ぽよよん
この星の大気圏はおおよそ四つの層から成る
下から順番に、対流圏、成層圏、中間圏、熱圏の四つだ
地表から10kmほどは対流圏に属し、例外はあるが、空に浮かぶ雲のほとんどは対流圏で生成される
その雲の中を、一体の白くまが一心不乱に突き進んでいた
迷子になったのだろうか?
頻繁に振り返っては背後を確認している
両眼に走る輝線が不安定に明滅を繰り返していた
これは動力兵の不安と緊張を表す兆候だ
雲を上に抜けると、対峙する王種と都市級たちの姿が遠目に見えた
妖精属は、あまり躰が丈夫な種族ではない
広域殲滅魔法が飛び交うような戦場に長居することが
彼らの健康にどのような影響を及ぼすのかは未知数な部分がある
かと言って、来た道を引き戻すことも躊躇われた
白を基調とする動力兵にとって、保護色にあたる雲は安心感を与えてくれる……
名残り惜しそうにそっと肩越しに後ろを振り返ると
雲を突き破った腕に後ろ足を掴まれた
恐慌状態に陥った白くまは暴れるが
追い打ちのように伸ばされた無数の手が
手が――
迷子に差し伸べる助けの手だ……
抵抗する白くまさんを、容赦なく雲の中に引きずり込んでいく
それは、まるで優しい童話のような光景だった
恵まれない子らを、優しいエンディングへと導いてくれる崇高さが
間違いなく、そこにはあった
美しい少女たちに誘われた白くまさんは、きっと手厚く巣穴へと送られるだろう
そうしてぬくもりに満ちた平凡で質素な、しかし幸福な日々に戻るのだ
動力兵側の妖精ポジションにいる彼らは、夢に破れたぬいぐるみのような姿をしている
くまのぬいぐるみに群がる妖精さんたちという構図は……
ちょっ、フォローしきれねえ……!
……いえ、微笑ましいものを感じますね
ですから、おれの後ろに無言で立つのはやめて下さい
※ 基礎的なスペックは互角の筈なんだけどなぁ……
※ 士気の違いだ
※ おれらっトコの妖精さんたちは内面的なモノが違いすぎる
※ 実力が拮抗しているからこそ
裡に棲む獣が勝敗を分けるのだ
言いたいことを言えないお前らが、こきゅーとすを新たな境地へと導くかのようだった
完全復活したこきゅーとすに匿名性が舞い戻ったとき
実況のおれは無言の圧力に屈するだろう
お前らへの期待が、おれをそうさせるのだ……
※ 海底の、がつんと言ってやれよ
※ そうだそうだ。妖精さんが何だ
※ 安心しろ。おれたちがついてるぞ
ご声援ありがとうございます
つきましては、どなたか実況を変わって頂けませんか?
…………
戦いはどこまでも苛烈さを増していくかのようだった
四人の都市級が一斉に詠唱に入る
魔法は、時間に干渉した度合いに応じてくじけていく
しかし性質の脱落が起きることはない
開放レベルを剥奪する逆算魔法が、むしろお前らの友情を支えるからだった
都市級たちが選択したのは、広域殲滅魔法による見極めだ
王種は不死性に特化した存在だが、そこにもやはり性質の違いというものはある
「やらせません」
彼女は、突進してくる帝国騎士団を半ば無視した
王種に対して、人間はあまりにもちっぽけな存在で――
だからこそ、都市級は彼らに勝敗を託した
人間たちの往生際の悪さを、お前らは知っていたからだ
安全なところから見守っているだけでは、決してわからないことがある
不死身の男が片腕を突き出すたびに光槍が放たれる
術者という垣根を取りはらうことで、同胞から喚声を引きずり出す
これが発展した戦歌の骨子だ
軸となる人間が魔性に近しければ近しいほど、魔法の解釈は甘くなる
寄り集まり密度を増した光槍群が、まるで天へと伸びる橋のようだった
二番回路が生み出した貫通魔法は、浸食魔法の劣化版ではない
何かを貫くということ。本質に届きうる魔法だ
それらは魔力の結実を阻害する性質として機能した
変幻自在の特性を持つ王種であるから、身体に大きな穴を穿たれても致命傷にはならない
騎士たちを空高くへと運ぶ魔鳥は躊躇わずに直進した
水を司る精霊の体内に浸入するということは、夜の海に身を投げることと等しい
溶解液のように垂れ落ちた大量の海水が騎士団の進退を閉ざした
呑み込まれる――!
肌を刺す窮地。この圧迫感!
身近に迫る危機に――
粟立つ半裸が両腕を左右に突き出し、きつく瞳を閉ざした
その表情は、懊悩するかのように静謐で
凄絶とすら言える覚悟に満ちたものだった
実働部隊が運用する殲滅魔法は、光刃、炎弾、氷華の三種に分かれる
一つとして用途が同じものはなく――
それゆえに命運を賭した一撃を読み違えることはない
マイカル・エウロ・マクレンという男は、じつに典型的な騎士である
七人の参謀を持ち、ともに魔物がはびこる戦場を駆け抜けるように生きてきた
得意とする魔法は光属性であり、これは多くの魔物に対して安定した威力を期待できる属性だ
だが、そうじゃない……
この場で有効とされる手札は……
帝国騎士団の一人ひとりが半裸の目であり、耳だった
目に映るものが全てではない
本当に必要なものは、おのれの裡にある
意識の奔流のさなか、半裸が引きずり出した喚声は雪崩れ打つ凍土を招き寄せるものだった
氷華が咲いた
放射された冷気が荒れ狂うように精霊の巨体を内側から凍り付かせていく
――人間業ではなかった
帝国騎士団が放った渾身の殲滅魔法は
すでに中規模攻性魔法の領域を逸脱していた
驚嘆の声が精霊の口から漏れ出でる
「臨界……双方向から……チャンネルを開いた……?」
にわかには信じがたい現象だ
離脱症状を逆利用して瞬間的に意識圏を拡大している……
つまり、どういうことかと言えば――!
