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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
最終章「しいていうなら(略
230/240

闘争

 宰相ならば、きっともっと上手くやれた

 あの男ならば、おそらくお屋形さまを話の軸に据えただろう


 お屋形さまは、その半生を動力兵との戦いに費やした管理人だった

 裏でこそこそと動くお前らの欺瞞を見破ったから、最大開放の戦場に身を置くことを選んだ

 お前らと同じ視点を持つから、復讐を是とした


 お屋形さまと王国宰相は共犯者だ


 発展した戦歌の登場が期日に間に合ったこと

 勇者一行に迂回路を提示し猶予を与えたこと

 都合の悪い人員を騎士団に残さなかったこと

 それらは宰相の協力なくして成し遂げられることではなかった


 遥か上空でお屋形さまが戦っている

 相手は最強の動力兵だ

 庭園のんをも退ける異端の呪言兵……

 彼女との因縁に終止符を打つことを、お屋形さま自身が望んだ


 共犯者の宰相ならば、お屋形さまを引き合いに出して人々の感情に訴えかけることができただろう

 だが、勇者さんはお屋形さまとの面識がない

 けれど彼女は勇者だ

 勇者は、しばしば人々の信仰の対象になる


 彼女は、慎重に言葉を選ばねばならなかった

 細かく説明している時間はない

 肝心なのは情報開示の順序と取捨選択だ

 マイクを握る手に力がこもる



「……およそ千年前、一人の魔法使いが魔物を生み出した。彼らは魔界から来たのではなく、この世界で生まれた。その、魔物を生み出した一人の魔法使いというのが魔王なの。魔王の正体は、人間よ。わたしたちと同じ、人間……」



 魔王は実在しない

 しかし、勇者さんはあえて魔王の存在を否定しなかった

 質疑応答しているひまはなかったし、法典について話す時間を惜しんだからだ


 魔王の正体が人間なのだとすれば、今この場に居合わせた人々には心当たりがある筈だ

 巫女さんが怪訝な顔をして、不安そうに子狸の袖を指で摘んだ

 彼女には魔法に対する深い知識があったから、勇者さんの論旨に瑕疵があることに気が付いたのだろう


 連結魔法は魔物を生み出す魔法だ

 しかし開放レベルを制限された人間が、魔物を生み出すことは不可能だった

 少なくとも王種かそれ以上の何者かが、魔物が生まれる以前からこの世界に存在しなくては説明が付かない


 その事実を、千年間に渡って失念していたのがバウマフ家だ

 安心と信頼の実績を持つ一族である

 まあ、お屋形さまという例外はいたわけだが……

 

 子狸さんは袖を引かれても意に介さなかった

 動力兵たちの長を見据える眼差しが一層鋭さを増す

 目を細め、獰猛に犬歯を剥いた


 どよめく声を、勇者さんが平らに均した



「静かに。二度は言わないわ。魔物たちは決して死なない。彼らは、いつでも人類を滅ぼすことができた。王種ですら、彼らが本来持つ力の一端でしかない。ずっと力を隠してきたの。それは、今日この日のためだった」



 そこで彼女は躊躇った

 両手がふさがっている

 マイクを手放すか、子狸を野放しにするか決断を下さねばならなかった


 いったい何を悩むことがあると言うのか

 逡巡してから、マフラーの端を握る手で異世界人を指差すという暴挙に出る

 いまの勇者さんは、まるで親とはぐれることを恐れる小さな子供のようだった


 魔物は不老不死の素敵な生きものだ

 人類の繁栄をひそかに見守ってきた

 そこまではいい


 問題はその先だ

 この星の人間たちに異世界という概念はない

 宇宙についてもよくわかっていないのに、無数の宇宙があると言われても通じないだろう


 異世界人を指差した勇者さんは、さも当然のような顔をして嘘を吐いた

 


「彼らは新大陸の人間で、精霊を使役することができます」



 勇者さんには、やましいことがあるときに丁寧語が出る癖がある

 このときもそうだった

 その癖を把握しているお前らは心臓が縮む思いをしたが、かろうじて無反応を貫き通した


 しかし当の勇者さんが動揺してしまった

 もしかしたら自覚がなかったのかもしれない

 これに関しては、知っていて黙っていたお前らにも責任があるだろう


 ※ いやいや、そんな癖を把握しているのはお前くらいだから

  ※ おれらに無実の罪を着せるのはやめてほしい

   ※ 勇者さん、気にしちゃ駄目だよ。おれたちも気にしないから。ね?


 そうだな。忘れよう

 無理に矯正しようとするとぐだぐだになるしな


 ※ おい! 王都の! お前、勇者さんに対して冷たいぞ!

  ※ この期に及んで嫌がらせするな!

   ※ ころころと態度を変えるのやめろ!


