どうなんだ?
聞いての通り、勇者さんは一筋縄ではいかないぞ
八六、管理人だよ
おれも一筋縄じゃいかないし!
おれ「そいつなら、あっちに走って逃げましたよ!」
騎士「……ほう。捜査協力に感謝する。では、続きは署で聞こうか」
おれ「え、感謝状とかもらえるんですか? それはちょっと気が引けるなぁ……」
騎士「なに、謙遜することはない。……いい宿だね。でも、今夜はもっと素敵な宿に泊まれるよ。さ、こっちへ……」
子狸「あ、はい……」
ちょっと行ってきます
八七、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
いってらっしゃい
八八、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
いってらっしゃい
八九、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
そりゃあ静止画の一つや二つは撮られてるわな……
注釈
・キャラ属性シート
魔物たちの「設定上の能力」を事細かに記したデータファイル。
基本的に魔物たちは成層圏内において万能の存在であるが、人間たちにそうと悟られないよう能力の上限値を自分たちで相談して決めている。それが彼らにとっての開放レベルである。
そして、開放レベルを超えない範囲で、たとえば青いひとなら「魔法は使えない」「使ったとしてもバレないようにやる」等の種族の特徴を定めている。
シナリオの進行上、魔物が人間の味方をするケースもまれにあるため、そうした場合にこの「属性シート」を参考にすると良い。
・逆算能力
人間が言うところの「治癒魔法」の総称にあたり、壊れたものを直したり、傷を癒したりできる。
なぜ「逆算」なのかというと、この世界では医療技術が発展していないため、人体の仕組み等がほとんど解明されておらず、治療に際しイメージを失敗すると医療事故が起きかねない。
そこで魔物たちは、「魔法で引き起こされた事象をなかったことにする魔法」を人類に流布した。これが逆算能力である。
厳密には、魔物たちが恒常的に展開している「逆算魔法」を通して行使される。
この「逆算魔法」自体は最大開放の「レベル9」にあたるが、じっさいに人間が使える「治癒魔法(逆算魔法からの転用)」はレベル3が限度である。
そして、人間たちは誤解しているが、たとえば「レベル3の魔法で負ったダメージ」は「レベル3以上の逆算能力」でしかキャンセルできない。