すごく……
臨死体験です……
※ 不死身さんがしんじゃう……
※ もうやだこの人
※ どうしてそこまで自分を追い詰めるんだ……
「あはは、可笑しい。あなた、死に掛けすぎです」
結局のところ、精神が肉体を凌駕することなどない
真に極限へと臨み、枯渇した生体は
つぼみが落ちるように、死ぬ
だが、限界に挑むことで得られるものもある
磨き抜かれた戦士の躰は、死の誘惑に最後まで抗おうとするだろう
みるみるうちに氷像と化していく精霊の声には、しかしどこまでも余裕がある
都市級たちの詠唱の完成を許したことも、彼女にとっては決定的なミスではなかった
紫電が降る
立て続けに天地を結んだ電撃が精霊を打ち据えた
広域殲滅魔法とも呼ばれる、この大規模攻性魔法は
かつて共和国を一夜にして瓦礫の山と化した秘術だ
その四連唱……王種の生命力を上回ることはないだろうが……
やはり、と言うべきなのだろう
木端微塵に砕け散った精霊は即座に再生した
天を覆う大海原から二人目となる巨人が生えた
そう、ぶどうのようにだ……
性質の衝突は、同じレベルのもの同士でしか発生しない
レベル5に属する王種は騎士たちの働きぶりを褒め称える
侮っていたことを隠そうともしない
「何故こんな野蛮な生物を、と思っていましたが……。なるほど、伊達に選ばれたわけではないということですか。お見事です」
この星の人間たちは、おそらく術者としての適性が高い部類に入る
願望と喚声は最低限の条件であるから、それ以外の要素……
生息圏に対して繁殖力が高く
脆く、非力であるということ
それらの要因を満たしている人類は
魔法に依存しやすい種族であると言えた
「とはいえ、やはり第四圏には至りませんか。忌々しい……魔導配列は……」
彼女の長話に付き合う義理はなかった
とうに戦端は開かれたのだ
魔軍元帥を取り巻くように魔獣たちが力場を駆け上がる
いかなる火力を以ってしても王種を打ち滅ぼすことはできない
やるべきことは一つだ
原則を利用する
魔法は成層圏外では作動しない――
活路など最初から一つしかないのだ
成層圏は地表より10km~50km
現在地点は15kmといったところだ
動力兵側の都市級を片付ける間にだいぶ押し込まれてしまった
デッドラインまで残すところ35km
都市級たちの攻勢は凄まじいものだった
巨鳥が舞う
魔人が隻腕を振るう
大蛇のあぎとが精霊の四肢を噛み砕く
その光景につの付きは感動すら覚えた
勇者一行との決戦において都市級たちに共闘を命じなかったのは
同士討ちを避けるための措置だった
彼ら魔獣種が同等と認めるのは同じ都市級の魔物だけであり
そこには当然ながら勇者は含まれない
勇者を無視して喧嘩をはじめるという最悪の事態は、じゅうぶんに予測し得ることだった
それは過去の討伐戦争において実証されたことだった
魔王軍の敗因は、その多くが内輪揉めによる内部分裂だ
騎士団を一蹴するほどの力を持つ魔王軍の幹部たちは
致命的なまでに――
人間に興味がないのだ
その事実を、つの付きは深い嘆きと共に受け入れていた
言葉で諭してみても、魔獣たちは適当に肯くばかりで一向に態度を改めようとしない
その場では殊勝に振る舞ってみせることもある
たまに本気を出してくれたこともある
そうした場合、たいてい勇者一行は呆気なく全滅する
その後、再起した勇者たちを片手間に相手しようとして手痛い反撃を受けるのだ
反省しているのか、と問えば、反省している、と答える
二度とやらないか、と問えば、二度とやらない、と答える
さらに念を押して叱ると舌打ちされる
そして歴史は繰り返す
いったいどうしろと言うのだ?
……お母さんか
お母さんか――!
鬱積されたつの付きの不満が、いま矛先を向けるべき相手を見つけた
八つ当たりかもしれない
その恐れは常にある
だが、連綿と続く悪しき連鎖を断ち切るために
歴史は犠牲者を欲している
その犠牲者は、もしも許されるならば……赤の他人であるに越したことはなかった
身勝手か?
そうかもしれない
しかし偽らざる本音だ
ようは勝てばいいのだ
勝てば官軍という言葉もある
敗者に語るべき言葉はなく――!
魔火の剣が閃く
火線が走る
寸断された精霊の巨体が飛沫を散らし爆ぜた
そして再生する
何度でも
正しいのは常に勝者である
もちろんおれたちが負けたなら話はべつだ……
それは、まったく別次元の問題と言っていい
「清々しいまでのクズですね……」
いいや、ちがうね
千年という歳月が、おれたちに真理をもたらしたんだ
可愛ければ
何をしても
許される! る!