 捨て狸が流した涙をおれは忘れていない


 ※ え~……? 根に持ちすぎぃ……

  ※ 本当ねちっこいな、この青いの……

 

 さて、精霊という概念について少し話そう

 精霊とは、自然現象の代替だ

 例えば、発火という現象について人間たちは明確な理論を持たない

 そもそも酸素の存在を知らないから、酸化熱うんぬんと説明したところで意味を為さない


 だから人間たちは、自然現象の多くを不思議な生きものの仕業なのだと結論付けた

 なぜ火がつくのか? わからないと正直に話してしまえば権威に傷が付く

 人間たちは自然災害に対してほとんど無力だから、責任をとるものが必要だった

 精霊、神……多くの信仰は似たような側面を持つ


 勇者さんは、この世界に新しい勢力図を築こうとしている

 かつて彼女は両者に共存の道はないと断じた

 だが、そこに第三の勢力が加われば構図が違ってくる


 王国と帝国の二大巨頭による闘争を

 連合国の登場が冷戦へと導いたように

 

 心理操作の弱点

 それは個々人の資質に対応しきれないことだ


 物事の捉え方は個人によって異なる

 日常の些末な出来事に意識を割く人間は少数派だが

 まったく居ないわけではない


 結局のところ、本当に大切なものを、ひとは忘れない


 語り尽くせない物語があった

 あふれそうになる言葉を、勇者さんは寸前で押しとどめた

 彼女にとって大切なことが、他の人間たちにとってもそうであるという保証はない


 彼女は、あまり口が回るほうではない

 専門的な訓練を受けた人間ではなかったし

 このような事態を想定していなかったこともある


 ここは、いかに魔物たちが世界平和のために尽力してきたかを語るべき場面だ

 ステルスしたお前らが好き勝手にカンペを出すものだから、どれを選べば良いのかと戸惑った

 個人的にはポーラ属さんたちの地位向上に着手してはどうかと思うが……あくまでも客観的な判断に基づくものだ


 選択権は少女に委ねられ

 そして彼女は何も選べなかった


 巫女さんがぎょっとした

 子狸さんがおもむろに服を脱ぎ出したからだ


 上半身はだかになった小さきポンポコが、勇者さんの手からマイクをかっさらう

 視線を走らせると、たったそれだけのことで轟音を立てて特設リングが迫り上がってきた


 子狸さんが地を蹴る

 華麗にロープを飛び越してリングの中央に降り立つと

 びしっと前足を突き出し、天よ割れろとばかりに絶叫した



子狸「掛かって来いやぁぁぁーっ!」



 戦いの中でしか得られないものもある――


 両界を代表する、ふたりの魔導師

 術者は本人でなくとも良い……冤罪を許容するシステムがあり

 それゆえに魔法の相殺という現象が起きる……

 これは相反する指示を下した術者の両方から退魔性を頂戴するための仕組みだった


 無敵の魔法はないから

 究極域の戦闘は肉弾戦に行き着くこともある


 にぃっ、と異世界の魔導師が好戦的に口角をつり上げた

 放って寄越されたマイクを、傍らの人型が受け取って口元に持っていく

 庭園情報によれば、この世界を担当する魔導師は“ワドマト”という名前であるらしい


 ワドマトは言った


海獣「是非もない」


 ないのか……


海獣「だが、私と君ではスタイルが異なるようだ。解決策はあるのかな?」


 案外、乗り気だ


 両者の間でマイクが行き来する


 北海世界の人間はアザラシとよく似ている

 見るからに陸上歩行には適さない身体の造りをしている


 リングを力場で囲って海水を注げば要求を満たせそうではあるが

 そうすると今度は子狸さんが溺れてしまう

 異種格闘技戦の見本のようなミスマッチだ

 まず生活の足場からして異なる


 この難問に対して、おれたちの子狸さんは如何なる切り返しを行うのか?

 ワドマトから視線を離さないまま、巫女さんが拾ってきてくれた服を受け取る

 もったいぶった仕草で袖を通した

 

子狸「……何か誤解があるようだな。おれは、お前と争うつもりはない」


 子狸さんは、ワドマトの早とちりを指摘した


勇者「掛かって来いと言ったのはあなたでしょ」


 勇者さんはそう言うが

 では、逆に尋ねたいものである

 どうして魔法使いが肉弾戦で決着をつけねばならないのだ?

 

勇者「…………」


 あ、睨まないで下さい

 べつにおれが悪いわけじゃありませんし


 ったく、どんどん目つきが悪くなるな、この子は……


 ワドマトは……微笑を浮かべたまま子狸を見つめている

 軽度の興奮状態……挙動に浮ついたところはないが……

 いや、こいつは異世界人だったな。異世界の人間……

 お前らならば不必要に感情を表に出すことはないが……

 しょせんは人間……同じ次元で考えることはない、か……?


 ……


 庭園の。やつはバウマフ家の人間に会いたいと言ったんだな?

 口では何とでも言えると思っていたが……


 ※ ああ。誘導魔法を使える人間……

   肉体的に強化はされているようだが……

   北海世界とやらは、想定していたよりも雑な状況にあるようだ


 北海世界の魔導師……

 こいつは何のためにここにいる?

 なぜ口を割らせなかった?


 ※ そいつは加護を受けている。存在しない魔法だ

   

 ……山腹の。戸締りはきちんとして来たよな?


 ※ もちろんだ


 ちっ、お構いなしか……

 完成された魔法使い……あの扉ですら……

 いや、そんなことはわかっていたことだ……


 ※ 扉は六つあるの?


 勇者さんか


 ※ 報告する。魔物の卵について

   縞模様か水玉模様かで意見が割れている


 ……そうさ

 山腹のんの家の奥にも扉はある

 扉の中には何かがいる


 ※ 何か?


 具体的な正体はおれたちも知らないんだ

 おれたちは魔法そのものだからな……

 北海世界は、この世界の魔法に対して一定の権限を持っている


 ※ おれは縞模様派かな……

  ※ おれは水玉だ

 

 おそらく、おれたちが見聞きしたことを盗み見することができる

 そういう想定で動いていたから、決定的な情報には触れないようにしてきた

 だから、ほとんど賭けになるが……

 あの扉の奥に入ったことがあるのは、お屋形さまだけだ


 ※ と言うか、もう卵で決定なの?

  ※ 卵生設定は青いのでぎりぎりだぞ……

   ※ 歩くひとはどうするんだ


 最悪の場合、お屋形さまの役割はアリア家の人間にこなしてもらう予定だった

 なぜなら……


 ※ 退魔性ね


 そうだ。アリア家はこの世界でもっとも魔法から縁遠い一族だからな

 と言っても、それは万が一の備え程度のものだった

 本来、山腹のんの家はダミーにするつもりだったんだ


 ※ おれはいいよ

   そもそも人間に飼われたいとは思わないし……


 ※ 歩くの、細かいことは気にするなよ

   心理操作でどうとでもなるさ!


 しかし状況が変わった

 千年祭の王都襲撃……お屋形さまが動いたのは扉の奥で何かを見たからだろう

 いや、何かに会ったと言うべきか


 ※ それが嫌なんだよ!

   おれは死者が蘇ったっていう設定なんだ

   それなのに卵から生まれたらおかしいだろ!


 ※ 状況が変わったんだ!

   わがままを言うんじゃありません!


 ……バウマフ家の減衰特赦は他者を伴うことは出来ない

 だが……水の精霊が言ったとおりだ

 その問題は未来で解決された可能性が高い

 そうでなければ、つじつまが合わない……


 ※ 王都に集結したお前らの相当数が騎士に倒されている

   乗るしかない、このビッグウェーブに……!


 ※ だが、レベル4以上のひとたちはどうする?

   具体案は? 具体案はあるのか?


 近い将来、北海世界で究極の資質を持った魔法使いが生まれる

 豊穣の巫女に近しい才覚を持つ魔導師であり……

 おそらくは……感情制御の適応者だ


 ※ 近々イベントを企画する予定だ

   人間たちに都市級は倒せない……

   しかし理由は在ればいい


 ※ 入手経路を一つに絞る必要はないということか……


 魔導師と適応者

 この二つは、通常であれば兼ね備えて生まれるということがない

 もしもそんなことが起こり得るとすれば、それは……

 ……歴史に多大な影響を与える人物だろうな


 ※ ああ。人選は厳密に行うべきだ

   とはいえ、食費に関しては幼体ということで誤魔化しが利くだろう……


 まあ、それはいい

 こきゅーとすに負荷を掛けたり、動力兵たちに力を貸したりと

 色々とやらかしてくれたが、今となってはどうでもいいことだ


 ※ 問題は……


 そう、問題はワドマトだ

 こいつは、いったい何をしに来た……?


 ※ 卵の柄、か

   種別でいいんじゃないか……?


 ※ いや、統一するべきだ

   何の卵かわからない……

   そのわくわく感がほしい


 ※ ……食べられないかな?


 ※ 食べっ……!?


 勇者さん、いざというときは子狸を頼む。守ってやってくれ


 ※ あり得る……

   あり得るぞ……


 ※ なんてことだ

   見落とし……!

   それも致命的な!


 はっきりと言っておく

 おれは、おれたちは異世界人の良心を信用していない

 やつらは、この世界に法典を落とした連中だ


 ※ 目玉焼きは嫌だ!

   せめて卵焼きになりたい!


 ※ 隠し味を入れてほしい!


 何かしらの隠し味……いや切り札を隠し持っているだろう

 決定的な場面でおれたちが動けなくなる可能性がある


 ※ お皿に盛られてしまう……悪夢だ……


 ……そう心配しなくてもいい

 最悪でも相討ちには持っていくつもりだ


 ※ くそっ、ただでは食われんぞ……!

   道連れにしてやる……!


 なあ? 北海世界の人間ども

 見てるんだろ?

 お前たちの信頼する動力兵が、いつまでも従順でいてくれるといいよな……?


 ※ 卵焼きの反乱だ

   戦おう……! 抗うんだ!


 さあ、はじめようか……

 エンディングは、おれたちが決める!


 ※ 出汁巻き卵に、おれはなる!


 二つに一つだ

 いま、フライパンの上で雌雄が決する……!


 ちなみにおれは縞模様派だ――!


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